広島平和記念公園の「安らかに眠ってください。過ちは繰り返しませぬから」という文言、
過ちを犯した者たちを断罪せずに「過ちは繰り返しません」と誓っても虚しいだけ。

「なぜ,74年経っても癒えることのない傷を残す核兵器を特別に保有し,かつ事あらば使用するぞと他(た)を脅(おど)すことが許される国があるのか。

 それは,広島と長崎で起きた,赤子も女性も若者も,区別なくすべて命を奪うような惨劇を繰り返しても良い,ということですが,それは本当に許されることなのでしょうか。」
※ 広島県知事あいさつより

人の道に外れた、無差別大量破壊兵器・原爆は一向に無くならず、
唯一の戦争被爆国・日本の安倍総理閣下は、
被爆者の「唯一の戦争被爆国として、核兵器禁止条約への署名・批准を求める被爆者の思いを受け止めて」と訴えに、「核兵器国と非核兵器国の橋渡しに努める」と にべもない。

核兵器国・アメリカに寄り添い(本心では核武装を望む?)安倍総理閣下が、
核兵器禁止条約に署名する日は 未来永劫訪れないだろう。
唯一の被爆国を代表し<安倍首相>「核先制不使用に反対」 と米司令官に申し入れ
【「核兵器の廃絶を目指す日本が、皮肉なことにオバマ政権が掲げる『核兵器のない世界』の実現を阻んでいる」・・・それは大きな誤解。

過去の言動が示すとおり、安倍首相は「核兵器の廃絶」なんて本気で目指していないし、
『核兵器のない世界』など望んでいない。
 「戦争と核兵器のない世界」 安倍総理は、どちらも望まない!?


安倍首相、広島・平和記念式典のあいさつ全文 「核兵器国と非核兵器国の橋渡しに努める」

唯一の被爆国・日本と、唯一の核投下国アメリカが反対した〝核兵器禁止条約 全文

ヒロシマ、ナガサキ、フクシマ  問われなかった 人の道に外れた罪



日本の大量プルトニウム所有、北非核化に「悪影響」 元米国務次官補が懸念
【北朝鮮には非核化を迫りながら、日本のプルトニウム大量所有に目を瞑るわけにはいかない。

潜在的核保有大国・日本は既に、5大核保有国に肩を並べる 原爆6000発分のプルトニウムを所有。

唯一の被爆国として、表向き核兵器廃絶の立場を取る日本だが、】

 時事ドットコムより
平和宣言「被爆者の思い受け止めて」=核禁止条約で要請-74回目、広島原爆の日
【広島は6日、74回目の原爆の日を迎えた。広島市中区の平和記念公園では、午前8時から市主催の「原爆死没者慰霊式・平和祈念式」(平和記念式典)が開かれ、被爆者や遺族ら約5万人が参列。松井一実市長は平和宣言で、日本政府に対し「唯一の戦争被爆国として、核兵器禁止条約への署名・批准を求める被爆者の思いを受け止めて」と訴えた。

 式典には安倍晋三首相ら政府関係者のほか、92カ国と欧州連合(EU)の代表が参加。国連の中満泉軍縮担当上級代表(事務次長)も、3年連続で出席した。

 原爆が投下された午前8時15分には、遺族代表らが「平和の鐘」を打ち鳴らし、1分間の黙とうをささげた。
 市長は宣言で、世界の政治指導者に対し「核兵器のない世界への一里塚となる核兵器禁止条約の発効を求める市民社会の思いに応えてもらいたい」と要請。日本政府に対しては「核兵器のない世界の実現にさらに一歩踏み込んでリーダーシップを発揮する」よう求めた。】

 2019広島平和宣言全文・読売新聞より
「一歩踏み込んだリーダーシップを」…広島平和宣言

【今世界では自国第一主義が台頭し、国家間の排他的、対立的な動きが緊張関係を高め、核兵器廃絶への動きも停滞しています。このような世界情勢を、皆さんはどう受け止めていますか。二度の世界大戦を経験した私たちの先輩が、決して戦争を起こさない理想の世界を目指し、国際的な協調体制の構築を誓ったことを、私たちは今一度思い出し、人類の存続に向け、理想の世界を目指す必要があるのではないでしょうか。特に、次代を担う戦争を知らない若い人にこのことを訴えたい。そして、そのためにも1945年8月6日を体験した被爆者の声を聴いてほしいのです。

 当時5歳だった女性は、こんな歌を詠んでいます。「おかっぱの頭づから流るる血しぶきに 妹抱きて母は阿修羅あしゅらに」。また、「男女の区別さえ出来ない人々が、衣類は焼けただれて裸同然。髪の毛も無く、目玉は飛び出て、唇も耳も引きちぎられたような人、顔面の皮膚も垂れ下がり、全身、血まみれの人、人」という惨状を18歳で体験した男性は、「絶対にあのようなことを後世の人たちに体験させてはならない。私たちのこの苦痛は、もう私たちだけでよい」と訴えています。生き延びたものの心身に深刻な傷を負い続ける被爆者のこうした訴えが皆さんに届いていますか。「一人の人間の力は小さく弱くても、一人一人が平和を望むことで、戦争を起こそうとする力を食い止めることができると信じています」という当時15歳だった女性の信条を単なる願いに終わらせてよいのでしょうか。

 世界に目を向けると、一人の力は小さくても、多くの人の力が結集すれば願いが実現するという事例がたくさんあります。インドの独立は、その事例の一つであり、独立に貢献したガンジーは辛つらく厳しい体験を経て、こんな言葉を残しています。「不寛容はそれ自体が暴力の一形態であり、真の民主的精神の成長を妨げるものです」。現状に背を向けることなく、平和で持続可能な世界を実現していくためには、私たち一人一人が立場や主張の違いを互いに乗り越え、理想を目指し共に努力するという「寛容」の心を持たなければなりません。そのためには、未来を担う若い人たちが、原爆や戦争を単なる過去の出来事と捉えず、また、被爆者や平和な世界を目指す人たちの声や努力を自らのものとして、たゆむことなく前進していくことが重要となります。

 そして、世界中の為政者は、市民社会が目指す理想に向けて、共に前進しなければなりません。そのためにも被爆地を訪れ、被爆者の声を聴き、平和記念資料館、追悼平和祈念館で犠牲者や遺族一人一人の人生に向き合っていただきたい。また、かつて核競争が激化し緊張状態が高まった際に、米ソ両核大国の間で「理性」の発露と対話によって、核軍縮に舵かじを切った勇気ある先輩がいたということを思い起こしていただきたい。今、広島市は、約7800の平和首長会議の加盟都市と一緒に、広く市民社会に「ヒロシマの心」を共有してもらうことにより、核廃絶に向かう為政者の行動を後押しする環境づくりに力を入れています。世界中の為政者には、核不拡散条約第6条に定められている核軍縮の誠実交渉義務を果たすとともに、核兵器のない世界への一里塚となる核兵器禁止条約の発効を求める市民社会の思いに応えていただきたい。

 こうした中、日本政府には唯一の戦争被爆国として、核兵器禁止条約への署名・批准を求める被爆者の思いをしっかりと受け止めていただきたい。その上で、日本国憲法の平和主義を体現するためにも、核兵器のない世界の実現に更に一歩踏み込んでリーダーシップを発揮していただきたい。また、平均年齢が82歳を超えた被爆者を始め、心身に悪影響を及ぼす放射線により生活面で様々な苦しみを抱える多くの人々の苦悩に寄り添い、その支援策を充実するとともに、「黒い雨降雨地域」を拡大するよう強く求めます。

 本日、被爆74周年の平和記念式典に当たり、原爆犠牲者の御霊みたまに心から哀悼の誠を捧ささげるとともに、核兵器禁止、核兵器廃絶とその先にある世界恒久平和の実現に向け、被爆地長崎、そして思いを同じくする世界の人々と共に力を尽くすことを誓います。

令和元年(2019年)8月6日

広島市長 松井 一実】

 広島県HPより
広島市原爆死没者慰霊式並びに平和祈念式における知事あいさつ
【原爆犠牲者の御霊(みたま)に,広島県民を代表して,謹んで哀悼の誠(まこと)を捧げますとともに,今なお,後遺症で苦しんでおられる被爆者や,ご遺族の方々に,心からお見舞い申し上げます。

 74年前,この地は原爆によりあらゆるものも人も破壊され尽くしました。

 しかし,絶望的な廃墟の中,広島市民は直後から立ち上がりました。水道や電車をすぐに復旧し,焼け残りでバラックを建てて街の再建を始めたのです。市民の懸命の努力と内外の支援により,街は不死鳥のごとく甦ります。今,繁栄する広島には,国内外の多くのお客様で賑い,街の姿は,紛争後の廃墟から立ち上がろうとしている国々から訪れる若者に,復興への希望を与えています。

 しかしながら,私たちは,このような復興の光の陰にあるものを見失わないようにしなければなりません。緑豊かなこの平和公園の下に,あるいはその川の中に,一瞬にして焼き尽くされた多くの無辜の人々の骨が,無念の魂が埋まっています。かろうじて生き残っても,父母兄弟を奪われた孤児となり,あるいは街の再生のため家を追われ,傷に塩を塗るような差別にあい,放射線被ばくによる病気を抱え今なおその影におびえる,原爆のためにせずともよかった,筆舌に尽くし難い苦難を抱えてきた人が数多くいらっしゃいます。被爆者にとって,74年経とうとも,原爆による被害は過去のものではないのです。

 そのように思いを巡らせるとき,とても単純な疑問が心に浮かびます。

 なぜ,74年経っても癒えることのない傷を残す核兵器を特別に保有し,かつ事あらば使用するぞと他(た)を脅(おど)すことが許される国があるのか。

 それは,広島と長崎で起きた,赤子も女性も若者も,区別なくすべて命を奪うような惨劇を繰り返しても良い,ということですが,それは本当に許されることなのでしょうか。

 核兵器の取扱いを巡る間違いは現実として数多くあり,保有自体危険だというのが,米国国防長官経験者の証言です。近年では核システムへのサイバー攻撃も脅威です。持ったもの勝ち,というのであれば,持ちたい人を押しとどめるのは難しいのではないでしょうか。

 明らかな危険を目の前にして,「これが国際社会の現実だ」というのは,「現実」という言葉の持つ賢そうな響きに隠れ,実のところは「現実逃避」しているだけなのではないでしょうか。

 核兵器不使用を絶対的に保証するのは,廃絶以外にありません。しかし変化を生むにはエネルギーが必要です。ましてや,大国による核兵器保有の現実を変えるため,具体的に責任ある行動を起こすことは,大いなる勇気が必要です。

 唯一,戦争被爆の惨劇をくぐり抜けた我々日本人にこそ,そのエネルギーと勇気があると信じています。それは無念にも犠牲になった人々に対する責任でもあります。核兵器を廃絶し,将来世代の誰もが幸せで心豊かに暮らせるよう,我々責任ある現世代が行動していこうではありませんか。広島県としても,被爆75年に向けて,具体的行動を進めたいと思います。

 結びに,今なお苦しみが続き,高齢化も進む国内外の被爆者への援護が更に充実するよう全力を尽くすことを改めてここに誓い,平和へのメッセージといたします。

令和元年8月6日

広島県知事 湯崎 英彦

【Peace Message】

On behalf of the people of Hiroshima Prefecture, I pray for the souls of those who lost their lives in the atomic bombing. I would also like to offer my condolences to the bereaved families and express my deepest sympathies to the hibakusha, the atomic bomb survivors, who even today suffer from the aftereffects of the bomb.

Seventy-four years ago,everything here in Hiroshima was completely destroyed by the atomic bomb and so were the people living here.

Immediately after the bombing, however, the people of Hiroshima rose up from the ashes and debris of nuclear destruction. They quickly restored water supply facilities and streetcar tracks and built barracks with whatever materials remained in areas swept by the flames. As a result of residents’ untiring efforts and support from both inside and outside Japan, Hiroshima came back to life just like a phoenix. Today, many tourists visit this thriving city from around the world. The views of the revived city inspire many visitors, particularly young people from regions suffering armed conflicts, giving them hope for post-conflict reconstruction.

However, we must not overlook what lies beneath this thriving city. Underneath the lush greenery here in Peace Memorial Park, and below the riverbed, lie the bones of many innocent people whose bodies were burned away in a moment and whose souls are grieving forever. Even those who managed to survive the bombing had to endure extreme hardships that are beyond description. Many were orphaned when their parents and siblings were killed in the bombing, were forced to leave their homes under the city’s reconstruction programs, or suffered discrimination, which indeed rubbed salt into their wounds. Even today, they suffer from the lingering effects of radiation, most notably in the form of various diseases. If not for the atomic bombing, these people would have been free from such adversities. Even after 74 years, the atomic bombing continues to torment these hibakusha.

While thinking these thoughts, a simple question came up in my mind.

Why are some countries allowed to possess nuclear weapons that can inflict a trauma that remains incurable for 74 years or more? Why are they allowed to threaten other countries to use their nuclear arsenals?

Use of a nuclear weapon would result in another calamity like the ones that happened in Hiroshima and Nagasaki . A calamity in which people were killed indiscriminately, including babies, women, and young people. Is it really permissible to cause such a catastrophe?

A former U.S. Secretary of Defense once testified that simply possessing nuclear weapons was dangerous since there had been many incidents involving mishandling of the weapons. Today, we face yet another risk: possible cyberattacks on nuclear systems. If we believe that states that possess nuclear weapons are the winners, it would be extremely difficult to stop nuclear proliferation.

In face of this obvious peril, some people still say that this is the reality of today’s international society. Although these people use the term “reality,” which makes their remarks sound intelligent, in fact they are only escaping from true reality.

The only means to absolutely ensure that nuclear weapons are never used is nuclear abolition. There are no other options. To realize nuclear abolition, however, we need sufficient energy. Moreover, we need great courage to take concrete and responsible actions to change the reality of global powers possessing nuclear weapons.

I do believe that we Japanese, as the people in the only country to have suffered the catastrophe of wartime nuclear bombing, have that energy and courage. I also believe that realizing nuclear abolition is our duty to all victims and hibakusha. It is the duty of our generation to work together to abolish nuclear weapons and leave for future generations a peaceful world where everyone can lead a happy and spiritually enriched life. With this in mind, Hiroshima Prefecture will take concrete actions toward next year’s 75th anniversary of the atomic bombing.

I would like to conclude my message of peace by pledging here today to do my best to enhance our support for the aging hibakusha living both inside and outside Japan, who are still suffering from the aftereffects of the bombing so long ago.

August 6, 2019

Hidehiko Yuzaki】