802th  コンプレックス | おはこの「大切なことは唯ひとつ」

おはこの「大切なことは唯ひとつ」

人は何のために生まれてくるのか。
そして、何のために生きるのか。
10数年ほど前のある日、僕はこの人生最大のテーマに対する一つの答えを見つけることができました。
「大切なことは唯ひとつ」だったのです。

誰でも多かれ少なかれコンプレックスというものはあるのでしょう。

過剰なコンプレックスが心の病を導いてしまうこともありますし、逆にそれをバネに世の中で大成功を収めようと必死になる場合もあります。

ただ、仮に大成功を収めてもどうやら本質的なことは解決しないようで、東証一部上場企業をほんのわずかな期間で築き上げた人でも、そのコンプレックスの裏返しの言動を続けていた方もおられます。

何千億という資産も某宗教団体の建物の跡地に建てた腰が抜けるほど豪邸も彼の心を癒すことは出来なかったようです。

生まれ、学歴、人種、能力、容姿、地上での価値観においては、コンプレックスの種はいくらでもあります。

人は霊的生命体であるにも関わらず、肉を着ると物質界の価値観から抜け出せなくなってしまいます。

だから、コンプレックスを感じてしまうのでしょうが、これがあの世に戻った時に何の影響ももたらさないのであれば、なんとしてでも解決しなければならないものとはならないのでしょうが、それが霊的カルマへと変貌を遂げて、足かせとなることも少ないでしょう。

従って、霊的な視点からもコンプレックスを少しでも解消する必要はあるのですが、そう簡単にはいきません。

解消しようと努力しても、何をどうすれば分からないからです。

そもそも、何らかの努力で解消出来るものであれば、苦労はしないのです。

しかし、霊魂学的な努力をすれば、かなり緩和することは出来ます。

すなわち、「いかなる学歴も人種も能力も容姿も、魂の本質の輝きではない。」のですから、「真実を知って生きるならば、自ずとコンプレックスは小さくなる。」のです。


さて、今日のブログを読まれて何かを感じられた方は、是非、今日からすぐに始められる霊的トレーニング を実践して頂き、水波霊魂学 早わかり わかりやすい霊魂学 霊魂通信(「霊魂イエス」「ムーの大神人」) 霊をさぐる 弁慶と弟子 体験ー死後の世界 などをご覧になって頂ければと存じます。


僕の場合は、20代前半は人生に絶望しか感じませんでしたから、コンプレックスを感じる余裕すらありませんでした。

その後の山あり谷ありの人生では、何かあるたびに心が大きく揺れていたので、その時もあまりコンプレックスを感じる余裕が無かったように思います。

もちろん、自分の欠点や弱点はある程度把握していましたが、そんなことを考えてうだうだしていることすら出来なかったのです。

そんなこんなのうちに、霊魂学に出会えることが出来たので、個人的にはコンプレックスというものが大きくのしかかったことはありません。

ただ、前述した過去の成功者(現在は会社を潰し、いろいろな罪で刑事被告となってしまっています。)の方とほんの短い期間でしたが仕事をした時には、これほどのコンプレックスの塊というか、妖怪のようになってしまった人間が地上に存在するのかと驚かされたことを今も忘れられません。

あまりにも強いコンプレックスを持った方が、霊的修行者となって、ある程度修行が進んだ段階で、それとの裏返しで自惚れてしまうのは困りますが、霊的に目覚め、霊的な進歩向上を目指して行動していくと、過度なコンプレックスも緩和されていくようです。

地上の人間ですから、感情を完全にコントロールすることが出来るようにはならないのでしょうが、日々の生活における苦悩に襲われながらも、なぜかどこかで自分自身の精神状態が非常に安定していることに気が付くことがあります。

もちろん、個々によって状況は異なりますが、ふとした時に以前だったら怒り狂っていたかも知れないとか、気が滅入ってしまって1ヶ月も2ヶ月も落ち込んでしまったかも知れないとか感じることがあります。

必ずしも地上における心の安定が、霊的にレベルが高いという証にはなりませんが、どうやら修行の段階を登っていくと、それまでとは全く違った心境になっていることに気が付くことがあるようです。

霊的修行者として生きているとそんな副次的な効果が表れることもあるのかも知れません。


大切なことは唯ひとつ・・・・・。


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