前回の続きです。
餃子問題なんかこの構造を考えるにはいい練習問題です。中国のせいだと、安倍的な断固決然バカなら吹き上がるでしょう。これは論外。福田は媚中外交が得意中の得意ですから、中国が絶対に認めるわけもないが、責めるわけにもいかない、問題の先送り玉虫色の決着にして、中国に気を使いたくてウズウズしている。自国の国民なんて全くないがしろにしているくせに。こういうカスももちろん論外です。
そして断固決然バカにしろ、交渉力ゼロの無能アホにせよ、興味があるのは国内の利権化です。安心安全を国民の為に守るのだという事をほざき、制度化する。国民の血税を無駄に消費する為の理屈に使います。官僚も天下り確保になったり、組織存続もしくは新しいポスト創設のエビデンスになります。業者と癒着し、談合になり、政治家に献金がキックバックされる。
もうこういう図式に乗せられない民度を持ちましょう。中国政府は認めないでしょうから、百歩譲って手打ちをするのはいいでしょう。その代わりゲインを引き出す為に交渉しなけりゃ意味がありません。
中国政府にもメンツがあろうから、原因究明が不可能だったという話に決着するのはしょうがないとしても、その代わりに今後こういった事が起これば中国食品も国際的な信用を失墜するであろうし、他の要因があるのだとしたら尚更、政府が監督出来ないのではないか?という疑念が生じる事になる。という有利な条件がそろうわけですから、そこではじめて断固決然のカードも生きてくるわけです。安倍のように早漏気味にさっさとカードを切ったのでは何の意味もないし、何の脅威も感じさせる事が出来ない。
断固決然という言い方はバカっぽいので、強気の外交とでも言いましょうか、相手を強気で責めても、相手が譲歩せざるを得ない環境を整えてから、強気で当たりに行かないと意味がない。そうでなくとも日本なんてアメリカの属国でしかないわけですから、そもそも一人前のプレーヤーだとどこの国も思っていません。
強気を示すのならここで日本を切ったら損だと思わせるプレゼンテーションが出来なければ、強気の外交もアメリカの軍事力の傘のしたで、ヤクザの後ろ盾によって空威張りしている三下のチンピラと変わりません。そう言う環境を整えて押したり引いたり、強気で責めたり友好を謳ったりしながら有利な条件を引き出すのが外交ってもんです。
こういう交渉力、手打ちに持ち込むのだとしても、有利な条件を出来るだけ盛り込もうという意図が、日本政府には全く感じない。有利な条件が国民のための延長線上にある国益ではなくて、脳味噌膿んでいる政治家のポジショナリティや、国民の生活なんて知ったこっちゃない役人にとっての有利な条件ばかりです。
そしてこういう状況に叩き込むのに大きな動員力を握っているメディアのゴキブリ共のアホな報道に対して距離を取りましょう。餃子の危機を面白おかしく報道するのはいいけれど、肝腎要の対中外交に対する監視が出来ていません。
安心安全と危機を煽って国民を恐怖のどん底に叩き込む事ばかり、生き生きと嬉しそうにやっているわけです。農薬が食い物に付着していてそれで健康を害するようなものを売っているような状況は、確かに困ったもんですが、安心安全と吹き上がって誰が得をするのか考えましょう。
安心安全を担保したかったらまず、恣意性に塗れた、食品行政を消費者目線で改正する事の方が先決です。何が入っているのかきちんと国民が知る事が出来るようにする。国民が選択できる余地を残しておく。現状では中国産を回避したくとも回避出来ません。
安さに目がくらんで、あれもこれもみんなチャイナフリーなんて土台不可能な構造に食品業界はどっぷりと首まで浸かっています。それを避ける為には、それなりにコストが高くついてしまいます。そう言った恣意性は翼賛体制という事もあるし、広告主である企業優先ですから、全然啓蒙なんてする気もありません。
安心安全を担保しろというのは当然ですが、国家権力にそんなこと出来るわけありません。利権にしか興味もない連中ですから、こんなウジ虫共にノーチェックで依存したって、絶対やる気もないし、たまに赤福的なものをガス抜きとして血祭りに上げるという構造を繰り返すだけです。根本的な恣意性には全く届かない。税金が無駄に垂れ流されるだけです。
制度を変えるだけで税金なんて使わなくとも国民の選択で回避出来る部分もあるわけですから、そういった恣意性をまずきちんとルール化するのが先決です。
きれい事で安心安全を謳っても、アメリカ産の牛肉は平気の平左で輸入再開しているし、添加物に塗れた食生活を送っているわけです。中国の食品だって相当の健康バカか金持ちじゃなけりゃ、俺は中国産は喰わないと豪語しても間違いなく口にしています。現在の食品表示をみていてもそんな事はわからないようになっているからです。中国産じゃないからと言って喜んで口にしても、実は中国産である事を巧妙に隠せるようなシステムなのです。
こんなどっぷりの状況で、安心安全を不安にさおさしほざいたって、簡単には抜け出せない状況なのです。まず我々が選択も出来ない状況では話になりません。今回のような問題は特殊なケースです。中国産とか国産とか言う前に毒が混ざっているのですから話にならない。
しかしこれの安心安全を担保すると言ったって、こういった不確定性に対する完璧な対処なんて出来るわけありませんから、むやみにお上に依存してみすみす権益を与え、何にもしないでやってるふりという状況を許す事になってしまいます。こういった人々の疑心暗鬼というのを利権化するプロセスがこの国ではどんどん進行しています。
そんなに年がら年中起こるような問題ではない極めて特殊なケースです。こういった不祥事を起こす企業が叩かれれば、企業の自発的な生き残り戦略で、ある程度予防措置はとるはずです。
100%こういった事を無くすというのは物理的に不可能です。もし本当に不遜な奴らがいて、こういう悪巧みをしているのなら、事前に完璧に取り締まる事なんて出来ません。そんなことが出来るのなら世の中から犯罪なんて一つもなくなっているでしょう。
こういう不安を利用して予防措置なんて取るとロクな事ありません。アメリカが中東を爆撃しているのと同じです。アイツは犯罪を犯しそうだからと犯罪を犯す前に取り締まるなんてのは法治国家とは言えません。どんなに直前まで犯罪を犯してやるぜと思ってたって気が変わって踏みとどまる可能性が絶対にあるからです。それを犯罪予備軍なる官製の嫌な呼び方が跳梁跋扈していますが、犯罪予備軍は犯罪者ではありません。犯罪を犯しそうだからと指をさしているだけです。こういう疑心暗鬼に叩き込まれ不安に右往左往している連中が多ければ多いほど、国家権力の利権は増えて行く一方だと知るべきです。
不可能な事を断固対処と利権化するのは、アメリカのネオコンがテロを利権化して好き勝手やっている構造と同じです。それで中東諸国の怒りはおさまったのか?と言えば益々戦争は泥沼化していて、疑心暗鬼はどんどん加速しています。
税金をかけずに企業に負担させて安心安全を担保させても、結局コストに跳ね返りますから、生活は苦しくなるかもしれませんが、政治家や役人の利権になるよりはマシでしょう。その分税金を無駄使いされて、借金が更に増えて行く構造じゃお先真っ暗です。
まあそれでも構わないという逃げ切り野郎共が多いのでこれまた厄介なのですが、制度をきちんと担保して、市場の競争に任せれば、それほど便乗値上げは出来ないでしょう。均衡点で価格が決まるわけですから、安くて危険と表裏一体の食文化より、それが安全の為のコストだと思えば、今までが狂っていたという見方も出来ます。まあ安いものが無くなれば生活に困るという人もいますから、こんな問題は日常茶飯事の事でもありませんので、実質的には国民が選択出来る余地を残しておく方が合理的ではあるのでしょう。
とまあ食品安全の話がしたいわけではありませんので話を戻しますが、きれい事で、ある側面だけを煽ったりする言説には疑いのまなざしを持ちましょう。建て前を叫んだって話が前に進まなければ解決だって出来ませんし、きれい事を叫び利権化する前に出来る事も沢山あるわけです。
北方領土を本当に取り返したいと思うのなら、今までのやり方では無理だとわかっているのですから、交渉力のなさをロシアの横暴と責任転嫁してもしょうがありません。交渉力のないバカ共に文句は言いましょう。解決せずに残しておいた方が得な連中に。
きれい事に乗せられてそういう連中の片棒を担ぐのも止めましょう。不安に右往左往するのも統治権力の思うつぼです。危機を煽る前に、安心安全を利権化する前に、徹底的にディスクローズしろというのが先です。何でもお上に依存するのも止めた方がいいでしょう。そんな能力もありませんしそもそもそんな気もない連中に何の根拠で依存するのか意味がわからない。余計な事はしなくていいから、情報開示しろ。これで十分です。
正論というのを吐いてスッキリしたい連中は死ぬまでやってりゃいいのですが、我々がもう一つ決別しなけりゃならない正論があります。こんな事散々書いといてなんですが、役人バッシング、政治家バッシングするだけでは、簡単に世の中かわらないという事です。奴らがクソなのは間違いありませんが、これは我々のチェックが甘いからでもあります。我々がしっかり監視すればこんな状況にはなっていないでしょう。そしてこれも正論になっちゃいます。
選挙に行きたくともいけない理由が、遊び、仕事、興味がないと、まあ理由と呼べないのではないかといいたいものもありますが、個人個人でそれが切実であれば、仕方のない側面もあります。そう、我々の日常をみたって正論では片付かない事ばかりです。正論ではダイエットした方がよくともそれが出来ない方々も沢山いますし、お酒を飲んでウダウダやるのもいい加減にしといた方がいいと思っても、ウダウダやっている人も沢山いる。タバコなんて身体によくねぇんだよななんて思いながらも、ついつい吸っちゃう人も沢山いる。等々、日常には正論では片付かない人間の不条理が溢れています。
政治家や役人だって十把一絡げに全員悪者と言ってしまうのは本当は乱暴な話でもある。それなりに志のある人もいるでしょう。しかし役所のシステムに取り込まれてしまうと、選択肢が消えてしまい、いつの間にやら省益で動かざるを得ない、巨大な構造に取り込まれてしまっている。奴らはこれが仕事で税金で飯を喰っているので叩くなと言いたいわけではありません。むしろがんがん叩いて監視しろと思っています。
何が言いたいのかと言いますと、すぐに解決は不可能な構造に我々は立たされているという事を、諦める事なく自覚する必要があるのだろうと感じるわけであります。政治家や役人がムカつくからどんどん首にして、給料カットして、牢屋にぶち込めという風にはいかない。統治権力が腐敗してどうにもならない状況ではありますが、バカ左翼みたいに統治権力イコール悪、だから国家を乗り越えなければならないというのはほぼ不可能な戯言です。
単純に個人の暴力能力格差に怯えず日常を謳歌出来るのも、国家権力という暴力装置が機能して個人の暴力格差を無効化しているからでもあるわけです。だから倒す事でも断罪する事でもなく、いかにして共存して行くのかという課題にどう向き合うかであろうと思います。
統治権力が握っている恣意性が全く可視化もしくは制度化されていないのが現状です。ディスクローズの徹底がなされれば、談合だって公共事業だって、天下りだって別に悪ではありません。そして役人だってもうこういった腐った構造では立ち行かないと気付いてもいるし、政治家だって多くは気付いているでしょう。ただステークホルダーの代表者でもあるわけで、その矛盾に引き裂かれているわけです。
ステークホルダーという言い方も結局多かれ少なかれ我々はステークホルダーであり、己の権益を守るため多かれ少なかれ右往左往しています。我々にとっての権益ではない所に結局目くじらを立てているに過ぎません。抜け駆け感を煽られ、簡単に人を羨ましがる。だから正論でいえば国民の生活をないがしろにして、己の権益に邁進する公僕なんて話にならないというのは正しいのですが、だから排除という発想では永久にこの構造は鍔迫り合いを続けて行くだけの実りの無い現実でしかありません。
我々がチェック出来る所をきちんとチェックし、制度の透明化、情報開示、これを求めて行き、少しずつ外部のチェックに開かれた構造に作り替えて行くしか方法はありません。正論でクリアカットな解決策を求めるより、目の前の出来る事を気付いている人間がやって行く、これしか方法がない。この恣意性に胡座をかき惰眠を貪っている無能なクズには文句を言うべきですが、そういう奴を叩きのめしても、誰かがその座に取って代わるだけの恣意的な構造は、いつまでたってもガス抜きされた国民が忘れてしまい手が届きません。
政治家にはどんどんノーを突き付け、開かれたシステムにちょっとずつ前進して行くしか手が無い。正論は理想としては正しいのかもしれませんが、簡単にはそうならない。出来る事をやる。それが目の前にある、という現実に一人でも多く動員して、それをやる以外に正論とやらを実現する方法はないのです。
というのもこれまた正論になってしまい難しいのですが、出来る事をやり粘り強く続けて行く、簡単な打開策などないという事に向き合う必要があるのではと思うわけであります。
そして一番どうにもならない存在である大手メディア、このゴキブリ共は一番始末に負えないクズ中のクズかもしれません。ノーチェックの規制の上で独占しているわけで、最も癌であることは間違いありません。ここを自由化するだけで、よっぽどこの国の民度は跳ね上がるとも言えます。それを阻止しその権益を吸い上げている。
しかしこのクズ共を拒否するのは実は簡単な事です。新聞はどっち道衰退産業ですし、雑誌ももう頭打ちです。テレビも殆どにつけっぱなしにされているだけで、真面目にみている人はどんどん減っています。くだらん新聞や雑誌は読まない。テレビを消す。情報はインターネットで補充する。これだけでも全然違います。
地上波デジタルなんてほざいていますが、そんなものを簡単には買わない。どうしても観たいものもあるでしょう、自分もスポーツ中継などは観てますから、全く排除するというのは難しいのはわかっていますので、一家に一台くらいはあってもいいのかもしれませんが、大手企業、大手メディア、そして統治権力が結託して、このとんでもない制度、地上波デジタル放送なる独占して巨万の富を吸い上げるという構造に対して自覚的である必要があります。
テレビがただだからという幻想に身を任せ、異常に高い広告費は物価に跳ね返って来ます。時間を無駄にする事の方がよっぽどコストの無駄です。人生は時間です。刻々と死に向かって突っ走っているわけです。
社会が近代化を遂げるという事は正論が無力になるという事でもあります。正論も単なるディスポジジョンに過ぎないという事に気付く。まあ自分のブログも政治家や役人を散々クソミソに叩いていますので偉そうな事は言えませんが、今はこの構造に気付く事が先決だと思いあえてメッタクソに叩いているわけですが、こういう腐った構造に気付いて吹き上がったり、簡単には変わらない厄介さに引き裂かれ諦める事なく、出来る事をやる、これが今必要な事なのだろうと思うわけです。それは統治権力の監視、きちんと意志を伝える。正論を武器にして動員を測る力学の裏をきちんと見定める必要があるのではなかろうかと思うわけであります。
というわけで時事ネタをあれこれ突っついてみましたが、この国の腐った状態、統治権力のマヌケぶりには絶望的なものを感じますが、切り札は我々が握っているのだという事をお忘れなきように。
この話題はこれにてEND!!
餃子問題なんかこの構造を考えるにはいい練習問題です。中国のせいだと、安倍的な断固決然バカなら吹き上がるでしょう。これは論外。福田は媚中外交が得意中の得意ですから、中国が絶対に認めるわけもないが、責めるわけにもいかない、問題の先送り玉虫色の決着にして、中国に気を使いたくてウズウズしている。自国の国民なんて全くないがしろにしているくせに。こういうカスももちろん論外です。
そして断固決然バカにしろ、交渉力ゼロの無能アホにせよ、興味があるのは国内の利権化です。安心安全を国民の為に守るのだという事をほざき、制度化する。国民の血税を無駄に消費する為の理屈に使います。官僚も天下り確保になったり、組織存続もしくは新しいポスト創設のエビデンスになります。業者と癒着し、談合になり、政治家に献金がキックバックされる。
もうこういう図式に乗せられない民度を持ちましょう。中国政府は認めないでしょうから、百歩譲って手打ちをするのはいいでしょう。その代わりゲインを引き出す為に交渉しなけりゃ意味がありません。
中国政府にもメンツがあろうから、原因究明が不可能だったという話に決着するのはしょうがないとしても、その代わりに今後こういった事が起これば中国食品も国際的な信用を失墜するであろうし、他の要因があるのだとしたら尚更、政府が監督出来ないのではないか?という疑念が生じる事になる。という有利な条件がそろうわけですから、そこではじめて断固決然のカードも生きてくるわけです。安倍のように早漏気味にさっさとカードを切ったのでは何の意味もないし、何の脅威も感じさせる事が出来ない。
断固決然という言い方はバカっぽいので、強気の外交とでも言いましょうか、相手を強気で責めても、相手が譲歩せざるを得ない環境を整えてから、強気で当たりに行かないと意味がない。そうでなくとも日本なんてアメリカの属国でしかないわけですから、そもそも一人前のプレーヤーだとどこの国も思っていません。
強気を示すのならここで日本を切ったら損だと思わせるプレゼンテーションが出来なければ、強気の外交もアメリカの軍事力の傘のしたで、ヤクザの後ろ盾によって空威張りしている三下のチンピラと変わりません。そう言う環境を整えて押したり引いたり、強気で責めたり友好を謳ったりしながら有利な条件を引き出すのが外交ってもんです。
こういう交渉力、手打ちに持ち込むのだとしても、有利な条件を出来るだけ盛り込もうという意図が、日本政府には全く感じない。有利な条件が国民のための延長線上にある国益ではなくて、脳味噌膿んでいる政治家のポジショナリティや、国民の生活なんて知ったこっちゃない役人にとっての有利な条件ばかりです。
そしてこういう状況に叩き込むのに大きな動員力を握っているメディアのゴキブリ共のアホな報道に対して距離を取りましょう。餃子の危機を面白おかしく報道するのはいいけれど、肝腎要の対中外交に対する監視が出来ていません。
安心安全と危機を煽って国民を恐怖のどん底に叩き込む事ばかり、生き生きと嬉しそうにやっているわけです。農薬が食い物に付着していてそれで健康を害するようなものを売っているような状況は、確かに困ったもんですが、安心安全と吹き上がって誰が得をするのか考えましょう。
安心安全を担保したかったらまず、恣意性に塗れた、食品行政を消費者目線で改正する事の方が先決です。何が入っているのかきちんと国民が知る事が出来るようにする。国民が選択できる余地を残しておく。現状では中国産を回避したくとも回避出来ません。
安さに目がくらんで、あれもこれもみんなチャイナフリーなんて土台不可能な構造に食品業界はどっぷりと首まで浸かっています。それを避ける為には、それなりにコストが高くついてしまいます。そう言った恣意性は翼賛体制という事もあるし、広告主である企業優先ですから、全然啓蒙なんてする気もありません。
安心安全を担保しろというのは当然ですが、国家権力にそんなこと出来るわけありません。利権にしか興味もない連中ですから、こんなウジ虫共にノーチェックで依存したって、絶対やる気もないし、たまに赤福的なものをガス抜きとして血祭りに上げるという構造を繰り返すだけです。根本的な恣意性には全く届かない。税金が無駄に垂れ流されるだけです。
制度を変えるだけで税金なんて使わなくとも国民の選択で回避出来る部分もあるわけですから、そういった恣意性をまずきちんとルール化するのが先決です。
きれい事で安心安全を謳っても、アメリカ産の牛肉は平気の平左で輸入再開しているし、添加物に塗れた食生活を送っているわけです。中国の食品だって相当の健康バカか金持ちじゃなけりゃ、俺は中国産は喰わないと豪語しても間違いなく口にしています。現在の食品表示をみていてもそんな事はわからないようになっているからです。中国産じゃないからと言って喜んで口にしても、実は中国産である事を巧妙に隠せるようなシステムなのです。
こんなどっぷりの状況で、安心安全を不安にさおさしほざいたって、簡単には抜け出せない状況なのです。まず我々が選択も出来ない状況では話になりません。今回のような問題は特殊なケースです。中国産とか国産とか言う前に毒が混ざっているのですから話にならない。
しかしこれの安心安全を担保すると言ったって、こういった不確定性に対する完璧な対処なんて出来るわけありませんから、むやみにお上に依存してみすみす権益を与え、何にもしないでやってるふりという状況を許す事になってしまいます。こういった人々の疑心暗鬼というのを利権化するプロセスがこの国ではどんどん進行しています。
そんなに年がら年中起こるような問題ではない極めて特殊なケースです。こういった不祥事を起こす企業が叩かれれば、企業の自発的な生き残り戦略で、ある程度予防措置はとるはずです。
100%こういった事を無くすというのは物理的に不可能です。もし本当に不遜な奴らがいて、こういう悪巧みをしているのなら、事前に完璧に取り締まる事なんて出来ません。そんなことが出来るのなら世の中から犯罪なんて一つもなくなっているでしょう。
こういう不安を利用して予防措置なんて取るとロクな事ありません。アメリカが中東を爆撃しているのと同じです。アイツは犯罪を犯しそうだからと犯罪を犯す前に取り締まるなんてのは法治国家とは言えません。どんなに直前まで犯罪を犯してやるぜと思ってたって気が変わって踏みとどまる可能性が絶対にあるからです。それを犯罪予備軍なる官製の嫌な呼び方が跳梁跋扈していますが、犯罪予備軍は犯罪者ではありません。犯罪を犯しそうだからと指をさしているだけです。こういう疑心暗鬼に叩き込まれ不安に右往左往している連中が多ければ多いほど、国家権力の利権は増えて行く一方だと知るべきです。
不可能な事を断固対処と利権化するのは、アメリカのネオコンがテロを利権化して好き勝手やっている構造と同じです。それで中東諸国の怒りはおさまったのか?と言えば益々戦争は泥沼化していて、疑心暗鬼はどんどん加速しています。
税金をかけずに企業に負担させて安心安全を担保させても、結局コストに跳ね返りますから、生活は苦しくなるかもしれませんが、政治家や役人の利権になるよりはマシでしょう。その分税金を無駄使いされて、借金が更に増えて行く構造じゃお先真っ暗です。
まあそれでも構わないという逃げ切り野郎共が多いのでこれまた厄介なのですが、制度をきちんと担保して、市場の競争に任せれば、それほど便乗値上げは出来ないでしょう。均衡点で価格が決まるわけですから、安くて危険と表裏一体の食文化より、それが安全の為のコストだと思えば、今までが狂っていたという見方も出来ます。まあ安いものが無くなれば生活に困るという人もいますから、こんな問題は日常茶飯事の事でもありませんので、実質的には国民が選択出来る余地を残しておく方が合理的ではあるのでしょう。
とまあ食品安全の話がしたいわけではありませんので話を戻しますが、きれい事で、ある側面だけを煽ったりする言説には疑いのまなざしを持ちましょう。建て前を叫んだって話が前に進まなければ解決だって出来ませんし、きれい事を叫び利権化する前に出来る事も沢山あるわけです。
北方領土を本当に取り返したいと思うのなら、今までのやり方では無理だとわかっているのですから、交渉力のなさをロシアの横暴と責任転嫁してもしょうがありません。交渉力のないバカ共に文句は言いましょう。解決せずに残しておいた方が得な連中に。
きれい事に乗せられてそういう連中の片棒を担ぐのも止めましょう。不安に右往左往するのも統治権力の思うつぼです。危機を煽る前に、安心安全を利権化する前に、徹底的にディスクローズしろというのが先です。何でもお上に依存するのも止めた方がいいでしょう。そんな能力もありませんしそもそもそんな気もない連中に何の根拠で依存するのか意味がわからない。余計な事はしなくていいから、情報開示しろ。これで十分です。
正論というのを吐いてスッキリしたい連中は死ぬまでやってりゃいいのですが、我々がもう一つ決別しなけりゃならない正論があります。こんな事散々書いといてなんですが、役人バッシング、政治家バッシングするだけでは、簡単に世の中かわらないという事です。奴らがクソなのは間違いありませんが、これは我々のチェックが甘いからでもあります。我々がしっかり監視すればこんな状況にはなっていないでしょう。そしてこれも正論になっちゃいます。
選挙に行きたくともいけない理由が、遊び、仕事、興味がないと、まあ理由と呼べないのではないかといいたいものもありますが、個人個人でそれが切実であれば、仕方のない側面もあります。そう、我々の日常をみたって正論では片付かない事ばかりです。正論ではダイエットした方がよくともそれが出来ない方々も沢山いますし、お酒を飲んでウダウダやるのもいい加減にしといた方がいいと思っても、ウダウダやっている人も沢山いる。タバコなんて身体によくねぇんだよななんて思いながらも、ついつい吸っちゃう人も沢山いる。等々、日常には正論では片付かない人間の不条理が溢れています。
政治家や役人だって十把一絡げに全員悪者と言ってしまうのは本当は乱暴な話でもある。それなりに志のある人もいるでしょう。しかし役所のシステムに取り込まれてしまうと、選択肢が消えてしまい、いつの間にやら省益で動かざるを得ない、巨大な構造に取り込まれてしまっている。奴らはこれが仕事で税金で飯を喰っているので叩くなと言いたいわけではありません。むしろがんがん叩いて監視しろと思っています。
何が言いたいのかと言いますと、すぐに解決は不可能な構造に我々は立たされているという事を、諦める事なく自覚する必要があるのだろうと感じるわけであります。政治家や役人がムカつくからどんどん首にして、給料カットして、牢屋にぶち込めという風にはいかない。統治権力が腐敗してどうにもならない状況ではありますが、バカ左翼みたいに統治権力イコール悪、だから国家を乗り越えなければならないというのはほぼ不可能な戯言です。
単純に個人の暴力能力格差に怯えず日常を謳歌出来るのも、国家権力という暴力装置が機能して個人の暴力格差を無効化しているからでもあるわけです。だから倒す事でも断罪する事でもなく、いかにして共存して行くのかという課題にどう向き合うかであろうと思います。
統治権力が握っている恣意性が全く可視化もしくは制度化されていないのが現状です。ディスクローズの徹底がなされれば、談合だって公共事業だって、天下りだって別に悪ではありません。そして役人だってもうこういった腐った構造では立ち行かないと気付いてもいるし、政治家だって多くは気付いているでしょう。ただステークホルダーの代表者でもあるわけで、その矛盾に引き裂かれているわけです。
ステークホルダーという言い方も結局多かれ少なかれ我々はステークホルダーであり、己の権益を守るため多かれ少なかれ右往左往しています。我々にとっての権益ではない所に結局目くじらを立てているに過ぎません。抜け駆け感を煽られ、簡単に人を羨ましがる。だから正論でいえば国民の生活をないがしろにして、己の権益に邁進する公僕なんて話にならないというのは正しいのですが、だから排除という発想では永久にこの構造は鍔迫り合いを続けて行くだけの実りの無い現実でしかありません。
我々がチェック出来る所をきちんとチェックし、制度の透明化、情報開示、これを求めて行き、少しずつ外部のチェックに開かれた構造に作り替えて行くしか方法はありません。正論でクリアカットな解決策を求めるより、目の前の出来る事を気付いている人間がやって行く、これしか方法がない。この恣意性に胡座をかき惰眠を貪っている無能なクズには文句を言うべきですが、そういう奴を叩きのめしても、誰かがその座に取って代わるだけの恣意的な構造は、いつまでたってもガス抜きされた国民が忘れてしまい手が届きません。
政治家にはどんどんノーを突き付け、開かれたシステムにちょっとずつ前進して行くしか手が無い。正論は理想としては正しいのかもしれませんが、簡単にはそうならない。出来る事をやる。それが目の前にある、という現実に一人でも多く動員して、それをやる以外に正論とやらを実現する方法はないのです。
というのもこれまた正論になってしまい難しいのですが、出来る事をやり粘り強く続けて行く、簡単な打開策などないという事に向き合う必要があるのではと思うわけであります。
そして一番どうにもならない存在である大手メディア、このゴキブリ共は一番始末に負えないクズ中のクズかもしれません。ノーチェックの規制の上で独占しているわけで、最も癌であることは間違いありません。ここを自由化するだけで、よっぽどこの国の民度は跳ね上がるとも言えます。それを阻止しその権益を吸い上げている。
しかしこのクズ共を拒否するのは実は簡単な事です。新聞はどっち道衰退産業ですし、雑誌ももう頭打ちです。テレビも殆どにつけっぱなしにされているだけで、真面目にみている人はどんどん減っています。くだらん新聞や雑誌は読まない。テレビを消す。情報はインターネットで補充する。これだけでも全然違います。
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テレビがただだからという幻想に身を任せ、異常に高い広告費は物価に跳ね返って来ます。時間を無駄にする事の方がよっぽどコストの無駄です。人生は時間です。刻々と死に向かって突っ走っているわけです。
社会が近代化を遂げるという事は正論が無力になるという事でもあります。正論も単なるディスポジジョンに過ぎないという事に気付く。まあ自分のブログも政治家や役人を散々クソミソに叩いていますので偉そうな事は言えませんが、今はこの構造に気付く事が先決だと思いあえてメッタクソに叩いているわけですが、こういう腐った構造に気付いて吹き上がったり、簡単には変わらない厄介さに引き裂かれ諦める事なく、出来る事をやる、これが今必要な事なのだろうと思うわけです。それは統治権力の監視、きちんと意志を伝える。正論を武器にして動員を測る力学の裏をきちんと見定める必要があるのではなかろうかと思うわけであります。
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この話題はこれにてEND!!