若いという状態。

これが如何に世間の目を易しくしてくれていたか、評価を誤魔化してくれていたか。


たくさんの欠点を抱えたいびつな存在を「まだ若いから」世間の多くは許容してくれた。

興味・関心を持ってくれた、期待してくれた。


私は「若さ」という特別な鎧を自分が纏っていることに気づいていなかった。


「若い頃に失敗しとけ」とか「若いうちはいいけど」そういった言葉を耳にしていたが、それを内側の話(身体的に老いて選択肢が減っていくからとか)

そんな程度にしか考えていなかった。


しかし、若さの本当の利点は外からの働きにあったのではないかと思う。


小さいことから言うと、

自分から話さなくても誰かが声をかけてくれるとか。礼儀のないことをしても叱ってくれるとか。


とにかくここでは書き表せないくらい全般的に「若さ」で得をしてたみたい。


私はそういった不自然なほど有利に働く何かの存在をなんとなくは感じていた。

しかし、それは自分に特別な何かがあるからだと思っていた。


自分は話さないけれどなぜか人に気にかけられている。自分は挨拶はしないけれど、どこか特別で分かってもらえている。自分は笑顔を振りまいたり、場を盛り上げようとしたりしないけれど居るだけでいいし、何か特別にそういうポジションにある。


その特別な何かが実は全て「若さ」という補助輪だったのでは無いかと感じはじめた。


それを己の力だと信じて、自分の人生にはずっとこの不思議な力が働くのだと思っていた。

それにかまけて努力や挑戦、傷つくこと失敗することを人一倍遠回しにしてきた。


若さという鎧が剥がれ落ちて、世間の目が変わった。


そうして、剥き出しになった生身の自分は余りにも未成熟なままだった。