プロレスは八百長なんじゃないか?どう考えてもわざが当たってないように見えたりもするし、ロープに投げられて、なんで跳ね返って来てわざわざ技を喰らうのか?おかしい。
どう見てもインチキしているようにしか見えない。これは我々を騙している事になる。伝統ある日本のプロレスに泥を塗るような振る舞いだ。どうにかしろ、取り締まるべきではないのか!!
いきなり暴言ぶちかましましたが本日は非常に下らない話をします。もし上のような批判を言っている人が仮にいたら、お前頭大丈夫か?そういう野暮な事は言いなさんな。それがプロレスってもんじゃねえか。ある種の決め事をなぞりながら、ショーアップして行く。
能とか歌舞伎みたいなもんで、おかしいぞ!なんて言っちゃったらつまんねえよ。
って感じではないでしょうか。自分も子供の頃はプロレスに熱狂していたものです。
しかし今全くこれと同じ事をそのまんま言ってやりたくなるようなバカ騒ぎがあります。この不景気の中、日経平均が奈落の底に落ちているにもかかわらず、全く無能な政治家達の延命の為に延々と時間稼ぎをされ、全く何の効果も無い景気対策とやらに、埋蔵金を単に役人の権益確保の為にさっさとバラまいて、野党の政策封じに邁進している売国奴共を野放しにしておきながら、こんなどうでもいい話で盛り上がっているスットコドッコイが結構いる。
そう、相撲の八百長騒ぎです。バカじゃねえか、下らねえと思うような話なので、それこそ1ミリも興味は無いのですが、先日たまたま珍しくワイドショー的なものを目にする機会がありまして、お約束のやくみつるを筆頭とした、談合相撲業界にぶら下がってきれい事をほざき金を稼いでいるゴミ共が吹き上がっているのを目にしてしまったわけです。
こんなものを見ていたら目が腐ると思ってすぐに消しましたが、一定の視聴率があって観ている人がいるのかと思うとグッタリして来ます。
相撲というのは全く勝利へのインセンティブが異なる人間が戦う仕組みになっています。3勝11敗の人間と、7勝7敗の人間が千秋楽を迎えれば、どう考えたって後者の方が勝利へのインセンティブもあるに決まっているし、二人に面識があれば当然空気を呼んで・・・・という事が起こりやすい仕組みです。
そういう仕組みであれば当然負けてくれればお礼をする事もあるだろうし、そういう仕組みを放置すれば星を売り買いするという事があっても何ら不思議ではない。
負けた人間は即脱落して行くようなサドンデス方式にでもしないかぎり、こういう事が起こってしまいやすい仕組みをそもそも放置しているわけです。
そういう仕組みでやっているというのは、相撲に興味がなくともみんな知っているわけで、にもかかわらず何をもっともらしく吹き上がっているのか意味がわかりません。仕組みを変えて、悪巧みが出来ないような透明化をすればこんな問題は簡単に片がつく話です。
しかし力士達のモラルの無さを叩いたり、親方の非常識さを問題にしたり、お前ら良心は無いのか的な、下らないガス抜きバッシングに辟易します。これは相撲に限った事ではありませんが、どこの組織にもみられる一種のこの国の病のようにも感じます。
目の前に一億円の金がある。まわりには誰もいないし、誰も見ていない。誰にも気付かれていないと思われる。今この一億円の中から、一枚抜き取ってもおそらく誰も気付きはしまい。そういう状況たたされた時、絶対に魔がささないと言える人は偉い人です。
一億をそのまんまなんとか盗み出そうと思ってしまうような大胆不敵な人は少ないと思いますが、100万の札束を10束で1千万、もしくは札束一つ、もしくは札を十枚、もしくは一枚だけ、その上そういう状況に年がら年中立たされている、とレベルを変えて行けば、俺は絶対に手をつけないと言える人がどれだけいるのかわかりませんが、本当にそういう風に振る舞えるのだとすればその人は偉い人だと思います。
もちろん自分はやらないぜ!!そんな事するもんか!!と言いたいのは山々ですが、いかなる状況でも絶対と言い切る自信がありません。魔が差す事もあるかもしれないと思ってしまう。
これは男性限定の話ですが、美しい女性と生まれたままの姿で、一緒にお風呂に入っているとします。絶対何もしない。スケベな目でもみるもんか!!まして下半身が反応するなど論外だ!!と言える人は偉い人です。尊敬に値します。
しかし一億円にしろお風呂にしろ、こういう状況に放置されて、偉い人でない人は魔が指してしまいます。そのとき、この泥棒!人でなし!!セクハラ!女性差別だ!!と言われたら、そりゃそうだけど、この状況でそんな事言われてもトホホ、となるでしょう。
少し真面目に書きます。何を言いたいのかと言いますと、魔が差してしまうような状態に放置しておいて、もしくはそういう状況をそのままにしておいて、魔が差した人間に向かって、悪魔!!人でなし!!と罵倒を浴びせる前に、魔が差すようなインセンティブが起こり難いアーキテクチャを構築した方が話が早いのではないかと思う事が、それこそ、ありとあらゆる所で吹き出ています。
それを食い止めたかったら、外部からチェックして、盗んだらバレるという構造にすればそんな事は簡単に減らせるわけです。そういう状態であってもなんとかズルをしてやろうという人もいるでしょうけれど、魔が差してついついと言う人はそんな根性はありません。
しかし問題にされる所というのは、魔が差した人間に向かって、鬼!悪魔!!死んじまえ!!!というのばっかりです。
そういう変な方向にインセンティブが向いてしまうような状況にさらしておいて、みんなが真面目に生きられれば、世の中に法律も罰則も統治権力もいらないでしょう。
そういう状況に何で陥ってしまうような状態に放置しているのか?という所を問題点にしなければ、こういう問題は無くなりません。自浄能力なんてものに期待する事自体無理な話です。そんな事が出来るのなら、世の中でダイエットに悩む人なんて一人もいなくなるでしょう。食っちゃいけないと思いながらも、目の前のごちそうやケーキを食っちゃうのが人間です。
そういう状態に放置しておけばどうしたってバレちゃマズい事が起こってしまい、バレちゃマズい状態になれば隠蔽する方向にインセンティブが向きやすい。いったん隠蔽してしまえばバレれば芋づる式に一蓮托生になるわけですので、益々隠蔽する。どうせ隠蔽しているのだから、その隠蔽をフル活用して、もっとズルをした方が得だぜというインセンティブも発動してしまう。どうせバレやしねえぜと。
こういう状態が今この国の様々な所で起こっている問題の根幹にあるのではないかと思うわけです。統治権力なんかは典型的な例です。それで挙げ句の果ては、お手盛りの第三者機関なんかがチェックしますとか、自浄作用に期待とか、出来るわけねえだろと思うような話にしかならない。結局抜け道だらけで何も変わらないというパターンが繰り返されている。
これではどんどん巧妙になってバレ難くするという方向に行く事はあっても、逆は有り得ません。もちろん中には偉い人がいて、自浄作用でどうにかするという事が無いとは言えませんが、そういう聖人君子的な振る舞いは万人が出来る事ではありませんから、聖人君子でなくとも制度に従っていれば闇のインセンティブが発動しないような仕組みを構築する、制度に一定のコラプションを防御する仕組みを盛り込んでしまうというのは手っ取り早い話で、解決する気もないのにごちゃごちゃ時間と金をかけるだけ無駄です。結局はどうやって誤摩化すかという事を考えているようにしか見えない。無理矢理外部から構造を変えて、可視化し、常にチェックにさらされるような方向性にしないと次の不正を生むだけの話でしかない。
例えば先日大分県の教育委員会の不正が白日の下にさらされました。結果的にどこの自治体でもやっているという事は国民全てが知っている事でありながら、この問題は事実上幕引きがなされました。困った話ですが、この大分の不正の問題というか、そのやり方、手口を聞くと、どう考えても不正がやり易い状態を放置していたわけです。
もちろんそりゃ教育委員会にすればそれが権益なわけですから温存しておきたいというインセンティブが働くのは止めようが無い部分がありますが、何でそういう状態を放置させて誰も何も言わない構造になっているのか、何で外部からチェックが入って、当然そんな仕組みは危険だから変えましょうという方向性に行かないのか、権益を持っている人間は権益を手放すまいと動くのは当然と言えば当然で、ムカつきますが合理性もある。しかしそれを止めるような力学が働かない。国ももろとも腐っているのが現状です。そして国民もどうせ変わらないんだよと諦めている。
諦めているのなら文句を言う資格も無い。認めているわけですから同罪です。しかし同罪だと切って捨てられないような諦めざるを得ないような構造を、この国は丸抱えしているわけです。
どう考えたって、どこの都道府県でもやっているに決まっているわけで、そこに切り込まない事一つをとってみても、問題点を改善しようと言う動機が全く感じられない。問題が吹き上がった時だけ、さもビックリしましたみたいな顔をして、国民の為に不正を正してますみたいな顔をして、本当の問題点を放置したまま、悪者を血祭りに上げて話が終わってしまう。そんなのばっかりです。
遡って取り締まるとなると、構造そのものが根本から腐ってますので芋づる式に腐敗堕落の構造が出て来てしまうというのがまずあり、そのせいで場当たり的な役に立たない問題の先送り的な解決方法にしかならない。だからと言って、過去にさかのぼってやるのが無理であればせめて未来に向かって二度とそういう事が起こらないような仕組みにするのかと思えばそれも無い。
都度都度出てくる悪者という囮に引っかかって、感情的なスッキリ感を得て忘れてしまう。これが延々と繰り返される。
どうせ何も変わらない、もうどうにもならない、解決方法なんてあるわけねえじゃねえか、となってしまいそうなどうにもならない構造ですが、解決方法はあります。まずはそれしか無いと言ってもいい。
政権交代とか言うんじゃねえだろうなこんちくしょうと、当ブログの読者の方は思われるかもしれませんが、もちろんそれは絶対に必要な事ですが、だからと言って民主党もしくは野党ごときが政権を握ったからと言ったって、そう簡単にどうにかなるような構造なら、とっくに与党がどうにかしているでしょう。
政権交代が必要だと言うのは、近代国家として普通の状態にしようぜという話なだけですので、それによって決定的に何かを変える事など出来るとはハナっから考えちゃおりません。
それじゃ何が必要なのかといいますと、まあ何となく話の流れでわかるとは思いますが、それは次回という事で。
つづく!!
どう見てもインチキしているようにしか見えない。これは我々を騙している事になる。伝統ある日本のプロレスに泥を塗るような振る舞いだ。どうにかしろ、取り締まるべきではないのか!!
いきなり暴言ぶちかましましたが本日は非常に下らない話をします。もし上のような批判を言っている人が仮にいたら、お前頭大丈夫か?そういう野暮な事は言いなさんな。それがプロレスってもんじゃねえか。ある種の決め事をなぞりながら、ショーアップして行く。
能とか歌舞伎みたいなもんで、おかしいぞ!なんて言っちゃったらつまんねえよ。
って感じではないでしょうか。自分も子供の頃はプロレスに熱狂していたものです。
しかし今全くこれと同じ事をそのまんま言ってやりたくなるようなバカ騒ぎがあります。この不景気の中、日経平均が奈落の底に落ちているにもかかわらず、全く無能な政治家達の延命の為に延々と時間稼ぎをされ、全く何の効果も無い景気対策とやらに、埋蔵金を単に役人の権益確保の為にさっさとバラまいて、野党の政策封じに邁進している売国奴共を野放しにしておきながら、こんなどうでもいい話で盛り上がっているスットコドッコイが結構いる。
そう、相撲の八百長騒ぎです。バカじゃねえか、下らねえと思うような話なので、それこそ1ミリも興味は無いのですが、先日たまたま珍しくワイドショー的なものを目にする機会がありまして、お約束のやくみつるを筆頭とした、談合相撲業界にぶら下がってきれい事をほざき金を稼いでいるゴミ共が吹き上がっているのを目にしてしまったわけです。
こんなものを見ていたら目が腐ると思ってすぐに消しましたが、一定の視聴率があって観ている人がいるのかと思うとグッタリして来ます。
相撲というのは全く勝利へのインセンティブが異なる人間が戦う仕組みになっています。3勝11敗の人間と、7勝7敗の人間が千秋楽を迎えれば、どう考えたって後者の方が勝利へのインセンティブもあるに決まっているし、二人に面識があれば当然空気を呼んで・・・・という事が起こりやすい仕組みです。
そういう仕組みであれば当然負けてくれればお礼をする事もあるだろうし、そういう仕組みを放置すれば星を売り買いするという事があっても何ら不思議ではない。
負けた人間は即脱落して行くようなサドンデス方式にでもしないかぎり、こういう事が起こってしまいやすい仕組みをそもそも放置しているわけです。
そういう仕組みでやっているというのは、相撲に興味がなくともみんな知っているわけで、にもかかわらず何をもっともらしく吹き上がっているのか意味がわかりません。仕組みを変えて、悪巧みが出来ないような透明化をすればこんな問題は簡単に片がつく話です。
しかし力士達のモラルの無さを叩いたり、親方の非常識さを問題にしたり、お前ら良心は無いのか的な、下らないガス抜きバッシングに辟易します。これは相撲に限った事ではありませんが、どこの組織にもみられる一種のこの国の病のようにも感じます。
目の前に一億円の金がある。まわりには誰もいないし、誰も見ていない。誰にも気付かれていないと思われる。今この一億円の中から、一枚抜き取ってもおそらく誰も気付きはしまい。そういう状況たたされた時、絶対に魔がささないと言える人は偉い人です。
一億をそのまんまなんとか盗み出そうと思ってしまうような大胆不敵な人は少ないと思いますが、100万の札束を10束で1千万、もしくは札束一つ、もしくは札を十枚、もしくは一枚だけ、その上そういう状況に年がら年中立たされている、とレベルを変えて行けば、俺は絶対に手をつけないと言える人がどれだけいるのかわかりませんが、本当にそういう風に振る舞えるのだとすればその人は偉い人だと思います。
もちろん自分はやらないぜ!!そんな事するもんか!!と言いたいのは山々ですが、いかなる状況でも絶対と言い切る自信がありません。魔が差す事もあるかもしれないと思ってしまう。
これは男性限定の話ですが、美しい女性と生まれたままの姿で、一緒にお風呂に入っているとします。絶対何もしない。スケベな目でもみるもんか!!まして下半身が反応するなど論外だ!!と言える人は偉い人です。尊敬に値します。
しかし一億円にしろお風呂にしろ、こういう状況に放置されて、偉い人でない人は魔が指してしまいます。そのとき、この泥棒!人でなし!!セクハラ!女性差別だ!!と言われたら、そりゃそうだけど、この状況でそんな事言われてもトホホ、となるでしょう。
少し真面目に書きます。何を言いたいのかと言いますと、魔が差してしまうような状態に放置しておいて、もしくはそういう状況をそのままにしておいて、魔が差した人間に向かって、悪魔!!人でなし!!と罵倒を浴びせる前に、魔が差すようなインセンティブが起こり難いアーキテクチャを構築した方が話が早いのではないかと思う事が、それこそ、ありとあらゆる所で吹き出ています。
それを食い止めたかったら、外部からチェックして、盗んだらバレるという構造にすればそんな事は簡単に減らせるわけです。そういう状態であってもなんとかズルをしてやろうという人もいるでしょうけれど、魔が差してついついと言う人はそんな根性はありません。
しかし問題にされる所というのは、魔が差した人間に向かって、鬼!悪魔!!死んじまえ!!!というのばっかりです。
そういう変な方向にインセンティブが向いてしまうような状況にさらしておいて、みんなが真面目に生きられれば、世の中に法律も罰則も統治権力もいらないでしょう。
そういう状況に何で陥ってしまうような状態に放置しているのか?という所を問題点にしなければ、こういう問題は無くなりません。自浄能力なんてものに期待する事自体無理な話です。そんな事が出来るのなら、世の中でダイエットに悩む人なんて一人もいなくなるでしょう。食っちゃいけないと思いながらも、目の前のごちそうやケーキを食っちゃうのが人間です。
そういう状態に放置しておけばどうしたってバレちゃマズい事が起こってしまい、バレちゃマズい状態になれば隠蔽する方向にインセンティブが向きやすい。いったん隠蔽してしまえばバレれば芋づる式に一蓮托生になるわけですので、益々隠蔽する。どうせ隠蔽しているのだから、その隠蔽をフル活用して、もっとズルをした方が得だぜというインセンティブも発動してしまう。どうせバレやしねえぜと。
こういう状態が今この国の様々な所で起こっている問題の根幹にあるのではないかと思うわけです。統治権力なんかは典型的な例です。それで挙げ句の果ては、お手盛りの第三者機関なんかがチェックしますとか、自浄作用に期待とか、出来るわけねえだろと思うような話にしかならない。結局抜け道だらけで何も変わらないというパターンが繰り返されている。
これではどんどん巧妙になってバレ難くするという方向に行く事はあっても、逆は有り得ません。もちろん中には偉い人がいて、自浄作用でどうにかするという事が無いとは言えませんが、そういう聖人君子的な振る舞いは万人が出来る事ではありませんから、聖人君子でなくとも制度に従っていれば闇のインセンティブが発動しないような仕組みを構築する、制度に一定のコラプションを防御する仕組みを盛り込んでしまうというのは手っ取り早い話で、解決する気もないのにごちゃごちゃ時間と金をかけるだけ無駄です。結局はどうやって誤摩化すかという事を考えているようにしか見えない。無理矢理外部から構造を変えて、可視化し、常にチェックにさらされるような方向性にしないと次の不正を生むだけの話でしかない。
例えば先日大分県の教育委員会の不正が白日の下にさらされました。結果的にどこの自治体でもやっているという事は国民全てが知っている事でありながら、この問題は事実上幕引きがなされました。困った話ですが、この大分の不正の問題というか、そのやり方、手口を聞くと、どう考えても不正がやり易い状態を放置していたわけです。
もちろんそりゃ教育委員会にすればそれが権益なわけですから温存しておきたいというインセンティブが働くのは止めようが無い部分がありますが、何でそういう状態を放置させて誰も何も言わない構造になっているのか、何で外部からチェックが入って、当然そんな仕組みは危険だから変えましょうという方向性に行かないのか、権益を持っている人間は権益を手放すまいと動くのは当然と言えば当然で、ムカつきますが合理性もある。しかしそれを止めるような力学が働かない。国ももろとも腐っているのが現状です。そして国民もどうせ変わらないんだよと諦めている。
諦めているのなら文句を言う資格も無い。認めているわけですから同罪です。しかし同罪だと切って捨てられないような諦めざるを得ないような構造を、この国は丸抱えしているわけです。
どう考えたって、どこの都道府県でもやっているに決まっているわけで、そこに切り込まない事一つをとってみても、問題点を改善しようと言う動機が全く感じられない。問題が吹き上がった時だけ、さもビックリしましたみたいな顔をして、国民の為に不正を正してますみたいな顔をして、本当の問題点を放置したまま、悪者を血祭りに上げて話が終わってしまう。そんなのばっかりです。
遡って取り締まるとなると、構造そのものが根本から腐ってますので芋づる式に腐敗堕落の構造が出て来てしまうというのがまずあり、そのせいで場当たり的な役に立たない問題の先送り的な解決方法にしかならない。だからと言って、過去にさかのぼってやるのが無理であればせめて未来に向かって二度とそういう事が起こらないような仕組みにするのかと思えばそれも無い。
都度都度出てくる悪者という囮に引っかかって、感情的なスッキリ感を得て忘れてしまう。これが延々と繰り返される。
どうせ何も変わらない、もうどうにもならない、解決方法なんてあるわけねえじゃねえか、となってしまいそうなどうにもならない構造ですが、解決方法はあります。まずはそれしか無いと言ってもいい。
政権交代とか言うんじゃねえだろうなこんちくしょうと、当ブログの読者の方は思われるかもしれませんが、もちろんそれは絶対に必要な事ですが、だからと言って民主党もしくは野党ごときが政権を握ったからと言ったって、そう簡単にどうにかなるような構造なら、とっくに与党がどうにかしているでしょう。
政権交代が必要だと言うのは、近代国家として普通の状態にしようぜという話なだけですので、それによって決定的に何かを変える事など出来るとはハナっから考えちゃおりません。
それじゃ何が必要なのかといいますと、まあ何となく話の流れでわかるとは思いますが、それは次回という事で。
つづく!!