眼をつぶると蜻蛉がいる。
星屑のような網膜の銀幕に、
仄かに発光する青磁色、
ときには茫洋と、
ときには鮮烈に、
蜻蛉は明滅する。
夕陽が沈む川土手の道、
夜と昼の境を追いかける。
沈んでゆく陽は空を溶かすように
オレンジ色に染めかえ、
紫紺色の夜がまざってゆく。
孤独という表現を知らない幼児が、
寂しさと哀しさに胸を濡らせ、
追いかけている。
いつまでもどこまでも追いかけてゆく。
背中を追う夜空に赤い月がのぼっていた。
月食という言葉を知らない私にとって、
赤い月は充分に魅力的で神秘的だった。
物心がついたのはいつだったのだろうか。
遠い遠い昔、
私は夕陽を追い、
瞑目しては蜻蛉に願いをかけた。
オレンジ色に染まる空を追いかけた。
4歳になった私は
行儀のいい子供だと気味悪がられました。
挨拶がきちんとできる幼児は
めったにいない。
滅多にいないものは、
気味がいいものではないようだ。
おはようと
こんにちはと
今晩は、
ありがとうと
ごめんなさい。
愛想笑いに追従笑い、
おとなほど巧妙な笑顔はつくれなかったが
幼い仕草だけは絶対にしない継続が、
そういう印象を与えたのかもしれない。
月に一度の
母との面会。
365日のわずか12日。
その日だけが
きっと
私が4歳にもどれる時間だった。
1960年12月24日、
沖縄県那覇市のとあるビジネスホテルの部屋、
母はクリスマスケーキと
盛り沢山のオードブルと
アルコール度ゼロのシャンパンと、
小さなクリスマスツリーに
赤いリボンをかけたプレゼントを揃えて
私を迎えてくれた。
スプリングのきいたダブルベッド、
ふかふかの赤い絨毯、
4本の脚があるレトロテレビ、
ニュースが流れた。
木登りウィンキー、
通称「抱っこちゃん」の特集だった。
6月に発売されると、
あまりの愛くるしさに
日本全国に一大ブームを巻き起こした。
昔も現在も、ブームの根底はなにもかわらない。
いいものはだれにでもいい。
きみとぼくとあのひととそのひと、
このひともみんなが抱きつかせる抱っこちゃん。
だが、
12月、
あっという間にブームは去り、
売れ残った大量の抱っこちゃんは
どこでも不良在庫となっている。
ニュースはブームまっただ中の映像を流す。
老いも若きも腕に抱きつかせ
颯爽と歩く映像が流れると、
私の全神経はテレビに釘付けにされた。
胸を埋め尽くしたのは
沸騰するような物欲だった。
「ママ、これが欲しい!!」
母はもう遅いから
明日買ってあげると、
なだめるが、
私は意地になって欲しいとねだった。
「欲しい、欲しい、欲しい!!」
明日までが待てない、
明日になれば、
いつもの醒めた自分に戻らなければならないんだ、
待てないよ、
今だから欲しいんだ、
明日になれば欲しくなくなってるかもしれない、
私は号泣して母を困らせた。
そうなんだ、
幼子のむずかりは、
母を困らせたいからなのだ。
私は泣き疲れて眠った。
まばゆい朝陽に目覚めた私は、
小さな愛らしい声を聴いた。
腕になにか抱きついている。
毛布をめくると、
右腕に「抱っこちゃん」。
母が、
買ってきてくれたんだと
すぐに判った。
母を起こしてありがとうと感謝すると、
母は眠そうにこう話してくれました。
昨日まだ閉店していない玩具屋を
町中くまなく探してみたが、
どこも閉まっていた。
最後の店に着いたとき、
もう灯は消えていて諦めようとしたとき、
ふと風のように吹き過ぎる
神々しいものを嗅ぎ
そっと振り返ると、
玩具屋に面した舗道の先、
街路樹の途中にしつらえられた
ベンチの上に人影があり、
街灯に照らしだされた正体をたしかめると、
サンタクロースに扮装したふくよかな老人だった。
真っ白い髭をたくわえた老人が訊く、
『どうかなさいました?』
事情を話すと、
『さようでございますか、コウちゃんでしたね、
今夜はクリスマスイブ、
コウちゃんの願いをかなえてさしあげましょう』
そう云うと、長いアゴヒゲを揺らせて高らかに笑い、
白いずた袋のなかから、
真っ黒のビニール製人形、
大きな瞳でパチリとウインクする
木登りウィンキーを採り出して母に手渡した。
感謝のことばもない母が
代金を支払おうとバッグから財布をだすほんの一瞬、
視線をもどすとその人は消えていた。
不思議なことに、
周囲を見渡してもどこにもいず、
遠のいてゆく微かな鈴の音がきこえた。
母は最後にキッパリこう言った。
「コウちゃん、これはサンタさんのプレゼント、
なにがあっても今日の日を忘れちゃだめよ」と。
目をつぶると蜻蛉がいる。
青白く明滅するその姿は
ときに十字架に見違うこともある。
私は、
1960年12月25日のこの朝の情景を
実にしばしば思い出す。
あのときの名状しがたい不思議な感動が、
とめどなく寄せては返す。
そして今年のクリスマスも、
万感の思いをこめて、
目をつぶり、
蜻蛉にこう感謝します。
「メリークリスマス」と。
12月24日、
サンタクロースは、
必ず、
皆さんの前に現れます。
恋人とか両親とか隣のおじさんではなく、
本物のサンタクロースが、
必ず、
現れます。
そしてあなたに、
なにかを贈ります。
もしかしたら、
サンタクロースが現れても、
私たちは見えず、
贈り物も見えないだけかもしれません。
絵の具は全ての色を混ぜると黒になりますが、
光は透明になることをご存知ですよね。
そう、光を超える物体は、
透明なのです。
光を超えたサンタが贈る
見えないもの、
或いはものでさえないのかもしれません。
ですがわたしたちは貰います。
そしていつか必ずそれを知ります。
イブを祝いましょう。
疑わず、
迷わず、
真摯な気持ちで、
イブを祝いましょう。
そうしたらほら、
あなたの目の前に!
皆さま、
szsより愛を込めて、
・・・♪*☆★*♂♪*☆★*♪*☆★*♪*☆★・・・
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・*:.。. .。.:*・゜Καλά Χριστούγεννα・*:.。. .。.:*・゜
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