「一向に小説を書く気配がないですね」

天使くんはディスクグラインダーで巨大な貝殻をぶった切るアツシを見ていた。

 

「楽しそうだからいいんじゃないの?」

神様は天使くんとベランダに置かれた折り畳み式のビーチチェアーに腰かけていた。

トロピカルジュースには南国のフルーツが乗っている。

 

「あと1年くらいなら、悪くないですね。この生活も」

「うむ。悪くないの~」

 

 

神様はトロピカルジュースに舌鼓をうった。

 

アツシは夜光貝という大きな巻貝を加工し、ネックレスやブレスレットを作成していた。

 

 

ことの発端はなけなしの金で買った自転車で石垣島の中心部にある『あやぱにモール』を散策していた時であった。

※現在はゆうぐれなモールです。

 

 

前回でも紹介したように、島人の朝食担当のおじいからカットされた夜光貝を500円で買い。磨いて輝くその姿に感動したアツシは、100均で買ったネックレスチェーンを着け、首に飾っていたのであった。

 

そのネックレスを着けて『あやぱにモール』を散策していたところ、なんと夜光貝でアクセサリー作りをして道売り(路上販売)をしてる兄貴を発見したのであった。

 

人に話しかけるのに全く抵抗のないアツシは

 

「私も海人のじいさんから買って磨いてみたんですよ」と声をかけた。

 

「へ~うん。いい磨きしてるじゃん」

とアツシの磨いた夜光貝をチェックする兄貴。

 

「これ、何でカットしてるんですかね、どうやって加工するんですかね。どこで仕入れたらいいんですかね」

 

と質問攻めのアツシに、全く躊躇することなく兄貴は全部答えてくれたのだった。

 

夜光貝を切るにはディスクグラインダー(通称サンダー)が必要で、恐ろしく硬いのでダイヤモンドカッターなる刃が必要ということだった。

 

 

アツシはその足で木田商会(工務店)に向かい、一番安いディスクグラインダーを購入し、ダイヤモンドカッターも手に入れた。

 

「夜光貝がほしいなら、海人の人と仲良くなるか、いまならヤフオクでも買えるし、欲しいなら1個譲ってあげるよ。これ使って何個か作ってみたら、できたらお店においてあげるよ」

 

至れり尽くせり!

 

兄貴の有り余るご厚意にやる気しかでないアツシであった。

 

そして早速、寮に戻って貝をバラしていたというわけだ。

 

キィーンという工事現場でよく聞く高音が貝から発せられる。

そして煙が黙々と立ち込める。

 

「夜光貝は貝毒があるから、粉は吸い込んじゃだめだよ」

 

と注意を受けていたので、口に工事現場用のマスクをして目にはゴーグルをつけて、頭にタオルを巻いていた。見た目は完璧に工事現場の職人であった。

 

今までおじいの適当にカットされた貝を買って磨くしかなかったアツシにとって、自分で造形できることは至福の喜びであった。

 

「あれ・・・穴ってどうやってあけるんだ? ドリルか?」

 

 

さすがに穴をドリルであけるくらいは知っていたアツシは、またも安いドリルを買ってきて開けようとした。

 

「あかね~。しかも曲がる」

 

そう一向に穴があかないどころか、熱でドリルの刃が曲がり、なんと全部折れてしまったのだ」

 

 

「え~」

 

途方にくれたアツシは、兄貴のところに自転車を走らせた。

 

「あ~ドリルは厳しいね。僕の使ってる歯医者さんが使う50万くらいするドリルで、ダイヤモンドがまぶしてある刃を使えば細かい作業も、穴あけもできるけど。お金ないなら卓上ボール盤を買えばいいよ」

 

また聞きなれない名前であった。

 

「卓上ボール盤とは?」

 

「メイクマンに売ってるよ」

 

 

言われるがままに自転車を走らせて沖縄で最もメジャーなホームセンター。猿のマークが目印のメイクマンに向かった。

 

「卓上ボール盤ありますか?」

 

昔から探すより店員さんに聞いたほうが早いことを刷り込まれてきた関西人のアツシは、速攻で店員に聞いた。

 

「こちらですね」

 

 

「・・・こいつか! イメージしてたんと違う! ってか自転車で運べるのか」

 

ということで、仲良くなった清掃会社の同じ寮にいる車持ちの姉さんに車で運んでもらうことにした。

 

いざ、小さなアクセサリーに穴をあけようと、貝を付属の万力で固定しようとする、しかし

 

「小さすぎて固定できん」

 

結局手で持って穴をあけるしかないと判断し、ドリルすれすれのところに指をおいて穴をあけるというコンプライアンス違反の暴挙に出るのであった。

 

「開いた。すげー一瞬じゃん。卓上ボール盤すげ~」

 

ドリルであんなに苦戦した穴あけが一瞬で終わった。

兄貴のアドバイスで、少し割高だったが、ダイヤモンドパウダーでコーティングしているドリルの刃も効果は抜群であった。

 

あとは磨くだけだ。しかしこの磨く作業が大変時間がかかる。

 

根気との勝負である。

 

元来、凝り性で、小説を毎日書き続けるくらいハマったら同じことをひたすらやるアツシの性格は、この貝磨きにあっていた。さらに何事も無駄が嫌いで効率化大好きの性も一役かっていた。

 

 

アツシはサンドペーパー(耐水)をいかに効率よく消費するかを何度も磨きながら考えた。

 

磨く作業というのは、包丁研ぎと同じで、荒い目から順に細かい目にしていき、最後は粉末状のコンパウンドなどを使って仕上げるのが一般的だ。

 

これは金属でも木工でも工程は同じである。

勿論貝磨きにおいてもそれは同じだった。

 

まず荒い目は#120が理想という結論に達した。

#90では荒すぎて削れすぎる。

♯120でカットの際についた大きな傷や角をとる。(バリ取りのような作業)

 

そして♯240、#400、#800、#1000、♯2000

と細かい目で磨いていく。最後はその時に一番安価であった、兄貴推薦のピカールをつかって、フェルトで磨いた。

 

人によっては#1000で充分という人もいるが、アツシは売ってる範囲の一番細かい目まで磨きたかった。妥協はしたくなかったのである。

 

最終的にはサンドペーパーつきのディスクグラインダーの刃があり、文明の利器を使って#400

まで数分で磨くという域に達した(それはずいぶんと後の話だが)

 

完成した夜光貝は宝石のごとく光る。

さらにアツシを魅了したのは同じ模様、同じ光り方をする貝はないということだった。

 

 

切ってみないとわからない。磨いてみないとわからない。

 

これが貝細工を長く続けられた理由だった。

アツシは半年近く貝細工に夢中になり、たまにサーフィンの練習に海にでかけ、バイトをする。

素潜りも始め、自分で貝を取り、食べて殻を磨く。

 

加工する貝の種類も増えていき。

 

高瀬貝、黒蝶貝、白蝶貝など

様々な貝を扱うようになっていった。

 

「アツシ~今日の一等賞!」

 

玄関ではなく窓から侵入してくるのは、以前川平の外資系ホテルで出会ったサーファー達であった。

 

 

彼らも夜光貝の魅力にはまり、一番多い時は10名近い人数で夜光貝を加工し、道売りで売りにいくということをしていた。

 

兄貴の仲間から苦言がでたり色々あったが、毎日自分の商品を売ってくれて、それがお金に代わる喜びはひとしおだった。

 

アツシ自身も有名スポットである御神崎(うがんざき/おがんざき)で夕日を見ながら販売した日のことは忘れられない思い出となった。

 

 

目の前で自分のデザインしたアクセサリーを気に入ってくれて、お金を出して買ってくれる。さらにそれをその場で着けてくれる。

 

綺麗な夕日とともに、このアクセサリーは自分の知らないとこで自分の知らない人生に関わったりするんだろうな。と思った。

 

貝細工はまだまだ終わらなかった。アクセサリーの部品を買っていたお土産屋さんのお姉さんから、貝を卸してほしいと言われたのだ。

 

貝の値段はその都度、主にサイズでの交渉となった。

バイトをしながらであったので、とてもいい小遣い稼ぎになった。

 

しかし仕事になってくると、今ままで自分の好きなデザインばかりを作っていたのとは訳が違ってくる。アツシはここでプロの洗礼を受けるのであった。

 

「なんかつまんねえな」

 

売れるデザインというのが決まってくる。いくつか新しいデザインで気に入られるものもあったが、基本的には雫の形や、丸。円やひし形。そう、結局シンプルなデザインが売れるのだった。

 

そうなってくると、作っているというよりも生産しているという形相になってくる。

 

同じ形をひたすら作ることになる。

 

アツシはここで立ち止まった。

石垣島にきて1年近くが過ぎていた。

 

仕事も住む場所もすでに3回ほど変わり、給料のいいパチンコ店のバイトをしている時だった。生活に困っていないのも、それに拍車をかけた。

 

「小説を書こう」

 

親に金を少し借りてアパートを借りていた。

パチンコ店の給料が入るのは来月からだったが、パチンコ店の寮が地獄のような共同生活で早く出たいというのがあったからだ。

 

貝細工はすぐにやめれる状況ではなかったので、小説を書くから納品は少なくなるかもしれない、と店主のお姉さんに断りをいれた。

 

店主のお姉さんは元出版社の人で、アツシが小説を書くことを応援してくれた。

「持ってきたいときに持ってきてくれればいい」

 

そう言ってくれた。

 

そこから小説を書く日々が戻ってくるのであった。

 

 

「あんなにすんなり戻れるもんなんですね」

 

天使くんは1年近く書いていなかった小説の続きをわりとすぐに書き始めるアツシに感心していた。

 

「自分の物語じゃからの。今まで現実のほうが動いていた。そこで経験したこと、考えたこと、出会いや別れ、この1年間で彼が得た経験値は大阪にいたころの非ではない。自分の中から文章があふれ出しているよ」

 

「神様。まだいる? もう答えてくれないかな」

 

アツシは久しぶりに3ページほど文章を書き上げて、天に向かって言った。

 

「聞こえておるよ。おかえり」

 

「へへ。ただいま。戻ってきたよ俺」

 

「ローリングストーンズな1年じゃったろ?」

 

「ええ。とっても。本当に。大阪を出て良かったです。まるで違う自分になったみたいです」

 

「それが小説を書くために必要だったんじゃ。それが一通り終わって、お前さんは戻ってきた。書く時が来たんじゃ」

 

「そんな気がします。今なら最後まで書けると思います」

 

「思い浮かんだことを書けばいい。完成させることが重要なんじゃ」

 

「相変わらずなんのアドバイスもないんですね」

 

「アドバイスがほしいのかい?」

 

「いや。いりません。書きたいんです。書きたいことがいっぱいあります」

 

アツシは目を閉じた。アツシの頭の中から川のような水の流れが放たれていく。

それは宇宙の窓につながって、扉が開いた。

 

 

「いい感じでゴッドスペースに繋がりましたね」

「そうじゃな。この瞬間は気持ちがいいの」

 

ゴッドスペース。それは全ての源であるエネルギーの集合体であった。

神様も天使くんもそこから自我をもってこちらの次元にやってきていた。

 

アツシの頭にゴッドスペースからキラキラと光る金色の川が流れていく。

 

「神様。いつもありがとう。良い物語が書けそうな気がするよ」

 

机の上の夜光貝が、月の光の中で輝いていた。

 

つづく。

 

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