🌼あけまして、おめでとうございます🌼
新年早々、タイトルがキチガイ気味ですが。
まあ、仕方ないです。諦めてください。
筆者が(可愛い)キチガイなので。
今年も宜しくお願い致します。
もう、タイトルから察すると思いますが、
母とガチバトルをしてきました。年末に。
年の瀬に何をやってんだって感じですけど。
紅白を見て蕎麦でも食べて「良いお年を~」とか言って過ごすという日本人的年越しはしませんでした。来年の予定ですか?除夜の鐘を大好きな人と一緒に聞いて最高に幸せな時間を過ごすもんね!!!!!
さて。
結論から言うと、
はあ。
疲れた。
しんどい。
だるい。
怖かった、、。
泣泣泣。
でもわたし、いい感じだわ
最高かも。
ということです。
あー、最高と言うとちょっと語弊がありますが、。
私の母は基本的につまんないことかくだらないことばかり言います。
今回もつまんねぇことで喧嘩売ってきたようなので立ち向かったんです。
昔のようにだんまり決め込みません。
(もちろん母自身が不安なだけってわかっています。それを私(娘)に八つ当たりしてきてるだけなんです。でも八つ当たりなんてさせません。私はもう母のサウンドバックになるつもりはないので)
まあ、、だいぶやばいんですよ。
やばいんです。
ちょっとご紹介させて頂きたいと思います。
雪森ババア語録(ほんの一部)
・「お金じゃない」と言いながら「お金がお金が」と言う。(俗に言うダブルバインド)
→電気代がもったいない!と、いきなり電気を消されたり、水道代がもったいない!とトイレを流さなかったり(小の場合)、私が何かお金をつかうたびに「そんなことにそんなにつかうの?うわあ…」と引いた目で見てきたり「お母さんだったらそんなことに使わない」とか、、あげたらきりがないんですが。笑
だったら「世の中金じゃい!わっしょい!」って言ってくれたほうが全然いいですよね。
清々しい。
・自立しろ!廃人!
→自立できていないのは母です。
「私は人に頼らず一人で全部やってきた。早いうちから自立してきた」とよく言っていましたが、、精神的に母は自立出来ていません。自立できた人は「人にも頼れる人」だと私は思います。
また、私を自立させないように育てたのも母です
・私は誰にも迷惑かけていない
→子どもに精神的DVをしてること事態、だいぶ迷惑です。迷惑どころの話じゃないですが。それに自分自身が気付いていないことも死ねる。
・私は頑張った。何も悪くない。真面目に生きてきた、
→知ってるよ。わかってるよ。けど、だからなんなんだよ。現実見ろ。直視しろや。
・私はあなたたちのためにこんなにも辛い思いをしてなんたらかんたら
→頼んでねぇし。
・私は自己肯定感が高い
→「は?」
・あなたのために言っている
→「は?×100」
・あんたは親に感謝がないから、いつまでたっても病気が治らない
→「は?×10000000000000000000000000」
などなど。
自分の母親が「だいぶやばい」と認めるまでに私は時間がかかりました。認めたくなかったからです。
弟には「さえかが思ってる以上にババアやばいぜ?w話が通じる奴ではないwいい加減気付け~www」と言われ続けてきましたが、。
なんか悲しかったんですよね。悲しい。
私の大好きなお母さんを悪く言わないでよ(´;ω;`)
って。
ずっと庇ってきました。ずっとずっとずっとずっとずーっと。
だって知ってるんだもん。お母さんが子育てに必死だったこと。頑張ってきたこと。だって知ってるんだもん。お母さんの心が泣いてること。
でも、目が覚めました。ようやくです。
長かった。眠れるもりの美女並みに。
残念ながら王子様のキスはないですが、目が覚めて良かったです。
お母さんの心を守ることは私の役目ではない、と。
今回もつまんねぇことを自分から言ってきたのに私が反論しだしたら自分の都合が悪くなったからか「はいはいはい。どうせ私が悪いんでしょ。話も出来ないんだから。あんたのことはもう諦めたの」とか言って逃げて終わらせようとしてきましたので、、、、逃がしてたまるかよクソが!!!!と立ち向かったのです。
(((雪森娘の勇気に拍手喝采
)))

おい。そうやって逃げんな。逃げんなよ!!!!
ふざけんなよな!!!!
と、母の胸ぐらを掴みました☆
あ、正確にはもうちょい下らへんですが。
(別にどっちでもいい)
あんなに大きな声を出したのは久しぶりだったかもしれません。止まらなかったです。止めるつもりもなかったです。めちゃくちゃ言いまくりました。
・話も出来ないだと?聞く気なんかないくせに
・おまえがしてきたことは育児なんかじゃないただの虐待だろ。精神的DVだ。
・食事を与えるのが育児ではない
・何不自由なく育ててやったのにだと?当たり前の義務を果たしただけだろ。
・心がずっと不自由なんだよ、こっちは。
私は34年間ずっと苦しい
・お母さんは外側ばかり見て内面と向き合おうとしてないじゃん
・自分も機能不全家族で育ったから。それに気付けず結婚して子ども産んだから。
自分の過ちを認めて謝れないんだろ。過ちを認められないほど弱いんだろ。つまんねぇプライドが邪魔してんだろ。
・自分の子どもには何をしても何を言っても、いいと思ってんだろ。親は神様かよ
・ふざけんな。ふざけんなよ。
・辛すぎる、わたし、凄いつらい。
(じゃあ死ねよ、と言われたので)じゃあ殺してくれよ!!!!!
などなど。
声が枯れるほど叫びまくりました。笑
まあ、、案の定、、、
あんたの顔、、、醜い。
と、汚いものでも見るかのような顔で、私が傷つくとわかっている言葉を吐かれ、見事なまでの返り討ちにあいましたが。

私が暴れるのが気にくわないんですよ。
だから罪悪感を与えさせるような暴言を吐くんですね。これ以上、自分が困らないように。
やってくれるぜ。
まあ。
こんな喧嘩をしても「大丈夫な私」は強くなったなと思います。母に嫌われるとか怖くないんですよね、もはや。
いやあ、、辛かったですよ、自分の母親に「あんたの顔、醜い」なんて冷たく吐き捨てられたら。悲しいですよ。そりゃ。マジで泣く。
でも、ババアはわけわかんないことしか言わない(言えない)ともう知ってるので。
あと、暴れていいんだ、と知ることです。
暴れなきゃわかりません。やらなければ妄想です。やって体感するんです。むしろ暴れることが必要なんだ、と。正解なんて探さなくていいんです。大事なことは(誰かの)正解を探すことではありません。
暴れて暴れて暴れて、、。疲れますけどね。
やんないですむならそれにこしたことはないんですけどね。ほんとに。
じゃあ、、、
何がいいのって?
何で必要なのって?
喧嘩して怒って暴れて何がいいのかって?
自分を救ってあげるんです、
自分が。
良い娘を演じず
母に気を遣わず
調子こいてつまんねぇこと言い出したら
息の根止めてやる!
って態度や言葉にして母に接するんです。
それが、自分を救うことに繋がります。
いい子を演じてきた人にとっては。
もちろん長年いい子を演じてきたので、怖さや罪悪感はあると思います。苦しいと思います。
苦しくて苦しくて苦しくて辛くて辛くて辛くて泣けてくると思います。
それでもやるんです。
私は、もう戻るつもりはありません。
大事なことは母のご機嫌を伺うことですか?
大事なことは母に好かれることですか?
母に嫌われたとしても。
母に捨てられたとしても。
結局、大丈夫ですから。大丈夫。
もちろん、自分が間違ったと思ったら謝ります。
私がいい子やってきて自分を偽ってきて申し訳ない。違う自分を見せてきた。それは自分の責任だと思っています。
ツケは払わなければなりません。
だから、怖くても苦しくても暴れるんです。
私と、お母さんの価値観は違うんだったー!
って。
いい子はお母さんの価値観を守ろうとします。
それが自分を見失うことになろうとも。
怒りは自分を守ることでもあります。
だから悪いことなんかじゃありません。
みっともないことでもありません。
人間として当然の感情です。
(都合の)いい子は自分の怒りを封印しています。駄目なものだと思っています。だから、出すんです。膿は出さなきゃ治りません。
自分を救うんです。
自分を育てなおすんです。
自分で。
私は、そうします。
初めて母の胸ぐらを掴んだ日。
おしまい。
P.S.新年早々良いことを言ったと思うので
お年玉ください。
(胸ぐら掴んどいて?)
