15、6年以上前、
GS神戸に程近い2軍のサブ球場でよく言葉を交わした「愛工大名電の鈴木くん」。
当時の球団首脳は彼の素質を見抜く能力に欠け、ケンモホロロにその打撃法を言下に否定され、まるで見せしめのように2軍に塞き止められた彼は、腐り悩み苦しんだ末に引退を考え、その決意を涙ながら愛工大名電の恩師に電話している。
本当なら人知れず郷里に帰って日の目を見なかったであろう彼を救ったのが、イチローを支え彼と二人三脚となっていた河村コーチ、そして新任の仰木監督と新井コーチの近鉄コンビでありもし彼らがイチローのもとにいなかったのなら今の世界的スーパースターはそこいらの単なる野球選手としてすら存在しなかったに違いない。
その「鈴木くん」はやがて日本一の選手になり、いまや世界最高峰の選手の一人となった。
3000本安打達成についての一問一答(毎日)
王手をかけてからの1日をどう過ごしたのか
(食事で)トロの量が多かったくらい。ラーメンはいつもと同じ量だった。
プレッシャーとの付き合い方が上達した?
上手になれたらいいが、そうは思えない。ただ(達成は)時間の問題だとは思っていた。せっぱ詰まった状況なら、トロではなく白身に行ってた。いつもは食べないものを口にする、などということは今回はなかった。
拍手を受けたが?
敵地だから何もないと思っていたので戸惑った。手を高々と挙げるわけにもいかないし、無視もできないので、すごく困った。
2000安打のときは「君は2000本打てる」と言ったオリックスの三輪スカウトの顔が思い浮かんだというが、今回は?
張本勲さんです。95年に張本さんが「次に3000本打つのはおまえで、首位打者7度を抜くのもおまえだ」と言われた。
張本さんは「あっぱれ、4000本を狙え」と言ったそうだが
あえて「喝!」と言ってほしかった。でも小さい積み重ねで3000本を打った人が、いきなり4000本という、そのギャップは面白い。
3000安打達成者はメジャーでもかなり晩年になってからだ
実質15シーズンで達成したのは、いいペースだと思う。悪い気はしない。
もっと早い段階でメジャーに来ていれば、と思うか?
言ってもしょうがない。ただ僕は日本で技術を磨いてきた。18や19でこっちに来ていたら、いまの状況はなかったと思う。
米国では、日本での安打数を含めることに疑問を持つ人もいる
アメリカ人には申し訳ないが、こっちに来てからの方がペースは速い。日本の方がレベルが高いんですかね、と言い返せる。そこはちょっと誇りに思っている。
一問一答以上
20数年間に及ぶ野球人生で、試合や練習においても他人から見ればまったくの無駄に見えたり、何もそこまでやらなくても…というような緻密で繊細な練習の積み重ねと繰り返しがこの卓越した技術の習得を可能にしたのだと思う。
おめでとう。