モルディブの島々は諸島ではなく環礁と呼ばれるだけに、そこは砂状のサンゴでできた土地。白い砂が一面張られた小さな大地を人々は裸足で行き過ぎる。昼夜を問わずそよ風の音がよく聞こえる程静寂な島。島の中央部に現地人の民家が密集しており、そんな民家にミナレットがあるだけのモスクから時折スピーカーの割れた音でアザーンが聞こえてくる。

村の家はまるで沖縄の石垣のように積み上げた石で壁が仕切られ、それぞれの壁は青、黄色、ピンク等に彩られている。色分けの意味は当初不思議だったが、ピンクの壁には旧独裁政権を率いたモルディブ進歩党の宣伝が、黄色の壁には現在のソリ民主政権の与党モルディブ民主党の宣伝が絵や文字で記されている。まさか家ごとに壁の色で支持政党を公表しているとは考えにくいので、各政党がそれぞれに割り当てられた壁を借り受け、宣伝文句を書いているのではと推測する。

そんなカラフルな壁にはアメコミ調のソリ大統領の肖像もあったりして、政治特有の堅苦しさが無いのがまたいい。だから女性候補者の選挙ポスターに描かれたヒゲの落書きもそんなに悪気を感じない。

家々の庭先から塀をはみ出して生い茂るブーゲンビリアの白やピンクの花々がカラフル集落に更なる彩りと日陰を作っている。

そんな日陰に沿って民家の路地を歩いていたら、小学生程の女の子が数人、ニーハオと言いながら僕達の方に駆け寄って来て、しーちゃんに握手を求めてきた。おっ、しーちゃん初の国際交流なるか。いい絵だったので子供達が一緒の所を写真撮らせてと言うと、彼女達は恥ずかしがって蜘蛛の子を散らすように逃げて行ってしまった。やはり外国人に開放されてまだ間も無いこの島では興味と恐れが半々なのだろうか。そう言えば彼女達は我々を見てニーハオと言ってきた。世界中どこでもあるように東アジア系の人間をみんな中国人と見なして言っている可能性も高いが、この国の場合、それとは別に中国の強大な影響力も感じなくはない。今や中国人の観光客数は日本人の十倍。この島でも頻繁に出会うからニーハオを覚えたのかも知れない。

集落に接する浜辺は漁師の小舟が繋いである以外ほとんど何も使われていないようだが、そんな何でもない所の海でも透き通っていて美しい。中はサンゴでゴツゴツしているので、僅かに砂地のある水面に足を入れ、しーちゃんとしばしチャプチャプ遊んでいるといつしか西陽が眩しい時間帯になってしまった。スピードボートを降りた場所であるメインストリートに再び戻ると、「グリへようこそ」と大きく書かれた広場に着く。そこで井戸端会議をしている地元の男性達を見てちょっと気になった。彼等が座っているのは、所々にそびえる大木からぶら下がっているブランコのようなもの。四角い木枠に漁網を張り、縄で木から吊り下げた単純な構造。

ブランコと言うのか、ハンモックと言うのか。子供は遊具として、大人はベンチ感覚で普通に利用しているようだ。僕達三人は空いているそれに乗ってみた。網の上に腰掛けるので、かなりふんぞりかえった体勢になるが、木枠がうまい具合にフィットするので不安定ではない。自分の足でブランコのように漕げば前後にも動くが、何もせずしてクルクルと回り続けるので、トロピカルな島の絶景をパノラマで感じながら歓談できる最高のシステムである。これを日常的に使いこなせている地元民でない人が乗るとどうなるか。何もかもどうでもよくなり、動く気力は瞬く間に喪失し、このままずっと回り続けるままに身を任せていたくなる。間違い無く「人をダメにするブランコ」と命名すべきアイテムであろう。この島は一周するのに20分もいらないぐらいだが、回転するヤシの木々をボーっと見ているうちに日は暮れた。

 

 

 腹が減ったので食堂を探すと、広場の近くに二、三軒あった。ある店に入ると、一階と屋上のどちらかで食事できるようなので僕達は迷わず屋上へ。街灯が少ないからか、各テーブルにはロウソクが灯っていてなかなかの雰囲気。屋上は外国人、一階は地元民で棲み分けられていた。地元民は家で食事をするので、設置された大きなスクリーンで洋画を眺め、友達とお茶とつまみを手におしゃべりして過ごしているようだ。そんな彼等が注文しているのはヘディカと呼ばれるお茶受けの軽食。一見揚げドーナツかフリッターのようなのだが、スパイシーなものも多い。僕も興味がてら三、四種類注文してみたのだが、全て香辛料のかなり効いたピリ辛であった。

で、通常の食事メニューであるが、メイン料理はナシゴレンとミーゴレン。なぜインドネシアのチャーハンや焼きそばなのか。庶民料理屋で頂くモルディブ料理を楽しみにしていたものの、この島の料理店はほぼこんな感じのようだ。地元の家庭料理は店では出されないのかも知れないし、シェフがリゾート島のレストランでインターナショナル料理を作っていたとすればこのラインナップも頷ける。ま、僕も大好きな料理だからよしとしよう。何よりナシゴレンはしーちゃんに大好評。僕以上に食べてしまったのでもう一杯注文するほど。隣接するモスクから響くアザーンの声。やけに近く感じる月の光とロウソクの揺れる炎に照らされた南国料理を冷たい水で流し込み、汗を拭いながら家族との時間をゆったり過ごすローカル島の夜であった。