拝啓 親父殿
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分類センターも結局は刑務所

分類センターと言っても、場所が場所だけに

中身は刑務所なのだ。


やることは前回日記に記載したが規則正しく

平凡な毎日を過ごす。


慣れてくるとこんな生活も苦に感じなくなるが

初めのうちはそうもいかない。



分類中にする事と言えば、新入訓練と題した

カマシ&シゴキだ。


午前中は1~2時間程の運動訓練がある。



拘置所生活で鈍った身体をたたき直す名目で

20~30分のランニングと腕立てなどの筋トレ。


健康的な身体なら清々しい運動になるのだが

少なくとも1カ月以上、部屋の中で座るだけの

生活を続けていた者達には、苦痛でしかない。


過激な運動でもなかったが、全く動く事を忘れた

足腰の間接には苦痛でしかなかった。



私の膝も、油の切れた機械のように動かせば

ギシギシと音がなるように痛んでいた。


気休めでも湿布などを医務でもらおうとすれば


「んなもん身体が鈍っとるねんから

痛いんは当たり前やろ!!」


と相手にもされない。


また運動訓練中、遅れたりしようものならたちまち

怒声の餌食となる。



初めの内は身体の節々が悲鳴をあげていたが

辛いのは1週間程度だ。


次の週になると生活サイクルと同時に身体も

運動に慣れてくるようになる。



そうなると辛さよりも爽快さが増してくる。


工場に入って黙々と作業するよりも、決まった

範囲ではあるが身体を動かせ、汗を流す事が

何よりの気晴らしになるのだ。




運動訓練は朝8時頃から2時間程、その後は

工場に戻り、内職のような作業。


こういった生活を分類センターで最低4週間程

過ごすことになる。


運動訓練や工場作業だけでなく、これからどの

刑務所へ移送するかを面接や心理テストによって

分類していく。


一度に全ての受刑者を面接はできないので

作業中に何人かを呼び、それをほぼ毎日行う。



精神的な面接やテストがメインだったと思う。


大抵送られる刑務所は決まっているのだが中には

初犯、少年で分類に送られているものの、一般の

刑務所へ送られたり累犯刑務所へ送られたりする

者もいる。



まぁ、よっぽどの事がない限りは分類センターに

来ている以上、初犯刑務所系に送られる。



なので中には親父に気に入られようとする者や

変に真面目ぶる者が出てくる。



そういった奴程、後々ヘタを打つのだが・・・(笑)



たった4週間、刑務作業の真似事をするわけだが

親父連中も担当台に立って、一日ずっと受刑者の

行動を監視するのも飽きてくるのだろう。


それなりに地位のある親父は面白そうな受刑者を

見つけては気軽に話しかけてきたり、世間話をして

きたりもする。


工場内は訓練受刑者の面倒をみる、衛生夫達も

いる訳だが、たまにそういった衛生夫を交えての

談笑もあったりする。


工場には監視用のカメラもあり、他の受刑者も隣で

作業をしているにも関わらずだ(笑)


分類センターでの私は、どちらかというと親父に

気に入られていた方で、たまに話しかけられたり

新しい作業に移してもらったりと、他の受刑者に

比べると気楽に作業をさせてもらっていた。


普通なら罵声を浴びせられる場面でも、そういう

立場になっていれば大目に見られたりするのだ。



まぁこの経験で味を占めてしまい、後の奈良で

苦い経験をしてしまうわけだが・・・




そうこうしている内に訓練期間は終了し、残りの

期間は移送準備が整うまで、独居での生活に

戻る事になる。



私の場合は独居に移され、2日後が移送だった。



慌ただしい感じもするが、独居生活ほど、時間を

持て余す生活はない。


所持品確認など前日に済ませるのだが、そんな

確認作業など1時間もかからない。



残りの時間は作業しなくてもいいのだが、逆に

何もすることがない。


本を読んでいてもいいのだが、部屋にある本は

館本と言い刑務所から貸与できる本。


正直、読みたくなる本は置いていない。


それに置いてる冊数は3冊程。



何もしない時間ほど苦痛な事はない。




そして翌日



いつもより少し遅めの出房。



移送バスに乗り込む。



移送中見える町の風景。



刑務所生活で見る最後の景色。



特に何の感動もなかった。




これから向かう先も刑務所なのだから。




明治時代以前から続く刑務所。





奈良少年刑務所

分類センター=大阪刑務所

刑務執行はアカ落ちしてから開始される。


だからと言ってそこは刑務所ではなく拘置所だ。


大阪刑務所に移送されて、初めてというか改めて

自分が懲役だということに気付いた。


わかりやすく言うと、人間の扱いを受けないのだ。


普段生活していて何の問題のない事でも所内では

違反行為だったり、怒声を浴びせられる対象に変る。


わき見、無断講談、姿勢態度の善し悪し、目つき

話し方、歩き方・・・と、とりあえず刑務官のさじ加減

一つで罵詈雑言を浴びせられる。


例え全く身に覚えがないことだろうと、刑務官が

黒と言えば白も黒に変る。


例えば、わき見など全くしてないのに、刑務官には

わき見をしているように見えたら、それはもう運が

悪かったと諦めるしかない。


我を通して否定したら、それはそれで「担当抗弁」と

取り調べ(今では調査か?)あるいは、懲罰対象に

発展することも珍しくない。


運よく否定していたことが通ったとしても、返答は

「そう見られたお前が悪い」ということで結局自分に

責任があったという事になる。


結論から言えば、理不尽な環境だ。


だが刑務所にいるということは、皆何かしらの犯罪を

犯し入所してきたのであるから、懲役が一般人と同じ

扱いをしてもらえないというは当然と言えば当然だ。


まぁしかし、そんな理不尽な世界で生活してきた私も

身に覚えのない事で怒鳴られたり、注意を受けたり

色々あった。



そういった環境では大阪刑務所はプロフェッショナル

といっても過言ではないと思う。



起床は朝7時前

7時には点検が始まっていた

点検後に朝食配膳

7時半前までに食器洗い等片付け

食器下げが終わると各工場で送り出される


確かこんな感じで朝が始まった筈だ。


工場へ移動する為に、工場担当がお迎えに来る。


ガチャガチャと各房の扉の開く音が聞こえる。


「出房用~意!」


「出房~!!」


の合図で廊下に出ると同時に、隊列を乱さないように

壁に向かって直立する。


「回れ右」の合図で後ろを向き、担当の指定場所まで

一斉に駆けていく。


そして縦列整列。


まぁ見た目は軍隊のような感じだ。


そしてそのまま、歩幅、速度を全員で合わせて、訓練

工場まで行進していく。


行進するときは、「イチ、ニ!イチ、ニ!」と大声を上げ

腕は肘から指先までピンと伸ばしてないといけない。


ちょっとでも手を抜くようなら怒声の餌食だ。


工場に到着すると担当の号令に従って、1列目2列目と

順番に駆けこんでいく。



更衣室


部屋着を脱いだら作業着着替えスペースに移るのだが

部屋着スペースと作業着スペースの通路に、検身する為

担当が待ち構えている。


口を大きく開け舌をブラブラ

手を肩ほどの高さに上げ、裏表と見せる

体の下に何か隠してるかどうかを確認する為、足の裏を

見せたら長方形の鏡の上を通過


作業場から部屋へ、部屋から作業場へ、持ち出し禁止物を

検身によって確認するのだ。


工場に着いたら毎朝恒例の自己点検と安全訓の唱和。


そして体育館或いは運動場へ移動し体力訓練。


体力訓練といってもそんなに厳しい物でもない。


移送されるまでの間、部屋の中でロクに動く事のなく

鈍った体を元に戻すためと題した、ランニングや筋トレ

ごく普通の運動を、怒声とともに行う、言わばシゴキ。


通り一遍のシゴキが終わったら、決められた作業台で

行う内職作業。


お菓子の折詰用に使用する、ボール紙の箱やビニール

ハウスで使用するプラスチックの留め具とか。


大手企業の名前が記載されている段ボールばかりだ。



刑務作業で得られる賃金は、1日最低5円程度。


等級という物があり、この等級が上がれば上がるほど

金額が大きくなるのは言うまでもないが、新入時の額は

皆変わらず、1日5円程だ。


人件費が1日5円程度で済むのだから、刑務作業で

会社のコスト削減に使わない手はないだろう。


まぁ刑務作業を入れてもらうために、それなりの金を

刑務所側に渡しているのは言うまでもないだろう。



このような流れで分類センターの1日が終わる。


昼食休憩は12時から45分ほど

お風呂は週に2回、夏場は3回

完全週休二日制、祝日大型連休も休日

夜9時に就寝


その繰り返しだ。


日程スケジュールを見ると、規則正しい良き生活だ。


退屈、無刺激、無自由、怒声、罵詈雑言、理不尽


そんな事を除けば何不自由ない生活だ。



刑務所生活をどう受け取るかは個人の自由だ。


矯正保護施設、隠れ家、別荘、病院


言われ方は様々だ。

分類の分類による分類の為の移送

タイトル通り分類の為の分類センターに移送。


と、その前に前回更新した内容に「エロネタ」という

題材をもう少し詳しく記載していきたいと思う。


行動が制限され監視の目も光り、限られた道具で

如何に「懲役グッズ」を制作していたのか。


私の場合はまず、京都拘置所で。



かなりシモな話になるが、快楽道具の「ホール」を

あり合わせの物で作ってみた。


拘置所内での作業は、寝食をする部屋にて基本的

一日中座りっぱなしの紙折作業。


指定業者から依頼されている紙袋の制作だ。


「ホール」の材料は、その紙袋制作で使用する厚紙、

糊、ビニール紐、両面テープ、適当な大きさの布、

そして医務で渡される冷湿布。


上記で挙げた材料で、あたかも作業をしているかの

ように見せながら、作業中に制作する。


今考えると何とも情けない制作作業だが・・・



厚紙は筒を作るため。

糊、両面テープは各所を張り合わせるため。

ビニール紐は挿入時のイボイボ効果。

布はビニール紐表面にヒダヒダ効果。

湿布はローションもどき。



実にくだらない刺激物ができた。


こんなくだらない娯楽があるのは塀の中だけ。


ちなみに即席の物だけで作っており、材質も基本的に

紙が主体なので1回のみの使用になる。


刑務所外社会で平和に生活している、男性諸君には

風俗へ行くか市販のホールを購入するのをお勧めする。



気がつくと、私も大阪刑務所分類センターへ移送。



移送前に念のためという事と決まり事ということで

刑務所内に保管してもらっている自分の「領置品」を

移送の度にチェックしなければならない。


まぁ一日中部屋の中で座ってるよりも、いつもと違った

場所や風景を見るのも気晴らしになるので面倒臭いとは

思わなかったが。


移送先への移動は、刑務官の運転する刑務所バス。


手には縄つき手錠。


移送先の刑務所で懲役服が貸与されるので、移動用に

自分が拘置所に来た時の服。


あるいは移送用?として差入れてもらった服。



逮捕されてから分類センターへ移送されるまで、確か

10か月ほどだったと思う。


10か月ぶりに見た外の風景。


やけに新鮮だった。


裁判中もバスで移動するのだが、気持ちも風景もそれとは

大きく違っていた。



ただ、楽しさという感情がなかったのは言うまでもない。


モノクロ世界からカラー世界へ変わっただけで、気持ちは

約1400日間懲役なのだ。



大阪刑務所


東の府中 西の大刑


そう称されるくらいの大型刑務所。


頭の中では勝手な妄想が膨らみ、かなりおどろおどろしい

イメージがあったのだが・・・



外観はかなり綺麗に設備されており、部屋も作業場も通路も

想像とはかなり違い拍子抜けしてしまった。


それもそのはず、大阪刑務所は平成8年頃に施設全体を

改修工事したのだ。


これで鉄格子と塀がなければ集合団地として利用できるのに・・・



そんなくだらない考えもつかの間。


建物が綺麗だからと言って刑務官から発せられる言葉まで

綺麗なわけはない。


怒声。


発している言葉表現を含めれば、汚声とも言える。



日本の刑務所は矯正保護施設。


罪を悔い改めさせ更生させ、正しい考えへと矯正させる。



何が正しく間違っているかは、刑務官次第。


自らの意見など論外で全てが刑務官のさじ加減。



そんな矯正方法だ。