オペ室に向かいながら、私は看護師さんに


卵管切除、同意しなかったから。

先生、機嫌悪くなったりしてないといいんですけど…


と、胸の内を漏らすと、看護師さんは


そこは心配しなくていいと思いますよ。

自分で決めたことですし、大丈夫ですよ。


と、言ってくれました。



オペ室の入口に到着しました。

夫は家族待合室で待機です。



夫に「行ってくるね。」と伝えてオペ室に入ります。



オペ室入口で、昨日、説明に来てくれた麻酔科の先生と看護師さん達が出迎えてくれました。


皆さんとってもアットホームな雰囲気で。

奥に見える手術室の無機質な景色がちょっとだけ和らいだ様に感じました。



看護師さんは私の手をギュッと握り、


よかったですね。

今回は、無事にここまで来ましたね。


と言ってくれました。



私は「え、知ってるんだ。」と思い、


もしかして、前回(出産時)もだったんですか?


と、聞くと、看護師さんは


ええ。

あの時もオペに入っていたんです。

だから、本当によかった…


そう答えてくれました。



総合病院はスタッフが多すぎて私も把握しきれていないから…

思わぬところで不意打ちのように心の悲しい部分を包みこんで下さる方が現れるので、ついついまた涙が出てきました。



私はその看護師さんの優しさに甘え、またしても担当医の先生から卵切の強要をされて嫌だった話をしました。



するとその看護師さんは


もう尊厳の問題ですよね。

気にしなくていいですよ。


と、スパッと言ってくれました。



私もこのセリフを聞いてやっと心のつっかえが取れたように感じました。


そうなんだよね。

尊厳の問題だよ。

私はこれでいい。


やっと、そう思えました。



オペ室の廊下を歩いていきます。

私が帝王切開をする部屋に到着しました。



いよいよだ。


ようやく、ここまで来た。



看護師さん達に促され、手術台に横になります。



手術台は温められていて。

背中はフカフカと暖かくなっていました。


看護師さん達はテキパキと手際よく、私を右に左に横にしてモニターをつけたりと手術の準備を始めます。




プッ、プッ、プッ、プッ…


と、私の鼓動が機械音となって手術室に響き渡ります。



私は天井を見上げていました。


天井の色。

手術室の大きなライト。

心拍モニターの機械音。


遠くから、うっすらと音楽も聞こえる。



そうだ。

よんちゃんの時もこうだった。



ついに始まる。



よんちゃんの時は、もう、死んじゃってたんだよな…



あの時は、もう感情が「無」になっていた。



常位胎盤早期剥離はとても痛いと聞くけど。

痛みも感じていなかった。



ただ、呆然と天井を見つめていた。



あの時は、麻酔科の先生から


「今から麻酔入れますね。」


というセリフを聞いて、そこで私は眠ってしまった。


そこまでの記憶しかない。




次に目を覚ました時には、帝王切開による激痛とよんちゃんを失った悲しみが大きく襲ってきた。




私が、麻酔科の先生に


前回は、直ぐ寝ちゃった気がするんですけど、全身麻酔だったんですかね?


と、たずねると、先生は


そうですね。

全身麻酔で眠ってから手術準備に入ったと思いますよ。


と、答えました。



そして、続けて麻酔科の先生が、


じゃあそろそろ麻酔を入れますね。

痛くしないから大丈夫ですよー。


と、フランクな感じで伝えてくれ、いよいよ麻酔へと移行しました。



帝王切開の体験レポなんかを読むと「最初に入れる麻酔の注射が一番痛い」と、よく見かけるけど、今までの自分の記憶を思い返しても、私はあまり痛みはなくて。


今回も「どうだったかな、痛いかな…」と思いつつ注射を打たれましたが、まぁ痛いは痛いけど、大丈夫な痛みでした。



注射を打った背骨が、じんわりと温かくなります。

重く圧迫されるような感覚が出てきます。


次第に下半身がピリピリとしてきました。

下半身全面にアリがブワーッとうごめくような、とても不快感いっぱいの感覚に襲われます。



そうだ。


そうそう。


下半身麻酔って、こんな感じだった。



いよいよだな。


それにしても、やっぱり不快だ。


もう二度としたくないな。



そう思いつつ、天井を見つめ続けました。



すると、手術室に担当医の先生が入ってきました。



準備を整え、担当医の先生が


では、始めます。


と、言いました。



医療スタッフが、


お願いします。


と声を揃えるのに合わせ、私も


よろしくお願いします。


と言います。




ようやく、ようやく。


待ちに、待ちに、待ち続けた手術。




元気な、産声が聞けますように。