畑田小学校での練習。


今日は半面しか使えず、シニアと合同なので外野地域での練習から。

ダッシュ系のあと、グラブを着けてのクロススタートによるゴロ捕球のイメトレ。

ステーショナリーとカメハメハ、通常キャッチボール。

ランニングキャッチボールにランダウンプレー。

軽めのノックの後、半レギュラーバッティング。


ステーショナリーとカメハメハ練習を取り入れてからスローイングは順調に上達してきています。ランダウンも飲み込みが早くいい感じでした。

やはりロジャースJrのみんなはとても“賢い”と思います。








今すぐ、一番上達してほしいのは野球技術ではありません。


挨拶返事そして積極性








私はオフの日に、よく少年野球チームを訪れるのですが「お願いします」「ありがとうございました」などのあいさつができなかったり、話をしても反応がにぶい子どもが多く、正直言って嫌な気分になることがあります。


↑先日にも紹介したソフトバンク小久保裕紀選手の言葉です。



実生活で仲間に挨拶をしなかったらどうなるでしょう。

会社で上司から話しかけられて返事しなかったらどうですか。



↓小久保選手は続けます。


また、それに対して怒る大人がいないことも疑問です。

最近は、指導者がどこか子どもや子どもの親の顔色をうかがっているような印象を受けることがあります。

子どもがチームをぬけてしまうと、人数が足りなくなって困るから、などの事情もあるそうですが、明らかに間違っていることすら怒らないようでは、子どもがチームに入っている意味がないように思います。

指導者は、その子の今後の人生にとってマイナスになることについては、親の前であっても怒ってやるべきなのではないでしょうか。




江戸中期、日本に来日した諸外国の人たちは総じて、日本の子供たちの勤勉さとその礼儀正しさ他人を敬う所作に大いに驚き感嘆したそうです。

そういう“美意識”が我々日本人の誇りでもありました。

義務は屁理屈を捏ねて言い逃れ、都合のいい権利だけを主張し自分さえよければという風潮の今の若者たち。


私は野球をスポーツとしてだけでなく教育の場として捉えていますので小久保選手の言うことに物凄く納得できます。

当たり前のことを叱れず教育できないチームでは存在意義がありませんし、また叱られてそれが嫌ならやめればいいと思います。

それで団員が減ってチームの存続が危うくなってもそれは仕方ありません。

それが指導者としての信念や矜持なのではないでしょうか。





10年ほど前、所用のため甲子園球場に出入りしていた時期があります。

大概OB室で阪神球団の営業部長さんと面談させていただくのですが、通路で擦れ違う阪神の選手たちは見ず知らずの私にも礼儀正しく帽子を取って挨拶してくれました。

営業部長さんはPL学園からのプロ第一号。

当時巨人のあの清原選手でも、甲子園に来たときは先輩だから必ず挨拶にきてくれるんだ、と聞かされました。

阪神だけでなく、GS神戸でのオリックスの選手たちもそうです。

ああいうプロとして成功した人たちや、“自分自身での最後”まで野球をやりとげた人たちは、子供のころから教育されてきたことがきっちりと身についているんだなあと実感します。



こういうことがありました。

去年のことですが私が病院の待合室で診察を待っているとき、野球の練習で怪我をしたであろうユニフォーム姿の子供と付き添いのコーチらしき人が診察を終えての帰り際、その子は医者に対して直立不動で元気よく


「ありがとうございました!」


医者は

「おお、やっぱり野球やってる子は礼儀正しいなあ」


それを見た私は他人事ながら、もう嬉しくて嬉しくて(笑)。

思わずその子に


「がんばれ野球少年!」


と声をかけてしまいました。







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