巨人・加治前選手の鮮烈デビューで思い出したのが、現中日の平井 正史投手です。
宇和島東高校時代、甲子園に春夏連続出場しドラフト1位指名でオリックス入団。
入団2年目の1995年、160kmの剛速球でチームの絶対的守護神となり
「新人王」
「最優秀救援投手賞」
「最優秀勝率賞」
「最優秀バッテリー賞(捕手・中嶋)」
など各賞を総ナメし、この年のオリックスリーグ優勝に貢献。
が、翌1996年から2002年までの間、肘をはじめ多くの故障に悩まされて殆ど登板機会はありませんでした。
しかし中日へ移籍後すぐの2003年にはチーム最多の12勝をあげ見事「カムバック賞」を受賞しました。
オリックス入団直後にサインをもらいに行ったとき、色紙に「○○さん江」のところの私の名前が漢字で書けずに、頭をかきながら大笑いしたことが懐かしく思い出されます。
ちょうどロッカールームから高田選手が出てきて困っている平井投手から色紙を横取りし、代わりにそこの部分だけ書いてしまいました。
ですからその時平井投手からもらったサインの私の名前の一文字だけは高田選手が書いたという、なんとも珍しいサインな訳です(笑)。
さて、
私は彼ほどの強烈なプロデビューをした選手を他に知りません。
私は幸せなことに目の前で彼のそのプロ初登板を見ることができました。
入団1年目の1994年、藤井寺球場でのデーゲーム、VS近鉄バファローズ戦。
試合は確か0-0か1-1の同点で迎えた9回の裏近鉄の攻撃。
場面は無死満塁。
ここでオリックス仰木監督はピッチャー交代。
場内アナウンスされたリリーフピッチャーの名前を聞いた場内にはどよめきが起こりました。
「オリックスのピッチャー・・・平井」
高校を卒業したばかりの18歳の選手のプロデビューが9回裏無死満塁、1点でも取られたらサヨナラ負けの場面です(笑)。
結果は私の記憶が正しければ、一人目のバッターを見事三振。
二人目の村上選手かだれかに外野フライを打たれタッチアップでのサヨナラ負けだったと思います。
彼を凄い投手だなと思いましたし、
仰木監督もまた凄い監督だな、と改めてこのとき思いました。
