それは、
一度見たら忘れられない光景。
10年たった今では、
小学校の教科書にも載ってるらしい。
これが、出現した当初は、
日本中どころか、
世界中から人が、
挙って集まった。
この、奇跡の像を見るために。
・・・・・・1年ぶりだ。
1キロ先からでも見える。
緑豊かな公園の
美しい木々に囲まれた、
奇異な光景。
赤いミニバンは、
暴れ馬のように、前輪を持ち上げてる。
そこから1メートルも空いてないくらいの場所に、
両手を広げ、
必死の形相で立ちはだかる女性。
そして、その足元に、
泣き顔で蹲る小さな女の子。
10年前は、
交差点があったのだけれど、
この光景を保存する為に、
国がここらへんの土地を買い占めてしまったので、
今は、10メートル四方のこの光景のまわり10キロは、
自然公園になってしまった。
一週間前、ちょうどこの事故から10年の節目だとかで、
今まで忘れ去られていたものが、
にわかに活気付いて、
世界中からマスコミが
「あの事故から10年」のタイトルで放送をしようと
集まった。
おかげで当事者のあたしが、
こんな1週間後に来ないといけない。
像のそばには、まだ献花台が置かれている。
大きな花束とか、お菓子とか、ぬいぐるみとか、
いろんなものが乗っかってる献花台をぐるりと回り、
車の後ろに行く。
ここには、献花台も何もない。
車に轢かれそうになった娘を守る為、
目の前の車ごと時を止めてしまった奇跡の聖母に
供える花はあっても、
轢き殺しかけた男に供える花はないってこと。
は。
買ってきた花を置く。
献花台もないから、
地面にそのまま。
何でこんなことになったんだろう。
この映画のワンシーンみたいに
時が止まってしまった10メートル四方の空間に
閉じ込められているのは、
あたしの旦那だ。
たまたま、
車を運転してて、
飛び出してきた子供を避けようと
ブレーキを踏んだら、
慌てて助けに入った母親が超能力者だった。
それだけ。
その奇跡のおかげで、
あたしの10年は散々だった。
そっと、奇跡の母子像に近寄ってみる。
10年前も今も、
まるで空気が固まったようになっていて、
近寄ることが出来ない。
目の前に来て、
夫の、
車に驚いて蹲る子供を避けようと、
必死にハンドルを切る顔が見えるのに、
まるで3D映像のように、
触れることも出来ない。
まったく。
前から
人はいいんだけど要領の悪い人だった。
あとはシュートを決めるだけのごっつぁんゴールを、
譲ってしまうような、バカ正直な人。
そんなだから、
こんなありえない事故に巻き込まれるんだ。
「あの。」
一人思い出に浸りに来たのに、
あたしに話しかけた奴がいた。