全くシラケてくるような政治や経済で辟易します。真面目ネタは書く気になりませんので、今日は砕けた話をします。お題は、ダイエット!!

岡田斗司夫さんの「いつまでもデブと思うなよ」という本を最近読みました。岡田斗司夫さんと言えば、オタクの中のオタク、オタキングとして有名でしたが、その彼がデブキャラをダイエットによって返上し書いたのがこの本です。117キロから67キロという驚異的な減量をたった15ヶ月で達成し、しかもやった事は努力も根性も我慢も必要ないというのですから、体重に悩んでいる方々からすれば非常に魅力的なダイエット法なのではないかと思います。

いつまでもデブと思うなよ (新潮新書 227)/岡田斗司夫

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そういったおいしい話には裏があり、どうせそんな簡単な話じゃねぇんだろ、という風に思われるような話ですが、もうすでに相当程度彼のダイエット方法は彼自身がメディアに露出して啓蒙してますので知っている方も多いと思いますが、やる事は食べたものをメモするだけ、とりあえずそれだけで、食べたいものを我慢する必要もないし、むしろ今まで通りたらふく食ってもらうという事に眼目が置かれています。

自分は別にダイエットには興味ないのですが、面白そうなので借りてと言うか、その場で読んでしまいました。自分は料理人という仕事によって味見をしなければならないという事もあって、恐ろしいくらい極端な好き嫌いの持ち主だったのですがなんとか克服しました(何でそんな奴が料理なんてするんだ、というツッコミはごもっともなのですが、何となく始めた仕事だったので)。昔は筋金入りのプロフェッショナル・ベジタリアンもビックリの野菜オンリー派、しかもその野菜も好き嫌いに塗れていたという実績を持っております。

学生の頃、まだ学校がうるさかったので、給食の時間に辛い思いをし、友人と定食屋に行けば、食べるものが何もないという絶望を味わい、友人達がカツ丼をうまそうにわんぱく食いをする姿を横目に、ああ、俺も男らしく肉の油だろうが、脂っこいものだろうが、何だろうが、ガンガン食える体質になりてぇ、なぁんて思っていた人間です。今でも食べられこそしますが、別に好き好んで食いたくない。

にもかかわらず、たまたまこの本を暇つぶしとして読んだ理由としては、単にダイエットの本であれば、読む気にならなかったかもしれませんが、タイトルが面白かったという事と、ちょっと読んでみて、これはダイエットだけではなく、現実世界に渡り合う戦略が書かれてもいると思ったからでもあります。

まずこの本はデブである事の不利益を徹底的に書いてあります。人間は結局中身だ!!外見では人は判断出来ない!!等の正論は正論としてあるのかもしれませんが、現実世界ではあまりにも無力です。見た目主義の現実世界に向き合う為には、デブである事を止める事が最も効率のいい投資になるとこの本では書かれていて、正論でこんな社会はおかしいとか言ってもどうにもならないので、そんな暇があるのなら戦略的に向き合えと書かれています。

まず、この本に書かれているダイエット方法というのはレコーディングダイエットと言って、何で自分が太っているのかという理由を知る為に、日々何を食べているのかとりあえず一つも漏らさず書き続ける、そして体重と体脂肪を毎日測る、という事が準備段階として、この本の記述によれば助走段階として必要だとされています。カロリーも書く必要は無いし、食事制限も体育会系的なエクササイズも必要ないのだそうです。とにかく体重を日々測り、食ったものをすべて書く。その代わり何を食っても構わないと。

人間はいきなり我慢をそんなに出来る生き物じゃない、そもそも我慢が出来るのならデブになんてならない、いっぺんに食事制限、食事したものを書く、エクササイズなんて課したらそれこそ嫌になって続かない、ダイエットにおいて、続ける事が重要なのでその準備としての助走だ、と。書くという面倒くさささえ我慢出来れば、好き放題食えるというインセンティブが相殺する、と。

そしてこの書き続けるという事が、意外と大切な事で、太っている人間というのは、得てして、自分が太っているのは体質だ、だとか、みんなと同じようなものを食べても太っちゃう、とか、仕事が忙しいから、食べる事でしかストレス解消が出来ないからしょうがないんだ、とか、筆者自身の経験ももとにして、そんな傾向が強いのではないかと言います。しかし、書いてみると、段々なんで太っているのかがわかってくるのだそうです。そりゃこんだけ食ってれば太るよなと、みんなと同じなんかじゃなくて、原因が分かってくる。それでもその原因がわかっても、原因を見たくないと思ってしまいそうな気持ちに対して、とりあえず書けば何を食ってもいいと言う取り決めが、萎えさせる事無く続けるインセンティブになると。

この原因を知るという事は日常生活に置いても重要な目線です。例えば何で家計が火の車なのか、同じように生活しているのになんで自分ばっかりこんな思いをするのだろう、なんて話にはちゃんと理由があってそうなっているわけで、その原因を知らなければ対処しようもありません。まずはなんで人と違ってしまうのかを知る。原因が分かればそこを何とかすればいいわけで、対処不可能な原因だとしても原因を知らなければ戦略を練る事も出来ません。

話を戻しますが、何で太っているのかという原因を自覚するだけで、食事制限などしなくとも、勝手に行動作法が微妙に変わってくるのだそうです。もうそれだけで痩せ始めると言います。まあ筆者の場合は体重が体重なのでって事ももちろんあるでしょうが。そうすると段々無制限に食ってもいいと言う取り決めが次第に、逆に苦痛になってくると言います。原因はわかっているわけで、それでもダイエットがしたいという気持ちを押さえなきゃならないわけですから。

そういう感覚が芽生えたら、今度は可能なかぎり書いたものにカロリーを書くようにするのだそうです。今はカロリーが簡単にわかるものに溢れていますし、ネットで調べれば比較的簡単にわかる。そうするとだいたい一日にどれくらいのカロリーを取っているのかがわかるようになり、したがって成人男性(女性)の基準となるカロリーもわかるわけですから、そのなかでいかにして戦略を立てるかという事をが出来るようになるわけです。

そしてこの時に無理だと諦めるのではなく、マインドも微妙に変化させて行く事も重要なようです。何となく食いまくっているけれど、本当に自分は食いたくて食ってんのか?おいしいと思っているのか?今まではデブになるため、体重を維持する為に不断の努力を強いて来たわけで、それを止めていいんだと。ダイエットが苦しいものだと思い込ませるようなコミュニケーションに溢れていますが、本当に貧乏生活は洒落にならないけれど、余裕があってあえてする、一週間いくらで過ごす的なゲームは楽しかったりする。ダイエットもそういうようなものだと思えば、太っている原因を知っているだけに、結構簡単にマインドの書き換えも出来るようです。それでこのカロリーを書くという事をしている時も、まだ食事制限はしなくていいそうです。原因もわかっている、どれくらい減らせばいいかもわかっている、マインドも書き換えが済んでいる、にもかかわらず食事制限が出来ないのはより苦痛がましてくる。早くダイエットがしたいという気持ちになってくるというわけです。

そしてダイエットとなるわけなんですが、このあとの戦略も非常に興味深くて面白かったのですが、興味がある方は本を読んで見る事をオススメします。ダイエットに興味なくとも結構面白い本なのでオススメです。

食べたいものを我慢するなんて無理、という風に思われるかもしれませんが、我慢する必要なんて無いと言います。食べたかったら食べればいいと。一日で帳尻を合わせればいいわけですし、どか食いしてしまったら、三日もしくは一週間スパンで調整して行けばいいだけの話だと。

それで食べたいものを全部食べるという発想ではなくて、ちょっとずつ豪華にいろんなものを食べるという風に考えたのだそうです。カツカレーが食いたければ食う、海老フライが食いたければ食う、しかしカツカレーを一人前食うのではなく、カツカレーちょっと、海老フライちょっと、と贅沢な気持ちでダイエットをするのだと。ダイエットと言うと、我慢をしなければならないわけですから、貧相な気持ちになってしまうのを、ちょっとずついろんなものを食えばいいのだと逆手に取って考える。ポテトチップも食いたかったら食えばいい、その代わり、全部食べるなどと言う貧乏くさい事はしない、その袋の中からとびきり形のいい、味がしっかりしていそうな旨そうなものを数枚選んで、あとは捨ててしまう。その際ただ捨てるだけでけでは、あとで拾い食いをしてしまうので(実際筆者もそうしたそうです)、全部捨てるやつは水をかけて食べられなくしてしまうのだと。まあ精神力の強い人は小分けにしておけばいい話なのですが、そんなケチ臭い事を考えないでとびきりの数枚をパリパリと最高の状態で食うのだという贅沢さを味わうのだと。

何となく聞いていると食べ物を無駄にしてけしからんという風に思いそうだが、それは違うと筆者は言います。結局その場でその食べ物を捨てようが食べようが、実際に餓死寸前の苦しみを抱えている方々は救えない、ゴミ箱に捨てるか、自分の胃袋に捨てるのかの差でしかなく、自分の胃袋に捨てなければならない、残さず食わなければもったいないというのは、日本人特有の美徳なので、悪い事ではないのだが、そう思ったら、前回捨てたときの事が頭に過って、もったいないなと思えば、今まで二回消費していたものを一回に減らすとかすればいい話で、それが飽食の現代社会を見直す事にもなると。

もったいないから自分の胃袋に捨てても、餓死者は救えないし、自分のダイエットという努力も無駄になってしまうし、せっかくの食べられる一日のカロリーも無駄に消費してしまう事になる、と。まあものはいいようだとも思いますが、無自覚に残さず食べ続けるより、捨てている消費社会に向き合うにはいいかもしれません。

自分は料理を作る方の側から見てしまう所がありますものですから、どうしても残すという事に対して敏感です。マズかったのかのかなぁと。しかし現在の消費社会は残す事をというか捨てる事を前提に作られている所もあって、個人で残さず食べたからといっても、この構造はどうにもならない状況なのは確かです。コンビニ、ファーストフード、ファミレス、たいして旨くもクソも無い食べ物を、大量生産大量廃棄薄利多売で消費している。日本人の美徳であると言われている、残しちゃダメなような気持ちくらいでは到底太刀打ち出来ません。

それに一食分の分量とは思えない、腹を減らした学生とか、戦後の貧しい時代を基準にした、胸焼けしそうな一人前やカロリーに溢れています。この状況で美徳とされる残さず食うなんて事を真面目にやってたら、そりゃメタボにもなってしかるべきだと思ってしまいます。しかもメディアではたいして旨くもない食い物を煽ったり、大食い的なものを煽るコミュニケーションにも溢れている。飽食にスポイルされた状態と申しましょうか、最近では味覚まで破壊されている。何が旨いのかもわからず、腹が減っているのかどうかもわからず、錯覚で消費する、飽食時代の家畜の群れと化しています。まあそんな事を嘆いてもしょうもないのですが。

それとこの本の中ではデブを止めるという事の経済効果、様々な副作用を筆者は語ります。現在日本に溢れている消費というのは、消費してもそう簡単に自分には帰ってこないものに溢れていると。資格を取るにしてもコストがかかるわりには、ある特定のスキルが身に付くだけですし、ズラをかぶるとか、整形するにしてもコストは高くつく、それに反してリターンはそれなりにあるかもしれないが、バレた時のリスクが付きまとっている。その他諸々と比較するのですが、ダイエットというのは、特にこの本に書かれている手法というのは、まずコストがそれほどかからない、デブだったという事は今まで食費に莫大な予算をかけていたわけですから、多少豪華なダイエットをしてもそれほどコスト増ってわけでもない。むしろ減る。この手法の場合特定のエクササイズの用具が必要なわけでもなし、ダイエット食品が必要なわけでもなし、ジムに通ったりする必要も無い。とりあえずは書くだけ、効果が出て来たら、それぞれの手法を併用しても構わないが基本的には金がかからない。

そして痩せたという状態を手に入れた時の費用対効果は何より高いと。食費が減る、着る物のコストダウンにもなるし、好きな服が着れるようになる、洗濯の回数が減る、冷房代がかからないので電気代削減にもなる、交通手段、例えば新幹線の座席なども普通の人と同じコストしかかからないようになる、経済効果が沢山あると列挙して行きます。

また、現代社会は見た目第一主義なのが結局の所だと言います。太っているというだけで、いろいろなイメージが張り付いてしまう。筆者は1年ちょっとで、成人女性丸々一人分痩せたわけですから、自分のマインドはそれほど変わっていないのに、周りの自分に対する接し方がまるっきり変わったと言います。それで初めてデブという事で受ける差別とまでは言いませんが、ある程度役割的なものがあって、例えばオチ担当であるとか、大食いである事を喜ばれるとか、レストランで通される座席も微妙に変わってくると言います。

癒されるという言い方をよくデブ系のキャラに当てて使いますが、これは自分より優れた人物には使わない。自分より劣っている人間を見て、こんな自分でもいいんだと癒されるという場合が多いと。仕事がバリバリ出来るとか、見た目がカッコいいとかでは、癒されない。ダメな自分を、それでもいいんだよ、と肯定してくれる存在が癒しを与えてくれるわけで、デブは見た目だけで人々にそういう気持ちを与える事が出来るので、そういう社会的役割が張り付いてしまうのだと。だから人々は無意識のうちにデブに対してそういう目線で見ている事に気付くと。

自分の経験でいいますと、面接などをする場合、特に女性は全く仕事と関係なくとも、やっぱり体系というのは重要かもしれません。僅かな時間で採用不採用を決めねばならず、その短時間でその人のよさなんてそんなにわかりません。そうすると、やっぱり太っているよりスマートな方が、自己管理が出来るのではないかと感じてしまう。見た目じゃなく、人間力だ!!なんていいますが、それは採用する側のいいわけに過ぎないと思います。そんなの短時間でわかるわけない。

痩せれば何でもかんでも上手く行くかと言えばそんな事も無いとは思いますが、確かに言われてみれば費用対効果は高いのかもしれません。それと筆者が言うには、ダイエットを成し遂げたという事は、体重弱者であった自分への自信にもつながると言います。精神面でもそうですし、実際に痩せた自分というご褒美まである。ダイエットは苦しくなんて全然無くて、実は非常に楽しい体験であると。遊園地に行くにしても、旅行に行くにしても、楽しいかもしれませんが別に精神面で何かが変わっても、物理的に自分自身の外見が変わるという事は無い。それに比べてダイエットというのは、筆者が言うには今までコントロール不可能だと思っていた体重が、コントロール可能なものだとなって行く過程というのはエキサイティングな経験で、おまけに痩せた自分が手に入る、こんなに楽しい事は無いのだそうです。

まあ多くの人はそんなに簡単に痩せられりゃ世話ねぇよと思うかもしれませんが、体重に悩んでいる方は読んでみてはいかがでしょうか。体重に悩んでなくとも面白いのでオススメです。どうせそんなの無理に決まっていると思う方は、とりあえず本代と若干の時間の投資だけですから、消費にしてはそれほどコストもかかりませんので、まず買って読んでみて判断されてはいかがかと思います。

岡田斗司夫さんの「いつまでもデブと思うなよ」について、つらつらと書いてみました。

ちなみに旨いものを食べるってなんだろうと考えてみるのにもいいかもしれません。食を楽しむ事と暴飲暴食は意味が全く違います。この概念は誰しも理解していると言うかもしれませんが、実は理解している人が少ないように自分には思えます。旨いものを食べる贅沢を無駄にしちゃつまらないってもんです。幸福は些細な所に転がっているかもです。