マクロの鉄則と個人の思い
期待率は結局絶対だ
競馬は賭けたお金の75%しか配当に回ってこない。
統計確率でいう期待率は75%である。(ちなみに宝くじは50%以下である)
ということは、長く多く馬券を買っていると、大数の法則から逃れることは出来ないので、結局、損をすることになるというのがマクロの鉄則である。
また、研究すれば何とかなるのではという考えもあるかも知れないが、研究して何とかなるものなら、そもそも賭け事として公認はされない。
ところが個人は期待する
しかしながら、個人は偶然や例外的なことが自分には起こるのでないかと淡い期待をしがちだ。
されど、時間の経過とともに、結局はそうはならないことを思い知らされる。
これは、谷岡一郎教授も実証的研究でも明らかにされている(「爆笑学問」にも出演済)ところだし、山口瞳氏の「小説・競馬必勝法」でも、小説風にいろいろなストーリー展開をしているが、結末は「僕は、競馬をやめた」である。
かつて、競馬予想の寵児であった大橋巨泉氏が、競馬の予想をしなくなって久しい。
巨泉氏の予想については、谷岡教授が実証研究されており、やはり期待率を超えることはできなかった。
マクロには鉄則がある
マクロ観察や歴史観察をすると、努力しても成果は得られないということや、理屈としては成功してもよいが、なかなか成功できないというこが、この世の中にはある。
個人は、いろいろな事情や思いがあったとしても、まず、そこをわきまえなければならないと思う。
もっとも、駆け引きや自己コントロールの鍛錬として役に立つという、二次的な効用もあるという考えもあるが、それはまた別の話としたい。
※かの司馬遼太郎氏は、若き日の自分自身に対して書いているという趣旨の発言をされていましたが、 今回は、私も40年前の自分自身に対しての話でした。(いわば後悔の記)