前回の続きです。

民主党の政策の中に高速道路無料化というのがあります。これはその部分だけを見ますとあんまり整合性はありません。高速道路を無料化する事自体はフェアな制度とは言えますが、同時に暫定税率も廃止すると言っちゃっている。

環境税じゃありませんが、車に乗るという事に対するマイナスのサンクションを無くしてしまうというのは時代に逆行している。

暫定税率という言い方がマズいので、そういう意味でこの部分を見直すのは重要ですが、高速道路を無料化するなら何らかの負荷をかけないと、車を乗っている人と、乗らない人の間、都市部と地方でアンフェアになります。

ここの所は地方票取り込みのポピュリズムが見えます。官僚の権益に本気で手をつけるというのなら、都市部の民意もバックにつけないとマズいわけです。

本当は環境税的なものを導入するか現在のままの暫定税率維持のまま、高速道路を無料化するというほうがスッキリする。とは言うものの、この高速道路の部分だけを考えると問題は残りますが、高速道路を無料化すると国民の税金負担が増えるとか言う与党議員の物言いは下らない言い方です。

高速道路を無料化する事によって得られる経済効果は、道路料金を関所的に踏んだくるよりは全然景気にとってはいい。信長の時代の話です。もちろん新規の道路を作る事によって、街が空洞化してシャッター商店街化するという事が現状でもありますから、高速道路を無料化して流通をスムーズにしてしまえば、同じような効果が出てくる事は確実な気がします。

が、だから高速道路料金を踏んだくる理由にはならないし、高速道路を有料のまま道路をどんどん造り続ける理由にもならない。街の中心部の空洞化は現時点でも深刻であるわけで、そういう意味で言えば子供手当とか農家の個別保障みたいなものが入っているというのはそれなりに整合性がある。ただ流動化して優勝劣敗、セーフティネットも無しというのとは意味が違う。

そうすれば物流コストが下がる。流通がスムーズになればより遠隔から人を呼べるので街も発展するだろうし、そうすれば公共事業で飯を喰っている土建屋も公共事業を待っているよりも仕事も増える。観光地に金も余分に落ちるようになるでしょう。観光客自体も増える。

普通に考えて、不景気だとか給料が下がって困ったという人だって、高速料金が無料化されれば、旅行に行こうかなって話にもなるでしょう。高速道路料金が無くなる事によって多少旅行先で消費も増える。金が落ちれば経済効果は増える。旅行に行けばそれなりに楽しかったりもするわけで、そういう意味で国民の幸福感を増やすという意味でも、意外といい話なのではないかと思うわけです。

単純に表面的な話で無料化するかしないかではなくて、大きな視点でモノを考えればこんなもの無料化するのが当たり前の話です。こんな高い料金を踏んだくっているのは世界中で日本だけですし。

特会というのはようするに各省庁の自前のポケットみたいな話で、居酒屋タクシーとか、マッサージチェアなんかで大騒ぎしましたが、ここがあまりにも不透明であるから、いくらなんでも目にあまる構造が見えているわけです。

居酒屋タクシーとかマッサージチェアなんてのは小さい話で、単なるデコイに過ぎませんが、この金が溜め込まれて埋蔵金になっていたり、天下りに利用していたりするわけです。増税だの景気対策だの騒ぐ前に、ここを可視化しないと意味がない。

特別会計という仕組み自体は他の国にもある仕組みなのですが、決定的に違うのは可視化されているかいないかになる。むしろわける事によって見えやすくしているのが普通です。日本の場合は見えないだけではなくて、全く議論もされない。だから金を溜め込んで、独立行政法人という形で、金を流し、その下にもぶら下がる団体がある。その資金源になっている。ここに手をつけないと話にならない。

分野ごとの話をすると削れないという言い方が必ず出てくる。例えば社会保障費を削るのか!!ってな感じで。

そうすると社会保障費を削るなんて言いずらいので、難しいって所に話が落ちてしまいます。しかしその分野ごとの中でも、給付、委託、補助金、箱もの、公共事業費と内分けがあるわけで、ここが霞ヶ関が利用しているトリックで、予算の切り口を見直して詰めればいくらでも見直すべき所はある。

不要なもの、非効率なもの、そして不正、道路を作るにしても経済効果があるのかどうか?本当に必要であるのか?それとも別の何かに回した方が本当はそこの人々にとって効果があるのではないか?そういう事を見直す所が全然無いのが大問題。

与党の物言いですと公共事業もだいぶ減らされているので、これ以上はカット出来ないというような話が出てくる。公務員の人件費なんかも無理だと。

しかしこれは民主党が言っているような無駄が全く無いとしても、見直す事は重要で、その上で吟味出来ない状況が現状でもある事が問題なわけですから、カット出来る出来ないの二元論ではなくて、カット出来ようが出来なかろうが、もう一度無駄が無いかチェックをして、しかもそれが可視化出来るようにする事は重要な話です。

見えないのに無駄か無駄じゃないかを論じても意味はありませんし、実際に非効率、不要、そして不正がいくらでもあるような現状があるわけですから。

現状の公共事業は40数%も減らされているので、現状を維持し、現状の計画を遂行するだけで精一杯になってしまう、と言ったような与党のバカ議員がほざいていますが、公共事業の採択基準にB/C(コスト・ベネフィット分析)によって事前で1を越えていても、事後では越えないのが普通です。

事前で3くらいあって初めて事後で1くらいになる。なので現状でこの国で作られている道路というのは殆どが作るべき基準を本当は満たしていないものばかりです。この1という採択基準が甘過ぎるし、事前のB/Cには1.00というのが多い。

こういうのは作っても経済効果は得られない。それにこのちょうどというのが胡散臭い。この採択基準を見直せば、黙っていても公共事業は減るに決まっている。

費用対効果が見合わなくとも、作るべき道路はあるはずだという話に落ちるのでしょうけれど、5分の1まで減らす事が出来ると実証されている道路の整備費の実例があるわけですから、そういうところとセットで見直して行くという話なだけで、コストの非効率を放置したまま地方切り捨てだ的な、作るか作らないかの与党のバカ共の思考停止的二元論で無くて、まともに考えればいくらでも解決策はある。

公務員の人件費、2割カットというのに対して、与党は出来ないと言っています。人を減らす、給与を減らす、これを組み合わせてやる事になるわけですが、すぐにスパッとというのは中々難しいでしょう。人を増やさなければ人は減ります。

しかし同時に給与にも手をつけねばならない。これは給与法という法律を変えれば出来るわけですが、これがもの凄く複雑な法律で、難攻不落でもある。明治の初めに出来ている法律で、GHQですら解体出来なかった。だから与党で出来ないと(まあやる気もないのですが)言っているわけですが、ここに本当に手を入れる事が出来るのなら、たいしたもんです。

国家公務員の平均年収が662万円、地方公務員が728万円、独立法人が732万円、公務員の給与というのは民間を基準にして決めると言う事になっているのですが、最近では公務員が一番給料がいいなんて言う状況も珍しくなくなっている。

昔は公務員と言えば安月給というイメージがあって、それでも公共的な貢献をしている立派な人達というイメージがあったわけですが、今は微塵も残っていません。単なるドロボーの類いと同義になっている。

上場企業の平均が589万年、民間の平均が434万円になる。何を基準にしてんだか意味がわかりません。1100民間事業所の44万人の個人別給与を実地別調査した結果という話になっている。何を基準にどんな事業所を選んでいるのかとかが全くわからない。

だいたい2割くらい民間に比べると高いわけだから、民間並にすれば2割カットも簡単な話でもあるので、決して無茶苦茶な数字ってわけでも無いし、役人イジメってわけでもない。適切な金額にするというだけの話です。

役人の給与のベースもずっと上がって行くのではなくて、ある時点で下がる事も盛り込んでいかないと難しい。民主党が支持母体の権益に手をつける事が出来るのか怪しい話ですが、自民党はやる気もないので、やると言う事を前提にしないと選挙で勝てない風潮を作らないと、民主党が断念してそれで終わりって話にもなりかねない。まあ一応やると言っているので出来ればたいしたもんです。

こういった不合理な状況がアンタッチャブルな状態になっている事を、官僚が護持しようと言うのは自らの利権なんですからムカつきますが理解出来ます。そこに合理性もある。誰だって損はしたくない。

しかしそれをなんで政治家がそのまま官僚の代弁者となっているのか意味がわかりません。与党のバカ共は役人におんぶに抱っこなので、痛い所を握られているという事なんでしょうけれど酷い話です。酷過ぎる。

民主党の政策というのは基本的に4年で区切っている。与党の政策もしくは財源というのは恒久的な永遠の話をします。

民主党案というのは4年に区切って、コストカットで財源が生まれればそれにこした事はないが、特会に手をつけるだけではなくて、足らない場合は最終的には埋蔵金にも手をつけるという事を言っています。

そうすると与党のクソ共は、恒久的な政策であれば財源も恒久でなくてはならない、埋蔵金というのは使えば無くなってしまう代物だ、等々官僚の手下としてほざいています。中川昭一や麻生のたわけなんかが民主党批判の根拠としてよくこの手の言い回しをする。まあバカだからしょうがない。こういう恥知らずを国政に送り出している責任を国民は自覚した方がいい。

一番の問題点は、この恒久性を逐一チェックしていない所に大きな問題があるわけで、いったん決まったらあとは役人のやりたい放題、無駄に垂れ流し放題の権益となってしまっている。何てったって、暫定税率ですら恒久化されちゃう国ですからね。

恒久性をその都度必要か、それとももう不必要なんじゃないのか、という検証が全然無くて、ノーチェックで恒久になっちゃう所が大問題なわけです。

役人は恒久であってくれた方が自分達の権益なわけだから嬉しいに決まってますが、政治家がまるで役人の手先であるかのように、恒久でない事が無責任であるといったいいまわしをして、しかもそれをあんまりメディアも国民も不思議に思わず、恒久じゃないのは無責任だというロジックに引っかかって中川昭一とか麻生太郎みたいな言い回しをしているバカな報道が溢れている。国民までそういう言い回しをしていたりする。困ったもんです。これでは官僚の思うつぼです。

4年で区切ってその財源をこれこれですと示すのは別に無責任ではない。むしろそれが普通の話です。政権交代があり得るのが民主制なんだから、自分達が政権を握るとは限らないわけです。にもかかわらず恒久であってほしいと願うのは役人であって国民ではない。

いかに官僚がこの国を牛耳っているかがわかります。与党と野党が入れ替わって首がすげ変わっても、官僚の利権にはアンタッチャブルであるという事を、与党の政治家が言っているわけです。終わってます。

政権交代が起こらない国である事が大きく感覚を腐らせている。選挙の時にそれぞれが言っている事を吟味した上で選択するのが民主制です。

子供手当がバラマキだと思えば、そういう政党に投票しなきゃいいだけの話で、自分達が政権を握ったらこれこれの政策を実行します、その財源はこれこれです、という事になんで恒久性が必要なのか?意味がわからない。

この恒久性を盾に取って野党を批判するというロジックにせめて国民も気付かないと、いつまでたってもまともな政策の話が出て来ない。こういうのは批判にも値しない知能の低い低レベルな話です。

自民党が言っている事は、ようは特会には手をつけない、独法も放置、埋蔵金にも手をつけない、官僚の利権はそのまんま、責任を明確化するのも避け、無駄の削減はせず、ただ借金してバラまいて、次の選挙に勝つ為に全く効果の無い景気対策をしているフリをして、数年後に増税と言っているだけです。

農家への個別保障にしろ、子供手当にしろ、それが次回の選挙の際存続が不可能であるのなら、そういう事は言えなくなるし、出来ないのにそれを言った人間は血祭りに上げればいい。投票しなきゃいいだけの話です。

出来る事であって、国民みんなが望むのなら、選挙に勝とうと思えば与党であっても野党であってもマニフェストに盛り込んでくる。そしてとんでもない政策であったのなら、選挙の際それを止めるという事を争点化して国民の審判をあおげばいい。それが民主制です。そういう事がこの国では全く出来ていない。

期間を区切って、その都度吟味出来る方がチェックも出来るし、不要なものは消えて、本当にいいものは残る。そういう方が健全であり普通の話です。健全で普通である事を無責任だというのだから、どうにもなりません。頭が腐ってます。

出来もしないのにというか、人間は死にますから、老いぼれの老い先短い政治家どもが何で恒久性を確約出来るのか?そっちの方がよっぽど無責任です。

年金にしたってここまでどうにもならない状態になってしまっていても、肝腎のこのねずみ講的制度を最初に考えてそれで国民を騙した奴らはとっくに棺桶に入っている。血祭りに上げる事も出来ない。

与党の議員も自分達がやったわけではないと逃げる事も出来てしまう。与党の責任であったはずが苦笑いで誤摩化せるような仕組みで、詐欺的行為をやりながら責任も取らないで済むというわけです。

政党が政権を握っている期間の責任を約束する方が責任も明確に出来る。与党は責任を取りたくないから、国民の安心安全、将来の不安を人質にとって、恒久性云々を出来もしないし、未来の事は何一つわからないにもかかわらず言っているわけです。

死んじまえばもしくは引退すれば関係ない、将来の事は知ったこっちゃない、自分達が活動している間だけいい顔をして、先延ばし時間稼ぎをすればいいと。こんな奴らが政治を牛耳っていてよく革命も起きないもんだと不思議な国です。

埋蔵金というのはそもそも我々の金であるべき代物で、役人のものではありません。それを役人のものだという事を政治家が代弁している。使えば無くなっちゃう、万が一の為のもの、等々。企業で言えば内部留保であって、株式会社であれば株主に分配したりする(会社は株主のものではない的な言い方も、こういうこの国の構造を護持する力学のタクティクスにまんまと乗せられているところがあります。会社が株主のものでないのであれば、役人が好き勝手に我々の税金や特会の内部留保の積立金の上がりを何に使おうが文句は無いと言っているのとほぼ同じ事です。この国の一般的なコンセンサスの困った所は、市場を否定して、拝金主義者と切って捨てながら、役人の権益は許さんというメンタリティです。つまり自分に関係ある所になると、途端に大騒ぎして権利を主張する)。

しかもこれが不透明であり、この内部留保を利用して権益を回し、天下りに利用し、実際にかすめ取っている。こういう事を止めさせる事も出来ない状況は不合理です。その上、消費税だのって話が出てくる。ふざけるなって事です。

万が一と言うのはわからない話ではありませんが、きちんとしたリスク計算に基づいた定量化をせず、ただ闇雲に内部留保し、しかもそれは我々の為ではなくて、役人の一生安心システムの為に活用されている。

必要以上に過剰に積み立てて内部留保が埋蔵金化し、上がりを独法に回したり、運用益を利権化している。箱ものに金が回ったり、箱ものを建てたり、そこにぶら下がっている所に金が回る仕組みになっている。役人の天下りシステムの問題点は天下り自体というよりもここに問題点がある。

キチンとリスク計算をしないで、ただ抽象的に万が一という言葉で国民を脅している。万が一と言ったって、専門家がキチンと計算すれば数値化出来る。それ以上に持っていて、理由は万が一、しかも数値化しない。困った連中です。国民もこれに誑かされている。

こういうのは役人が決める事ではなくて国民が決める事であるのが本来あるべき姿であるはずです。

我々が選挙で選択した政治家達が議論しているのが、80兆の一般会計。その外側に各省庁のポケットであり、こういった利権構造を回している与党が役人と結託して不透明である事を守ろうとしている特別会計までを含めると212兆。

そしてその外側には特殊法人から衣替えをしただけで実質殆ど変わっていない独立行政法人があり、更にその外側には公益法人、三セク、そしてファミリー企業群と言った形で、我々の生活とは無関係であり、国民に広く実感出来るような経済効果とは無関係の構造の中で、特定の人間の利権の為に、こういった金が回っている。

その全ての一年間の予算を合算すると、ざっと668兆もの金が回っている。この国が財政が逼迫しているとか、借金が酷い状況だという話の裏側には、こういう構造を死守している状況がある。ここを可視化しない事には何をやっても無意味です。底に穴の開いたバケツでいくら水を汲んでも水は溜まらない。にもかかわらず穴は絶対に塞がない、とやっているわけです。

こういう所を風通しを良くして、普通の先進国並に経済成長すれば、1000兆という借金だってそんなに絶望的な数字ってわけでも本当は無いのです。

つづく!!