三叉神経帯状疱疹はほどなく治り

退院時は「自分はこれで元気になったんだ!!」と

何だか雲が晴れたような気持ちになった。


でも気持ちとは裏腹に体調はやはり戻らなかった。


微熱は相変わらずだし

この頃には全身のリンパ節が腫れたり痛んだりしていた。


帯状疱疹は皮膚科の管轄なので、週に一度は皮膚科に通った。


主治医は私のラジオ体操を笑った助教授になっていた。


外来に行くたびに不調を訴える私に

主治医は手の指を開いて前に出すようにと言った。

そうすると私の意思と関係なく人差し指と中指が震えた。


主治医は

「どうしてかは分からないけど、どうしても甲状腺が気になるんだ

 でも私は診てあげられない。だから内分泌内科に細かく手紙を書くよ」

と言ってくれた。


そして必ず内分泌内科で診て貰うようにと。。。


翌週私は初めて大学病院の内科を訪れた。

内科では紹介状を診てから専門部に回すらしいのだが

この日回されたのは「血液内科」だった。


紹介状には内分泌と書いてあったのにと血液内科の医師にも

言ってみたが。。。慎重に血液内科で診たいとの事だった。


いくつか検査をしたけれど問題がなく

診察医が「何も見つかりませんでした」と言った時

研修医が「先生!」と何か言いたげだったが。。。

もう私はあまりの具合の悪さに早く家に帰りたいだけだった。


翌週気を取り直してまた内科に行くと、今度は一般内科だった。


一般内科の診察医は「大丈夫大丈夫」の一点張りだった。

やはり内分泌内科には回して貰えそうになかった。


でも大学病院だったので、ここで分からないのだったら

どこに行っても駄目なんだ~。と、この時までは病院を信じていた。


こんなことでただ時間が過ぎて行って

職場にもだんだんいずらくなりしょぼん

ただでさえ上手く行っていなかった家庭は殆ど崩壊していた。


私もだんだん自暴自棄になって来て。。。

その後、大学病院に行くのはやめてしまった。


どこの病院も行かず「精神科にでも行きますか?」と言われた

悔しさだけが頭に残って本当に辛い毎日だった。




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