なんて大それたことを 笑
でも備忘録として書いておく。
『愛に生きる』
これは理想ではない。
先日ニュースでとある水族館の外に設置してある水槽にタバコの吸い殻が投げ入れられていて、
その影響で多くお魚が死滅したらしい。
憤りを感じた。
タバコの吸い殻を魚が生きている水槽に投げ入れた人を許せない。
悲しい。
怒り。
YouTubeのコメント欄には同情や励まし、
犯人を見つけて賠償させるべきだなどといった書き込みが並んでいた。
自分もそう感じた。
そして水族館を管理している人やその水族館(小規模な私設の水族館)を大切にしている人達の絶望を思い、
また怒りと悲しみを感じる。
何ができるのか。
今自分に何ができるのか。
寄付をしたい。
そう思いインターネットで検索したらその水族館のホームページが出てきた。
寄付を募集するページがある。
自分はそこに希望を感じある程度まとまった金額を振り込んだ。
どうか諦めないで欲しい。
ただその想いで。
そこそこの金額を振り込んだので一瞬躊躇した。
正しく使われるのか?
本当に必要なのか?
こんなに振り込まなくても良いんじゃないのか?
でも自分は「救いたい」と感じたその想いのままに振り込みをした。
愛を感じたい。
そんな自分に必要な出来事だったと思う。
愛を感じたい。
そう思えばいつも自分はそんな中にいた。
そんな出来事ばかりだ。
愛を感じたい。
きっと人はそれを感じたくて、
恋愛や結婚を決めるのだと思う。
自分の愛を感じたい。
その為に出来事は起こっている。
愛に生きる為に。
見失いたくないし、
諦めたくない。
自分の愛はいつでも反応している。
YouTubeでひどいニュースを観た時だって。
自分にとっては小規模で日々一生懸命に魚の世話をしている水族館の水槽にタバコの吸い殻が投げ入れられるという出来事は必要だった。
そしてそのニュースを観るという出来事も。
そしてそれに反応して寄付をするという事も。
自分の愛を感じる為に、
諦めない為に。
水族館の方からは熱いメールが届いた。
どうか想いを絶やさないで欲しい。
ちなみに自分は別に水族館が好きな訳ではない 笑
好き嫌いなんて関係無い。
ちなみにそこはキリスト教の教会が運営している水族館だ。
宗教の違いなんて関係無い。
その人の想いを救いたいだけなのだから。