今日から10月です。

10月1日。

カレンダーで考えれば、
2026年もすでにずいぶん進んでいますが、

「学校時間」で考えると、
4月から始まった今年度が、
ちょうど半分終わったところです。

今日から後半戦。

こういう節目になると、

「もう半分終わった」

と思う人もいれば、

「まだ半分ある」

と思う人もいる。

もちろん、
残されている時間はどちらも同じです。

でも、
その捉え方によって、
ここからの過ごし方は少し変わるように思います。


4月に、

今年は勉強を頑張ろう。

毎日これを続けよう。

何か新しいことに挑戦しよう。

そんなふうに思っていたことも、
半年も経てば、
できていることもあれば、
いつの間にか止まってしまったこともあるでしょう。

それでいいと思います。

半年もあれば、
いろんなことがありますから。


大切なのは、

「ああ、できなかったな」

で終わらせることではなく、

じゃあ、
残り半分をどうする?

と考えること。


時間そのものを増やすことはできません。

でも、

これからの時間の使い方なら、
今日から変えることができます。


勉強のしかたを変えてみる。

少し早く机に向かってみる。

毎日10分だけでも続けてみる。

やめてしまっていたことを、
もう一度始めてみる。


半年あれば、
できることはたくさんあります。

人だって、
半年あればずいぶん変わります。


だから、

「もう半分」

でもあり、

「まだ半分」

でもある。


前半戦がどうだったとしても、
今日はちょうどいい区切りの日。

振り返るのは、
後悔するためではなく、

これからの半分を
少しでも良いものにするためです。


さあ、後半戦。

残り半分、
どう過ごそうか。

 

 

 

 

かまたメガネ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

朝は、あと10分寝ていたい。

でも夜になると、
あと10分だけ起きていたい。

同じ10分なのに、
なんでこんなに感じ方が違うんでしょうね。

朝の10分って、
ものすごく貴重に感じる。

目覚ましが鳴って、
「あと10分だけ……」
と思って二度寝するあの10分。

たった10分なのに、
なんだかものすごく幸せです(笑)

一方で夜。

「あと10分だけスマホ見よう」
「あと10分だけ動画見よう」
「あと10分だけ起きてよう」

こっちの10分は、
ずいぶん軽く扱われます。

そして、
その“あと10分”が何回か続いて、
気づけば30分、1時間。

翌朝になって、

「もうちょっと早く寝たらよかった……」

となる。

人間って不思議です。

でも、これって
勉強なんかでも同じなのかもしれません。

「10分しかないから、今日はもういいか」

と思うこともあれば、

「10分あるから、これだけやっておこう」

と思うこともできる。

10分あれば、
英単語を少し覚えられる。

計算問題を何問か解ける。

本だって何ページか読める。

机の上を片づけることもできるし、
明日の準備だってできる。

もちろん、
何もしないでぼーっとする10分だって、
それはそれで大切な時間です。

結局、
時間の価値って
長さだけでは決まらないんでしょうね。

同じ10分でも、

「もう10分しかない」

と思うのか、

「まだ10分ある」

と思うのか。

その感じ方ひとつで、
ずいぶん変わる。

そして、
そんな10分が積み重なって、
1日になって、
1週間になって、
1年になっていく。

朝には惜しくて仕方ない10分を、
夜になると平気で使ってしまう。

そんなことを考えながら、

今夜は、
“あと10分だけ”を少しだけ大切にしてみようと思います。

 

 

 

 

 

かまたメガネ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

9月は、雨の日が多い。

この辺りは、
全国で豪雨の被害が出た地域ほど
激しい雨が降っているわけではありませんが、

それでも、
「また雨かぁ……」
と思う日が続いています。

雨の日って、
なんとなく一日が重たく感じます。

空は暗いし、
外へ出るのも少し面倒になる。

実際、
気圧の変化などで体調がしんどくなる子もいる、
という話も聞きます。

そして、雨の日に歩いていると、
もうひとつ感じることがあります。

傘をさして歩くので、
どうしても視線が下がるんですよね。

いつもなら遠くからでも気づく人に
気づかなかったり、

声をかけられても、
雨音にまぎれて聞き逃しそうになったりする。

そんなとき、

「おはようございます!」

と、大きな声で挨拶をしてもらうと、

自然と顔が上がります。

「あ、おはよう!」

と返して、
ほんの少しだけ気持ちも明るくなる。

挨拶なんて、
ほんの数秒のことです。

でも、
その数秒で人の顔を上げることができる。

そう考えると、
挨拶ってなかなかすごいものだと思います。

晴れた日に、
元気よく挨拶するのももちろん大切。

でも、

空も暗くて、
気持ちまで少し下を向きやすい雨の日ほど、

「おはよう」

というひと言が
いつもより少し大きな力を持つのかもしれません。

雨の日ほど、
挨拶の大切さを感じます。

 

 

 

かまたメガネ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

5連休が終わって、  
先週は木曜日と金曜日の2日間だけ。

そして今週は、  
久しぶりに月曜日から金曜日まで、  
まるまる1週間あります。

子どもたちには、

「さあ、今週は頑張るぞ!」

と話していますが、  
これは何も子どもたちだけの話ではありません。

ぼくら大人も同じです。

休み明けの1週間。  
ここで、もう一度いつものリズムに戻していかないといけません。


ぼくは月曜日には授業がありません。

その代わり、昼間は秀英館で動画の撮影などをしています。

夕方以降になると、  
秀英館では授業が始まるので、

「せっかくだから、週に1回くらいはわーくすへ行こう」

と思い、月曜日はぐらんどすらむわーくすへ移動して、  
そこで動画の編集やアップロードなどの作業をすることが多くなりました。

今日は秀英館で新入生の懇談があったので、  
いつもより少し遅れて、わーくすへ向かいました。


新年度の始まりや夏期講習中などは、  
なかなかわーくすへ行く時間が取れません。

毎週月曜日のように顔を出せるようになるのは、  
だいたいこの時期から。

なので、まだぼくのことをよく知らない生徒もいます。

たぶん、

「あのおじさん、誰!?」

くらいの感じで見られていることもあります(笑)


でも、  
久しぶりに教室にいるからこそ、  
気づくこともあります。

少し前までは、  
緊張しながら授業をしていたスタッフが、

いつの間にか堂々と子どもたちの前に立ち、  
自然にみんなの注目を集めながら授業をしている。

そんな姿を見ると、  
やっぱり嬉しくなります。


うちのスタッフは、  
9割くらいが、もともとぼくの教え子です。

だからぼくは、  
生徒たちの成長だけでなく、

「先生になった教え子たち」

の成長まで見ることができます。


ある意味、  
うちはここまでで「1セット」なのかもしれません。

生徒として通って、  
卒業して、  
今度は先生として子どもたちと向き合う。

先生として過ごす時間も、  
彼らが社会へ出ていく前の、  
とても大切な学びの時間だと思っています。


もちろん、  
将来みんなが先生になるわけではありません。

授業をする技術そのものを、  
社会に出てから使う人も、  
それほど多くはないでしょう。


でも、

目の前の子は、いま何を感じているんだろう。

何に困っているんだろう。

何をしてもらったら嬉しいんだろう。

自分には、この子のために何ができるんだろう。


そういうことを考える経験は、  
どんな仕事に就いても無駄にはならないと思っています。


学生スタッフたちのテストや就職活動などに合わせた  
代行授業のスケジュールも、

一時期は、  
ほとんどスタッフたちだけで回していました。

いまも岡田先生は関わっているようですが、  
ぼくはほとんど知りません(笑)


実は、  
ぐらんどすらむわーくすを立ち上げたころもそうでした。

岡田先生も、当時は学生スタッフ。

月謝をどうするのか。  
どんな授業形態にするのか。

そんな教室の根幹に関わることまで、  
当時のスタッフたちと何度も話し合いながら決めました。


ぼくは、  
こういうことがとても大事だと思っています。


生徒として、  
少し前まで当事者だった彼らだからこそ分かることがあります。

ぼくら大人には見えにくくなってしまった、  
中学生たちの気持ち。

彼らが、  
それをぼくらに教えてくれることもあります。


そして彼ら自身も、

今度は「先生」という立場から  
子どもたちを見ることで、

生徒だったころには見えなかったものに気づいていきます。


ひとつの物事を、  
違う立場から見る。

この経験は、  
きっと社会に出てからも役に立つと思います。


そして何より、

生徒たちは、  
若い先生たちを本当に頼りにしています。

年齢も近い。

自分たちと同じ学校に通っていた先輩だったり、  
同じような悩みを経験した人だったりする。

だからこそ、  
ぼくには話せないことを話せることもあるでしょう。


頼られれば、  
今度はその期待に応えようとする。

これも、とても大切な経験です。


人は、

「自分は誰かに必要とされている」

と気づいたとき、

もう少し頑張ろうと思えたり、  
もっと自分を磨こうと思えたりするものだと思います。


先生と呼ばれるからには、  
自分を磨き続けなければならない。


生徒たちの不安や悩み。

うれしかったこと。

頑張ってできるようになったこと。

そして、  
ちょっと自慢したくなるようなこと。


そんな一つひとつを、  
一緒に感じてあげられる先生になってほしい。


そんなことを思いながら、  
元教え子である先生たちを見ています。


もちろん、  
ときどき口も挟みます(笑)

でも、

彼らにしかできないことも、  
たくさんあります。

だから、  
ぼくが彼らから教えてもらうことも少なくありません。


そもそも、  
ぼく自身は個別指導の授業が、  
あまり得意ではありません(笑)

だから月曜日、  
わーくすの教室で仕事をしながら、

実はぼくも、  
若い先生たちの授業を見て  
勉強させてもらっています。


生徒が育ち、  
その生徒が先生になり、  
今度は次の生徒を育てる。

そして、  
先生になった彼らもまた育っていく。


ぐらんどすらむわーくすは、  
そんな教室でもあります。

 

 

 

 

かまたメガネ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今日、初めてお会いする方と話す機会がありました。

お互いに少し緊張していたこともあって、
会話はどこかぎこちない。

でも、考えてみれば、
こういうことって大人でも普通にあります。

ぼく自身、実はかなりの人見知りです。

新しい団体に入っても、
最初の数か月、場合によっては数年、
ほとんど自分から発言しないこともあります。

だから、
たぶんコミュニケーション能力は
それほど高い方ではありません。

そのぶん、
人見知りの子や、
集団の中に入ることが苦手な子の気持ちは、
少し分かるつもりです。

でも、
みんながみんな、
積極的に声をかけられる必要なんてないと思っています。

全員が自分から発言する人ばかりになったら、
その場はたぶんカオスです(笑)

よくしゃべる人がいて、
静かに聞く人がいる。

前に出る人がいて、
後ろから支える人がいる。

いろんな人がいるから、
社会っておもしろいし、
うまく回っているんだと思います。

だれもが、
自分の人生の主人公ではあってほしい。

でも、その主人公が
いつも大きな声を出して、
みんなの真ん中に立っている必要はありません。

静かな主人公だっていい。

やさしい時間が流れる物語だって、
立派な物語です。


そろそろ運動会の季節です。

ぼくは毎年、運動会を見ながら
思うことがあります。

リレーで誰かを追い抜いた子には、
大きな歓声が上がります。

きっとその子の親御さんも、
誇らしい気持ちになるでしょう。

でも、

3位でバトンを受け取って、
3位のまま次の子へつないだ子も、
やっぱりすごいんです。

誰かを抜いたわけでもない。
誰かに抜かれたわけでもない。

だから、
周りから見れば何も起きていないように見える。

でも、その静かな走りにだって、
きっとその子なりのドラマがあります。

必死に前を追いかけていたかもしれない。

後ろから抜かれないように、
最後まで歯を食いしばっていたかもしれない。

ぼくがその子の親なら、
その日の夕飯のときに、

「ちゃんとつないだな」

って、褒めてあげたいと思います。


教室でも同じです。

授業中、
いっぱい発言してくれる子も好きです。

教室を明るくしてくれるし、
授業を前へ進めてくれます。

でも、

何も言わず、
じっとこちらを見ている子も、
ぼくは好きです。

話さないから、
何も考えていないわけじゃない。

目立たないから、
何もしていないわけじゃない。

静かな人には、
静かな人の頑張り方があります。

大きな拍手が起きなくても、
ちゃんとその子の物語は進んでいる。

そういうものも、
ちゃんと見つけられる大人でいたいなと思います。

 

 

 

かまたメガネ