前回の続きです。

日本は世界の状況からは相当孤立していて、株式交換が国境を越えて出来ない国は先進国の中で日本だけだった。なので外へも外からも、キャッシュ一本やりのM&Aしか出来なかった。これがそもそもの構造問題です。資本が行き来出来難い構造というのは非常に大きな問題を含んでいる。経済において資本とは血液のようなもんです。流れが悪ければ当然腐る。入れ替えの無い水たまりが濁るのと一緒で、腐った所には当然不合理な権益が発生していたりする。

M&Aの国別の割合で見ても、日本はアメリカの十分の一にも満たない。M&Aをやりゃあいいってもんじゃありませんが、長期的に考えて、時代の変化に適応する為には産業再編が出来難い構造を抱えているという状況は、そのまま国力の弱体化に繋がります。

ボーダフォンなんかがそうですが、日本は先が無いし、制度も恣意性まみれ、BRICs諸国の方が魅力があるという事で撤退してしまうわけなんですが、これをソフトバンクが買収したから、携帯産業も活性化され、価格競争が起こり、料金も安くなったわけです。しかもソフトバンクはそれなりに顧客を増やしてもいる。

M&Aが活発化されるという事は、血を入れ替える事が出来るわけです。やる気を無くした企業が撤退しても、買いたいと思う企業もいるわけで、やる気のある所が買収してそれなりに頑張る事が出来る。

人口減で衰退の道を突っ走っている現状から見ると、閉ざしていてもジリ貧ですから、開いて行くしか道はないわけで、逃げ切り野郎どものポジショナリティの都合で先送りしていたのでは、どんどんツケが未来に溜まって行く。グローバル是か非か、三角合併是か非かみたいな、頭の悪い二元論ではどんどんケツの毛をむしり取られて行くのみです。

普通ものを買う時、もしくは売る時に何が一番重要だと思うか、これは当たり前ですが値段、価格です。欲しいものがあったり、売りたいものがあっても、価格を無視して売り買いは普通の人なら出来ません。よっぽどの金持ちか単なるアホじゃなければ、値段を真っ先に見るはずです。

そして値段を真っ先に見ているからといって、その事を拝金主義なんて思わないでしょうし、金で何でも解決しているとも思わないでしょう。市場原理主義だとも思わない。逆にそんな事を言っている奴がいたら、お前大丈夫か?と普通はなります。

しかし日本のM&Aというのは非常に変わっていて、ファンドが買収する場合は現金を使うので、見出しに何千億で(敵対的)買収って話になりますが、通常日本で行なわれる合併、欧米では合併も買収も区別はされないのですが、日本では合併となると金額が出てこない場合が多々あります。合併というのは要するに株式交換の事で、現金の支払いを伴わないM&Aであり時価総額の大きい企業が小さい企業を株式交換で買収する事を指します。

アメリカで起こった最大規模のM&Aで、AOLをタイムワーナーが買収した時、これは20兆ぐらいだったのですが、これは合併でした。この時はアメリカはもちろん国内でも、株式交換によってAOLをタイムワーナーが買収したという風に報道されました。しかし日本で同じことが起こると、合併もしくは経営統合と報道するでしょうし、買収の金額も出てこないでしょう。

去年の伊勢丹、三越の話では、経営統合、売上高一兆五千億円、日本一の百貨店誕生、と、日本のメディアの見出しには踊るわけですが、これがフィナンシャルタイムズやウォールストリートジャーナルの報道を見ると全然違う。経営統合、合併という言葉が無い。一兆五千億円という売上高の数字が見出しに出ていない。伊勢丹、三越を三千億円で買収という見出しになる。しかし日本の新聞には三千億円という金額がどこにも書いていない。文章中にも出ていないし、買収という表現もどこにも出ていない。統合と売上高、業界内での順位だけが出てくる。

これはようするに株主を無視した論理な訳です。自分が会社のオーナーで従業員が勝手に金を使っていれば、普通はなんに使ったのか、何の為に使うのか、ちゃんと説明しろって話になる。ものを売るにしても買うにしても、普通はそれがいくらかかるのかが気になるわけです。というかその数字がわかってなければ絶対に売買はしない。当たり前です。伊勢丹や三越の話だけではありませんが、日本のM&Aというのはそういう当たり前の話が話題にならずに決まってしまうという不可思議な現象が起こるわけです。そこがわからなきゃ費用対効果もクソもわかるわけありません。

この時はまだ対外的には何の説明もなくとも、計算すれば三千億円という数字は出て来た。だから隠してはいないという言い訳をするのでしょうが、一番重要な事はそれだろうって話です。もう少し前の話になると、金額を決めないで合併するという話が結構多かった。UFJをめぐって三菱と三井住友が争っていたわけですが、争う前にUFJは三菱と経営統合すると合意していました。その際、金額を決めていませんでした。いくらでUFJを買うのか?三菱も三井住友もいくらで買うのか値段を出していないのに、三菱と合併すると決めてしまう。それについておかしいぞという世論が盛り上がらないのが日本の構造というわけです。

株主に取っては自分の株がいくらになるのか?という事が気になるわけで、それを最初に言うべき事であり、それ以外は株主に取って二の次の話です。勘違いしている人が多いのでここは大前提として書いておきますが、株式会社の持ち主は株主です。会社は株主のものです。それが嫌なら上場するなって話ですし、就職するなって話です。

近代では所有と経営の分離であるとか、所有とは使用・収益・処分権の複合体であるとかって話は大前提であって、金を出している人が権利があるに決まっている所がないがしろにされすぎているわけです。権利を主張すると逆に悪者扱いされるような風潮もある。ここに文句があるのなら、上場しないという選択肢もあるし、株式会社である必要も無い。非公開化すればよい事で、公開という選択肢を選んでいる分際で言う事ではないのです。

対等の精神でとか言って、経営者や従業員のメンツばかりが重んじられ、会社が誰のものなのかという事もコーポレート・ガバナンスも無視した傍若無人な振る舞いです。それをちゃんと言ってくれと言うのは、別に株主至上主義でも何でも無い。当たり前の話です。

しかしそう言う話になると、会社は株主だけのものではない!!とか言うなんか扇情的なわけのわからない話になってしまったりする。拝金主義だの市場原理主義だのって話になってしまう。しかも多くの人が、お前大丈夫か?という風には思わない。そうだそうだって感じになる。

日本の場合、合併する際に重要なのは、社長ポストはどちらが取るか、本社の所在地はどちらが取るか、社名はどちらを取るか、システムはどちらが取るかと言った感じの事が優先されて、価格よりも優先させる事が、全部従業員もしくは経営者の都合ばかりで、金出してる人の方を向いていない。その事に文句を言うと、株主至上主義だって話になってしまう。どうにもこうにもおかしな状態だったわけです。その感覚は今でも残っている。

株主至上主義や市場原理主義というのは実際の所は非常に問題があります。無自覚に突っ走ってしまえば、国の構造を滅茶苦茶にしかねないですし、国民の生活にも痛みが伴うかもしれません。だけど日本で言われいる市場原理主義だとか株主至上主義だとかって話は全然そういう事ではなくて、ルールを無視するための恣意性や裁量を残す為の言い訳に使っている側面が強い。

外資を悪者扱いする前に、どっちがルールを無視しているんだ?て話です。ってな事を書くと、これまた外資に味方しているとか言う話になってしまう。そう言う外資が好きとか嫌いとかって事じゃなくて、資本を呼び込む必要はあるわけで、その為には入って来やすい構造にしなきゃどうにもならない。その上でどう戦うかが重要なのです。

しばらく前にブルドックソースとスティールの攻防がありました。スティールがTOB、ブルドックソースが防衛策を発動し、結局は法廷闘争になり、ブルドックが勝ち、スティールが撤退したと伝えられています。スティールがTOBの価格の上乗せをしても、ブルドックの8割の株主が株主に取って得になるのか定かでない防衛策を支持したわけです。

これに対して海外のメディアからは猛然とバッシングが起こります。が、日本のメディアでは殆ど問題点が啓蒙されず、一般の人々もなんか一件落着って感じで受け取ってしまっている側面もあろうかと思います。

スティールのやっている事は確かにいろいろと問題はある。市場にとっていい事なのかと言えばそう言えないような所もある。イメージも悪いし、自分も個人的には嫌いです。が、裁判所の決定というのは非常に重い決定なので、ポピュリズムに媚びるような判断はあまり好ましい事ではない。日本の司法はM&Aについて無知だという事が露呈してしまった感じがあります。

ブルドックの株主総会での決議を持ち出して、買収防衛策は正しいとしてしまったわけですが、確かに制度上は株主の総意があればいい事になっていますし、例のニッポン放送買収騒ぎ、ホリエモン旋風が吹き荒れた時、ニッポン放送の買収防衛策を取締役会だけで決めてしまった事に対して、株主の総意を無視して経営者の保身はダメだという事で、防衛策を認めなかったわけなんですが、それに比べれば株主の総意があるわけですから、ブルドックのケースは正当性もあるようにかんじるでしょう。

しかしブルドックソースという会社は7割以上が持ち合い株なわけです。ようするに取引上の利益を与えて安定株主になってもらうという戦略で、こういう構造はバブル以前の護送船団方式的な戦術であり、ここからの転換が進まなかったが故に、バブル崩壊後の空白の10年を生み出しているとも言えるわけです。まだこういう構造は残っていますし、だからいつまでもグズグズと変われない。逆にこういう構造にバックフラッシュしてしまっているのが現状です。

ようするに不透明な談合構造と言うか、金で票を買うようなもんで、ゼネコンの票を確保する為に、公共事業を地元に誘致するような構造、日本をよくしてほしいから投票するわけではなくて、自分達に甘い汁を吸わせてくれるから、吸わせ続けてくれるのであれば、投票するという関係と同じなわけです。融資している銀行が株主権は行使しないかわりに、我々の銀行から金を借りて、金利を払ってくれれば、どんなに変な経営をしていても一切文句を言いませんと、そういう馴れ合いの関係なわけです。

短期売買の投資家を叩くなら、こっちの方が何十倍も有害ですし、こういう不透明な不公正さは、叩かれる対象にしかならず、資本が逃げて行く原因にしかならない。経営者の保身や取引先の企業の権益の為に日本人全体の利益を損なっていると言えます。

こういう企業の株主総会での総意を認めるという事は、ニッポン放送での株主総会の総意が無ければダメだというのとは逆向きのベクトルがあるわけです。前者は株主の総意が経営者の保身になり、後者は株主の総意を無視する事によって経営者の保身になる。法律上は株主総会の総意というのは確かに重要なので、認めるのはしょうがないのだとしても、7割が持ち合いになっているという事は、残りの株式が流通しても、それは議決権が無いのも同然であるわけです。株主の利益という意味で言えばどうなんだ?となるわけです。

こういう不透明な構造に何も釘を刺さない所か認めてしまい、逆にスティールの問題ばかりを叩く、司法はそれでも法に基づいて行なっているのだというのならそれはそれでわかりますが、メディアもそれに乗せられる国民も、ブルドックの肩を持ってしまうという構造。メディアはそもそもこういう不透明の構造の頂点にいるような連中なので恣意的に情報を流すのは当たり前と言えば当たり前なのですが、全くバランスの取れた意見が出てくるような隙間が殆ど無いという状況が非常に問題がある。

スティールが気に食わなくても彼らの言い分はせめて聞こうぜというポジショニングが無い。そもそもブルドックにも問題があるのではないのか?という冷静な視点の少なさが、そのまま日本の構造問題に直結しています。感情と制度の問題は別です。

スティールが負けて撤退したとマスコミが騒いだわけですが、これは大嘘で、スティールが最初に使った金額が17億で、僅か数ヶ月後に新株予約券でワラントを株式に換えられるという権利を貰ったのですが、その権利を行使するなと言って現金を21億貰っているわけです。僅か数ヶ月で17億投資して21億のリターンですから、株式を買った価格より安く売っぱらって多少損していたとしても、そのリターンを吐き出すほど損しているわけも無く、実質上は撤退させたという名分、メンツだけをブルドックは手にし、経営者は安泰、スティールは悔しそうな顔を表面上はしていましたが内心はウハウハなはずです。まんまとやられたわけです。

村上ファンドがパクられて、日本にはアクティビストファンドがいなくなってしまいました。マーケットの歪みをつくという戦術を使って、明星食品を買収するぞと脅して、日清食品に転売して利益確定してしまうような戦術をスティールのようなファンドはやりたい放題で出来るわけです。

こういう奴らにつけいるような隙を与えてしまっているような構造があるかぎり、こういう問題は無くならない。そこが全部置き去りにされていて、何も解決する事無く、経営者だけが守られ、その見返りにスティールは利益を上げる。変な裁判やメディアのアホな報道によって、短期売買性悪説ばかりが流通し、M&Aも外資もファンドも、良識のあるそれも、悪意のあるそれも、何もかも一緒くたに考えてしまうような民意だけが醸成されてしまった。これじゃまともなM&Aへの理解なんて育たない。

敵対的買収というのは人材で成り立っている会社の人材が流出してしまう可能性があるというリスクがあるのですが、少し前にアメリカで大騒ぎになった話題で、マイクロソフトがヤフーを敵対的買収なんていう話がありました。日本的な報道のパターンだと、敵対的な買収を仕掛けられた企業が防衛して一件落着なんですが、アメリカだとそんな簡単な話では終わりません。買収を仕掛けられるという事は、買収プレミアムが付き株価が上昇します。なので防衛して撃退しても、買収プレミアムがはげ落ちてしまうので、今度は株価が下がったという事で株主から訴えられる可能性が出てくるからです。なのでそれを回避したかったら、自力で買収されるのと同等の金額に株価を上げる方策を示さないと認めてもらえないわけです。

会社に損害を与えた場合は株主代表訴訟が起こりますが、計上ミスや情報開示の違反等で株主に損失を与えた場合、日本の企業は殆ど訴えられる事がない。アメリカだとこの手の訴えを起こしますし、起こせば何千億単位で取り戻したり出来るわけですが、日本だと訴えられる事も無いし、訴えてもほぼ勝てない。だから経営者も恐くない、甘く見ているわけです。

北越製紙と王子製紙の敵対的買収で騒がれた時、北越の株が王子に買収を仕掛けられて買収プレミアムがつきます。北越は安定株主工作で王子を撃退する。北越は買収されるより、自分たちに経営を任せてくれれば、買収額より株価を上げる事が出来る、企業価値が高まると公言していたわけですが、王子を撃退した後、株価は長期低迷、買収価格を受けていれば株価は上がっていたわけで、その事で騙されたと株主が北越を訴えているかというと、誰も起こしていない。結果的に株主は大損しているだけで、業績も別に良くない。経営者のポストを守っただけだったのではないかという結論になるわけです。

こういう構造がこの国を満たしています。緊張感を持たせる牽制の手段が無い。それは政治にも言える事で、国民もしくは株主がお任せ主義なので政治家や経営者を甘やかしている側面がある。チェックが無ければ腐敗するに決まっている。緊張感なんて持てるはずも無い。

サブプライム問題で莫大な損失を被った欧米の株価が急落するのは道理ですが、それ以上に被害が少ないと言われている日本の株が、先行きがないし、不透明だという事で売られてしまっているという状況は重く受け止めるべき事です。最近一時期よりはちょろっと戻してますが、戻りの圧力は弱すぎます。

サブプライムの損失が少なくてよかったって話で落ちてしまいがちですが、裏を返せばグローバル競争から隔離された状況でもある。サブプライムに厳密な判断の上で手を染めなかったというのなら、それはたいしたもんですが、無視されて隔離され、グローバル経済に組み込まれていなかったからサブプライムは軽傷だったという事を示している側面も間違いなくあるわけです。そうでありながら株価はダントツに下がっていたわけです。

金利も低水準ですので、日本の企業は甘やかされてしまっています。1%以上の利益を上げれば生きながらえてしまうという状況なので、グローバルで考えれば太刀打ち出来るわけも無い。5%とかの金利で勝負している所は6%7%のリターンをあげている。鎖国的な内向き思考の国でもあり、この辺の方向性をしっかり見極めないと、どんどんしぼんで行くしか道はないわけです。

つづく!!