前回の続きです。
例えば暫定税率の分を本則の税にして実質負担は変わりませんが増税にするとか、元々暫定税率の導入の時点で増税と変わらないのですが、暫定と言うまやかしの言葉でずっと増税を誤摩化して来ました。
その分を増税するとキチンと決めてと言っても今までと変わらないのですが、その代わり一般財源化して何にでも使えるようにしようという話にすれば国民だって闇雲に反対するばかりではないでしょう。財政的に厳しいのはわかっていますから。
しかしそれが単に役人や族議員の利権化された癒着体質の談合に金が流れて行き、政治家にキックバックが入るという図式を維持されるのであれば、誰だってコイツらに無駄遣いされるくらいなら、ガソリンを安くしてくれた方がマシだという話になって当然です。
民主党もある種のカウンターポピュリズムで、ガソリン高の中苦境に喘いでいる地方が、ガソリン代を安くする事によって活性化するというか助かるという話になっています。元々この話は一般財源化という話であったはずで、ガソリン代を安くするなんていう話は下らないと言っちゃ何ですが、問題の本質とは全然関係ない話で人気取りをしているように見えます。
この一年あまりで、ガソリンの値段が跳ね上がったというのは事実なので、短期的に手当てする、期間を区切って暫定税率は止めるという話なら理解は出来ますが、その事と特定財源の話は別で、ガソリンを安くすればそりゃ国民が嬉しいのは当たり前ですが、そういう次元で議論するような問題では本来無いはずです。ガソリンが安くなって国の借金が増えたんじゃ本末転倒です。
ただ、今の与党に無駄遣いさせるのならそれを止めた方がいいに決まっていますし、一般財源化をすると仮に与党が言ったって、間違いなく換骨奪胎するに決まってます。実際に一般財源化の話はどこかに行ってしまいましたし。だから野党の問題点の提示の仕方、つまりガソリンを安くするという論点はお門違いで、動員を得る為のポピュリズムでムカつきますが、それなりに合理性はある。本来暫定税率というのは暫定なんですから。
それに暫定税率断固維持しかも特定財源のままという力学に対抗する為には、初めから一般財源化という方向性では妥協点が骨抜きにされてしまいます。なので、目標を暫定税率廃止というか、本来に戻すという所に設定して、妥協点としてまともな一般財源化としての着地点を探すというのは、これは政治ですので戦い方の戦略としては有効であると思います。政治はきれい事じゃありませんから。
ただきれい事に吹き上がり易い国民性、頭の悪い薄汚い構造を抱えていながら、人の腐敗には大騒ぎするバカマスコミのきれい事のクズ共からすれば、攻撃され易さ、ヴァルネラブルな構造を抱え込む事になります。それが小沢さんというダーティなイメージの付きまとう民主党の弱みでもある。
なので不安に感じる部分があります。民主党の事を応援しているわけではありませんが、何度も言いますように政権交代が必要ですので、そんな事を言っている場合ではありません。一番可能性のある選択肢をケガレているという理由できれい事を言ってもどうにもなりませんから。
東国原知事も鼻息を荒くして、特定財源断固死守、道路道路と騒いでいますが、もし特定財源か一般財源かという制度の議論はひとまずわきにおいて、ここに十億なら十億の金があったとして、何に使ってもいいとしたら道路だけに使うのか?という選択肢の話が本質であるわけです。
全国の知事や市長、現状は国交省から圧力をかけられて特定財源維持と吹き上がっていますが、仮に地方自治体の特定財源という話になったとしたら維持するのか?一般財源化して医療や教育、介護に使えるようにしたくないのか?という話になればほぼ100%一般財源化したいというに決まっています。
家計に例えた時、10万の収入があるとして、それを支出の目的を決めてしまって一切動かせないとなると非常に窮屈になるのは誰しも常識として理解出来るはずです。時と場合に応じて、子供が小さい時、親が年を取った時期とそれぞれ状況によって支出も変わるわけです。
そもそも特定財源というのは道路がつくりたいのに全体の税収が少ない時に、国土を発展させる為に道路専用の金をつくりました。一番最初の仕組みが出来たのが昭和二十年代。そこからいろいろ中身が変わったり、四十年代に暫定税率が出来たりして中身が変わっているものの、仕組み自体は全然変わっていない。
特にここに金が必要だという時には有効なのですが、時代が変わって家族構成も年齢も変わっているのに家計を不動のものとしていたら窮屈になるのはあたりまえです。食費があまっているのに教育費が足りないなのにそれを動かせないとなればバカバカしい。
一般財源から必要な道路を作ればいい話なのに、特定財源になっていないと困るという言い方を地方の首長達は言います。ブラックボックスになっていてくれないと困ると。という事は必要でない道路までつくりたいと言っているのとようは同じ事です。
受益者負担の論点をほざくわけですが、今までのやり方ではそうなっていないから地方が困るという話が出てくるわけで、一般財源化が受益者負担の原則に反するから、今までの特定財源の受益者負担の原則を守っていなかったブラックボックスの制度を温存するという理由には普通に考えればなるわけありません。
受益者負担と言ったって、こんなものに線を引く事などもはや出来ない社会に我々は生きています。金があまっていればまあ原則としてそうあるべきだというのはわかりますが、何に使われているのかが不透明な状態で散々薄汚い構造が見えているのに、何が受益者負担だというのか?戯言も大概にしなさいという話です。
仮にその原則を守るにしたって、透明化する事自体は何の問題もないはずです。それで必要であるのならつくればいいだけの話です。
そのまんま知事のように特定財源断固維持というのではなくて、地方にフリーハンドと金をよこせという風にならないのはなぜかと言うと、これは国交省から圧力をかけられているからでもありますが、東国原知事自体、分権化のような事も言っているのに宮崎県が道路整備に関して標準以下というのがあるのかもしれませんが、わかった上でこういうことを言っているのなら、つまり分権化というのはスタイルで、とりあえず今何とかしてくれ先の事は先送りというのであるのなら、ちょっと狡いと思いますし、分権化を謳いながらそれとは間逆の事をせよというのだから、今何とかしてほしいからと言って分権化を先延ばしにしていればこういう問題は終わらない。
終わるわけありません。これが中央集権型の権化みたいな構造だからです。中央集権化の政策を断固維持と言いながら、分権化を謳うのは論理的に矛盾しています。
それに一般財源化しても宮崎に金がまわるという保障はないという事を言っていますが、今までのやり方でまわってこなかったのに、変えても保障がないという理由で今までのやり方を支持するのは論理的に正しくなありません。
どうなるかわからないから腐ったままでいいと言うのは、本気で言っているのなら頭が悪過ぎますし、一般財源化を反対して無駄な道路を作り続ける構造を温存する片棒を担げば、道路を作ってやるとでもバーターを持ちかけられているのではないかと勘ぐってしまいます。
もちろん地方の首長としてそれが地方の権益になればある意味しょうがない部分はあるでしょう。地方にとっての権益になるのであれば。地方にとっての権益になるかどうかは後でもう少し触れますが、仮に地方が生き残ったって、国が沈没しちゃえばもともこもありませんから、地方も生き延びる為、この国も生き延びる為に、形を変えて分権化が必要だという話になっているのに、プラグマティックに制度を利用するのならわかりますが、制度的に何の担保も実績もないものを信用して、自分がぶち上げている方向性とは間逆の行動を取っている事自体意味がわかりません。
一般財源化するという事は権限が国交省から財務省に移るだけだから大差ないという事を言っていますが、財務省も確かに腐っています。それは事実ですが、まるっきり不透明なまま他所には一切使えないという状況よりはマシです。
財務省が腐っているから現状の腐ったブラックボックスのままで良しというのは丸っきりロジックが狂っています。一般財源化されれば少なくとも今までよりは可視化出来るわけです。それだけでも全然違う。
悪者になりたくないのか、土建屋の組織票を気にした人気取りか、わざとわかってズルをしているか、頭が悪いか、いずれにせよ人気と中身は全く別物と考えた方がいいでしょう。所詮タレント政治家という事です。
地元が必要だというのならそれはそれでいいのですが、地元の土建屋が必要だと言っているのとは意味が違います。教育や介護やその他様々なものよりどうしても道路が何が何でも必要だというのなら、一般財源化したって何も問題ないはずです。
外に出てってテレビに出たり宣伝するのも結構ですが、地元の声を吸い上げてそれでどうなのかというのを、他所の県の人間が聞いてもステークホルダーじゃない人間が聞いても納得可能な説明には残念ながらなっていません。つくるなと言っているのではないのですから、ブラックボックスで散々やって来て後回しにされて来たのにブラックボックスのままにしておきたい意味がわかりません。
国交省や道路族はとにかくこれを維持したいという思惑があるわけです。金がある程度入ってくるという状態は手放したくないと考えるのはしょうがないと言えばしょうがない部分もあります。ようは道路が必要なんじゃなくて、金が必要で道路関係の工事が欲しい公共事業が欲しいという事。
道路建設でまわる経済の乗数効果が欲しいという事なのかもしれませんが、乗数効果というのは適切な価格で落札されないと、見合った効果は得られません。バリバリの談合によって不当に高い金額で、しかもグズグズと時間がかかるわけです。時間をかけていれば出来上がった頃には街はシャッター街なんて話もある。
ようするに経済効果と言うか、単に建設費がバラまかれる事によってまわっている状況があるわけです。政治的な配慮、道路が必要というのは道路そのものが必要というよりも、道路工事が必要と言っている部分があります。
そして地方の首長が言うのは無理無い所もあります。というのは必要な状況に追い込まれているというのがあるわけです。道路に使わざるを得ない状況になっている。国が整備計画を出して国道が決められ、それに応じて県道、そして市町村道がつくられます。
知事がどうのこうのという前に、土木部、道路建設課、整備課というのが、上からの縦割りで道路整備計画がどんどん出来て行きます。国道が近くに通っているのに、そことつながる道路を県や市町村がつくらなければ、どんなに便利なものが出来たって利用出来なくなってしまうので、当然住民も怒るわけです。
その国道を通すという所までひっくるめて地元で費用対効果として必要かどうかを考えて必要だというのなら話はわかりますが、そういう風には全然なっていません。
熱心に必要な道路という抽象的な言い方で大騒ぎするのですが、道路建設の中で一番必要で尚かつ進んでいないのは、地方の生活道路です。これは市町村が自前でつくらなければりません。ここが一番遅れています。これは特定財源ではつくれません。だから結局特定財源の金というのはつくってほしい所ではなく、つくり易い所に流れて行きます。
生活道路をどうするかよりも、バイパスだったら何も無い所につくればいいのだからつくり易いのです。だから誤摩化しに騙されていたのではどうにもなりません。必要だとかつくらないと街がどうなるこうなるなんて話を言いますが、それで金が来たってやっぱり後回しにされて、本当に必要だと思っている生活道路はやっぱり進んで行かないし、進んでこなかった。
その証拠に今まで何十年もこの仕組みが続けられて、それで必要な生活道路が優先されてつくられたのかと言うと、そうじゃないから足りない足りないと騒いでいるわけで、太い道路や高速道路ばかりで高速道路なんて借金でやるのかと言えば特定財源を使ってやっているわけだし、つくり易い上等な道路ばかりピカピカにつくられて、必要な所は後回しになり続けています。
知事達も辛い立場なのはわかりますが、生活道路が必要なのにバイパスの金しか降りてこないですし、半分は地方が負担しなければならないわけで、必要な道路と騒ぎますが、この構造じゃ永久に後回しになるというか、そこをどうにかしてくれる制度ではないのです。その事を知らないでやっているのか、知っていてあえてやっているのか知りませんが、それが重要な問題点なのです。
つづく!!
例えば暫定税率の分を本則の税にして実質負担は変わりませんが増税にするとか、元々暫定税率の導入の時点で増税と変わらないのですが、暫定と言うまやかしの言葉でずっと増税を誤摩化して来ました。
その分を増税するとキチンと決めてと言っても今までと変わらないのですが、その代わり一般財源化して何にでも使えるようにしようという話にすれば国民だって闇雲に反対するばかりではないでしょう。財政的に厳しいのはわかっていますから。
しかしそれが単に役人や族議員の利権化された癒着体質の談合に金が流れて行き、政治家にキックバックが入るという図式を維持されるのであれば、誰だってコイツらに無駄遣いされるくらいなら、ガソリンを安くしてくれた方がマシだという話になって当然です。
民主党もある種のカウンターポピュリズムで、ガソリン高の中苦境に喘いでいる地方が、ガソリン代を安くする事によって活性化するというか助かるという話になっています。元々この話は一般財源化という話であったはずで、ガソリン代を安くするなんていう話は下らないと言っちゃ何ですが、問題の本質とは全然関係ない話で人気取りをしているように見えます。
この一年あまりで、ガソリンの値段が跳ね上がったというのは事実なので、短期的に手当てする、期間を区切って暫定税率は止めるという話なら理解は出来ますが、その事と特定財源の話は別で、ガソリンを安くすればそりゃ国民が嬉しいのは当たり前ですが、そういう次元で議論するような問題では本来無いはずです。ガソリンが安くなって国の借金が増えたんじゃ本末転倒です。
ただ、今の与党に無駄遣いさせるのならそれを止めた方がいいに決まっていますし、一般財源化をすると仮に与党が言ったって、間違いなく換骨奪胎するに決まってます。実際に一般財源化の話はどこかに行ってしまいましたし。だから野党の問題点の提示の仕方、つまりガソリンを安くするという論点はお門違いで、動員を得る為のポピュリズムでムカつきますが、それなりに合理性はある。本来暫定税率というのは暫定なんですから。
それに暫定税率断固維持しかも特定財源のままという力学に対抗する為には、初めから一般財源化という方向性では妥協点が骨抜きにされてしまいます。なので、目標を暫定税率廃止というか、本来に戻すという所に設定して、妥協点としてまともな一般財源化としての着地点を探すというのは、これは政治ですので戦い方の戦略としては有効であると思います。政治はきれい事じゃありませんから。
ただきれい事に吹き上がり易い国民性、頭の悪い薄汚い構造を抱えていながら、人の腐敗には大騒ぎするバカマスコミのきれい事のクズ共からすれば、攻撃され易さ、ヴァルネラブルな構造を抱え込む事になります。それが小沢さんというダーティなイメージの付きまとう民主党の弱みでもある。
なので不安に感じる部分があります。民主党の事を応援しているわけではありませんが、何度も言いますように政権交代が必要ですので、そんな事を言っている場合ではありません。一番可能性のある選択肢をケガレているという理由できれい事を言ってもどうにもなりませんから。
東国原知事も鼻息を荒くして、特定財源断固死守、道路道路と騒いでいますが、もし特定財源か一般財源かという制度の議論はひとまずわきにおいて、ここに十億なら十億の金があったとして、何に使ってもいいとしたら道路だけに使うのか?という選択肢の話が本質であるわけです。
全国の知事や市長、現状は国交省から圧力をかけられて特定財源維持と吹き上がっていますが、仮に地方自治体の特定財源という話になったとしたら維持するのか?一般財源化して医療や教育、介護に使えるようにしたくないのか?という話になればほぼ100%一般財源化したいというに決まっています。
家計に例えた時、10万の収入があるとして、それを支出の目的を決めてしまって一切動かせないとなると非常に窮屈になるのは誰しも常識として理解出来るはずです。時と場合に応じて、子供が小さい時、親が年を取った時期とそれぞれ状況によって支出も変わるわけです。
そもそも特定財源というのは道路がつくりたいのに全体の税収が少ない時に、国土を発展させる為に道路専用の金をつくりました。一番最初の仕組みが出来たのが昭和二十年代。そこからいろいろ中身が変わったり、四十年代に暫定税率が出来たりして中身が変わっているものの、仕組み自体は全然変わっていない。
特にここに金が必要だという時には有効なのですが、時代が変わって家族構成も年齢も変わっているのに家計を不動のものとしていたら窮屈になるのはあたりまえです。食費があまっているのに教育費が足りないなのにそれを動かせないとなればバカバカしい。
一般財源から必要な道路を作ればいい話なのに、特定財源になっていないと困るという言い方を地方の首長達は言います。ブラックボックスになっていてくれないと困ると。という事は必要でない道路までつくりたいと言っているのとようは同じ事です。
受益者負担の論点をほざくわけですが、今までのやり方ではそうなっていないから地方が困るという話が出てくるわけで、一般財源化が受益者負担の原則に反するから、今までの特定財源の受益者負担の原則を守っていなかったブラックボックスの制度を温存するという理由には普通に考えればなるわけありません。
受益者負担と言ったって、こんなものに線を引く事などもはや出来ない社会に我々は生きています。金があまっていればまあ原則としてそうあるべきだというのはわかりますが、何に使われているのかが不透明な状態で散々薄汚い構造が見えているのに、何が受益者負担だというのか?戯言も大概にしなさいという話です。
仮にその原則を守るにしたって、透明化する事自体は何の問題もないはずです。それで必要であるのならつくればいいだけの話です。
そのまんま知事のように特定財源断固維持というのではなくて、地方にフリーハンドと金をよこせという風にならないのはなぜかと言うと、これは国交省から圧力をかけられているからでもありますが、東国原知事自体、分権化のような事も言っているのに宮崎県が道路整備に関して標準以下というのがあるのかもしれませんが、わかった上でこういうことを言っているのなら、つまり分権化というのはスタイルで、とりあえず今何とかしてくれ先の事は先送りというのであるのなら、ちょっと狡いと思いますし、分権化を謳いながらそれとは間逆の事をせよというのだから、今何とかしてほしいからと言って分権化を先延ばしにしていればこういう問題は終わらない。
終わるわけありません。これが中央集権型の権化みたいな構造だからです。中央集権化の政策を断固維持と言いながら、分権化を謳うのは論理的に矛盾しています。
それに一般財源化しても宮崎に金がまわるという保障はないという事を言っていますが、今までのやり方でまわってこなかったのに、変えても保障がないという理由で今までのやり方を支持するのは論理的に正しくなありません。
どうなるかわからないから腐ったままでいいと言うのは、本気で言っているのなら頭が悪過ぎますし、一般財源化を反対して無駄な道路を作り続ける構造を温存する片棒を担げば、道路を作ってやるとでもバーターを持ちかけられているのではないかと勘ぐってしまいます。
もちろん地方の首長としてそれが地方の権益になればある意味しょうがない部分はあるでしょう。地方にとっての権益になるのであれば。地方にとっての権益になるかどうかは後でもう少し触れますが、仮に地方が生き残ったって、国が沈没しちゃえばもともこもありませんから、地方も生き延びる為、この国も生き延びる為に、形を変えて分権化が必要だという話になっているのに、プラグマティックに制度を利用するのならわかりますが、制度的に何の担保も実績もないものを信用して、自分がぶち上げている方向性とは間逆の行動を取っている事自体意味がわかりません。
一般財源化するという事は権限が国交省から財務省に移るだけだから大差ないという事を言っていますが、財務省も確かに腐っています。それは事実ですが、まるっきり不透明なまま他所には一切使えないという状況よりはマシです。
財務省が腐っているから現状の腐ったブラックボックスのままで良しというのは丸っきりロジックが狂っています。一般財源化されれば少なくとも今までよりは可視化出来るわけです。それだけでも全然違う。
悪者になりたくないのか、土建屋の組織票を気にした人気取りか、わざとわかってズルをしているか、頭が悪いか、いずれにせよ人気と中身は全く別物と考えた方がいいでしょう。所詮タレント政治家という事です。
地元が必要だというのならそれはそれでいいのですが、地元の土建屋が必要だと言っているのとは意味が違います。教育や介護やその他様々なものよりどうしても道路が何が何でも必要だというのなら、一般財源化したって何も問題ないはずです。
外に出てってテレビに出たり宣伝するのも結構ですが、地元の声を吸い上げてそれでどうなのかというのを、他所の県の人間が聞いてもステークホルダーじゃない人間が聞いても納得可能な説明には残念ながらなっていません。つくるなと言っているのではないのですから、ブラックボックスで散々やって来て後回しにされて来たのにブラックボックスのままにしておきたい意味がわかりません。
国交省や道路族はとにかくこれを維持したいという思惑があるわけです。金がある程度入ってくるという状態は手放したくないと考えるのはしょうがないと言えばしょうがない部分もあります。ようは道路が必要なんじゃなくて、金が必要で道路関係の工事が欲しい公共事業が欲しいという事。
道路建設でまわる経済の乗数効果が欲しいという事なのかもしれませんが、乗数効果というのは適切な価格で落札されないと、見合った効果は得られません。バリバリの談合によって不当に高い金額で、しかもグズグズと時間がかかるわけです。時間をかけていれば出来上がった頃には街はシャッター街なんて話もある。
ようするに経済効果と言うか、単に建設費がバラまかれる事によってまわっている状況があるわけです。政治的な配慮、道路が必要というのは道路そのものが必要というよりも、道路工事が必要と言っている部分があります。
そして地方の首長が言うのは無理無い所もあります。というのは必要な状況に追い込まれているというのがあるわけです。道路に使わざるを得ない状況になっている。国が整備計画を出して国道が決められ、それに応じて県道、そして市町村道がつくられます。
知事がどうのこうのという前に、土木部、道路建設課、整備課というのが、上からの縦割りで道路整備計画がどんどん出来て行きます。国道が近くに通っているのに、そことつながる道路を県や市町村がつくらなければ、どんなに便利なものが出来たって利用出来なくなってしまうので、当然住民も怒るわけです。
その国道を通すという所までひっくるめて地元で費用対効果として必要かどうかを考えて必要だというのなら話はわかりますが、そういう風には全然なっていません。
熱心に必要な道路という抽象的な言い方で大騒ぎするのですが、道路建設の中で一番必要で尚かつ進んでいないのは、地方の生活道路です。これは市町村が自前でつくらなければりません。ここが一番遅れています。これは特定財源ではつくれません。だから結局特定財源の金というのはつくってほしい所ではなく、つくり易い所に流れて行きます。
生活道路をどうするかよりも、バイパスだったら何も無い所につくればいいのだからつくり易いのです。だから誤摩化しに騙されていたのではどうにもなりません。必要だとかつくらないと街がどうなるこうなるなんて話を言いますが、それで金が来たってやっぱり後回しにされて、本当に必要だと思っている生活道路はやっぱり進んで行かないし、進んでこなかった。
その証拠に今まで何十年もこの仕組みが続けられて、それで必要な生活道路が優先されてつくられたのかと言うと、そうじゃないから足りない足りないと騒いでいるわけで、太い道路や高速道路ばかりで高速道路なんて借金でやるのかと言えば特定財源を使ってやっているわけだし、つくり易い上等な道路ばかりピカピカにつくられて、必要な所は後回しになり続けています。
知事達も辛い立場なのはわかりますが、生活道路が必要なのにバイパスの金しか降りてこないですし、半分は地方が負担しなければならないわけで、必要な道路と騒ぎますが、この構造じゃ永久に後回しになるというか、そこをどうにかしてくれる制度ではないのです。その事を知らないでやっているのか、知っていてあえてやっているのか知りませんが、それが重要な問題点なのです。
つづく!!