本日は非常に厄介な知っている人からすれば、目下の所はらわたが煮えくり返っている話であり、知らない人からすると、これで日本は大丈夫なのか?という不安に駆られる問題です。
民主党の管副代表と、大人気の宮崎県東国原知事のディベートも記憶に新しい所である、道路利権のお話です。福田政権の支持率が下がりまくっていますので、あえて取り上げるまでもなく、誰もが感覚的に与党の言い分はおかしいと感じているとは思いスルーして来たのですが、だからと言ってガソリン代を安くすればいいとかそういう問題でもありません。そんな事はどうでもいい話です。
書き出すと長くなるのですが、一度は真面目に書いておかねば、という気持ちもありまして、本日はそれについて取り上げてみようというわけです。
それではおっぱじめます。お題は暫定税率問題からみる道路利権!!
これは道路利権の話ですが一事が万事この国のスキームは全部この手法でまわっています。教育にしろ医療にしろ、防衛にしろ何から何までそうです。ですので取り上げるネタは道路ですが、これと同じ構造がありとあらゆる所を浸食していると考えて貰っても全然大袈裟な話ではありません。
ただ道路利権というのはその中でもおそらく最大級の金が動いています。ここを突破出来るか出来ないかで大きくこの国の未来も変わって来ます。
読まずにスルーしたくなってくるような話ですし、ペタだけしてハイさよならのそこの貴方!!まず最初に結論から言いますと、このままで行けば道路の暴走は止まらない、多分誰も止められない、破綻するまで止められない、破綻するのがわかっているのに止められないような国になっています。
与党の政治家では100%絶対に止められませんし、官僚だって絶対に止める気はありません。
河川だのなんだのと公共事業を行える根拠となっている法律というのは半分以上、暫定法や特別措置法だったりします。とりあえず今必要だからという事で法律をつくるわけですが、いったんそれが回りだしってしまうと止めるという事になった時に大騒ぎになるので、延長延長で誤摩化されて来ています。
道路特定財源の暫定税率の問題もそのなかの一つです。貰っていた連中は絶対に手放さないし、あっという間にそこに利権構造が出来て番人がいる。天下りやステークホルダー、役所から政治家まで全部取り込まれて、変えようと思うと変えられない。いったん動き始めると止める事が出来ない。そういう構造にこの国はあります。
これのすべての大本の原因は民主制がまともに機能していないからでもあります。これらの責任の一端は何度も書いておりますが、我々国民自身にあります。もちろん政治家を選ぶと言ってもロクなのがいないので選びようが無いという大問題はありますが、思考停止的に政権交代も無く、みんな腐っていると知っていながら与党の支配を許し続けている事にすべての問題点があるわけです。野党が頼りないように見えるのは事実ですのでそれは否定しませんが、だから今の構造のままでいいという話にはなりません。
我々の力で政官業の癒着を物理的に断ち切る手段があるのですから、これを全く行使しない事が、何よりこの出口の無さを我々自身が作り出している部分もあるのです。だから我々がその気になれば、出口の無い話ではありません。一度や二度の政権交代くらいではどうにもならないかもしれませんが、我々のチェックを機能させる事によって、少しずつ民主制を取り戻して行けば、少しずつまともになって行きます。だから変えようという気があれば変えられない話ではない。
メディアやステークホルダーがあらゆる手段を駆使して、我々に諦めさせるべくいい加減な報道や啓蒙をしたり、悪気は無いとしてもお門違いな話に乗せられてなっていたりしますが、処方箋はあります。絶望する必要はありません。その処方箋を行使するかしないかにかかっています。
ただそれをやらずに諦めて行くのなら、もう未来に対する希望はゼロです。1%もありません。近い将来この国も破綻し、医療も介護も教育も何もかもまわらなくなるでしょう。子供達の未来も真っ暗です。というかもうすでにお先真っ暗状態であり、とっくに様々なものの底は穴があいているという生易しい状態ではなく、抜けきってスッカラカンです。踏みとどまれるか否かの分水嶺に我々は立たされているのだという事を自覚する必要があります。
相変わらず困ったときは自民党なんていう方も結構いますが、この国をここまでにっちもさっちも行かなくしてしまった輩を信用して、一度も政権を取った事が無い野党を信用しない根拠がよくわかりませんが、野党もろくでもないのでたいして変わらないかもしれません。が、この癒着の構造に風穴を開ける。それだけの意味で政権交代は何が何でも必要なのです。
細かい政策なんて何でもいいし、背後に誰がいるとか、反日分子だとか右だとか左だとか、そんな事は全部どうでもいい類いのくだらない争点です。どうせ政治家なんてバカなんだから何を期待したって無駄です。
癒着しないように機能的に交代をさせ続ける。それ以外に方法はありません。という事を踏まえて始めます。我々の一番の敵は無関心です。それは自分の中にあります。無関心な誰かを攻撃しても解決は出来ません。下らん政治家のクズ共に利用されるのみです。
この道路利権に限らず、この国の構造そのものの問題というのは、手段が目的化する日本国民の陥り易いパターンそのものです。
先日ペタを返すのに他所様のブログを訪問していた所、痛烈に感じた事があります。自分のブログは人気もないのであまり訪問者数も多くありません。ですから足跡がついていると、とりあえずわざわざ訪問頂き有り難き幸せという思いとともに、他所様のブログに行って読ませて頂き、足跡を返してくるわけですが、返しているとこんな内容を見つけました。「1000ペタ、疲れた」というような話が書いてあるのです。
自分はついてある足跡のブログに訪問はしますが、ついてないブログに訪問する場合は何かを調べていて検索にひっかかったり、誰かのブログを読んでいて気になるコメントがあったりするとお邪魔させてもらったりはしますが、興味も何も無い所で読まずに足跡をつけるという事はしません。だから自分が足跡を先に付けて返しに来てくれたというわけでもないとおもいます。
数十個返すだけでも時間がかかるのに、1000ペタなんて話になると、これはどう考えても読んでいるとしたら大変な時間を要しますし、普通に忙しい毎日を送っていればそんなヒマは無いでしょう。よっぽどヒマな人ならわかりますが、これだけで一日かかってしまうのではないか?というような事です。
その方が実際に本当に1000ページ読んでいるのかどうかは別として、読みもしないのに足跡を付ける人が結構いるのではないかと思います。自分も正直足跡を返していると、この人は多分自分のブログを読んで足跡をつけているのではないのだなと、ただ単に足跡を付ける事自体を目的としてやっているのだろうなと感じる事もあります。
もちろん好きでやっているのでしょうから、別に否定するわけではありませんが、これは手段が目的化するパターンに陥り易い日本人の病癖が、一般の方々も例外ではないのだなという事を実感してしまう話です。
何の為に足跡をつけるのかと言えば、足跡を付ける事がそもそもの目的ではないはずです。それもブログと言うアーキテクチャで戯れる一つのありようなのかもしれませんし、そうした事で繋がりを感じる事が出来るのかもしれませんが、元々はブログの中の一つの機能に過ぎないはずです。ブログを読んでもらったり、知り合いをつくったり、貴方のブログに共鳴しましたと言う表明であったりと。
でありながら、それでランキングの順位が上がったりすると嬉しかったりするのかもしれませんが、そんな事をして何が書いてあるのかと言えば、「1000ペタ疲れた」です。
この事自体、個人的な感想を言えば、他にやる事ねぇのかよ、と思いますが、好きでやっているのなら別にそれはそれでいいでしょう。誰に迷惑がかかっているわけでもありませんし、それで楽しければそれはそれで悪い事でも何でも無い。それにその事によって何らかの繋がりを獲得出来る可能性もありますので必要だと思う人にとっては必要なのかもしれません。
ただ、それはあくまで何か読むべき内容のものがあって初めて繋がりを獲得しようという人が現れるわけで、ペタを返すのに、もしくは意味もなくただ足跡を残してくるだけの為に全身全霊をつかっちゃっちゃ余計なお世話かもしれませんが本末転倒な気はします。
時間を無駄にするという事はもったいないと思いますし、世の中もっと実りのあるものは沢山ありますから。
まあだとしてもそれが無駄だと感じないのであればとやかく言う事ではありませんし、これは誰に迷惑がかかるわけでもありませんから(かかったとしてもたいした迷惑ではありませんので)、やりたい人はやればいいと思います。結局足跡をつけられたって、つけられた方の最終的には自発的な決定に委ねられているわけでもありますから、誰かの自由を遮断していると言い切る事は出来ませんので。
しかしこういった手段が目的化する病癖は様々なレベルでこの国を蝕んでおります。元々の目的はどうでもよくなっちゃったりもする。こういうパターンに陥ってもらったのでは非常に困る連中がいます。統治権力に携わる連中やパブリックを担う連中です。
国民を幸福にする為の手段として存在するはずである政策が、いつの間にか政策を実行する事そのものが目的化し、国民が全然幸せになっていないのに、政策を途中で止める事が出来ない状態になる。政策を途中で止めると困る連中が政策を遂行しているので、国民が不幸になろうが国が破綻しようが関係ないという風になる。個人のブログなら別に勝手にやりたいようにやればいい話ですが、そういう連中がそれじゃ困ります。
まず現在争点化されているのは、暫定税率の問題に矮小化されています。高いか安いかの問題はわきにおいて、一番の問題は使われ方です。何に使うとどういう有効性があるのかという事を算定した上で、どういう社会にするのか?という話であるはずが全然そういう議論じゃなくて、ガソリンを安くするとか、道路が無いと地方が困るとか、どうでもいい話になってしまっています。
一方はガソリン代を安くするというのと、一方は暫定税率維持、しかも特定財源のまま使わせろと、一般財源化の話は消えちゃいました。天下り問題や道路の一般財源化、特殊法人改革、地方分権というのが21世紀この国が生き残る為には必要な方向性であるというコンセンサスはあったはずなのですが、天下りも骨抜き。民営化も骨抜き、ことごとくバックフラッシュが起こっています。
必要な道路という言い方がありますが、誰も道路を作るなとは言っていません。道路が必要かどうかなど問題ではなくて、インチキに塗れた構造が問題だと言っているだけです。
メディアも全く表層的な事しか報道しません。ハッキリ言えばどうでもいい類いの話ばかり、お門違いの下らん話ばかりです。政治もメディアもポピュリズムに走っていてどうにもならない状況ですが、選択肢が無いわけではない以上、諦めるのは早過ぎます。
紛らわしいのはガソリンにかかっている税率を上げるか下げるか、暫定税率というのは国家の収入の問題です。これと支出の問題は別の話です。制度上は暫定税率というのは特定財源に入れる為に税率をしばらく上げるという風につくりました。制度上は一応セットです。が、制度上セットであったからと言ってずっとそのままにしなければいけない理由なんてありません。それぞれ何がベストかを考えるのが政治家の仕事であるはずです。
続きますよ!!
民主党の管副代表と、大人気の宮崎県東国原知事のディベートも記憶に新しい所である、道路利権のお話です。福田政権の支持率が下がりまくっていますので、あえて取り上げるまでもなく、誰もが感覚的に与党の言い分はおかしいと感じているとは思いスルーして来たのですが、だからと言ってガソリン代を安くすればいいとかそういう問題でもありません。そんな事はどうでもいい話です。
書き出すと長くなるのですが、一度は真面目に書いておかねば、という気持ちもありまして、本日はそれについて取り上げてみようというわけです。
それではおっぱじめます。お題は暫定税率問題からみる道路利権!!
これは道路利権の話ですが一事が万事この国のスキームは全部この手法でまわっています。教育にしろ医療にしろ、防衛にしろ何から何までそうです。ですので取り上げるネタは道路ですが、これと同じ構造がありとあらゆる所を浸食していると考えて貰っても全然大袈裟な話ではありません。
ただ道路利権というのはその中でもおそらく最大級の金が動いています。ここを突破出来るか出来ないかで大きくこの国の未来も変わって来ます。
読まずにスルーしたくなってくるような話ですし、ペタだけしてハイさよならのそこの貴方!!まず最初に結論から言いますと、このままで行けば道路の暴走は止まらない、多分誰も止められない、破綻するまで止められない、破綻するのがわかっているのに止められないような国になっています。
与党の政治家では100%絶対に止められませんし、官僚だって絶対に止める気はありません。
河川だのなんだのと公共事業を行える根拠となっている法律というのは半分以上、暫定法や特別措置法だったりします。とりあえず今必要だからという事で法律をつくるわけですが、いったんそれが回りだしってしまうと止めるという事になった時に大騒ぎになるので、延長延長で誤摩化されて来ています。
道路特定財源の暫定税率の問題もそのなかの一つです。貰っていた連中は絶対に手放さないし、あっという間にそこに利権構造が出来て番人がいる。天下りやステークホルダー、役所から政治家まで全部取り込まれて、変えようと思うと変えられない。いったん動き始めると止める事が出来ない。そういう構造にこの国はあります。
これのすべての大本の原因は民主制がまともに機能していないからでもあります。これらの責任の一端は何度も書いておりますが、我々国民自身にあります。もちろん政治家を選ぶと言ってもロクなのがいないので選びようが無いという大問題はありますが、思考停止的に政権交代も無く、みんな腐っていると知っていながら与党の支配を許し続けている事にすべての問題点があるわけです。野党が頼りないように見えるのは事実ですのでそれは否定しませんが、だから今の構造のままでいいという話にはなりません。
我々の力で政官業の癒着を物理的に断ち切る手段があるのですから、これを全く行使しない事が、何よりこの出口の無さを我々自身が作り出している部分もあるのです。だから我々がその気になれば、出口の無い話ではありません。一度や二度の政権交代くらいではどうにもならないかもしれませんが、我々のチェックを機能させる事によって、少しずつ民主制を取り戻して行けば、少しずつまともになって行きます。だから変えようという気があれば変えられない話ではない。
メディアやステークホルダーがあらゆる手段を駆使して、我々に諦めさせるべくいい加減な報道や啓蒙をしたり、悪気は無いとしてもお門違いな話に乗せられてなっていたりしますが、処方箋はあります。絶望する必要はありません。その処方箋を行使するかしないかにかかっています。
ただそれをやらずに諦めて行くのなら、もう未来に対する希望はゼロです。1%もありません。近い将来この国も破綻し、医療も介護も教育も何もかもまわらなくなるでしょう。子供達の未来も真っ暗です。というかもうすでにお先真っ暗状態であり、とっくに様々なものの底は穴があいているという生易しい状態ではなく、抜けきってスッカラカンです。踏みとどまれるか否かの分水嶺に我々は立たされているのだという事を自覚する必要があります。
相変わらず困ったときは自民党なんていう方も結構いますが、この国をここまでにっちもさっちも行かなくしてしまった輩を信用して、一度も政権を取った事が無い野党を信用しない根拠がよくわかりませんが、野党もろくでもないのでたいして変わらないかもしれません。が、この癒着の構造に風穴を開ける。それだけの意味で政権交代は何が何でも必要なのです。
細かい政策なんて何でもいいし、背後に誰がいるとか、反日分子だとか右だとか左だとか、そんな事は全部どうでもいい類いのくだらない争点です。どうせ政治家なんてバカなんだから何を期待したって無駄です。
癒着しないように機能的に交代をさせ続ける。それ以外に方法はありません。という事を踏まえて始めます。我々の一番の敵は無関心です。それは自分の中にあります。無関心な誰かを攻撃しても解決は出来ません。下らん政治家のクズ共に利用されるのみです。
この道路利権に限らず、この国の構造そのものの問題というのは、手段が目的化する日本国民の陥り易いパターンそのものです。
先日ペタを返すのに他所様のブログを訪問していた所、痛烈に感じた事があります。自分のブログは人気もないのであまり訪問者数も多くありません。ですから足跡がついていると、とりあえずわざわざ訪問頂き有り難き幸せという思いとともに、他所様のブログに行って読ませて頂き、足跡を返してくるわけですが、返しているとこんな内容を見つけました。「1000ペタ、疲れた」というような話が書いてあるのです。
自分はついてある足跡のブログに訪問はしますが、ついてないブログに訪問する場合は何かを調べていて検索にひっかかったり、誰かのブログを読んでいて気になるコメントがあったりするとお邪魔させてもらったりはしますが、興味も何も無い所で読まずに足跡をつけるという事はしません。だから自分が足跡を先に付けて返しに来てくれたというわけでもないとおもいます。
数十個返すだけでも時間がかかるのに、1000ペタなんて話になると、これはどう考えても読んでいるとしたら大変な時間を要しますし、普通に忙しい毎日を送っていればそんなヒマは無いでしょう。よっぽどヒマな人ならわかりますが、これだけで一日かかってしまうのではないか?というような事です。
その方が実際に本当に1000ページ読んでいるのかどうかは別として、読みもしないのに足跡を付ける人が結構いるのではないかと思います。自分も正直足跡を返していると、この人は多分自分のブログを読んで足跡をつけているのではないのだなと、ただ単に足跡を付ける事自体を目的としてやっているのだろうなと感じる事もあります。
もちろん好きでやっているのでしょうから、別に否定するわけではありませんが、これは手段が目的化するパターンに陥り易い日本人の病癖が、一般の方々も例外ではないのだなという事を実感してしまう話です。
何の為に足跡をつけるのかと言えば、足跡を付ける事がそもそもの目的ではないはずです。それもブログと言うアーキテクチャで戯れる一つのありようなのかもしれませんし、そうした事で繋がりを感じる事が出来るのかもしれませんが、元々はブログの中の一つの機能に過ぎないはずです。ブログを読んでもらったり、知り合いをつくったり、貴方のブログに共鳴しましたと言う表明であったりと。
でありながら、それでランキングの順位が上がったりすると嬉しかったりするのかもしれませんが、そんな事をして何が書いてあるのかと言えば、「1000ペタ疲れた」です。
この事自体、個人的な感想を言えば、他にやる事ねぇのかよ、と思いますが、好きでやっているのなら別にそれはそれでいいでしょう。誰に迷惑がかかっているわけでもありませんし、それで楽しければそれはそれで悪い事でも何でも無い。それにその事によって何らかの繋がりを獲得出来る可能性もありますので必要だと思う人にとっては必要なのかもしれません。
ただ、それはあくまで何か読むべき内容のものがあって初めて繋がりを獲得しようという人が現れるわけで、ペタを返すのに、もしくは意味もなくただ足跡を残してくるだけの為に全身全霊をつかっちゃっちゃ余計なお世話かもしれませんが本末転倒な気はします。
時間を無駄にするという事はもったいないと思いますし、世の中もっと実りのあるものは沢山ありますから。
まあだとしてもそれが無駄だと感じないのであればとやかく言う事ではありませんし、これは誰に迷惑がかかるわけでもありませんから(かかったとしてもたいした迷惑ではありませんので)、やりたい人はやればいいと思います。結局足跡をつけられたって、つけられた方の最終的には自発的な決定に委ねられているわけでもありますから、誰かの自由を遮断していると言い切る事は出来ませんので。
しかしこういった手段が目的化する病癖は様々なレベルでこの国を蝕んでおります。元々の目的はどうでもよくなっちゃったりもする。こういうパターンに陥ってもらったのでは非常に困る連中がいます。統治権力に携わる連中やパブリックを担う連中です。
国民を幸福にする為の手段として存在するはずである政策が、いつの間にか政策を実行する事そのものが目的化し、国民が全然幸せになっていないのに、政策を途中で止める事が出来ない状態になる。政策を途中で止めると困る連中が政策を遂行しているので、国民が不幸になろうが国が破綻しようが関係ないという風になる。個人のブログなら別に勝手にやりたいようにやればいい話ですが、そういう連中がそれじゃ困ります。
まず現在争点化されているのは、暫定税率の問題に矮小化されています。高いか安いかの問題はわきにおいて、一番の問題は使われ方です。何に使うとどういう有効性があるのかという事を算定した上で、どういう社会にするのか?という話であるはずが全然そういう議論じゃなくて、ガソリンを安くするとか、道路が無いと地方が困るとか、どうでもいい話になってしまっています。
一方はガソリン代を安くするというのと、一方は暫定税率維持、しかも特定財源のまま使わせろと、一般財源化の話は消えちゃいました。天下り問題や道路の一般財源化、特殊法人改革、地方分権というのが21世紀この国が生き残る為には必要な方向性であるというコンセンサスはあったはずなのですが、天下りも骨抜き。民営化も骨抜き、ことごとくバックフラッシュが起こっています。
必要な道路という言い方がありますが、誰も道路を作るなとは言っていません。道路が必要かどうかなど問題ではなくて、インチキに塗れた構造が問題だと言っているだけです。
メディアも全く表層的な事しか報道しません。ハッキリ言えばどうでもいい類いの話ばかり、お門違いの下らん話ばかりです。政治もメディアもポピュリズムに走っていてどうにもならない状況ですが、選択肢が無いわけではない以上、諦めるのは早過ぎます。
紛らわしいのはガソリンにかかっている税率を上げるか下げるか、暫定税率というのは国家の収入の問題です。これと支出の問題は別の話です。制度上は暫定税率というのは特定財源に入れる為に税率をしばらく上げるという風につくりました。制度上は一応セットです。が、制度上セットであったからと言ってずっとそのままにしなければいけない理由なんてありません。それぞれ何がベストかを考えるのが政治家の仕事であるはずです。
続きますよ!!