前回の続きです。
技術を習得して旨いものを作る事が出来るようになっても、成功のチャンスは非常に希望がないし、旨いもの自体が求められていない社会でもあるし、料理人になって一人前に成ったからといったって、先輩の料理人の末路を見たり、扱いを見ていたりすれば、その厳しさを乗り越えてまで掴む技術にそんなに意味があるようにも見えなくなっているのではないかと思います。
料理人というのは家庭を持っても勤め人のままですと、非常に高い確率で上手く行きません。独立すれば上手く行くかと言うと、事業そのものが失敗すればもともこもありませんが、それでも勤め人のまま夫婦円満である可能性より、独立した方が高い気がします。これは料理人に遊び人が多いという事と無関係ではないのかもしれませんが、いい年した年配の職人を見ると非常に暗い気持ちになる事があります。テレビでも有名な和食の一流某料理人が自分の店の上に愛人の店を構えさせ、囲っているというのは有名な話です。
そして料理関係の上下関係は厳しかったりしますので、最近の子供ですと、そこまでメッタクソに怒られるという経験もないのでしょうから中々続きません。
自分が若い頃は暴力によって制裁を受けるという事が結構ありました。頭に包丁で峰打ちを喰らうなんて事は茶飯事でした。とても痛いもんです。有名な中華の某一流料理人は、テレビに出てくるとニコニコしていて、温厚そうに見えますが、普段は理不尽なくらい滅茶苦茶恐ろしいという話を聞いた事があります。
しかし時代も変わりそんな事するとすぐ辞めちゃうし、社会的な風潮もそれを許さない感じになっていますので、最近ではそういう暴力的な制裁は減っていると思います。しばらく前にフレンチの有名な某料理人が若い衆をぶん殴ったというのを、暴力事件とテレビが取り扱って叩いていましたし。自分もそういう時代の流れもありますので、さすがに直接ぶっ飛ばしたりはしませんでした。
自分の話で恐縮ですが、若い衆を怒鳴りつけて、脅かしたら親が出て来た事があります。学校じゃあるまいし。ビックリでした。
その子はガキのくせに女を孕ませてしまい、その女の後ろに男がいて、金を請求されていました。その時真っ先に相談に自分は乗ったりしたわけですが、親には全くそういう事は相談出来ないけれど、子供が泣いて帰って来ると、会社に怒鳴り込んでくる、子供もそういう所では親に甘える。こういう困った状況があったりします。
結局親は虐められたと怒鳴り込んでくるわけですが、教育ですから嫌なら辞めて下さい、という他ない。よっぽど女を孕ませた一件を告げ口してやろうかと思いましたが、親が腰抜かしても困るので止めときました。
もう一つ若い子が自分の下に就職して入って来ました。その子の親が過保護で、結構な頻度で客として店にくる。それだけなら別にいいのですが、来るたびに仕事中にその子を呼び出すわけです。俺達は客なんだからってな感じで。その子自体は一生懸命頑張っていましたし、そういう状況を辛そうにしていましたが、親が全然わかっていないしわきまえていない。
冗談みたいな話ですが、こういう人が増えている。この手の話をするときりがないので止めますが、社会状況も理不尽な料理人の世界を許さなくなっているし、以前のような当たり前の前提がぶっ壊れているので、技術が下に伝わっていかない。経営者も給料も高くコントロールしづらい年配の料理人より、言う事を聞いて、給料も安くて済む若造の方が使いやすい。技術の不足はマニュアル化で何とかする。こういう風に空洞化すれば、当然まともな料理人は減るわけです。
そして一番の問題は食品業界というのは役人や政治家にとってたいした利権がないという事です。牛丼屋が一つ二つ潰れても、船場吉兆が潰れても、全然痛くも痒くもない。
当然メディア的にも叩きやすい対象でもあるわけです。トヨタのような企業は問題があっても知らん顔していますが、力のない対象には容赦がない。食材の危機、たいして煽るほどのものとは思えないような不正を見つけ出して、血祭りに上げて面白おかしく報道しようと刃を磨いでいます。
ミートホープのような偽装は確かに問題ですが、賞味期限や消費期限切れという事を問題にするのは理解出来ますが、別に誰か深刻な被害にあったわけじゃなし、その基準自体恣意的なものなのに、あそこまで徹底的に叩いて血祭りに上げるほどの事なのか?
こういうインチキで実際に人に悪影響のある話なんてそこら中にそれこそ掃いて捨てるほどあるのに、そりゃけしからんと言うのは分りますが、袋叩きにして裏切られただのなんだのと大騒ぎするほどプライオリティのある話にも見えない。
不安を煽り、正論を吐き、社会的正義を、それぽっちの事で貫徹していると錯覚している。国民もそれに煽られヒステリックに右往左往する。まあ偽装したりインチキしたりするのは善くない事ですから、そういう事をした店が叩かれるのはしょうがないと思いますが、料理関係とか食品関係というのは非常に叩きやすい存在であるわけで、国民の金をネコババしているのに全く罰も受けない連中から比べれば、悲惨な末路をたどるわけです。
偽装だなんだと騒いでいますが、この国の食に対する制度そのものも非常に恣意的で、インチキにまみれています。例えば我々が小学校中学校と毎日飲まされる高温殺菌牛乳というのは、ヨーロッパの一部の国では禁止になっている飲み物です。
何でそんなものを延々と飲まされているのかと言えば、統治権力の利権構造があり、国民の事なんてどうでもいいからです。パスチャライズ・ミルク、低温殺菌牛乳というのは栄養もあるし、味も旨いと言います(自分は牛乳飲めませんが)。これが流通しない理由は一つしかありません。大手と政府が癒着し、日持ちのする管理のしやすさというぬるま湯を貪っているからです。
牛乳アレルギーというのがあります。乳製品はダメという子供が結構いる。これは高温殺菌牛乳に原因があるとする学説だってあるのです。もちろんそんな話が出て来るわけありません。業者と政府、そしてメディアがズブズブの関係に甘んじていますから。
こういう話は書き出すときりがないので止めておきますが、本当の問題点はもっと深い所にあり、ガス抜きとして表面化する業者なんてものは力もないし、氷山の一角であるという事です。そしてメディアではニュース番組ですらグルメだ、デカ盛りだと全く何の役にも立たない情報で消費を煽っているわけです。またそのデカ盛りの小汚い事、あんな小汚い盛りつけをしたら、若い頃に師事していた親方に何て言われるか考えるとゾッとします。味覚も食い物を食べる事そのものも、完全に麻痺してしまっているように見えてしまいます。
こういう社会構造が背景にあり、料理人という職業が空洞化している原因に繋がり、料理人の質そのものも劣化し、もしくは手抜きし、マズい料理が増えるという悪循環を招いているわけです。自分はこういう状況が問題だとか悲惨だから何とかしろとか、そんな事が言いたいわけではありません。自分で料理人になっている人は自分で何とかしろ、と思います。
ただ、本当に旨いものを知らないというのは、非常に不幸な事です。人間の三大欲求は寝る事とやる事と食う事です。寝る事はまあ豪華な寝方もあるのかもしれませんが、そんなに違いがあるわけではない。
セックスもきれいな女性(もしくはカッコいい男性)とやれれば、そりゃ気持ちいいかもしれませんが、そんなに劇的に変わるものでもない。またテクニックのある人とやれば気持ちがいいかもしれませんが、男女の関係はそれだけではない。それも大切な要素ですが、それだけでは虚しいだけです。
しかし料理はまずい物を口にするよりは断然旨いものを食った方が幸せになったような気がしますし、楽しいと思います。
落ち込んで暗くなっていても、哀しい事があっても、やる気がなくなっていても、やる気に満ち溢れ元気満々でも、行き詰まったり、煮詰まったりしていても、どんな状況であっても、必ず食べ物は口にしなければ生きられません。
腹が減っては戦は出来ぬと言いますが、腹が減っちゃいい案も浮かばないし、力も出ない。落ち込んでいる人であっても、つらい思いをしている人であっても、難しい顔をして煮詰まっている人であっても、旨いものを食うと人間顔がほころびます。一瞬の事かもしれませんが笑顔を取り戻す事が出来る。おいしい料理は人を和ませ、力になります。
自分は料理を食べさせる事が出来れば、人をほんの一時だけかもしれませんが幸せに出来る自信があります。同じ一生ならマズい物を食うより、旨いものを沢山食った方が幸せに決まっています。豪華で高価な料理を食べる事が幸せだと勘違いしている人もいますが、それは大きな過ちです。金なんかなくたって、おいしい物はいっぱいあります。
大人がうまい食べ物を食べて幸福を感じていなければ、子供だって幸せなはずありませんし、思いやりのない出来合いの添加物まみれの料理を子供に食わせて、子供に思いやりを持てと言ったって無理があります。ぎすぎすした不安ベースの社会を解く鍵は、実はそういう我々が捨て去ってしまおうとしている物の中に隠れています。
料理人が空洞化したって世の中は全然困りませんし、それが社会の選択であればしょうがないと思います。必要でない物は淘汰される。しかしメシを喰う事は、絶対に不必要にはなりようがないし、どうせ食うならって事です。
さてマズい物がある理由らしき物は何となくわかっていただけたでしょうか?相変わらず長くて簡単にまとめられない駄文ですが、マズい料理のある理由についてあれこれ書いてみました。
最後に料理人の問題点ばかり書いて来たので、料理人のいい所を書いて終わりたいと思います。
まず旨いものを作る能力がつく。しかし料理の仕事をやっていると面倒くさいので、自分の料理はないがしろにしてしまうという状況もあったりしますが、間違いなく人より旨いものを知る事も出来ますし、作る事も出来るようになるはずです。それにある程度目利きも出来るようになりますので、スーパーなどに行くと便利です。
暇がないので金を使わない。これはだからこそ余計に刹那的なギャンブル、酒、女に費やす人が多いのが特徴なんですが、そういうものに対する欲望を制御出来れば意外と金もたまるかもしれません。
給料は安いのですが、住む所(寮など)や食い物(日々の食事)そして着る物(白衣やコックコート、靴など)これらが比較的安く(中にはただで)どうにかなるので、金がかからずに生きて行けます。そうすると、一人暮らしをして、日々の食事に右往左往して、毎日の洋服に金をかけているサラリーマンより、ひょっとすると使える金は多いかもしれません。
そして女受けがいい、なぜか料理人と言うものが醸し出すイメージが真面目そうに見えるのか、世間一般的なものは非常によかったりするので、相対的にという事ですが、とりあえず女性受けはよかったりします。そして何を勘違いしているのかおいしい物が食べられると思っているからなのか、それは自分にはわかりませんが、自分の場合は殆ど付き合うと料理なんて全くしませんでしたので、幻滅されるというパターンでしたが。
まあ厳しいのは今どんな仕事でも一緒ですから、真面目に頑張ればそれなりにいい事もあります。
これは本文の趣旨とは関係ないのでこの辺で止めておきます。本日はこれにてEND!!
技術を習得して旨いものを作る事が出来るようになっても、成功のチャンスは非常に希望がないし、旨いもの自体が求められていない社会でもあるし、料理人になって一人前に成ったからといったって、先輩の料理人の末路を見たり、扱いを見ていたりすれば、その厳しさを乗り越えてまで掴む技術にそんなに意味があるようにも見えなくなっているのではないかと思います。
料理人というのは家庭を持っても勤め人のままですと、非常に高い確率で上手く行きません。独立すれば上手く行くかと言うと、事業そのものが失敗すればもともこもありませんが、それでも勤め人のまま夫婦円満である可能性より、独立した方が高い気がします。これは料理人に遊び人が多いという事と無関係ではないのかもしれませんが、いい年した年配の職人を見ると非常に暗い気持ちになる事があります。テレビでも有名な和食の一流某料理人が自分の店の上に愛人の店を構えさせ、囲っているというのは有名な話です。
そして料理関係の上下関係は厳しかったりしますので、最近の子供ですと、そこまでメッタクソに怒られるという経験もないのでしょうから中々続きません。
自分が若い頃は暴力によって制裁を受けるという事が結構ありました。頭に包丁で峰打ちを喰らうなんて事は茶飯事でした。とても痛いもんです。有名な中華の某一流料理人は、テレビに出てくるとニコニコしていて、温厚そうに見えますが、普段は理不尽なくらい滅茶苦茶恐ろしいという話を聞いた事があります。
しかし時代も変わりそんな事するとすぐ辞めちゃうし、社会的な風潮もそれを許さない感じになっていますので、最近ではそういう暴力的な制裁は減っていると思います。しばらく前にフレンチの有名な某料理人が若い衆をぶん殴ったというのを、暴力事件とテレビが取り扱って叩いていましたし。自分もそういう時代の流れもありますので、さすがに直接ぶっ飛ばしたりはしませんでした。
自分の話で恐縮ですが、若い衆を怒鳴りつけて、脅かしたら親が出て来た事があります。学校じゃあるまいし。ビックリでした。
その子はガキのくせに女を孕ませてしまい、その女の後ろに男がいて、金を請求されていました。その時真っ先に相談に自分は乗ったりしたわけですが、親には全くそういう事は相談出来ないけれど、子供が泣いて帰って来ると、会社に怒鳴り込んでくる、子供もそういう所では親に甘える。こういう困った状況があったりします。
結局親は虐められたと怒鳴り込んでくるわけですが、教育ですから嫌なら辞めて下さい、という他ない。よっぽど女を孕ませた一件を告げ口してやろうかと思いましたが、親が腰抜かしても困るので止めときました。
もう一つ若い子が自分の下に就職して入って来ました。その子の親が過保護で、結構な頻度で客として店にくる。それだけなら別にいいのですが、来るたびに仕事中にその子を呼び出すわけです。俺達は客なんだからってな感じで。その子自体は一生懸命頑張っていましたし、そういう状況を辛そうにしていましたが、親が全然わかっていないしわきまえていない。
冗談みたいな話ですが、こういう人が増えている。この手の話をするときりがないので止めますが、社会状況も理不尽な料理人の世界を許さなくなっているし、以前のような当たり前の前提がぶっ壊れているので、技術が下に伝わっていかない。経営者も給料も高くコントロールしづらい年配の料理人より、言う事を聞いて、給料も安くて済む若造の方が使いやすい。技術の不足はマニュアル化で何とかする。こういう風に空洞化すれば、当然まともな料理人は減るわけです。
そして一番の問題は食品業界というのは役人や政治家にとってたいした利権がないという事です。牛丼屋が一つ二つ潰れても、船場吉兆が潰れても、全然痛くも痒くもない。
当然メディア的にも叩きやすい対象でもあるわけです。トヨタのような企業は問題があっても知らん顔していますが、力のない対象には容赦がない。食材の危機、たいして煽るほどのものとは思えないような不正を見つけ出して、血祭りに上げて面白おかしく報道しようと刃を磨いでいます。
ミートホープのような偽装は確かに問題ですが、賞味期限や消費期限切れという事を問題にするのは理解出来ますが、別に誰か深刻な被害にあったわけじゃなし、その基準自体恣意的なものなのに、あそこまで徹底的に叩いて血祭りに上げるほどの事なのか?
こういうインチキで実際に人に悪影響のある話なんてそこら中にそれこそ掃いて捨てるほどあるのに、そりゃけしからんと言うのは分りますが、袋叩きにして裏切られただのなんだのと大騒ぎするほどプライオリティのある話にも見えない。
不安を煽り、正論を吐き、社会的正義を、それぽっちの事で貫徹していると錯覚している。国民もそれに煽られヒステリックに右往左往する。まあ偽装したりインチキしたりするのは善くない事ですから、そういう事をした店が叩かれるのはしょうがないと思いますが、料理関係とか食品関係というのは非常に叩きやすい存在であるわけで、国民の金をネコババしているのに全く罰も受けない連中から比べれば、悲惨な末路をたどるわけです。
偽装だなんだと騒いでいますが、この国の食に対する制度そのものも非常に恣意的で、インチキにまみれています。例えば我々が小学校中学校と毎日飲まされる高温殺菌牛乳というのは、ヨーロッパの一部の国では禁止になっている飲み物です。
何でそんなものを延々と飲まされているのかと言えば、統治権力の利権構造があり、国民の事なんてどうでもいいからです。パスチャライズ・ミルク、低温殺菌牛乳というのは栄養もあるし、味も旨いと言います(自分は牛乳飲めませんが)。これが流通しない理由は一つしかありません。大手と政府が癒着し、日持ちのする管理のしやすさというぬるま湯を貪っているからです。
牛乳アレルギーというのがあります。乳製品はダメという子供が結構いる。これは高温殺菌牛乳に原因があるとする学説だってあるのです。もちろんそんな話が出て来るわけありません。業者と政府、そしてメディアがズブズブの関係に甘んじていますから。
こういう話は書き出すときりがないので止めておきますが、本当の問題点はもっと深い所にあり、ガス抜きとして表面化する業者なんてものは力もないし、氷山の一角であるという事です。そしてメディアではニュース番組ですらグルメだ、デカ盛りだと全く何の役にも立たない情報で消費を煽っているわけです。またそのデカ盛りの小汚い事、あんな小汚い盛りつけをしたら、若い頃に師事していた親方に何て言われるか考えるとゾッとします。味覚も食い物を食べる事そのものも、完全に麻痺してしまっているように見えてしまいます。
こういう社会構造が背景にあり、料理人という職業が空洞化している原因に繋がり、料理人の質そのものも劣化し、もしくは手抜きし、マズい料理が増えるという悪循環を招いているわけです。自分はこういう状況が問題だとか悲惨だから何とかしろとか、そんな事が言いたいわけではありません。自分で料理人になっている人は自分で何とかしろ、と思います。
ただ、本当に旨いものを知らないというのは、非常に不幸な事です。人間の三大欲求は寝る事とやる事と食う事です。寝る事はまあ豪華な寝方もあるのかもしれませんが、そんなに違いがあるわけではない。
セックスもきれいな女性(もしくはカッコいい男性)とやれれば、そりゃ気持ちいいかもしれませんが、そんなに劇的に変わるものでもない。またテクニックのある人とやれば気持ちがいいかもしれませんが、男女の関係はそれだけではない。それも大切な要素ですが、それだけでは虚しいだけです。
しかし料理はまずい物を口にするよりは断然旨いものを食った方が幸せになったような気がしますし、楽しいと思います。
落ち込んで暗くなっていても、哀しい事があっても、やる気がなくなっていても、やる気に満ち溢れ元気満々でも、行き詰まったり、煮詰まったりしていても、どんな状況であっても、必ず食べ物は口にしなければ生きられません。
腹が減っては戦は出来ぬと言いますが、腹が減っちゃいい案も浮かばないし、力も出ない。落ち込んでいる人であっても、つらい思いをしている人であっても、難しい顔をして煮詰まっている人であっても、旨いものを食うと人間顔がほころびます。一瞬の事かもしれませんが笑顔を取り戻す事が出来る。おいしい料理は人を和ませ、力になります。
自分は料理を食べさせる事が出来れば、人をほんの一時だけかもしれませんが幸せに出来る自信があります。同じ一生ならマズい物を食うより、旨いものを沢山食った方が幸せに決まっています。豪華で高価な料理を食べる事が幸せだと勘違いしている人もいますが、それは大きな過ちです。金なんかなくたって、おいしい物はいっぱいあります。
大人がうまい食べ物を食べて幸福を感じていなければ、子供だって幸せなはずありませんし、思いやりのない出来合いの添加物まみれの料理を子供に食わせて、子供に思いやりを持てと言ったって無理があります。ぎすぎすした不安ベースの社会を解く鍵は、実はそういう我々が捨て去ってしまおうとしている物の中に隠れています。
料理人が空洞化したって世の中は全然困りませんし、それが社会の選択であればしょうがないと思います。必要でない物は淘汰される。しかしメシを喰う事は、絶対に不必要にはなりようがないし、どうせ食うならって事です。
さてマズい物がある理由らしき物は何となくわかっていただけたでしょうか?相変わらず長くて簡単にまとめられない駄文ですが、マズい料理のある理由についてあれこれ書いてみました。
最後に料理人の問題点ばかり書いて来たので、料理人のいい所を書いて終わりたいと思います。
まず旨いものを作る能力がつく。しかし料理の仕事をやっていると面倒くさいので、自分の料理はないがしろにしてしまうという状況もあったりしますが、間違いなく人より旨いものを知る事も出来ますし、作る事も出来るようになるはずです。それにある程度目利きも出来るようになりますので、スーパーなどに行くと便利です。
暇がないので金を使わない。これはだからこそ余計に刹那的なギャンブル、酒、女に費やす人が多いのが特徴なんですが、そういうものに対する欲望を制御出来れば意外と金もたまるかもしれません。
給料は安いのですが、住む所(寮など)や食い物(日々の食事)そして着る物(白衣やコックコート、靴など)これらが比較的安く(中にはただで)どうにかなるので、金がかからずに生きて行けます。そうすると、一人暮らしをして、日々の食事に右往左往して、毎日の洋服に金をかけているサラリーマンより、ひょっとすると使える金は多いかもしれません。
そして女受けがいい、なぜか料理人と言うものが醸し出すイメージが真面目そうに見えるのか、世間一般的なものは非常によかったりするので、相対的にという事ですが、とりあえず女性受けはよかったりします。そして何を勘違いしているのかおいしい物が食べられると思っているからなのか、それは自分にはわかりませんが、自分の場合は殆ど付き合うと料理なんて全くしませんでしたので、幻滅されるというパターンでしたが。
まあ厳しいのは今どんな仕事でも一緒ですから、真面目に頑張ればそれなりにいい事もあります。
これは本文の趣旨とは関係ないのでこの辺で止めておきます。本日はこれにてEND!!