きっかけは今年のFNS27時間テレビだったか。なんとなくつけたTVがこの番組の終わりの方で、池上彰さんとで戦後の日本を振り返る、ニュースバラエティのコーナー。そこでたけしさんが自身の、1997年のバイク事故について語ったコト。「オレはあの時、死のうと思っていたのかもしれない」の一言。なんか、不思議というか衝撃的ではあった。

ちょうど今年に『アウトレイジ 最終章』も公開され、夏には相方のきよしさんが『もうひとつの浅草キッド』が文庫化したことも併せ、ここでたけしさんの『浅草キッド』を手にしました。とはいえ、本屋で在庫はなかったので取り寄せてもらいましたが(笑)

 

感想としては、“浅草キッド”が果たして誰だったのかな、と。

たけしさんの本ではたけしさん目線で見た当時の浅草、師匠にあたる深見千三郎さんやフランス座の踊り子さんたち、または浅草の人々が描かれているだけ。対してきよしさんはたけしさんとコンビを組んでから相方と過ごしてきた時間の話なので、たけしさんとの話が中心。きよしさんの個人的な話は最初の自己紹介のところくらい。

続けて読んでみると、それこそたけしさんの半生のようにも感じられるから、たけしさんが“浅草キッド”のようにも思えるけれども、深見さんも踊り子さんたちも街で生きてきた人々も含め、彼を取り巻いていた人々みんなが“浅草キッド”だったようにも思えます。

ただ共通して強く感じるのは、書いている対象についての愛情です。たけしさんは当時の浅草の人々、特に深見さんに対する愛情を。きよしさんはコンビとして寄り添ってきた相方のたけしさんに対しての愛情を。どちらも自分を語るのを控えめに、ただひたすら愛情を注いでいる感じです。

今読めば懐古主義な話ではあるのですけれども、それが心地良い感じですね。『浅草キッド』がたけしさんがコンビを組むまで、『もうひとつの浅草キッド』がたけしさんがきよしさんとコンビを組んで漫才をほとんどやらなくなるまで。どちらも自分で見てきたこと感じてきたことを素直に書いているから、この話が面白いんだと思います。