昨日と本日、人の相談に乗りました。結構微妙な問題で、細かくは明記できませんが、非常に難しい厄介な話でした。
人が死んだりするほどネガティブな話ではありませんが、普通に生きていれば結構ネガティブな問題です。自分はそれに対して相談に乗るという位しか何も出来ないので、あれこれ助言するわけですが、中々大変です。
元気づけたと思ったら、あれこれ考えて余計深みにはまってしまったり、考えが暴走していたり、冷静にさせるだけでもひと苦労でした。
悩んで行き詰まっている人にとって見ている世界と、冷静に引いた目線で見ている世界とでは見ている世界が違いますので、中々言葉も伝わらない。
そもそも自分はシンプルに物事を考える人間ですし、自分にとっては簡単な話で、選択肢もそれしかないし、迷っても時間の無駄だと言いたくなるのですが、それが中々伝わらない。感情的になっている人間を説得するのは中々厄介な事だとつくづく思いました。
自分は性格的に頑張れとか大丈夫とか御為ごかし的な楽観論は普段は言わないのですが、やっぱりネガティブに思考が行き詰まっているひとに対しては、あまりロジカルに合理性を訴えてもしょうがないので、まあそんなに考え詰めるなよとか、もっと軽く考えた方がいいんじゃないかとか、死ぬわけじゃないし、メシが食えれば生きて行けるのだから、とかいった感じで問題をアイロニー化してバラすような話ばかりになってしまいました。
また一人になってウダウダ考えて袋小路に入ってしまっているのではないかと、思ったりしてしまいます。
ひとを勇気づけて動機付けられるような説得的な物言いが出来ればいいのですが、普段は突き放したような物言いしか出来ないので、中々そういう言葉を上手く言えません。
まあでも相談というのは何を言ったのかではなく、相談に乗った時点で、その目的はほぼ達成されているとも言えますので、色々聞いてあげる事が大切なのかもしれませんが、悩んでもどうにもならない事は考えてもしょうがないと思ってしまうたちなので、中々上手い言葉が見つかりませんでした。
いい年したオヤジなので、めっきりひとに悩みを打ち明けるより、悩みを打ち明けられる機会のほうが多くなっています。ひとの相談に乗りながら、最近悩んでねえな自分、とか思ったりしました。
悩むというのは今の自分の状態から脱皮する、いい学びの機会です。しかしそれは苦痛の面ばかりが強調されます。悩みがないのがいい人生かと言うと、悩んで自殺するようではもちろんいい人生ではないに決まっていますが、それを成長のチャンスと考えれば必ずしも悪い話ばかりではない。
簡単に脱却出来ると錯覚出来る、スピリチュアル的説教が溢れている昨今、己と真剣に向き合う事から目をそらし、希望を失わない、絶望しないという事も大切かもしれませんが、長期的に見れば己と向き合い傷つき苦しむ事も、一皮むけるチャンスなはず。それがおそらく自立に繋がるのでしょう。しかしそういう事が面倒くさがられる現代社会。ひとが成長出来ず、依存的な人間が増えるのも当然の帰結かもしれません。
相談に乗るという事は中々難しいと実感した秋の夜でした。
人が死んだりするほどネガティブな話ではありませんが、普通に生きていれば結構ネガティブな問題です。自分はそれに対して相談に乗るという位しか何も出来ないので、あれこれ助言するわけですが、中々大変です。
元気づけたと思ったら、あれこれ考えて余計深みにはまってしまったり、考えが暴走していたり、冷静にさせるだけでもひと苦労でした。
悩んで行き詰まっている人にとって見ている世界と、冷静に引いた目線で見ている世界とでは見ている世界が違いますので、中々言葉も伝わらない。
そもそも自分はシンプルに物事を考える人間ですし、自分にとっては簡単な話で、選択肢もそれしかないし、迷っても時間の無駄だと言いたくなるのですが、それが中々伝わらない。感情的になっている人間を説得するのは中々厄介な事だとつくづく思いました。
自分は性格的に頑張れとか大丈夫とか御為ごかし的な楽観論は普段は言わないのですが、やっぱりネガティブに思考が行き詰まっているひとに対しては、あまりロジカルに合理性を訴えてもしょうがないので、まあそんなに考え詰めるなよとか、もっと軽く考えた方がいいんじゃないかとか、死ぬわけじゃないし、メシが食えれば生きて行けるのだから、とかいった感じで問題をアイロニー化してバラすような話ばかりになってしまいました。
また一人になってウダウダ考えて袋小路に入ってしまっているのではないかと、思ったりしてしまいます。
ひとを勇気づけて動機付けられるような説得的な物言いが出来ればいいのですが、普段は突き放したような物言いしか出来ないので、中々そういう言葉を上手く言えません。
まあでも相談というのは何を言ったのかではなく、相談に乗った時点で、その目的はほぼ達成されているとも言えますので、色々聞いてあげる事が大切なのかもしれませんが、悩んでもどうにもならない事は考えてもしょうがないと思ってしまうたちなので、中々上手い言葉が見つかりませんでした。
いい年したオヤジなので、めっきりひとに悩みを打ち明けるより、悩みを打ち明けられる機会のほうが多くなっています。ひとの相談に乗りながら、最近悩んでねえな自分、とか思ったりしました。
悩むというのは今の自分の状態から脱皮する、いい学びの機会です。しかしそれは苦痛の面ばかりが強調されます。悩みがないのがいい人生かと言うと、悩んで自殺するようではもちろんいい人生ではないに決まっていますが、それを成長のチャンスと考えれば必ずしも悪い話ばかりではない。
簡単に脱却出来ると錯覚出来る、スピリチュアル的説教が溢れている昨今、己と真剣に向き合う事から目をそらし、希望を失わない、絶望しないという事も大切かもしれませんが、長期的に見れば己と向き合い傷つき苦しむ事も、一皮むけるチャンスなはず。それがおそらく自立に繋がるのでしょう。しかしそういう事が面倒くさがられる現代社会。ひとが成長出来ず、依存的な人間が増えるのも当然の帰結かもしれません。
相談に乗るという事は中々難しいと実感した秋の夜でした。