東の空が明かるくなり、今日も朝が来た。

出来ればこのまま、目を醒ます事なく、無意識と混沌の闇の中に埋もれてしまいたかった。

くる日もくる日も追いたてられ、生きているのか死んでいるのかも分からない。

そんな繰り返されるだけの毎日に疲れ果てていた。


 けたたましい物音と共に、灰色の服を着た人間たちが入ってきた。

彼らは僕らの数を数え始めた。

「1、2、3、4、、、、よし、ちゃんといるな。そっちは、、、10匹、問題なさそうだな。」

「今日は仕事だよー。お前たち、頑張るんだよー。終わったら美味しいえさを沢山あげるからねー」

果たして今日は生き残れるのだろうか。

こころざし半ばで倒れていった仲間たちのうめき声が僕の脳裏によみがえった。

僕は思わず身震いをした。


 僕は焦燥とした気持ちをまぎらわすように、夢中で餌をついばみながら、隣にいたジャッキーに話しかけた。

「今日も子供たちがたくさん来るのかな?僕は毎回不安でたまらないよ」

ジャッキーというのは、僕の親友のアヒルの仲間である。

「そうだね。前回は首をわしづかみにされて危うく息が出来なくなると思ったよ」

ジャッキーは、前回、死にかけたのである。

「子供は加減をしらないからね。ほんと、恐ろしいね」

僕は同情をこめて、ジャッキーにつぶやいた。


 僕は深いため息をつく。

この世界に産まれた以上、僕はおそらくずっとこのままだろう。

いかにあがこうが、抜け出せない「運命」という足かせが、生まれながらにして僕の足に嵌っているのを感じた。


暗雲の立ち込める天候の中、移動動物園が開園した。


さあ、地獄の時間の始まりだ!!


子供たちがいっせいに柵の中になだれこんできた。

「ひぇー、助けてくれー!!」

「もっと優しくさわってよ!!」

逃げ惑う、ウサギたち、モルモットたち。

柵の中はさながら、阿鼻叫喚の地獄絵図が広がっていた。

この世に地獄があるのであれば、まさに今この場所がそうであるとすら思えた。


僕は計画していた通り、早々とジャッキーと2人で柵のはじっこのところに逃げた。

この場所が一番安全なのだ。

いつも、この方法であまたの修羅場をくぐりぬけてきた。


 そこへ、どうもアヒルに興味のありそうな一人の人間がやってきた。

僕はギョッとした。

その人は僕の頭をなでようとしたが、僕は頭を撫でられるのが嫌だったので、ヒュッと、とっさに首を下げた。

僕の頭を撫でようとしたその人間はしょんぼりとした表情をうかべていた。

僕は悪い事をしたような気分になり、少し自己嫌悪に陥った。


 そんな中、向こうから甲高い声が聞こえた。

「おばさーん、この子、かわいいからほしいな。売ってください」

一人の女の子が興奮ぎみに飼育員のおばさんに話しかけた。

女の子が抱えていたのは、僕になついてくれていた、ひよこのトッピーだった。

トッピーは僕の生きがいであり、また生きる意味の全てだった。

トッピーが腹をすかしているとき、僕の余った餌をあげると、とても喜んでくれるのだ。

僕はいつの間にかその行為が、毎日の生きがいになっていた。

具合が悪い時でも、トッピーの事を思うと無理矢理にでも起き上がり、トッピーの為に何かが出来た。

何故かは分からなかったが、トッピーの喜びが僕の喜びであるかのように感じられたのだ。


「その子はね、一匹800円ね」

おばさんは、ボツリとつぶやくように言った。

「やったー。お母さん、買っていいでしょ?」

女の子は、目をキラキラさせながら母親らしき人の顔を覗き込んだ。

「ちゃんと育てられるの?お世話、大変なのよ?自分でできるの?」

母親らしき人は、戸惑いの表情を浮かべながら言った。

「うん!ちゃんとやるもん!」

女の子はまかせてと言わんばかりに、自分の胸をポン!と叩いた。

「分かったわ。おばさん、この子、ください。」

母親らしき人はおばさんにお金を渡した。

「はい、じゃあね、あっちで手続きしてくださいね」

おばさんはトッピーの首根っこをつかむと、向こうにつれていった。

隣にいたジャッキーは叫んだ。

「トッピー!、幸せになれよー!!!」


 僕はうつむいた。また一つ、大切なものを失った気がした。

運命というのは、生まれながらにして、決められているのであろうか。

もしそうであれば、きっと僕は負け組に違いない。


僕はトッピーの連れていかれた柵の外をぼんやりと見つめた。

柵の向こう側には、どんな色の世界が広がっているのだろう。

少なくとも、ここには灰色の風景しかなかった。


僕はくたびれたクチバシをパチパチと鳴らしてみた。


「もう少し、生きてみるか」

そう呟くと、僕はどんよりとした空を仰ぎ、いつもよりも高らかに鳴いたのであった。