翌日、僕達家族はこの島で唯一遊泳が認められているビキニビーチという一郭でのんびり過ごした。

現地人が普通に生活するローカル島ゆえ、当然ながら外国人が水着で泳ぐには場所的制約がある。沖の方にある遠浅の場所には「IGULHI」という看板と共にブランコが設置され、海水浴客のちょっとしたシャッタースポットとなっていた。行列というわけではないものの、いつ何時でも誰かがブランコに座ってポーズをとっていた。これだけの外国人、一体どこから湧いてきたのだろうと、昨日静かで人影少ない世界に身を置いていたはずの僕達はちょっと戸惑ったが、その海の透明度や砂浜の白さは恐らくリゾート島と変わりは無い。しーちゃんも浮き輪を装着して大はしゃぎ。

小さな貝殻を拾ったり、潜ったり、プカプカ浮いたりして至福の時間を過ごした我々であった。ローカル島ならではだがモルディブ人の団体客も来ていた。彼等は30人程いたが、服のまま海に入って遊ぶ者が約5人、ビーチでサッカーに興じる者が約5人、残りはヤシの木の下で車座になってずっとダベっていた。

そして夜はしーちゃんお気に入りのナシゴレンで締める。途中鳴り響くアザーンを聞いて「あっ、お祈りの歌だぁ」と反応する我が子の順応ぶりに目を細めるのも束の間、グリ島とも間も無くお別れだ。

 

ホテル一階で朝食中の僕達は珍しく日本人女性二人に出会った。この島をプランに入れていた日本人が他におり、しかも同じホテルだなんてと、結構驚いた。話を聞くと、元々はスリランカ旅行を予定していたそうだ。だが一連の事件の影響で観光が難しくなったので、コロンボ乗り継ぎモルディブ行きのウルトラCに踏み切った。とは言えリゾートの予約もしてないし、そんな余裕も無い。この時救われたのがアイランドホッピングの旅。ドーニでローカル島をハシゴし、各島のミニホテルに滞在することが可能になった今だからできた、唯一にして最高の回避方法であった。彼女達のケースは迂回路としてだったとは言え、今後はこうしたアイランドホッピング中心の低予算な個人旅行も選択肢の一つとなり、セレブや新婚限定の観光地から脱却していくのかも知れない。そんな僕達も彼女達からアイランドホッパーだと思われていたようだが、別れ際、これからトラギリ島に向かうんですよ、と言うと、そんな島あったかな、という顔をされた。確かにそこはローカル島ではないからなぁ。今日の午後からリゾート客に変身することがバレてしまったかも知れない。

 

体がぐるぐる回っている。ヤシの木、海辺の小舟、建設中のゲストハウス、そして僕と同じスタイルでくつろぐなーこやしーちゃんが次々と目の前を通り過ぎていく。ぶら~ん、ぐる~ん、ぼ~、の時間がゆったりと流れる。このままずっと身を委ねていたい。人をダメにするブランコを最後まで満喫しながらスピードボートを待つ僕達三人。そこから見える路地の風景の中にふと見えたのは老人達が腰掛ける簡易ベンチや洗濯物を干す小さな台。よく見るとそれらも木枠と魚網でできている。人をダメにしてるだけでなく、いろいろ応用されているんだな、などと変な所に感心しているうちにやがてボートがやって来た。

マーレに行く路線は地元民できっしり。僕となーこが座る分の席しか空いておらず、しーちゃんはなーこの膝の上に座る。出発と同時にサングラスと髭面の係が代金の回収に回ってきた。地元民達は皆100ルフィアを払っていたが、外国人はドル払いが原則。グリ島のホテルで予約した時は三人で25ドルと聞いていたが、係の男は行きと同様一人15ドルだと言ってきた。スピードボートの路線がこの会社だけの所、殿様商売状態の彼等は平気でこうしたぼったくり徴収を行っているのだろう。予想通りとは言えやはり頭に来たので、自分となーこの二人分だと言って20ドルだけ払った。男は「二人なら30ドルだぞ」などと言っていたが、無視していたらそのうちいなくなった。しかしマーレに到着して降りる時に男が再び現れ、しーちゃんを指差してお前達は二人じゃなくて三人じゃないかと言ってきた。ま、その通り。行きと言い帰りと言い、少し腹が立っていたから半分ぼり返そうと思っただけだし。しーちゃんの席は無かったんだから、使ったのは二人分の席だろ、と反論してもよかったが、座席数ではなく頭数で料金を取っていることも知っていたし、荷物をまだ返してもらっていないこともあり、とりあえずしーちゃん分の5ドルは払って引き上げた。

 

かくしてマーレ港に降りるとトラギリ・アイランド・リゾートの係員が待っていた。同じ行き先の人々と一緒に出発ゲートまで誘導され、そこでしばらく待つことになった。それにしてもこの建屋、各島と連絡する港であると同時に国際空港のアライバルゲートでもあるのに、リゾート国家の空港とは信じがたい程無味乾燥を極めている。コーヒースタンドとハンバーガー店がそれぞれ一軒ある他にお店と言えば宝石店と化粧品店、それに薬局ぐらい。特に入りたいと思う店が無いのだ。僅かな量の絵葉書を売る店がわざわざ部屋一つ分の店舗を構えていたが、扉を開けて中を覗くと、ヤル気無さそうな店員にトランクを引いて中に入るなと言われた。

外国人観光客は従来入国してすぐに決まったリゾート島に移動し、滞在し終わったらすぐ帰国となる。だから島から島へ移動するこのゲートは一般的にはただの通過点か待合室に過ぎず、今の所ただ機能があるのみという印象だった。リゾート客に見える所だけでなくこうした場所にも楽しめるお店や施設をもっと作っていいと思うのだがな。そんなアイディアがあるならチャイナマネーでもいいから誰かやってくれないものか。もっとも中国の興味はよりカネになりそうな大規模開発の方に偏っているからなかなか難しいかも。個人的にはCD屋とか、現地語新聞を売る売店とか、モルディブの軽食屋なんかがあるだけで胸がときめくのだがな。

そうこうしているうちに集合がかかり、いよいよトラギリ・リゾートに向かうスピードボートへと案内された。船内はさっき乗ってたボートよりも小型ながら小綺麗な雰囲気。ライフジャケットが人数分配られ、リゾート客の仲間入りをちょっと自覚し始める。これまで滞在したグリ島は南マーレ環礁、これから向かうトラギリ島は北マーレ環礁に位置する。マーレ環礁と呼ばれるだけに北も南も行政的にはマーレに属しているから、いずれもマーレ郊外という立ち位置。スピードボートなら移動にそれほど時間はかからない。先日のグリ島行き同様、水面を飛び跳ねるように走ること約20分。バシャーンと勢いよく波しぶきが降りかかる窓越しでやや見辛かったが、前方の島には何やらタコの足っぽいものがくっついているように見える。

近付くにつれはっと息を飲む。まさしくあれは水上コテージ。あっ、モルディブだ。リゾートだ…!

 

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