Pと知り合ったのは19の時だった。

高校を終えてから、夜間部の大学日本語学科が受かったが、

勉強する意味自体が分からなかったので、入学する一が月前に休学した。

その後、マックで夜勤のバイトを始めて、一年経って、高校卒業できなかったので、

やっぱ中卒だとやばいかもと思い、復学することにした。

一年前の入学のはずだったので、自分にとっては初めての大学生活だが、学籍番号の順番は同級生と違っていた。

Pは同級生だった。

ただ一年生も二年生もあまり関わりはなかった。

よく喋るになったのは三年生の始まりだ。

夜間部の大学はほとんどの学生は昼の仕事があり、仕事を終えてから来るのは一般的だ。

その故、両立できなかったりなどの理由で大学を辞める人も少なくなかった。

台湾で大学の進学率は異常に高い。高校卒業後基本的に大学に行く、

大学も氾濫していて、ランクを気にしなければ、どんな人でも大学に入れる。

特に生育率が低下している現状はなおさら、学生を招けない大学が閉校するニュースもたまに見る。

自分が入っている大学は私立だが、一応有名校、夜間部は入学しやすいが、卒業は難しい。

入学式の時、校長先生は新入生全員にもし楽に卒業できると思って入ってきたら、すぐやめたほうがいいとはっきり言った。

卒業証書だけほしけりゃ、すぐに転校したほうが良策だと。

確かにそう通りだった。夜間部とはいえ、日本語学科なので、プレゼンテーションなどは少なかった。

あるのは毎週の小テストだ。各授業ごとに

一年の時、クラスメートは60人弱で、卒業手前には37人だった。

 

Pは女の子でいつも四人グループで行動していた。

ただその仲間は次々に大学を辞めていく、やがて三年生の時彼女はひとりになった。

自分となりに座っていたTはLをこっちに呼ぶって提案した。

そうやって仲間入りした。

四人グループになった。

私とTとLとKの四人グループで、中間テストや期末テストの前にいつも一緒に勉強していた。

のちに一緒に卒業旅行も行った。私にとって初めての海外旅行-東京。

卒業旅行だが、ただ四人が勝手に授業を休んで、行くことだけだった。

四人以外、Pは中学から付き合ってる彼氏YとKの看護師の彼女Lも一緒に。

五日間で池袋の東横インに泊まり、新宿、原宿、渋谷、築地、自由が丘、靖国神社、ディズニーランドなどなど、

スケジュールを詰み込めていた。

朝早く起きて、一日中遊んで夜はホテル近くの居酒屋でお酒を飲んだりして、とても若者らしい行動だった。

Pは四年生の時、日本フェアのバイトをして、そこでとある会社の社長と知り合って、連絡をちょこちょこ取っていた。

バイトしている時、たまたま休みだったので、遊びに行って、じゃ後で学校でねと言ってバイバイした夜、

Pは授業をサボった。これやったなってすぐTとKに話した。

案の定そうだった。Pはただご飯しただけだよと話していたが、私たちは半分面白がって揶揄していた。

それから時々Pは学校を休むことになって、一人で社長のいる福岡に遊びに行っていた。

もちろん彼氏のYにばれて、のちに分かれた。

彼氏YとPはお互い初恋の相手で、当時この二人このまま結婚するだろうと思っていた。

ただの浮気だけじゃん、この世の中そんなに珍しいことでもないし、Pは友達だし、しょうがない。

相手の社長は確か40歳前後、彼女持ち、Pが何回社長の家に行っている時、一回部屋に長い髪を見て、

部屋を飛び出したこともあるらしい、福岡の一月でも寒かったはず、社長はそのあと迎えに行った。

とてもロマンチックだった。ドラマみたい。

そういえば、この期間中に二重の整形もした。

 

大学を卒業後KとPと頻繁に連絡を取っていた。よくKの店に遊びに行ったり、

もしくは仕事終わりに皆でコンビニの前に深夜二、三時までお酒を飲んだり、タバコを吸ったり、最近の出来ことは話していた。

Pは卒業後映画館の仕事をはじめた。そこで新しい彼氏と出会って、ここで男1号と呼ぶ。

とてもラブラブで半同居生活も始めた。

その翌年の四月、私とPとKとKの彼女Lは大阪旅行をした。

初日か二日目の夜、Pと二人きりになって、急にPはねぇ、もし私が妊娠したって言ったらどう思う?

彼女は22歳だった。そしてその彼氏1号は当時兵役中(当時の台湾男子は皆1年の兵役義務がある)。

マジかよと思いつつも何を言えばいいかわからないが、何が月?って聞いた。

二が月って自白した。

産むの?おろすの?そもそも彼氏知ってる?って聞いたら、

分からないそして泣き出した。泣き止むまで待っていた。

近々に決める。そのあと会話はなかった。

翌日に予定通りに造幣局の桜を見に行って、桜が満開して綺麗だった。

入口付近で桜と写真を人は長蛇の列ができて、写真撮る時間はあまりなかった。

ただ彼女は写真へのこだわりは尋常じゃなかった。一枚一枚チェックし、満足できなかったら取り直しの工程は茶飯事で、

待っている他の人を気にしすぎて、Kも私ももう行こうよ、みんな待ってるしと急かしたら、彼女が暴走した。

一人で前へ前へ走るように歩いて去っていた。後ろで呼んでも呼んでも振り向かずに去っていた。

WIFIのない貧乏旅行だったので、LINEも連絡取れず、電話も出ない(しかも国際電話扱い!)、Kもそれでキレた。

彼女が妊娠のことは私しか知らない。彼女はたぶん情緒不安定だろう。

その場をなんとか収めて、二時間後彼女と合流できて、旅を再開した。

この花見事件はとても面白い記憶になった。今はもう普通に冗談できる。

時間が経てば、ほとんどのことはいい思い出になる。

 

台湾に帰ったあと、彼女は彼氏1号と相談の結果、おろすことにした。

彼氏1号は兵役中で、彼女は映画館で新しい男(彼氏2号)に惹かれて、二度目の浮気をした。

兵役は休みがある。時間通りに戻ればなんも問題はない。

ただ修羅場は起きった。

彼氏1号が休みを内緒にして、サプライズをしようと思って、彼女の家のドアを開けると真に当たるのは

彼女と彼氏2号がベッドに横になっている光景だった。

彼氏1号は理性を失った。発した一言はなぜ彼は私たちの家にいるの?

そして彼氏2号を殴り始めた。

まるで韓国ドラマのようで、彼女は止めようとした。

彼氏1号は力加減をコントロールできない、とめようとした彼女もこぶしを食らった。

彼氏2号はそれを見て、彼女殴っちゃったよ見てないの?と

耳には入らなかった。そして殴り合い合戦に。

 

何日後彼女は彼氏1号から彼氏2号に乗り換えた。

それからどれぐらい付き合ったかわからない。

半年後KとKの彼女は日本にワーホリに行った。

私と彼女もそれぞれのタイミングでワーホリに行った。

みんな東京にいた。

今回PはKの彼女Lの紹介で同じ店のラーメン屋で働き始めた。

一緒に働くのはせいぜい三が月ほど、KとLは一年間のワーホリを終えるタイミングで台湾に帰った。

そしてPはラーメン屋の副店長と付き合う(?)ことになった。ワーホリの終わりとともに分かれた。

 

以来Kと私は彼女のことを売春婦と呼ぶ。

 

彼女はその後オーストラリアにワーホリ、今はニュージーランドでワーホリしている。新しい彼氏と。