パワースポット同様にまたパワーストーンが流行っているようです。
大昔から霊的なことに石(玉)は使われてきました。
三種の神器も石(玉)と鏡と剣です。
物質の三種の神器には霊的な価値はないようですが、物質ではない三種の神器はあり、それには深い意味があります。
詳しいことを知りたい方は、霊魂学関係のHPや師の著書をご覧頂ければと思います。
ところで、この石(玉)には、霊的な力があるのでしょうか。
物質的な石はどこまでいっても石ですから、物質でしかありません。
ところが、そこに霊気が流れるようになっていれば霊的に大変意味があるということになります。
今流行のパワーストーンにはご利益を願う想念やら何やらがこびりついているでしょうから、むしろ霊的には悪いというものが多いだろうと想像していますが、大昔から霊的なことに石(玉)が用いられてきたには訳があるようです。
石(玉)に霊気が降りる状態になっていれば、それはアンテナの役割を果たしていることになります。
大昔であれば、ピラミッドやヒマラヤ、最近であれば富士山は、霊的なアンテナとしての役割を果たしていたからこそ、霊的に大変意味がありました。
高貴な存在からは地上のことは見えませんし、分かりませんが、目印があって、約束事があれば、そこに高貴な力を降ろすことが出来るわけです。
アンテナに力が降りれば、そのアンテナを経由して、更に個々人に力を降ろすことが可能になるのです。
そして、霊的な目印として活用するのに適しているのが、物質界では石(玉)だということのようです。
高貴な存在が高い気を降ろして下さるのであれば、その石(玉)は、値段がつけられないほどの霊的な価値がありますが、そうでなければ、ただの石か低い幽気などがべっとりと染み付いた霊的にはあまりよろしくない物ということになるようです。
さて、本日のブログを読まれて何かを感じられた方は、是非、今日からすぐに始められる霊的トレーニング
を実践して頂き、わかりやすい霊魂学
、霊を知るために
、霊魂イエス
、ムーの大神人
、弁慶と弟子
などをご覧になって頂ければと存じます。
物質界にいる地上の人間が、幽質界におられる守護霊や指導霊のような高級霊魂と交流するには、目印とどのような動作をしたら何をして下さるという約束事がなければ、不可能です。
全く異なる世界の者同士だからです。
霊的修行者としてかなり積み重ねがある人であっても、守護霊や指導霊が見えるのはその人のオーラだけのようです。肉体はもちろんのこと幽体も地上にいれば、彼らから見えるわけではないようです。
従って、オーラの質や大きさを見て、その人の霊的な状態を分析し、霊的トレーニング を指導される場合は、約束事に従って、そのオーラの動きをご覧になっているようです。
霊的修行者であってもそのような状態なのですから、普通の方々に霊気を流そうとすれば、当然ながら目印が必要であり、それをどう使うかの約束事がなければなりません。
そして、当然、訓練によって、そのような技法を行なうことが出来る方がおられないと不可能というわけです。
なぜ、霊的に目覚める人が多くなることが必要かというと、霊的トレーニング を積んだ人が増えれば、その人自身をアンテナとして、存在そのものを霊的アンテナとすることにより、その人の周りを霊的清めることが可能になるからです。数が増えれば増えるほど、地上に霊的に高い空間が作りやすくなるのです。
人類が何千年と続けてきた霊的な負の連鎖とは、逆の現象が起きるというわけです。
だからこそ、個人個人がメシア(救世主)だと何度も申し上げるのです。
大切なことは唯ひとつ・・・・・。
ブログ村ランキングに参加させて頂いています。
1日に1回クリックして、応援して頂けるととても嬉しいです!
↓