聞きたくない自慢話は? ブログネタ:聞きたくない自慢話は? 参加中

自慢話?
大いに結構じゃないですか。

それが本当に人に自慢できるほどのことであれば、
大いに誇っていいと思うし、
大いに自慢していいと思う。

さらに言えば、
その話を鬱陶しがらずに、
正当に評価すべきだと思う。
周りの人間は。
(正当に評価、は大きなポイントかと)

僻みからくるやっかみとかもあるからね。
自慢を嫌う人の中には。

あの人は自分の自慢ばかりしてうざい。
なぁんて話を耳にすることもありますね。

それだけ自慢をすることがたくさんあるなんて、
なかなか素晴らしいことだと思いますがね。
本当に自慢できることなのであれば、ですが(笑)

さて。
自慢話は否定はではないですが、
一応ネタに沿っておかないとね。

ということで。
聞きたくない・・・というよりは、
で?それが??
ってのはありますね。

“何が凄いのかはっきりしない自慢”

これに尽きます。
自分の友達がどうとか、
自分の知り合いがどうとか。
まぁ親戚は百歩譲って認められるかもしれないけど。
(自分のことよりはだいぶハードルが上がると思うけど)

人脈自慢も同じような部類に入るかな。
誰と知り合いとか友達とか。
それを大いに活かして生きているなら・・・
まだ繋がるのかな。
まぁでも他人事には変わりない気もする。

自慢自体を聞きたくないのであれば、
それを受け入れられない人間性の小ささがあると思う。
さらに言えばその人の功績、努力を認められない、
人としてイマイチな部分を抱えているような気がしてならない。

ま、それが本当に自慢するようなことなのであれば・・・
っていう前置きはつきますが。

凄いのはわかったから。
もう言わなくていいよ。

なんて発言も耳にすることがありますね。

まずは本当に凄いと思ってみて付き合ってみたらいかがでしょうかね。
相手の優れている部分をしっかりと認める。
それって難しい!
って気づいた人はだいぶ謙虚な人だと思う(笑)
初めて試みる人は、
結構難しいことに気づくんじゃなかろか。

ましてや主観じゃなく、
客観的に優れている部分を持つ人に対しては当たり前に認めるべきでしょう。

主観じゃなく客観。
これの例を挙げてみましょう。
くだらないですが、こんなもんだと思います。

主観で凄いと思っている部分がある人。
・○○に詳しい(ソースが曖昧な場合多数)
・稀有だが実用性のない特技(腕がこれだけ曲がる、とかね)

客観で凄い・・・
は大して説明は要らないですかね。
何かの受賞者だったり、記録を持ってたり・・・
挙げればキリがないけど、
できればそのソースにいちゃもんがつかない方が、
なお認めざるを得ないと思われます(笑)

自慢話をしている相手に対して・・・
“俺(私)は凄いと思わない(どうでもいい)”
っていう発言をしている場合、
相手の話が主観であれば的を射ていると思いますが、
相手の話が客観的に認められている内容であれば、
ただの僻みに聞こえかねません。
要注意(笑)

主観的な自慢話ほど、
共感に気を使うことはありませんからね。。。