ありふれた映画的な奇跡の物語ですが、タイトルから惹かれるものがありますね。太平洋戦争末期のアメリカに置いて、チビの少年が主人公、その名も『リトル・ボーイ』。監督と脚本家がはこの名が広島に投下された原子爆弾の名前だと知って作り始めたといいます。

 

この映画の美しいところのひとつには、アメリカ的父系制度における父子の物語の優しさ。父を慕い、戦場に行くことになった父を想い続ける少年の健気な毎日がいい。体が小さく苛められながらも、少しずつその体に大きな心を育んでいく物語は、私が好きな話の筋ですね。

そして、太平洋戦争末期における日系人差別の問題の描き方。町では司祭だけが日系人ハシモトの味方にいる中で、司祭からの言いつけとはいえ少年が寄り添い始めることで、孤独を感じていたハシモトも少しずつ心を開き、彼も苦境にありながらも強く生きていく意志を見出していく。

ただ、残念に思うのは、私が日本人であるがゆえ、というのも大きいと思うのですが、『リトル・ボーイ』というタイトルとそれに見合った内容であったか、ということ。物語の中では太平洋戦争末期から終結にかけてなので原子爆弾投下によって物語が進むのですが、もっと原子爆弾については掘り下げて良かったのでは、と思うところです。物語の展開を考えキレイにオチを付けることを考えると、どうしてもこういう感じになってしまうのかな、とは思いますが……

 

いずれにせよ、私の好きな少年の成長物語として、テーマも面白く、また主人公であるペッパー少年のジェイコブ・サルヴァーティの可愛らしいく力強い演技はポイントの高いところです。