今年は第一次世界大戦の引き金になったサラエボ事件から100年の節目です。
昨年1月、クロアチア旅行の帰途サラエボとベオグラ-ドに宿泊して、モスクワ経由で帰国するツア-に参加しました。
旧市街はオリエンタル風の魅力的な街ですが、郊外は紛争のつめあとが残っていました。                                                 ①ラティンスキ-橋(写真は2013年1月)                     
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オ-ストリア=ハンガリ-帝国の皇太子夫妻が銃撃され、第一次世界大戦勃発のきっかけとなった現場です。
この橋の近くに博物館があり、「20世紀が始まった街角」という看板があります。
現地ガイドから、その博物館の街角に立ったまま近代史について、長い時間説明を受けました。
 
 
 
  ②スナイパ-通りのホリデイ・イン・ホテル(黄色の建物)
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1992年から3年半続いたボスニア・ヘルツェゴビナ紛争(首都はサラエボ)で、世界中のジャ-ナリスト達がここに滞在して、戦況を伝えた所です。スナイパ-(狙撃手)通りは、ここを通る人を無差別に銃撃したことから付けられています。
市電を待つ人たちが映っています。
観光バスの窓から、壊れたままの建物など旧ユ-ゴ崩壊のいまだ残る傷跡が平和に暮らす私たちに、多くのことを無言で訴えていました。