「アフリカの壁」をぶち破れ!! | 欧州野球狂の詩

欧州野球狂の詩

日本生まれイギリス育ちの野球マニアが、第2の故郷ヨーロッパの野球や自分の好きな音楽などについて、ざっくばらんな口調で熱く語ります♪

 昨日の夜勤終了後、いつものように帰宅してからYou tubeで動画を眺めていたら、非常に興味深い動画群を見つけた。ルース・ホフマンというカナダ人の動画チャンネルなんだけど、そこにはウガンダでプレーする14~16歳の若い野球選手たちが、自分たちのプレーぶりを視聴者に対して(もっといえばMLB他のスカウトに対して?)アピールする動画が、全部で13本登録されていたんだ。

Ruth Hoffman - YouTube

 ここに登場する選手たちのプレーからは、確かに身体能力が非常に高いことは随所にうかがい知れるものの、メカニックの部分に関しては素人目にもまだ課題が少なからずあるように思える。投球フォームにしても、皆どことなく投げ方がぎっこんばったんした感じというか、全身がうまく使いこなせておらずスムーズさに欠けてしまっているような印象だ。彼らのうち一体何人が、この先より上位のレベルにあるリーグでプレーできるかと問われたら、今のままの状態であれば正直首を傾げざるを得ない(無論、きちんとしたフォームを叩きこめば大化けしそうな選手が多いことも事実だけど)。

 しかしだ。こうやって俺もしたり顔で選手の評論なんかをしてしまっているけれど、よくよく考えてみればこれらの動画が世に出てきたということ自体、実はとてつもなく凄いことなんじゃないだろうか。トップレベルでのプレーを目指す選手たちが、自分のスキルを披露するスカウティング動画は、You tubeには決して少なくない数がアップロードされている。その大半はアメリカをはじめとする、野球先進国の若手選手たちによるものだ。その彼らと同じ土俵に、アフリカ大陸の中でも突出した国とは言えないウガンダのプレーヤーが上がってきた。アメリカンスポーツとしての野球の在り方が少しずつではあれど、確かに変わり始めていることの証拠として提示したら、笑われてしまうだろうか?

 いや、それを笑うのは彼らウガンダの選手たちに対するリスペクトを欠いた行為だろう。彼らは皆、野球を始めてからまだ10年は経っていない(多くが5年か6年といったところだ)。おそらく彼らの中には、数年前のリトルリーグワールドシリーズの地区予選を制しながらも、ビザの関係によりアメリカ行きを果たせずに涙を呑んだ者もいるはずだ。彼らにとって、野球というスポーツはアメリカ発祥ではあれど、最早アメリカだけのものでもなんでもない。彼らアフリカ人たち自身のものにもなっているんだ。ちょうど、俺たち日本の野球ファンが「野球は自分たちのアイデンティティだ」と認識しているのと同じようにね。

 そしてそれは、何もウガンダだけに限った話というわけでもない。アフリカ球界ではここ数年、かつては到底考えられなかったような変化が現実に起きている。大陸の絶対的王者として君臨する南アフリカからは、既に何人もの選手がマイナーリーガーとして海を渡った。彼ら以外にも、海外リーグに渡ってプレーする者たちもいる。その中にはドイツ・ブンデスリーガのマンハイム・トルネードスでプレーしたカイル・ボサのように、所属チームのレギュラー選手としてプレーする面々もいるんだ。彼らは南アフリカ代表選手として、過去3度のWBC(第3回大会は予選ラウンド)にも出場するなど、国際レベルで戦うようにもなっている。

 その南アフリカ・ケープタウンでは、MLBインターナショナルによる「MLBアフリカアカデミー」が開催されるようになった。ここには南アフリカだけでなく、ナイジェリア・ウガンダ・ジンバブエ・ケニアなど他のアフリカ諸国からも、それぞれの国における有望株が参加している。このアカデミーが確実に成果を生んでいることは、冒頭で紹介した選手たちと同じくウガンダ出身で、第1回目の参加者でもあるポール・ワフラ外野手が、日本の兵庫ブルーサンダーズと契約したことを見ても明らかだ。



 この動画を見ていて非常に印象に残ったのは、指導者の1人が「今の南アフリカにはセミプロ、究極の理想を言えばプロのベースボールリーグが必要だ」と熱く語っていたこと。「南アフリカは既に世界レベルにおいて、他国のトップ選手たちとも戦うようになっているのに、国内野球の組織はまだアマチュアレベルでしかない。もっとシリアスでコンペティティブな組織を作らなければ」と語る姿には、現状に対する危機感と同時に「もっと俺たちはやれるんだ」という前向きな情熱を感じた。「アフリカにプロ野球リーグを作る」ということ自体、これまでは出てくることさえなかった発想だろう(ちなみに、これはあくまでも伝聞でしかないけれど、近々西アフリカ諸国による「アフリカインターリーグ」なるものが始まるという話も最近聞いた)。

 現在の南アフリカにも、もちろん各地域ごとにリーグは存在する。第3回大会に関しては調べきれていないけど、2009年の第2回大会時には、南アフリカ代表ロースター選手の4分の3が、ケープタウン周辺で展開される国内トップリーグである「南アフリカプレミアメジャーリーグ」から招集されたという。ただこのリーグにしても、本当の意味で世界トップレベルと組するには不十分な水準ということなんだろう。もし南アフリカにプロ野球(もしかしたらオーストラリアのABLのような、ウィンターリーグ的なものになるかもしれない)が誕生したなら、そこは南アフリカ人選手はもちろん、他のアフリカ諸国をはじめとする世界中から選手が集まって、しのぎを削るような場所になるはずだ。きっとそれは、アフリカの地で野球を志した者たちにとって、とても大きな財産となり目標ともなるだろうね。

 現役大リーガーが参加するWBCという大会の誕生は、多かれ少なかれ野球というスポーツに変化をもたらした。歴史もまだ浅く、大会運営上の課題はまだ少なからず残っているとは言っても、WBC誕生によって国内野球が非常に大きな影響を受けたという国は、決して少なくはないはずだ。そしてそれは、国際大会での結果そのものはまだ振るわないアフリカ諸国にとっても、決して例外じゃなかった。政治的な文脈ではもちろん、野球という意味でもこれまでのアフリカは、残念ながら「暗黒大陸」と呼んで差支えないような状態だったことは間違いない。でもそこに、微かではあれどようやく光が差し込む素地が生まれようとしている。それは、物凄く大きな前進と言えるだろう。

 そして忘れてはいけないのは、俺たち周囲の人間がもっとシリアスな目でアフリカ野球を捉えるべきだということ。アフリカで野球をやったからと言って、別にグラウンドにゾウやキリンがいつも迷い込んでくるなんてことはないし、試合での乱闘が部族間紛争につながるなんてことも(多分)ない。もしかしたら200kmの速球を投げる投手も出てくるかもしれないなんていう、荒唐無稽な書き込みもネット上ではよく見るけど、アフリカだからと言ってある意味彼らを軽んじるような目で見るのは慎むべきだ。彼らにとっての野球は、巷で思われているよりもずっとリアリスティックなものなんだから。

 もちろん、課題が全くないというわけじゃない。アフリカはまだ国ごとの実力差が非常に著しく、現時点では南アフリカが大陸2番手ナイジェリアをも圧倒するような状況が続いている。その南アフリカにしても、まだWBCにおいては白星を挙げられておらず、時として大会に出場すること自体の意義を問うような声すらも上がったほど、実力的には発展途上だ。そもそもアフリカという地域自体、若者がスポーツに興じられる環境が完全には整っていない場所と言える。悲しいことだけど、少年兵がこの現代にも存在するようなところを見ても、そこは間違いないだろう。

 それでも、これまで取り上げてきたような状況の変化ぶりを見れば、アフリカ球界がもっと上の次元に到達できるという期待は、決して淡いものにはならないと思う。現状において課題が多いということは、見方を変えればとてつもない伸び代があるということでもある。先月のIBAF総会の場においては、シエラレオネという新しい仲間が一員として加わることも決まった。道のりはまだ遠いかもしれないけど、目指すべき場所は彼らの目に確かに映っている。今ある課題だって、きっと乗り越えていけるだろう。だからこそ、俺はこの国からずっと彼らを応援していきたい。彼らが、目の前の壁を自分たちの手でぶち破るその日まで。