第五章「揺れる心」8話 | KUNOICHI☆ウチにおまかせ

第五章「揺れる心」8話

「沙也加、わんランドの服部あきさんが来られましたよ」

 母親は階段から二階へ大きな声で呼んだ。

 しばらくすると、赤いジャージ姿の沙也加が静かに降りて来た。

「こんばんわ、始めまして後藤沙也加です」

「始めまして、私はペットショップわんランドの服部あき、こちらは仔犬の持ち主の大沢ご夫妻です。隣は妹のりえです」

 あきが紹介すると、大沢の奥さまは緊張した表情で、

「沙也加さんこの度は、仔犬の命まで救っていただいて大変ありがとうございました」

 大沢も一緒に深々と頭をさげた。すると沙也加は、

「なぜ、ここがわかたんですか?」

 ちょっと不満そうな表情で言った。

「実は、そこにいるどんべえが仔犬とあなたを見付けたのよ」

 あきは玄関先のどんべえを指差して言った。

 それを見た沙也加は驚いて、

「あっ、昼間公園で出会ったわんチャンね」

 すると、どんべえは「ワン」と鳴いた。

「えっ、人間の言葉がわかるんですか?」

 沙也加は驚いて訊ねると、またどんべえは「ワン」と鳴いた。驚いている沙也加と母親に、あきはこの犬は忍者犬で人間の言葉がわかるんですと答えた。

 沙也加と母親は見詰め合って、「えっえ」と奇妙な声を出した。

「忍、忍者犬どんべえ、ですか……」

 沙也加は声を詰まらせて呟いた。

「そうです。忍者村伊賀で厳しい修業をして忍者犬になったんです」

 あきはきっぱり言った。側でそわそわしている奥さまが心配そうに訊ねた。

「ところで、沙也加さん仔犬のラッキーはどこにいるんですか?」

「今、二階で寝ています。連れて来る前に言って置きたいことがあるんですが……」

「何でしょうか?」奥さまは表情を曇らせて訊ねた。

「実は昨日、私の親友から仔犬の新聞広告の話を聞いたので、写メールで送ってもらって確認したら間違いなく、その仔犬と思ったんです。しかし連絡しようかすごく悩んで、今朝やっぱり連絡しようと決めていたんです。ですが、仔犬の光チャンはすごく家族に懐いているんです。光チャンがここに来てから、お母さんとおばあちゃんがよく笑うようになって少しづつ元気になっているんです」

 奥さんは親身になって何度も小さく頷いた。

「お母さまとお婆さまは体が悪いのですか?」

「ええ、二人とも父のために心労が重なり体調を壊しているんです。母はまだ若いんですけど、とても働ける
体力がないんです。だから、私ひとりが働いて家族を養っているんです」

「そうなんですか、ご苦労されているんですね。立ち入ったこと訊ねて申し訳ないんですが、もし差し支えなかったらお父様はどうされているんですか?」

 奥さまは遠慮気味に訊ねた。

「父は事業を失敗して借金のために離婚して失踪したんです」

 沙也加は弱々しく言った。