また山に近付いた集落に、小さな赤い鳥居があるのを発見した。今度は畑の畦に隠れ、ただ通り過ぎるだけでは気付かなさそうな佇まいだ。
此処は室の木稲荷といい、地図にも載っている古い御社だ。
赤い鳥居をくぐって境内へ。木が鬱蒼と、枝を低く伸ばしており、身を屈めるようにして御社に近付く。
この室の木稲荷の境内にはウッコの木が植えられている。ウッコとはイチイのことで、このあたりの集落のシンボルとして親しまれているようだ。
しかしこれだけ木が生い茂る境内の真ん中に立っているウッコは、決して目立つ存在ではない。手前にも別の木が立っており、ウッコは非常に奥ゆかし気に隠れている。
小さな森の中にはふたつの祠があり、「室の木稲荷さんのウッコ」と書かれた札が立っている方には、木彫りの古い仏像が安置されている。色もくすんでおり、かなりの昔からこの場所にいたことが想像出来る。
木陰の奥まった場所には御稲荷様がおり、こちらが室の木稲荷の本殿に当たるのだろう。中には一対の大きな御稲荷様と、周囲に陣取る多くの小さな御稲荷様が安置されていた。
なお関係は無いだろうが、ウッコとはフィンランド神話に出て来る天気や農耕を司る神の名前でもある。のみならず当地では万物の神、絶対神とまで称されており、自然現象に纏わる話には必ずと言って良い程ウッコが登場する。
岩手の中でも取り分け自然の厳しさに晒される土地で、農耕を営む人々が拠り所にする木がそのような名前を持つとは、偶然なのだろうか。
地図を見ると、このあたりがどうやら上郷地域で集落と呼べる程家が寄り集まる最後の場所らしく、この先にも何軒かの家はあるが、いよいよ寂しい山道に入って行くことになりそうだ。
こうして見ると、何の変哲もない分かれ道が、人の世界に留まるか否かの決断を迫る分かれ道のように見えて来る。
道の奥で視界が開けそうだ。ということは、これから出会う建物の数はぐっと少なくなるのだろう。
これまでもずっと上り坂だったが、この先さらに険しい道が待っているのかもしれない。