ニュースでは結構見かけていて注目すべきコトだったと思うのですが、埼玉に住む私にとってはどうも遠いところの出来事のようで、ピンと来ないところが大きかった住民投票ではあります。そもそもなんで、そんなに“大阪都”が必要なのかがわからない。だから、この住民投票の意義はとても他人事でしたし、結果は思っていたよりも拮抗しましたが、妥当なものだったと感じています。

おそらく、橋下さんは大阪に限らずですが、伏魔殿である地方行政にメスを入れ、地方再生から日本再生の道順を辿ろうとしていたのかな、と思います。そういうところでは私も注目していたし、大阪のみならず全国で期待されていたことだったとは思います。
しかし、いつの頃からか“大阪都”という話が出てきて、そしてそれが話題の中心になり、すべからくは「大阪が都になることによって解決する」というような幻想甚だしい実のない夢物語が語られていたように思います。もちろん、大阪が都にならずとも解決出来ることは多くあったと思います。もっと、問題を単純化すれば良かったのではないか、と。

橋下さんは、共通の敵を作り上げることで意識を統一し事を成す、というとてもわかりやすい手法でもって世の中で人気を得たと私は判断しています。もちろん、それは悪いことではありません。しかし、正しく行われ結果を出すことでよってのみ、評価を受けることです。
振り返ってみれば大阪府知事になった当初までは良かったとは思います。しかしながら、独裁的な権力を手に入れようとした2011年の選挙以降は、今までは人柄として問題を感じることも受け入れられてきたものも嫌悪の対象となり、瓦解していったように思います。「住民の意見を」と住民投票を行うことで正義を貫こうとしたのかもしれませんが、そもそもが間違ってしまっているのだから、今回の住民投票と結果、そして橋下さんの辞任の意向はどうもまとまりが悪くてしかたありません。

私としては橋下さん自身、やろうとしていたことはそれほど間違ってはいないと思うし、わかりやすく求心力のある人柄は高く評価出来ると思っています。しかしながら、掛け間違えたボタンのようにひとつのズレが時間を経るごとで大きくなり、期待されなくなっていった結果が、今回の住民投票の結果に繋がっていったのだと、感じています。