「・…………た……の?」
掠れた小さな声で、
王子が何かを呟いた。
「なんだ、しゃべれるんだ。
なんて?」
「…やっと…迎えに……来てくれたの?」
干からびた顔に、
さざ波のように笑顔が浮かぶ。
「迎えに?俺が?」
そう言うと、
王子は大きく頷き、
本当に、
嬉しそうに笑ったんだ。
「……僕ね、あんまり遅いから、
心配しちゃった……
もう来てくれないのかと思って……。
でも、やっと来てくれたんだね、
ガイザー。」
ガイザー。
確かに王子はそう言った。
そして、王子は、
まっすぐに俺を見ていた。
「あの、」
ガイザーって何?って聞こうとして、
廊下からヒールの足音が近づいて来るのに気づいた。
この病院を、
8センチヒールで闊歩するやつは
一人しかいない。
中澤涼子。
半年先の予約まで埋まってるこの病院自慢の人気医師だ。
最近は雑誌だけに飽き足らず、テレビにまで出てる。
「森本君!勝手なことされると困るのよ!」
ドアを開けるや否や、中澤涼子はそう言った。
さっきの看護師が言いつけたに違いない。
「ああ、すいません。」
俺が思ってもいない謝罪を口にするのと、
王子が悲鳴を上げたのが同時だった。
点滴が倒れるのも
構わずに布団の中にもぐりこむ。
「王子?!」
「わああああああああああ!!」
世界でも終わるのかと思うような
王子の叫び声が部屋中に響いた。
あははー。今日なんて9時まで会社にいたよおお。頑張り屋さん。るるー。