今日でまとめます。
「安田事件」とは、強制執行妨害という非常に恣意的な裁量のある、戦前に出来たもので戦後はずっと使っていなかった法律をいきなり適応し、十ヶ月の拘留(接見禁止、保釈請求却下)によって麻原の弁護人を解任されてしまった。
在日華僑の企業の資産隠しに手を貸したという罪です。バブル崩壊後の混乱の中での回収によって、資産をどんどん取られて行く状況が、あらゆる中小企業であったわけですが、安田弁護士曰く、在日華僑という事で過剰な回収が見られた。三井信託との交渉を請け負ったのだそうです。三井信託は一定程度、安田弁護士の主張を認め折り合いをつけ、決着がついた。
ところがその後、中坊公平弁護士率いる、RCC(住管)と警察が介入してきて、その在日華僑の企業から残ったものも回収してしまった。経済の問題に警察とRCCが介入して来た。
住管機構というのは人気者であった中坊氏によって、当初正義の味方扱いを受けたわけです。その後強引で過酷な債権回収の手法が批判されるようになり、中坊氏は詐欺罪で告発される事になります。その際、中坊氏は弁護士を廃業する事を約束して、起訴猶予処分になったという言われ方もされています。マスコミ、世論の翼賛体制から、一気にバッシングによって血祭りに上げる、毎度毎度で嫌になる、よくある構造でした。
結果的に見ると、人気者であった中坊弁護士に汚い仕事である債権回収という仕事をさせ、検察や警察の目の上のたんこぶである安田弁護士にぶつけ、安田弁護士を引っ括った後に、用済みとなった中坊氏を処理した、平成の鬼平なんて呼ばれ、日弁連の実力者であった中坊氏と、国家権力に取って厄介な存在であった安田弁護士を無力化し、弁護士の信用を失墜させ、
検察の権益拡大になったという見方もされたりします。
話を戻しますが、その際に安田弁護士は強制執行妨害で逮捕されたわけです。一審では無罪。安田弁護士が資産隠しを手伝ったとされる資産は、元経理担当者の横領であった事を、安田弁護士にかぶせた、それを検察は知っていたにもかかわらず。刑事告訴していた。
東京地裁は判決文の中で「検察の態度はアンフェアとの評価を真逃れない」と批判した。検察に身柄送検されてもいないのに逮捕した段階で起訴する日が決まっていた。であるにもかかわらず控訴。検察は検討もしないでその日のうちに控訴をしている。まるであらかじめ決まっているかのように。
これらの主張というのは、全くメインのメディアにはあがってこない視座です。直接光市の問題とは何の関係もありませんが、安田弁護士が死刑廃止や国家権力に楯突くような、キ○ガイ弁護士であるという言われ方をするに至る背景には複雑な線があります。光市の事件を感情的に見れば、あんな凶悪犯に人権なんか認めるなという気持ちは分からない話でもありませんが、安田弁護士が死刑制度反対に光市の事件を利用していると言うのなら、同じく国家権力もそれによって権益の増大をはかっているやもしれないのです。こんな話はたまたま辻褄を合わせているだけで、安田弁護士の妄想なのかもしれませんし、バカげているのかもしれませんが、安田弁護士の視座に立つとこういうストーリーも見えるわけです。その上で彼の主張を批判すべきではないでしょうか。
メディアにあがってくる主張は極めて偏っているように感じます。司法制度と被害者感情は別に考えるのは確かに難しくはありますが、あまりにも感情論に迎合してしまいますと、本来の司法制度を台無しにする可能性があるのです。
またよく言われる事ですが、安田弁護士が在日だとか、左翼だとか言う蔑みもあります。日本を貶めるために反日運動を展開している的なご意見です。これについていちいち言うのもバカバカしいのですが、自分は安田弁護士が在日だかなんだか知りません。例えそうだとしたって、だから何だと言う話です。それがどうしたでお終いです。そんな事、別にどうだっていいじゃねえかと思います。仮にこの弁護士の言っている事に全く筋が通らないのなら、検察の主張が通り、被告人が断罪されるだけです。もしこの弁護士の言っている事が通るのなら、やはり検察の取り調べには、適正手続きによる法の執行を逸脱している部分があったと言うわけですから、安田弁護士が在日だろうが反日だろうが関係ありません。安田弁護士の意見がいい加減であり、検察が適正手続きに基づく法の執行を行っているにもかかわらず、安田弁護士の意見が通ってしまうのだとしても、その際、責任があるのは裁判官です。仮にそんな事で検察の主張を通すのだとしたらこれももちろん責任は裁判官にあります。
最後にどうでもいい話なんですが、散々こんな事を書いて来たので個人的に、光市裁判についての安田弁護士の意見や、裁判での手法についてどう思っているか書きます。
ハッキリ言って個人的に申しますと、やっぱり弁護団の言い分には相当無理があるように感じます。全部を聞いているわけではありませんから、自分には判断する材料もありませんが、そんな無茶苦茶なと思う事もしばしばです。相当酷い事をしているわけで、とっとと殺せという主張も気持ちはわかります。しかし自分が引っかかる部分もあります。彼が殺した後で犯している点です。まともな人間であれば死体とセックスしようと思うでしょうか?
あまりにも鬼畜な振る舞いですので、冷静に判断する思考をすっ飛ばしそうになりますが、精神異常かどうかはわかりませんが、普通じゃないとも思います。そもそも普通じゃない部分があるからこそ、あのような事件を起こすのか、それとも普通であってもあのような事件は起こしうるものなのか、自分には判断出来かねますが、それでも殺意がなかったと言うには強引な気がします。
殺意が無けりゃ人の首はしめません。押さえつけるだけであれば、首を絞める必要なんてないわけです。それでも大声を出させないために、と言う事なのかもしれませんが。まあ刃物で脅すとかそういう事をすれば、出来るわけですし、しかしそう考えるとそれをしていないのだから行き当たりばったりのような気もする。
それでもなぜ強引と思うかと言いますと、悪気は無かったと言って、許されるラインというのをどこに設定するのか考えますと、これだけの事をやっていて、悪気は無い、殺す気はないと言えば情状酌量にしてしまうとなると、際限が無くなるような気もするのです。殺す気はないからという事で傷害致死にする場合というのは、もう少し誰もが納得するようなラインでなければ、悪気は無い殺す気はないという逃げ道を黙認してしまうような気もします。
だから死刑にしろとは思いませんが、やっぱり殺人罪は真逃れられないのではないかと思うわけです。まあ素人考えですので、これはどうでもいいのですが。
遺族の方の無念を思うと、一緒に報復を手伝ってあげたくなります。しかし自分はそれをする勇気も行動力もありません。自分の生活や日常を、警察に掴まって台無しにしたくないからです。そうです自分はエゴイストです。所詮他人事とどっかで思っています。だけどそれはみんなそうなのではないでしょうか?
遺族でもないのに被害者面するのも、自分の生活第一のくせに同情するのも、自分は遺族の方に申し訳ないと思います。どんなにわかったような顔をしても、結局は自分や自分の周りが一番可愛いからです。我々には何も出来ません。しかも自分は光市とは随分遠い所に住んでいます。周囲の方々は遺族の感情の回復のために力になっているでしょうか?ここが光市事件のあった場所だぜ、なんて興味本位で行動してはいないでしょうか?遺族の方々や事件現場を、携帯で写真に収めたりしていないでしょうか?本当に義憤にかられているのなら、自分の無力さを自覚し、むやみにわかったような顔は慎むべきなのではないかと思うのであります。
あの遺族の旦那さんが感情的に回復する事は恐らく不可能でしょう。一生失った悲しみを背負って生きて行かねばなりません。それを思うと何ともいえない気持ちになります。であるにもかかわらず自分には何も出来ない。
何年かたって、そう言えばそんな事あったね。という世間のトレンドは時に残酷なものでもあります。被告を例え死刑によって、あの世に送り込んだとしても、旦那さんの無念は消えないでしょう。何も出来ない、しかも自分の生活第一に考えている、自分には所詮、彼が少しでも幸福でマシな人生を送れる事を祈るしかありません。人殺しのクズは別にどうなっても構いませんが、死んでしまった御家族の冥福を祈る事と、旦那さんが苦しみから抜け出せず、不幸になる事だけはない事を願っています。自分にはそれしか出来ないのが情けなくもあります。
あとは司法が適正手続きをきちんと踏んで、法の執行を行ってくれる事を願うばかりです。被害者の怨みと、司法とは別問題ですので、それを汲み取るばかりに司法の手続きをねじ曲げるような事は勘弁してもらいたいという事と、適正手続きに基づく法の執行によって、少しでも被害者の、そして遺族の無念が晴らせる事が合致する事を願いつつ、光市母子殺害事件の安田弁護士が何を主張しているのか、あれこれと書いてみました。
「安田事件」とは、強制執行妨害という非常に恣意的な裁量のある、戦前に出来たもので戦後はずっと使っていなかった法律をいきなり適応し、十ヶ月の拘留(接見禁止、保釈請求却下)によって麻原の弁護人を解任されてしまった。
在日華僑の企業の資産隠しに手を貸したという罪です。バブル崩壊後の混乱の中での回収によって、資産をどんどん取られて行く状況が、あらゆる中小企業であったわけですが、安田弁護士曰く、在日華僑という事で過剰な回収が見られた。三井信託との交渉を請け負ったのだそうです。三井信託は一定程度、安田弁護士の主張を認め折り合いをつけ、決着がついた。
ところがその後、中坊公平弁護士率いる、RCC(住管)と警察が介入してきて、その在日華僑の企業から残ったものも回収してしまった。経済の問題に警察とRCCが介入して来た。
住管機構というのは人気者であった中坊氏によって、当初正義の味方扱いを受けたわけです。その後強引で過酷な債権回収の手法が批判されるようになり、中坊氏は詐欺罪で告発される事になります。その際、中坊氏は弁護士を廃業する事を約束して、起訴猶予処分になったという言われ方もされています。マスコミ、世論の翼賛体制から、一気にバッシングによって血祭りに上げる、毎度毎度で嫌になる、よくある構造でした。
結果的に見ると、人気者であった中坊弁護士に汚い仕事である債権回収という仕事をさせ、検察や警察の目の上のたんこぶである安田弁護士にぶつけ、安田弁護士を引っ括った後に、用済みとなった中坊氏を処理した、平成の鬼平なんて呼ばれ、日弁連の実力者であった中坊氏と、国家権力に取って厄介な存在であった安田弁護士を無力化し、弁護士の信用を失墜させ、
検察の権益拡大になったという見方もされたりします。
話を戻しますが、その際に安田弁護士は強制執行妨害で逮捕されたわけです。一審では無罪。安田弁護士が資産隠しを手伝ったとされる資産は、元経理担当者の横領であった事を、安田弁護士にかぶせた、それを検察は知っていたにもかかわらず。刑事告訴していた。
東京地裁は判決文の中で「検察の態度はアンフェアとの評価を真逃れない」と批判した。検察に身柄送検されてもいないのに逮捕した段階で起訴する日が決まっていた。であるにもかかわらず控訴。検察は検討もしないでその日のうちに控訴をしている。まるであらかじめ決まっているかのように。
これらの主張というのは、全くメインのメディアにはあがってこない視座です。直接光市の問題とは何の関係もありませんが、安田弁護士が死刑廃止や国家権力に楯突くような、キ○ガイ弁護士であるという言われ方をするに至る背景には複雑な線があります。光市の事件を感情的に見れば、あんな凶悪犯に人権なんか認めるなという気持ちは分からない話でもありませんが、安田弁護士が死刑制度反対に光市の事件を利用していると言うのなら、同じく国家権力もそれによって権益の増大をはかっているやもしれないのです。こんな話はたまたま辻褄を合わせているだけで、安田弁護士の妄想なのかもしれませんし、バカげているのかもしれませんが、安田弁護士の視座に立つとこういうストーリーも見えるわけです。その上で彼の主張を批判すべきではないでしょうか。
メディアにあがってくる主張は極めて偏っているように感じます。司法制度と被害者感情は別に考えるのは確かに難しくはありますが、あまりにも感情論に迎合してしまいますと、本来の司法制度を台無しにする可能性があるのです。
またよく言われる事ですが、安田弁護士が在日だとか、左翼だとか言う蔑みもあります。日本を貶めるために反日運動を展開している的なご意見です。これについていちいち言うのもバカバカしいのですが、自分は安田弁護士が在日だかなんだか知りません。例えそうだとしたって、だから何だと言う話です。それがどうしたでお終いです。そんな事、別にどうだっていいじゃねえかと思います。仮にこの弁護士の言っている事に全く筋が通らないのなら、検察の主張が通り、被告人が断罪されるだけです。もしこの弁護士の言っている事が通るのなら、やはり検察の取り調べには、適正手続きによる法の執行を逸脱している部分があったと言うわけですから、安田弁護士が在日だろうが反日だろうが関係ありません。安田弁護士の意見がいい加減であり、検察が適正手続きに基づく法の執行を行っているにもかかわらず、安田弁護士の意見が通ってしまうのだとしても、その際、責任があるのは裁判官です。仮にそんな事で検察の主張を通すのだとしたらこれももちろん責任は裁判官にあります。
最後にどうでもいい話なんですが、散々こんな事を書いて来たので個人的に、光市裁判についての安田弁護士の意見や、裁判での手法についてどう思っているか書きます。
ハッキリ言って個人的に申しますと、やっぱり弁護団の言い分には相当無理があるように感じます。全部を聞いているわけではありませんから、自分には判断する材料もありませんが、そんな無茶苦茶なと思う事もしばしばです。相当酷い事をしているわけで、とっとと殺せという主張も気持ちはわかります。しかし自分が引っかかる部分もあります。彼が殺した後で犯している点です。まともな人間であれば死体とセックスしようと思うでしょうか?
あまりにも鬼畜な振る舞いですので、冷静に判断する思考をすっ飛ばしそうになりますが、精神異常かどうかはわかりませんが、普通じゃないとも思います。そもそも普通じゃない部分があるからこそ、あのような事件を起こすのか、それとも普通であってもあのような事件は起こしうるものなのか、自分には判断出来かねますが、それでも殺意がなかったと言うには強引な気がします。
殺意が無けりゃ人の首はしめません。押さえつけるだけであれば、首を絞める必要なんてないわけです。それでも大声を出させないために、と言う事なのかもしれませんが。まあ刃物で脅すとかそういう事をすれば、出来るわけですし、しかしそう考えるとそれをしていないのだから行き当たりばったりのような気もする。
それでもなぜ強引と思うかと言いますと、悪気は無かったと言って、許されるラインというのをどこに設定するのか考えますと、これだけの事をやっていて、悪気は無い、殺す気はないと言えば情状酌量にしてしまうとなると、際限が無くなるような気もするのです。殺す気はないからという事で傷害致死にする場合というのは、もう少し誰もが納得するようなラインでなければ、悪気は無い殺す気はないという逃げ道を黙認してしまうような気もします。
だから死刑にしろとは思いませんが、やっぱり殺人罪は真逃れられないのではないかと思うわけです。まあ素人考えですので、これはどうでもいいのですが。
遺族の方の無念を思うと、一緒に報復を手伝ってあげたくなります。しかし自分はそれをする勇気も行動力もありません。自分の生活や日常を、警察に掴まって台無しにしたくないからです。そうです自分はエゴイストです。所詮他人事とどっかで思っています。だけどそれはみんなそうなのではないでしょうか?
遺族でもないのに被害者面するのも、自分の生活第一のくせに同情するのも、自分は遺族の方に申し訳ないと思います。どんなにわかったような顔をしても、結局は自分や自分の周りが一番可愛いからです。我々には何も出来ません。しかも自分は光市とは随分遠い所に住んでいます。周囲の方々は遺族の感情の回復のために力になっているでしょうか?ここが光市事件のあった場所だぜ、なんて興味本位で行動してはいないでしょうか?遺族の方々や事件現場を、携帯で写真に収めたりしていないでしょうか?本当に義憤にかられているのなら、自分の無力さを自覚し、むやみにわかったような顔は慎むべきなのではないかと思うのであります。
あの遺族の旦那さんが感情的に回復する事は恐らく不可能でしょう。一生失った悲しみを背負って生きて行かねばなりません。それを思うと何ともいえない気持ちになります。であるにもかかわらず自分には何も出来ない。
何年かたって、そう言えばそんな事あったね。という世間のトレンドは時に残酷なものでもあります。被告を例え死刑によって、あの世に送り込んだとしても、旦那さんの無念は消えないでしょう。何も出来ない、しかも自分の生活第一に考えている、自分には所詮、彼が少しでも幸福でマシな人生を送れる事を祈るしかありません。人殺しのクズは別にどうなっても構いませんが、死んでしまった御家族の冥福を祈る事と、旦那さんが苦しみから抜け出せず、不幸になる事だけはない事を願っています。自分にはそれしか出来ないのが情けなくもあります。
あとは司法が適正手続きをきちんと踏んで、法の執行を行ってくれる事を願うばかりです。被害者の怨みと、司法とは別問題ですので、それを汲み取るばかりに司法の手続きをねじ曲げるような事は勘弁してもらいたいという事と、適正手続きに基づく法の執行によって、少しでも被害者の、そして遺族の無念が晴らせる事が合致する事を願いつつ、光市母子殺害事件の安田弁護士が何を主張しているのか、あれこれと書いてみました。