最初にお断りしておきます。このエントリーは、福島の男様のコメントで当ブログの問題点をご指摘頂きましたので、それに対するコメント返しという意味合いと、当ブログのスタンスという意味合いで書いてみます(偉そうですが)。

興味のない方はどうかご容赦下さい。コメント欄に書ききれなさそうだったものですから。それでは始めます。

福島の男様、丁寧にご指摘頂き、誠にありがとうございます。

まず、自分のブログの欠点についてのご指摘ですが、読みづらいと言う意味も二通りあろうかと思います。一つは文章力の稚拙さ、もう一つは物理的な読みにくさ、おそらくどちらも当ブログにおきましては、当てはまっていると自覚しておりますが、文章力の稚拙さの方は、自分の未熟さゆえですのでご容赦下さい。

わかりやすく書こうとは思うものの、文章力のなさは、そう簡単に上達出来るものでもありませんので(少なくても自分にとっては)、精進致します。

もう一つ物理的な読みにくさという点ですが、これも長いという事、改行が少ない、字が小さい、などなど複数あると自覚しております。長いという点につきましては文章力の未熟さという部分とリンクしていると思いますので、簡潔に書けない己の未熟さを克服出来るように努力致します。

字が小さい、改行がないなどの、視覚的な読みにくさに関しては、本当ご指摘ごもっともでございます。自分でも自覚しているのです。

にもかかわらずなぜそうしているのか、という事に関しては合理的な理由はこれといってありません。ただずっとこうやって書いてしまっていますので、習慣になってしまっていた、というくらいしか理由らしき理由もなく、急に変えるかもしれません。

合理的な理由もないのに、なぜそうしているのかという理由なき理由(語義矛盾で不条理かもしれませんが)らしきものというのはありそうな気はします。

それについて書いてみます。

自分は物事の単純化もしくは二項対立図式というのが、現在の日本の生み出している弊害の原因の中でも、最たるものなのではないかと感じているからです。

人というのは立ち位置の差によって視座が複数あり、正しさも観る角度によって様々です。それを単純化してしまうというのはあまりよろしくないのではないかと考えております。

その最たるものが小泉元総理のワンフレーズ・ポリティックス的なものでしょう。映画やドラマもどんどん単純化し、携帯メールの一口コメントにならないものはどんどん売れなくなっております。テレビもザッピングによってチャンネルをパチパチ変える習慣を持つ人間にとっては、平均14秒前後しか一つのチャンネルを観ないという事で、おかず満載型でありながら、中身が全くない状況になっています。それはどんどん人の感性を貧粗にし、考える力を奪ってしまいます。

人は矛盾や問題点を感じないと学びません。自分がわかっていないという事に気付かないと、わかろうとはしません。不愉快に感じるという事も一つの学びのチャンスです。

生理的に観やすい文章をわかりやすく書くという事は、一歩間違えると、何も引っかかりのないものになってしまいかねません(プロの書き手は別でしょうけれど、自分は素人ですのでご勘弁を)。上げ膳据え膳では人は矛盾を感じませんから、視覚的に気持ちいい事に、水が高い所から低い所へと流れるが如く、問題点があっても気付かない、もしくは見ない振りをするという状況になってしまいかねませんし、現にこの国はもうすでにそうなっています。

だから、あえて不愉快さを抱かれるという事をそのままにしている部分なのかもしれないと思うわけであります。何となく物事を単純化するという事に対し、生理的に反応していると申しましょうか。

まあそれでも文章というのは人に伝える事を前提にしないと意味がありませんので、それで読んでもらえなくなるのなら本末転倒なんですけれどね。

社会がよりよい方向に行ってくれる事は切に願っておりますが、自分の文章にその力があるとは思っていません。自分の憤りを吐き出すだけであれば、別にブログ化する意味なんてありませんから、もっと他にするべき事があるでしょう。

陛下のお好きな「ノルウェイの森」の永沢ではありませんが、「人生は短い」

読み辛さという事を感じていても、実際に読んでくれている方々が少なからずいます。不愉快だ、承服出来ないと真逆の感覚であっても、何かしら引っかかりがあれば、それが何かのきっかけ、世の中の問題点の気付きのきっかけになれば、とは思っておりますが、自分の主張が正しいかどうか、これは単なる一つの視座でしかありませんので、自分にはこう見えるという事でしか結局の所ありません。

わかっていないという事を気付いていない方々に語りかけるべき言葉を、自分は持ち合わせていません。少なくとも不愉快さを感じながらでも読んでいただけている方々というのは、この世の問題点を気付いている方々なのだと思いますので、そういう方々に対して自分はこう思っています。という程度のものだと思っているわけであります。

人は結局の所、人から強要されたのでは学びません。それが必要だと切実に感じたときはじめて学ぶのではないでしょうか。わかりやすい言葉や表現が溢れていたのではわからないという事に気付かない。

普通の人々は日々の生活や仕事で忙しいわけです。そしてそれなりに楽しく生きられる。そこに疑問を感じなくても苦痛がなければ、別に学ぶ必要も知る必要もないのでしょう。それに対して何が出来るかと言えば、結局はその人自身が気付く以外効果的な方法もないと思っております。

そういう方々に気付いてもらいたいと思って書いているわけではありません。それは自分には荷が重すぎます。ただ不愉快さや収まりの悪さが、癌に対する自覚症状のように気付きになればとは思っております。

結局なんだかんだで長くなってしまいました。ごめんなさい。

まあこれらの事は合理的な理由ではなく、理由なき理由、不条理な理由ですので、おそらくこういう事を考えている部分が潜在意識にあるのではなかろうかと思ったわけであります。

あんまり単純化してしまうと、コイツは何々主義者だと短絡的に決めつけられたりするのも嫌なので、読みづらいままにしておいて、ある程度読み手をスクリーニングしている部分はあるのかもしれません。でもそれならブログ化して万人に開放している意味なんてありませんから、ご指摘を真摯に受け止めて改善に努めて行きたいと思います。

だからと言って急に大幅に変革する事はないと思いますが(急にポップな見栄えになったりはしないと思いますが)、せっかく読んで下さっている方々が少しでも負担を感じないようにつとめて参りたいと思います。ご指摘ありがとうございました。(せめて改行と行間をあけてみました。多少見やすくなったでしょうか)

それと自分は漫画を読もうが活字を読もうが、それ自体ではそれほど大差ないと思います。問題なのは自分の頭で考えられるか?という部分なのではなかろうかと思います。自分はたまたま読書が趣味で(たいして読んでいるわけではありませんが)、漫画は殆ど読みませんが、理解してるかどうかは定かではありませんし、解説本を読んでやっと理解する事も度々あります。それで自分の頭で考えているのか?というと、誰かの本に書いてあった事かもしれませんし、誰かが言った事かもしれませんので、厳密に言えば自分だって全部自分の頭で考えているわけではありませんから、偉そうな事は言えません。

ただわかっていない、自分は馬鹿だという事は少なくともわかっています。だから自分の頭で何をするべきかは考えています。それは活字を読んでいるから、漫画を読んでいるからという話とは、また別の事ではなかろうかと思います。