東洋経済オンライン 11/8(火) 9:00配信
※ミセス・パンプキンへの子育て・家族関係などのお悩み相談は
専用メール、専用サイトで受け付けています私は39歳で結婚して17年、高校と中学生の娘がいます。結婚当初から金遣いの荒い夫は、幾度と借金と不倫を繰り返し、もう今の相手で4人目。中には、妊娠までさせた方もいます。
義母は、結婚当初からしつけと称して、親戚一同の前で私を怒鳴りつけたり、私の心を踏みにじるような言動を繰り返してきました。「うちの息子は嫁を苦しめているが、私は息子がかわいい」と言ってはばからず、身に覚えのないことにまで私に怒鳴ったりします。その割には自分の子ども達が悪いことをしても、まったく怒りません。
義父は、私をかわいがってくれました。その義父が病に倒れた時、私は義父に会いたく、看病やお見舞いに誰より一番頻繁に行きました。そんな私を見て夫は改心したかのようでしたが、義父が亡くなり数年、また私に相談もなく数百万円ものローンを組み、車を購入。今の不倫相手と毎夜、週休二日の休みの日も遊び歩いています。
最近は、夫の不倫には慣れましたが、仕事や家事・育児に追われていると、私は何のために頑張っているのだろう、自分の給料も生活費にすべて消え、心優しく素直に育ってくれた子どもたちを、旅行や遊びにすら連れて行けない事に、心底疲れを感じます。離婚に関しては、今が持ち家のため、家賃や税金などの出費を考えると、もっと働かねばならなくなり、子どもとの時間を大切にしたい私は、あと一歩が踏み出せません。どうかパンプキンさんの意見を聞かせて下さい。
坪田ゆみ(仮名)
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■パンプキンからのコメント
相談文からはカットいたしましたが、冒頭、このコラムを毎回楽しみにし、心の支えにして下さっているとの記述がありました。坪田様、ありがとうございます。いつにも増して責任を感じますが、それでもそんなあなたにあえて申しますと、私ならそんな夫と姑(しゅうとめ)と、縁を切る人生を選びたいと思います。
坪田様が今見えている世界は、ある意味で限定されています。井の中のカエルが、いくら広い世界を見ていると思っても、それは井戸から見える世界でしかないのと同じです。
あなたは今、どれだけ不誠実な人とかかわっているか、そんなつまらない人からどれほど理不尽な扱いを受けているかの怒りを、もっと強く持つべきです。日々の暮らしに追われ、当事者には見えないことが多いのも世の常で、仕方がないことなのですが。
夫婦やそれぞれの実家家族を含め、どれだけ人生を豊かに過ごすかを工夫し、慈しみ合い、励まし合い、いたわり合い、支え合って暮らすのが家族というものです。あなたよりずっと努力をしないお嫁さんでも、周囲に大事にされ、愛されることで成長していく人はゴマンといます。
過ちを犯したからといって怒鳴ったり、しつけと称して人前で侮辱するような姑がいる家族で、上手くいっている家族を見たことがありません。一人の悪癖が、家族中の雰囲気を悪くするのです。先ほど、大事にされてますます人間として成長していく人たちがいる、と書きました。そうした人たちと、つまらぬことで怒鳴り散らされて暮らす、仕事に疲れたあなたとの差を考えてください。
加えてあなたの夫君は結婚から17年も経って居るのに、実母からあなたを守ってもいません。あなたを裏切る浮気や借金も、もはや病気の域に達しています。
あなたは夫や姑のことを、家族と思ってはいけません。例えば姑には、どうしても会わなければならない場合、用事が済めばさっさと席を立ちましょう。暴言か嫌味が始まっても、「それはウソです」とか、「しつけは結構です」と一言だけ強く言って、席を立ちましょう。
彼らは、弱い者イジメしかできない姑息(こそく)な人種です。弁解するのもけんかするのも時間がもったいない相手です。
■絶縁した方が良い関係もある
これまでの相談へのコメントで、私は「病的な不倫夫でも、我慢して待てば帰ってくる場合がある」と言ったり、「親子関係は、相当ひどくない限り、絶縁するべきでない」と言ったりしています。そうしたコメントをお読みの皆様は支離滅裂に感じるかもしれませんが、私の長い経験上、一定の基準があるのです。
悪い夫や、ひどい実親・義理の親の場合でも、その反省の弁や態度で、その努力や誠意が見いだせる場合は、チャンスをもう一度与えようと言っています。それにそんな悪い夫でも、まだ妻側に未練がたっぷりあると感じられる場合は、第三者である私が無理に離縁を勧めません。まだその時期ではないからです。
坪田様の場合、救いはあなたが夫の不実に慣れ、そのことで思い煩うことが無くなったことです。しかし、これもある側面では不幸なことなのです。尊敬し合い慈しみ合い、日々笑いが絶えない家族から見れば、何と情けない夫でしょう。
相談文からはカットさせていただきましたが、坪田さんは「舅(しゅうと)が“生きる”ことと最後の闘いをしているただ中で、姑が舅の私物を処分していた」とも書かれていました。
これを読んで、私の背筋にも寒気が走りました。不仲な伴侶であったとしても、それはできることではありません。道端の石ころにも祈りたくなるのが、この時期です。この人の人格を、推して知るべしの行為でした。あなたに対しても、踏みにじる以外の接し方を知らない人です。これからも、それは変わりません。
この二人のいない世界で生きる選択をするのが、あなたとお嬢様がたのためです。
■犠牲や献身は、それが通じる人にするもの
私の友人は73歳の今年から、大学で哲学講座を聴講し、10歳まで習っていたクラシックバレエを習い始めました。さらに朗読会に参加し、ボランティアとして活動できるよう訓練しています。
この友人は一人娘で、一人息子と結婚しましたが、昨年100歳の舅を見送るまで、認知症やガンになった4人の親を順番に40年間、ほとんどそれぞれの自宅で看取りました。4人の中でも舅と一番気が合い、いつも励ましてくれたから乗り切れたとも言っていました。
この友人は今年から自分への褒美に、3つの学びを始めましたが、縦の物を横にもしなかった夫が、その習い事その他にも応援し、夕飯も大人しく待っているそうです。「介護し続けた40年間をさらに意味深く位置付けたいために、哲学を聴講している」と、元気一杯です。
このように犠牲や献身は、心あって通じる人にしてこそ犠牲でなくなり、達成感などに変わるのです。心ない人といくらかかわっても、不愉快なことが待っているだけです。
家族関係によっても事情は違いますが、大きな家を離れて賃貸に母子で移った人の声の中では、「邪悪な人間関係を断ち切れた開放感で、空気まで甘い」とか、「やっと自分たち親子が主役の人生を歩める」という言葉が、印象的でした。
賃貸に移ったとしても、あなたの頑張る姿をみせながら同じ釜の飯を食うことで、いくらでも親子で共有する時間は作れるものですよ。それよりも邪悪な二人と縁を切って生きることの方が、ずっと良い選択だと私は思います。
ただし、下のお嬢様が高校を卒業されるまであと4~5年です。その後に賃貸へ移ることとして、割り切ってしばらくこのまま暮らすのも、一つの方法です。その場合は、あの不誠実な二人には、最低限の接触と強い態度で臨みましょう。
あなたの今の苦労は、すべて無駄になっているわけではありません。お嬢様方が心優しい子に育っているのは、あなたの苦労が実っている証拠です。親としてそれ以上の財産はありません。これからの後半生、このお嬢様方が、あなたの力になってくれますよ。
幸福をもたらすのは、持ち家ではありません。どれほど苦労が多くても、一緒に暮らす人と心が通じているかどうかが最も大切なことです。このことを最後に強調したいと思います。