「いちじく」という言葉は子供の頃から知っていた。それはきっと「イチジク浣腸」というお薬があったからだ。私も幼い頃にお世話になったかもしれないその薬の名は、いちじくという果物の形に良く似ているから名付けられたのだと言うことも、多分父か誰かが教えてくれた。しかし、その「いちじく」という果物を実際に目にしたのは、私が大人になってからだった。


イチジクと浣腸という言葉をセットで覚えてしまった私は、初めて見た時に「ああ、確かにお薬の形と似ている」と思った。味も知らない果物に、私はあまり興味を持たなかった。スーパーではあまり見かけることもない果物でもあり、何より果物の中では価格が高かったのも、買うことの無かった理由だ。


味も知らない「無花果」は、私とは縁の無い食べものであった。


ある時たまたま「まさ夢いちじく」というオールズバーグの絵本を知った。オールズバーグは、私の大好きな映画「ジュマンジ」の原作となった絵本をかいた方だ。


「まさ夢いちじく」の表紙には、今正にいちじくを食べようとする、気取った男性の絵が描かれている。その男性の表情は、いかにもこれから美味しいものを食べんとする表情である。





お話は、歯医者のムッシュウ・ピボットはお婆さんから夢をかなえてくれる不思議ないちじくを2個、治療費の代わりに手に入れた。食べてみると、それはもうとにかく素晴らしいいちじくだった。そしてやがて起こる不思議な出来事。オールズバーグならではの奇想天外なお話だ。ちなみにピボット氏はあんまり良い感じの人ではないので、驚きの結末が待っている。


この絵本を読んでから、私は密かに「いちじく」に憧れを抱くようになった。


その後、乾燥イチジクは何度か食べた。フルーツケーキに入っていたりして、種のジャリ感も結構好きだ。ただ、生のいちじくはスーパーで安くなったものを1度買ったような気がする。味の記憶がほとんど無いのは、期待したほどの味では無かったからだろうか。


先日、友人らと3人で映画を観た後に、まだ日は高かったけれど、「せんべろでもしよう」とエビスバーに入った時の事だ。飲み屋によくあるような「せんべろセット」はなく、好きなドリンク一杯とおつまみを一人一皿頼んでシェアすることにした。


白身魚と海老のアヒージョ、ビーツが入ったピンク色の美しいドレッシングが添えられた生野菜のサラダ、そしてそして私の心をわしづかみにした、イチジクの生ハム巻き!それは一皿に小さいのが3つ。イチジクは恐らく1個の4分の1切れ。それがうす~い生ハムにそっと包まれている。一人1個のワンチャンス。私はもったいぶってなかなか手を出さなかった。アヒージョをつまみ、ピンクのビーツドレッシングをかけたレタスをつまみ、レモンサワーをぐびり。さあ、いよいよイチジクの生ハム巻き!


箸でつまみあげ、口に入れる。最初に生ハムの塩気と肉の食感、その後に程良く熟れたイチジクがそっと噛み砕かれ、柔らかな果肉が潰れると同時に素晴らしい果汁が溢れ、ああ、ハムの咀嚼と共に喉に流れ落ちていく~。いやー、実に美しい!


果物に生ハムと言えば、昔からメロンと相場が決まっていたけれど(それしか知らない)、私はイチジクが最高だと思う。きっとこれはピボット氏が食べたイチジクに優るとも劣らない物であることは間違いない(と、勝手に思っている)。


「せんべろ」が結局金額的には一人「2せんべろ」になってしまった。が、そんな事よりイチジクの生ハム巻きを、また食べたい思いが溢れてしょうがない私なのであった。