前回の続きです。
なぜプロパガンダを世界に発信する事がマズいのかと言いますと、これが単純な話ではありませんので、少し詳しく書いていきます。最初に言いますが、共産党政権が問題だ!とか一党独裁けしからん!とかそういう単純な話ではありませんし、人権と自由を侵害しているのでこれを何とかせねばならん、と、単純に切って捨てる事も出来難い話でもある。
本当になれるかは別として、みんなが裕福になれる希望を見せる。少なくとも現状の中国ではそれを一部の人々には見せる事に成功しています。だから中共も盤石でいられるわけです。しかしプロパガンダを平気で発信してしまう、海外の目に対する鈍感な感性は次第に大きなプレッシャーになるでしょう。
中共というのはいろいろ問題はありますが、彼らの統合から中国国民を切り離して、自由化、人権を認める社会にするという事によって、どういう社会になるのかという目線がちょっと問題ありだと思います。
あたかもそれで中国の方々が幸せになれるのではないか?という錯覚が支配しています。チベット問題などもありますので、確かに自分ももう少し自由と人権を認めろよと表向きは思いますが、実際にそう出来るのか?そして仮にそうなったとして今より良くなるのか?というと、自分は先進国もひっくるめて相当酷い状況になるだろうと思っております。そうであっても人権と自由の著しく制限された社会は変わるべきだと思っていますが、相当酷い状況になるという事を織り込み済みで、人権や自由を認めろ!!と言っているようにはどうも見えません。
ロシアは最近は資源価格の高騰によって潤っていますのでバブってますが、ソ連が解体した時は相当酷い経済状況になり、世界もその煽りを食いました。これは原因があって、経済よりも先に政治を自由化してしまったからだと言われています。それに反して、中国も社会主義の国でありながらなぜ崩壊せずに回っているのか?それどころか発展しているのか?と言いますと、政治を自由化せずに、経済を自由化する方向に進んだからだとも言える。
中国の好景気によって今の世界の経済は回っています。中国共産党によって多くの言語と多くの民族を統合してまとまっているたがが外れるとどうなるか?中国経済は失速し、そこに寄生している世界経済も急ブレーキを踏む事になる。最悪大打撃を喰らって、二進も三進もいかなくなる可能性もある。先進国だけが打撃を喰らうわけではありません。グローバル化した現在、その煽りを最も喰うのは末端にいる搾取されている側の人々になります。
経済をある程度自由化してしまうという事は、当然統合のたがは外れて行きます。しかし外してしまうとブレーキを踏む事になりかねない、なので中国共産党というのは非常に微妙な舵取りを要求されているわけです。
そして現にその微妙な舵取りを取るだけではなくて、実質中国を発展させているし、環境へのアプローチもどんどん進んでいるし、資源、エネルギー政策もバンバン手を打っています。軍事的な安全保障はもちろん、それ以外の、食糧、エネルギー様々な安全保障もバッチリ手を打っている。日本のようにグズグズしていません。当たり前ですが、日本の無能で役立たずの政治家なんかに比べれば、天と地の差があります。当然そんな連中にクズ共が渡り合えるはずも無い。非常に優秀で、戦略的な視点を持った連中です。
戦略的で優秀であるという事と、人道的であるというのは必ずしも一致しないので、非難の対象になるわけなんですが、先程書きましたように、裕福になれるかもしれないという希望を持たせる事が、争いを無くす方法でもあるわけで、その為には、日本のように政治を自由化してしまうと舵が効かなくなる恐れは当然の如く存在する。
あれだけ大きい国ですし、多くの国境を抱え、多くの民族が存在し、舵取りが上手く行かなくなるという事はバラバラになってしまう。バラバラになれば当然、中国経済は失速します。バラバラになってグローバライゼーションの荒波に投げ出される事になる。安全保障のたがが外れてしまえば、先進国からの搾取の構造はより過酷になり、当然中国に住んでいる方々の生活もより過酷になる。
そして当たり前ですが世界経済も大打撃を受け、日本の国民を直撃する事になる。功利主義的な言い方をすると、人道的に問題があっても、多くの人々は幸せになっている。少なくとも日本人は幸せになっている側の恩恵を多く受けているわけです。外国の安い人件費のせいで、給料が上がらなくなったとか、中国のような勢いのある国が発展しているおかげで物価が上がっているとか、そういう問題はありますが、全体として外貨が稼げているわけで飢えて死ぬ事は無い。中共が手綱を手放せば、もっと過酷なインフレ圧力にさらされます。
こういう前提がある。なので単純に自由化や人権を認めろという、そういう社会を目指せば幸福が待っているかと言えば、むしろ全然逆である可能性の方が高い。確かに不合理で虐げられている人々はいる。だから何とかしろと思うのは自分も共感出来る。だけどその事が何を意味するのか?それらを織り込んだ上で、それでも尚、というコミットメントでなければ、こんなはずじゃなかったとなるのがオチです。
ロシアが最近調子がいいのは、政治を再びソ連時代のレジームに戻しつつあるからでもあるわけで、国民に自由と人権を引き受けるという覚悟が無ければ、簡単に自由と人権を叫ぶ事がかえってより不合理な状況を生み出すという事を自覚しなきゃどうにもなりません。
ヨーロッパやアメリカというのは、自由や人権という概念を国民が手にするまでに、血みどろの歴史を重ねている。人権や自由を引き受けるタフさも持っているし、そういう思想や学問も根付いています。
ひょっとするとキリスト教が根本にあって、それなりの歴史を歩まないと、本当は人権も自由も駆動させる事が出来ない概念なのかもしれません。そういう土台が何も無いのに、普遍的な概念で善であると考えてしまう事にそもそも問題があるのかもしれない。
日本ではキリスト教的な神もいないし、歴史的にも常にスポイルされ、ニーチェ的な悲劇の共有も無い。常に何かが(アメリカ、自民党、天皇、将軍、等々)善き社会を作ってくれた(と思い込まされている)経験しか無いので、社会というものが自然物かなにかと勘違いしている。作為の契機の不在。
アメリカ、もしくは憲法9条(これもその先にアメリカ)を、神の代わりに崇め奉り、かろうじて亜流の資本主義、エセ人権とエセ自由を駆動させています。悲劇の共有も無い、作為の契機も無い、当然ながら、アメリカや憲法9条は神ではないので、神様もいない。だから当然社会も上手く回らない。
中国政府が海外の目に対して鈍感であるという事は、人権や自由の問題についてこれからプレッシャーが益々高まって行くでしょう。もちろん中国としてそれを突っぱね続ける事が出来るという計算の上でやっているのかもしれません。なんだかんだ言ったって、所詮諸外国も中国の好景気の上で利益を貪っているわけで、その代行として中国共産党が統合しているわけです。
しかしそれでもこの鈍感さの問題は、次第に中国国民がその事に気付き始める事は止められない。世界の民衆の声によるプレッシャーも高まってくる。そうなってくると、統合のたがは外れて行く。ここを計算しているのか?というのがちょっと甘く考えているのではないか?と思うわけです。リベラルに舵を切るという事は、益々舵取りは難しくなります。中国国民にまず人権や自由を引き受ける覚悟があるのか?
例えば日本人にはそんなもの微塵もありません。だから社会が上手く回らない。希望がどんどん失われている。人道的である事を手放し、自由や人権を放り出し、統合されたがっている。奴隷になりたがっている。
中国のマーケットは広大です。ここが失速すると、日本が不況に喘いでいる状況よりも厄介ですし、潜在的な貧しさは日本とは比べ物にならないくらい、まだまだ貧しい方々が沢山いる。国力は日本に匹敵するような状況になっているとはいえ、一人当たりの裕福さの平均を取れば、まだまだ日本人の方が全然裕福です。もちろん金持ちは日本人の金持ちなんか足下にも及ばないような人が増えているのは確かですが。
統合に利用している構造は確かに問題ありなんですが、それをあからさまにやりすぎると、外国から批判の対象になる。そうなると自由化への圧力は益々増大する。現在、ある意味では中国は日本なんかよりもはるかに資本主義国だという目線で観られています。アメリカなんかは特にそういう風に観ている。当たり前ですが資本主義である事と民主主義である事は全く関係がありません。別の話です。
共産主義の一党独裁ではありますが、経済的には開いてしまっているので、エントロピーは増大します。が、それを巧みに打ち消している。この手綱が効かなくなって行く可能性が、今回の一連の問題で益々出てくるのではないのか?と思うわけなのです。
そうであっても自由も人権も認められず過酷な環境に叩き込まれている人々の事はなんとかせねばなりませんが、中共を転覆させればどうにかなるような単純な話ではなくて、非常に微妙な難しい舵取りが要求されるわけです。舵取りをする為には統合も不可欠であると言う矛盾もすでに内包されている微妙な問題なのです。
中国では反日デモによってコントロールが効かなくなった事を経験し、対日政策の舵を大きく切り替えています。友好を国民に叩き込んでいる。日本を見直すような教育も進み、そういうテレビや映画によって国民も啓蒙されて、一時期よりは対日感情が変わって来ています。本気で友好とまでは行かなくとも、最悪の状況からはだいぶ友好的になっている。
今はむしろ、日本人の対中感情のほうが悪い。なのでメディアにしろ政府にしろパンダがどうのこうのなんて話をやたら取り上げたりもしているわけです。必死で友好ムードを盛り上げている。しかし日本人は一応、言論の自由が担保されているというのもあるので、政府やメディアがそう言っているからといって、簡単に回れ右にはならない。それにメディアにしろ政治家にしろバカなので、逆効果にしかならない。統合するにもその能力がそもそも無い。
本気で自由や人権を憂うのなら、舵を握っている中共と交渉するしかないわけで、その為には政治家を使うしか無い。中国を例にとればわかりやすいのですが、経済をコントロールするにも安全保障を担保するにも、政治が機能しないと出来ません。
日本はそれを国民がコントロール出来るわけですが、そこがかえってネックになっている部分でもありますし、そうでありながら政治家にお任せなので、政治家も緊張感が無い。中国のような微妙な舵取りなんてする必要も無く、思考停止的にアメリカに搾取されていれば、社会が回ってしまいますし、優秀な官僚達が実質舵を握っているわけで、政治家の能力自体も必要とされていない。
だから当然ながら中国に対しての交渉能力も無いし、ゲインなんて絶対に引き出せない。このバカ共を監視してコントロールが出来るわけですから、それをしない事には何もかも機能しない。政権交代という唯一思考停止のクズ共に対する牽制手段を活用しないと機能するわけがない。機能しなければ中共と交渉も出来ないわけですから当然、人権問題や自由を認めさせるなんて事は永久に不可能です。
中国のやり口に疑問を感じたら、中国政府を不愉快に感じたり、無能な政治家のクズ共の中共への愚痴に乗せられていたのでは何も変わらない。交渉能力も無いのに愚痴っているクズはとっとと退場してもらう。己の立ち位置を守る為に、何も言うべきことを言わずに、友好関係を結んでいるフリをして、全くゲインも引き出せないゴミはさっさと消えてもらう。それが中国の人権や自由の問題に我々がコミット出来る手段でもあるわけです。
そして人権や自由を認めてしまうという事は、それですぐに幸福になるってわけではなく、かえって不幸に叩き込む可能性があり得る。当然、チベットの方々が解放されれば、チベットの方々は幸福になるかもしれませんが、それ以外の中国の方々が不幸になり、世界中が経済的に打撃を受けてしまえば、かえって紛争を誘発させてしまいかねない。
当たり前ですがチベットの方々に人権や自由を認めるべきだと思いますが、それで紛争が起こって結果的にもっと人が死んじゃったんじゃ本末転倒ですから、人権や自由を認める社会になりながら、経済が失速しないような微妙な舵取りを必要としているわけです。
中国の政治家というのは、気を抜けばバラバラになりかねない巨大な国家、日本のように大樹の影で思考停止のゲームに埋没出来ない国際関係、先進大国とずっと肩を並べて安保理の常任理事国として、西側の権益に釘を刺し抗い自国の権益を確保し続けて来た。そして今、好景気によって国を発展させながら、その影で格差や環境破壊など、難しい問題も山積し微妙な舵取りも同時に必要とされている。日本のガソリンの値段でごちゃごちゃやっている状況に比べたら、比較にならないくらい複雑な状況にさらされ、重い重圧がその肩にかかっている。したがって非常に鍛えられているので、頭もいいし、言うべき事はズケズケ言うし、場もわきまえる能力もある。当たり前ですが日本と友好を計るのが彼らの仕事ではない。自国の権益を最大化するのが目的です。
日本にいると様々なフィルターを通してしか彼らを観る事は出来ません。日本人であると言う最大のフィルターが大きく彼らを見誤らせる原因でもあるのかもしれません。冷静に判断するまなざしが必要であり、逆に言えば読み間違えていると手痛い思いをしかねないという事でもあります。
日本の構造というのは政治が全く機能していないのに、それなりに社会が回ってしまうという状況があります。ツリー状のてっぺんが無くても、秩序がいい加減でも我々は生活出来てしまう。ニーチェであれば秩序に対して「生成」、ドゥルーズであればツリーに対して「リゾーム」なんて言ったりしますが、日本がポストモダン社会であると言われた原因もこの辺りにあります。しかしこれは間違っちゃいないのかもしれませんが、完全に当たっているとは言い難い。
ツリーのてっぺんはアメリカであり、その下がなんであろうが、機能していなかろうが、戦後体制は揺るがない。だから我々も生活出来てしまう。当然、政治家にはツリーのてっぺんたる能力も必要ないし、その権限も無い。
しかし当たり前ですが、アメリカはアメリカであって日本ではありませんし、日本人の事なんて知ったこっちゃないでしょう。アメリカの権益が第一のはずです。冷戦体制が終わりアメリカにとっての日本のプライオリティが下がれば、日本の構造が立ち行かなくなるのも必然とも言えます。90年代から今にいたっても尚、全く出口が見えてこないのは、それでも尚ツリーのてっぺんとしてアメリカを崇め奉り思考停止しているからだとも言えます。アメリカがその役割を果たさなくなっているのに、政治家はバカのままというか、どんどんバカになっている。
アメリカとケンカしろとか言いたいわけでは全くありませんが、政治が全く機能不全を起こしているというか、もともとそうなのですが、もう20年近くレジームが変わって経っているのに政治家が自覚出来ていない。素晴らしい政策なんて期待するだけ無駄ですが、せめて余計な事をさせないようにコントロールせねば、将来は真っ暗です。
中国へのこの国のまなざしは、思考停止の大樹(アメリカ)を失った奴隷達が新たなる大樹を探す行為、それとは逆に、大樹にそっぽを向かれた思考停止の奴隷が、大樹に忠誠心を誓う為に、新たなる大樹を敵視する行為、この両極ばかりにフォーカスが当たります。当たり前ですが、そんな単純な二元論ではない。こういう単純な図式に絡めとられていれば当然の事ながら、希望も無くなって行く。
我々が観ている現実にかかっているフィルターがなんであるのか?そこを見極めないと、この図式からは出られない。現実に大樹から自立した思考で向き合うという事は、当然ながら現実は厳しく、絶望を感じる事もあるかもしれません。しかし絶望を感じないと希望もまた出てこない。
アメリカや中国とケンカして、絶望しろとか言いたいわけではありませんが、せめて自分達の事は、自分達で考えられるようにならないと、対等な立場で交渉するなんて事は不可能ですし、他所の国に人権や自由を認めた方が得なんだという事を自覚させるなんて出来っこありません。他所の国の事なんて知ったこっちゃないという立場も、思考停止状態で人権だ自由だとピーピー叫ぶのも、無駄だという意味では全く変わらない。
無駄ではないようにする為に必要な事、国民が出来る事をしないと、何を語っても虚しい話です。
このお題はこれにてEND!!
なぜプロパガンダを世界に発信する事がマズいのかと言いますと、これが単純な話ではありませんので、少し詳しく書いていきます。最初に言いますが、共産党政権が問題だ!とか一党独裁けしからん!とかそういう単純な話ではありませんし、人権と自由を侵害しているのでこれを何とかせねばならん、と、単純に切って捨てる事も出来難い話でもある。
本当になれるかは別として、みんなが裕福になれる希望を見せる。少なくとも現状の中国ではそれを一部の人々には見せる事に成功しています。だから中共も盤石でいられるわけです。しかしプロパガンダを平気で発信してしまう、海外の目に対する鈍感な感性は次第に大きなプレッシャーになるでしょう。
中共というのはいろいろ問題はありますが、彼らの統合から中国国民を切り離して、自由化、人権を認める社会にするという事によって、どういう社会になるのかという目線がちょっと問題ありだと思います。
あたかもそれで中国の方々が幸せになれるのではないか?という錯覚が支配しています。チベット問題などもありますので、確かに自分ももう少し自由と人権を認めろよと表向きは思いますが、実際にそう出来るのか?そして仮にそうなったとして今より良くなるのか?というと、自分は先進国もひっくるめて相当酷い状況になるだろうと思っております。そうであっても人権と自由の著しく制限された社会は変わるべきだと思っていますが、相当酷い状況になるという事を織り込み済みで、人権や自由を認めろ!!と言っているようにはどうも見えません。
ロシアは最近は資源価格の高騰によって潤っていますのでバブってますが、ソ連が解体した時は相当酷い経済状況になり、世界もその煽りを食いました。これは原因があって、経済よりも先に政治を自由化してしまったからだと言われています。それに反して、中国も社会主義の国でありながらなぜ崩壊せずに回っているのか?それどころか発展しているのか?と言いますと、政治を自由化せずに、経済を自由化する方向に進んだからだとも言える。
中国の好景気によって今の世界の経済は回っています。中国共産党によって多くの言語と多くの民族を統合してまとまっているたがが外れるとどうなるか?中国経済は失速し、そこに寄生している世界経済も急ブレーキを踏む事になる。最悪大打撃を喰らって、二進も三進もいかなくなる可能性もある。先進国だけが打撃を喰らうわけではありません。グローバル化した現在、その煽りを最も喰うのは末端にいる搾取されている側の人々になります。
経済をある程度自由化してしまうという事は、当然統合のたがは外れて行きます。しかし外してしまうとブレーキを踏む事になりかねない、なので中国共産党というのは非常に微妙な舵取りを要求されているわけです。
そして現にその微妙な舵取りを取るだけではなくて、実質中国を発展させているし、環境へのアプローチもどんどん進んでいるし、資源、エネルギー政策もバンバン手を打っています。軍事的な安全保障はもちろん、それ以外の、食糧、エネルギー様々な安全保障もバッチリ手を打っている。日本のようにグズグズしていません。当たり前ですが、日本の無能で役立たずの政治家なんかに比べれば、天と地の差があります。当然そんな連中にクズ共が渡り合えるはずも無い。非常に優秀で、戦略的な視点を持った連中です。
戦略的で優秀であるという事と、人道的であるというのは必ずしも一致しないので、非難の対象になるわけなんですが、先程書きましたように、裕福になれるかもしれないという希望を持たせる事が、争いを無くす方法でもあるわけで、その為には、日本のように政治を自由化してしまうと舵が効かなくなる恐れは当然の如く存在する。
あれだけ大きい国ですし、多くの国境を抱え、多くの民族が存在し、舵取りが上手く行かなくなるという事はバラバラになってしまう。バラバラになれば当然、中国経済は失速します。バラバラになってグローバライゼーションの荒波に投げ出される事になる。安全保障のたがが外れてしまえば、先進国からの搾取の構造はより過酷になり、当然中国に住んでいる方々の生活もより過酷になる。
そして当たり前ですが世界経済も大打撃を受け、日本の国民を直撃する事になる。功利主義的な言い方をすると、人道的に問題があっても、多くの人々は幸せになっている。少なくとも日本人は幸せになっている側の恩恵を多く受けているわけです。外国の安い人件費のせいで、給料が上がらなくなったとか、中国のような勢いのある国が発展しているおかげで物価が上がっているとか、そういう問題はありますが、全体として外貨が稼げているわけで飢えて死ぬ事は無い。中共が手綱を手放せば、もっと過酷なインフレ圧力にさらされます。
こういう前提がある。なので単純に自由化や人権を認めろという、そういう社会を目指せば幸福が待っているかと言えば、むしろ全然逆である可能性の方が高い。確かに不合理で虐げられている人々はいる。だから何とかしろと思うのは自分も共感出来る。だけどその事が何を意味するのか?それらを織り込んだ上で、それでも尚、というコミットメントでなければ、こんなはずじゃなかったとなるのがオチです。
ロシアが最近調子がいいのは、政治を再びソ連時代のレジームに戻しつつあるからでもあるわけで、国民に自由と人権を引き受けるという覚悟が無ければ、簡単に自由と人権を叫ぶ事がかえってより不合理な状況を生み出すという事を自覚しなきゃどうにもなりません。
ヨーロッパやアメリカというのは、自由や人権という概念を国民が手にするまでに、血みどろの歴史を重ねている。人権や自由を引き受けるタフさも持っているし、そういう思想や学問も根付いています。
ひょっとするとキリスト教が根本にあって、それなりの歴史を歩まないと、本当は人権も自由も駆動させる事が出来ない概念なのかもしれません。そういう土台が何も無いのに、普遍的な概念で善であると考えてしまう事にそもそも問題があるのかもしれない。
日本ではキリスト教的な神もいないし、歴史的にも常にスポイルされ、ニーチェ的な悲劇の共有も無い。常に何かが(アメリカ、自民党、天皇、将軍、等々)善き社会を作ってくれた(と思い込まされている)経験しか無いので、社会というものが自然物かなにかと勘違いしている。作為の契機の不在。
アメリカ、もしくは憲法9条(これもその先にアメリカ)を、神の代わりに崇め奉り、かろうじて亜流の資本主義、エセ人権とエセ自由を駆動させています。悲劇の共有も無い、作為の契機も無い、当然ながら、アメリカや憲法9条は神ではないので、神様もいない。だから当然社会も上手く回らない。
中国政府が海外の目に対して鈍感であるという事は、人権や自由の問題についてこれからプレッシャーが益々高まって行くでしょう。もちろん中国としてそれを突っぱね続ける事が出来るという計算の上でやっているのかもしれません。なんだかんだ言ったって、所詮諸外国も中国の好景気の上で利益を貪っているわけで、その代行として中国共産党が統合しているわけです。
しかしそれでもこの鈍感さの問題は、次第に中国国民がその事に気付き始める事は止められない。世界の民衆の声によるプレッシャーも高まってくる。そうなってくると、統合のたがは外れて行く。ここを計算しているのか?というのがちょっと甘く考えているのではないか?と思うわけです。リベラルに舵を切るという事は、益々舵取りは難しくなります。中国国民にまず人権や自由を引き受ける覚悟があるのか?
例えば日本人にはそんなもの微塵もありません。だから社会が上手く回らない。希望がどんどん失われている。人道的である事を手放し、自由や人権を放り出し、統合されたがっている。奴隷になりたがっている。
中国のマーケットは広大です。ここが失速すると、日本が不況に喘いでいる状況よりも厄介ですし、潜在的な貧しさは日本とは比べ物にならないくらい、まだまだ貧しい方々が沢山いる。国力は日本に匹敵するような状況になっているとはいえ、一人当たりの裕福さの平均を取れば、まだまだ日本人の方が全然裕福です。もちろん金持ちは日本人の金持ちなんか足下にも及ばないような人が増えているのは確かですが。
統合に利用している構造は確かに問題ありなんですが、それをあからさまにやりすぎると、外国から批判の対象になる。そうなると自由化への圧力は益々増大する。現在、ある意味では中国は日本なんかよりもはるかに資本主義国だという目線で観られています。アメリカなんかは特にそういう風に観ている。当たり前ですが資本主義である事と民主主義である事は全く関係がありません。別の話です。
共産主義の一党独裁ではありますが、経済的には開いてしまっているので、エントロピーは増大します。が、それを巧みに打ち消している。この手綱が効かなくなって行く可能性が、今回の一連の問題で益々出てくるのではないのか?と思うわけなのです。
そうであっても自由も人権も認められず過酷な環境に叩き込まれている人々の事はなんとかせねばなりませんが、中共を転覆させればどうにかなるような単純な話ではなくて、非常に微妙な難しい舵取りが要求されるわけです。舵取りをする為には統合も不可欠であると言う矛盾もすでに内包されている微妙な問題なのです。
中国では反日デモによってコントロールが効かなくなった事を経験し、対日政策の舵を大きく切り替えています。友好を国民に叩き込んでいる。日本を見直すような教育も進み、そういうテレビや映画によって国民も啓蒙されて、一時期よりは対日感情が変わって来ています。本気で友好とまでは行かなくとも、最悪の状況からはだいぶ友好的になっている。
今はむしろ、日本人の対中感情のほうが悪い。なのでメディアにしろ政府にしろパンダがどうのこうのなんて話をやたら取り上げたりもしているわけです。必死で友好ムードを盛り上げている。しかし日本人は一応、言論の自由が担保されているというのもあるので、政府やメディアがそう言っているからといって、簡単に回れ右にはならない。それにメディアにしろ政治家にしろバカなので、逆効果にしかならない。統合するにもその能力がそもそも無い。
本気で自由や人権を憂うのなら、舵を握っている中共と交渉するしかないわけで、その為には政治家を使うしか無い。中国を例にとればわかりやすいのですが、経済をコントロールするにも安全保障を担保するにも、政治が機能しないと出来ません。
日本はそれを国民がコントロール出来るわけですが、そこがかえってネックになっている部分でもありますし、そうでありながら政治家にお任せなので、政治家も緊張感が無い。中国のような微妙な舵取りなんてする必要も無く、思考停止的にアメリカに搾取されていれば、社会が回ってしまいますし、優秀な官僚達が実質舵を握っているわけで、政治家の能力自体も必要とされていない。
だから当然ながら中国に対しての交渉能力も無いし、ゲインなんて絶対に引き出せない。このバカ共を監視してコントロールが出来るわけですから、それをしない事には何もかも機能しない。政権交代という唯一思考停止のクズ共に対する牽制手段を活用しないと機能するわけがない。機能しなければ中共と交渉も出来ないわけですから当然、人権問題や自由を認めさせるなんて事は永久に不可能です。
中国のやり口に疑問を感じたら、中国政府を不愉快に感じたり、無能な政治家のクズ共の中共への愚痴に乗せられていたのでは何も変わらない。交渉能力も無いのに愚痴っているクズはとっとと退場してもらう。己の立ち位置を守る為に、何も言うべきことを言わずに、友好関係を結んでいるフリをして、全くゲインも引き出せないゴミはさっさと消えてもらう。それが中国の人権や自由の問題に我々がコミット出来る手段でもあるわけです。
そして人権や自由を認めてしまうという事は、それですぐに幸福になるってわけではなく、かえって不幸に叩き込む可能性があり得る。当然、チベットの方々が解放されれば、チベットの方々は幸福になるかもしれませんが、それ以外の中国の方々が不幸になり、世界中が経済的に打撃を受けてしまえば、かえって紛争を誘発させてしまいかねない。
当たり前ですがチベットの方々に人権や自由を認めるべきだと思いますが、それで紛争が起こって結果的にもっと人が死んじゃったんじゃ本末転倒ですから、人権や自由を認める社会になりながら、経済が失速しないような微妙な舵取りを必要としているわけです。
中国の政治家というのは、気を抜けばバラバラになりかねない巨大な国家、日本のように大樹の影で思考停止のゲームに埋没出来ない国際関係、先進大国とずっと肩を並べて安保理の常任理事国として、西側の権益に釘を刺し抗い自国の権益を確保し続けて来た。そして今、好景気によって国を発展させながら、その影で格差や環境破壊など、難しい問題も山積し微妙な舵取りも同時に必要とされている。日本のガソリンの値段でごちゃごちゃやっている状況に比べたら、比較にならないくらい複雑な状況にさらされ、重い重圧がその肩にかかっている。したがって非常に鍛えられているので、頭もいいし、言うべき事はズケズケ言うし、場もわきまえる能力もある。当たり前ですが日本と友好を計るのが彼らの仕事ではない。自国の権益を最大化するのが目的です。
日本にいると様々なフィルターを通してしか彼らを観る事は出来ません。日本人であると言う最大のフィルターが大きく彼らを見誤らせる原因でもあるのかもしれません。冷静に判断するまなざしが必要であり、逆に言えば読み間違えていると手痛い思いをしかねないという事でもあります。
日本の構造というのは政治が全く機能していないのに、それなりに社会が回ってしまうという状況があります。ツリー状のてっぺんが無くても、秩序がいい加減でも我々は生活出来てしまう。ニーチェであれば秩序に対して「生成」、ドゥルーズであればツリーに対して「リゾーム」なんて言ったりしますが、日本がポストモダン社会であると言われた原因もこの辺りにあります。しかしこれは間違っちゃいないのかもしれませんが、完全に当たっているとは言い難い。
ツリーのてっぺんはアメリカであり、その下がなんであろうが、機能していなかろうが、戦後体制は揺るがない。だから我々も生活出来てしまう。当然、政治家にはツリーのてっぺんたる能力も必要ないし、その権限も無い。
しかし当たり前ですが、アメリカはアメリカであって日本ではありませんし、日本人の事なんて知ったこっちゃないでしょう。アメリカの権益が第一のはずです。冷戦体制が終わりアメリカにとっての日本のプライオリティが下がれば、日本の構造が立ち行かなくなるのも必然とも言えます。90年代から今にいたっても尚、全く出口が見えてこないのは、それでも尚ツリーのてっぺんとしてアメリカを崇め奉り思考停止しているからだとも言えます。アメリカがその役割を果たさなくなっているのに、政治家はバカのままというか、どんどんバカになっている。
アメリカとケンカしろとか言いたいわけでは全くありませんが、政治が全く機能不全を起こしているというか、もともとそうなのですが、もう20年近くレジームが変わって経っているのに政治家が自覚出来ていない。素晴らしい政策なんて期待するだけ無駄ですが、せめて余計な事をさせないようにコントロールせねば、将来は真っ暗です。
中国へのこの国のまなざしは、思考停止の大樹(アメリカ)を失った奴隷達が新たなる大樹を探す行為、それとは逆に、大樹にそっぽを向かれた思考停止の奴隷が、大樹に忠誠心を誓う為に、新たなる大樹を敵視する行為、この両極ばかりにフォーカスが当たります。当たり前ですが、そんな単純な二元論ではない。こういう単純な図式に絡めとられていれば当然の事ながら、希望も無くなって行く。
我々が観ている現実にかかっているフィルターがなんであるのか?そこを見極めないと、この図式からは出られない。現実に大樹から自立した思考で向き合うという事は、当然ながら現実は厳しく、絶望を感じる事もあるかもしれません。しかし絶望を感じないと希望もまた出てこない。
アメリカや中国とケンカして、絶望しろとか言いたいわけではありませんが、せめて自分達の事は、自分達で考えられるようにならないと、対等な立場で交渉するなんて事は不可能ですし、他所の国に人権や自由を認めた方が得なんだという事を自覚させるなんて出来っこありません。他所の国の事なんて知ったこっちゃないという立場も、思考停止状態で人権だ自由だとピーピー叫ぶのも、無駄だという意味では全く変わらない。
無駄ではないようにする為に必要な事、国民が出来る事をしないと、何を語っても虚しい話です。
このお題はこれにてEND!!