前回の続きです。
再び政府系金融機関統廃合の鍔迫り合いへ。
解体―国際協力銀行の政治学/草野 厚

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竹中経済財政担当大臣と経済財政諮問会議を中心として、政府系金融機関の一つ国際協力銀行の分離解体に切り込んで行くわけですが、この抵抗が凄い、頭のいい官僚が本気になるともの凄い戦闘力です。分離解体を基本路線とし、なるべく小さな形にまとめようとするのですが、出来れば現状維持、最悪でも権益を出来るだけ残そうと必死です。この基本路線に反対し官僚の側に立つように見える議員達の抵抗も激烈を極めます。何としてでも旧輸銀の利権を残そうと必死です。一歩も譲らない。しかしあるときそれを聞いていた小泉総理が突然「キレ」、机を拳で叩きながら大声を張り上げたと言います。当時の財務相、経産相はお灸を据えられました。
「今日の財務相、経産相の話を聞いていても、財務省、経済産業省がいかに抵抗しているのかがよくわかる。政府系金融機関を改革するという時に、自民党の幹部がいる席に私が行ったら、とんでもない、一指も触れさせないと言ったのだから、いかに抵抗が強いのかがわかるだろう。郵政民営化もそう、特殊法人もそうだ。最初のヒアリングの時には、すべて必要だから存在していると言っていた。今もそうだ。存在しているのが全部必要だと。だから発想を変えて官しか出来ない事があると言うのなら、どうすれば民が出来るかと言う事を考えてやってほしい、民に出来る事は民にと言うのは賛成だと、しかし官しか出来ない事があるのだったら、なぜ今まで民で出来なかったのか、どうやったら民で出来るか、財務省も経産省もそういう発想で案を出してほしい。それからまた始めてくれ。これは全部公開しているのだからわかるはずだ。もともと一指も触れさせないと言われていた事をやるという覚悟でやっているのだから、大臣もあまり役所に引きずられないようにお願いする。」
まさに変人と呼ばれる所以なのかもしれませんが、善くも悪くも、既存の政治家的な感じとは、やっぱりちょっと違っていたのだと思います。だから騙されていたかどうかは別にして、国民も支持したのでしょう。
また民に出来る事は民にという路線は、その後引き継がれて行きますが、民に出来るけれど、本当は官がやった方がいいのではないかという所まで、規制緩和路線でぶっ壊していった原動力にもなったのだと思います。抵抗がある、既得権がある部分は中々突破出来ませんが、本当は民に任せるべきではないけれど、官にたいした利権もない所は簡単に突破出来ます。善くも悪くも小泉路線を進めて行くという事によって、そういう結果を招いているのは紛れもない事実です。
しかしこれが小泉竹中ラインに全部の責任があるかと言うと、もちろん責任はあるのですが、この凄まじい抵抗を読みますと、この国の構造自体に問題があるという事がわかるのではないでしょうか。
この時に小泉さんにガツンと言われておとなしくしたがっている人は、まだ自民党党内にいます。どうしても小泉路線とは相容れずに出て行ってしまった人達は別ですが、政権が人気があり、支持率が高いと選挙の事を考えおとなしくなるというわけです。安倍さんの今の状態のようになると、そういう人達の声も強まって来ます。又このとき改革派で奔走していた人達は、現在ではことごとく力を失い、中には参院選で落ちちゃった人もいます。
大臣を介した抵抗が難しいとわかると、官僚もあの手この手で抵抗を強めます。彼らは選挙もありませんから、既得権の確保の為には手段を選んでいられないというわけです。国益も国民益も関係ない、省益がすべてというわけです。
内閣改造により経済財政担当大臣が、竹中から与謝野に変わります。小泉総理にどんな意図があったのかは知りませんが一見すると、あれ妥協するのかという路線です。そうしますと権益維持勢力の発言は強まり波に乗ります。
そこに旧基金側の人達が、旧輸銀の既定路線、国際協力銀行維持に反旗を翻しますが、国際協力銀行内のコンプライアンスの問題と旧輸銀幹部は、税金を使ってそれらを厳しく取り締まり罰します。
分離解体路線、現状維持路線のパワーゲームは益々激烈を極めて来ます。メディアもぼちぼち取り上げはじめ、旧輸銀融資のヒモ付き大会社の当時の経団連会長が国際協力銀行維持をヒアリングで発言したり、有識者による第三者委員会のようなもので公正中立に決めようという話になるのですが、まあこれもいつものパターンで、財務省のヒモ付き有識者がその中で発言しなんとか分離解体を阻止しようとします。解体ありきの基本路線に抗い何としても既得権を残す文面を潜り込まそうと必死になるわけです。
旧基金部門はJICAと統合させるのが、ODAと円借款、共に援助という事でいいのではないかという路線があり、元国連難民高等弁務官であったJICA理事長、緒方貞子さんが、国際協力銀行の旧輸銀、国際金融部門とは全く業務が別だが、円借款部門、旧基金の業務となら一緒に出来るのではないかとヒアリングで発言します。
しかしこの発言を国際協力銀行現状維持派は、円借款部門と一緒にやりたいとは言っていない、緒方理事長は必ずしも統合に積極的ではないと喧伝します。後に緒方は「あの時点で欲しいと言ったら失敗する。熟柿が落ちるのを待ったのよ」だそうです。戦略家です。
そして本書の草野厚さんもヒアリングに呼ばれ爆弾を埋め込んできます。円借款と国際金融は目的が異なる。シナジー効果は初めからねらったものでなく、例は限られている。ODA業務及びODA以外の業務、双方で融資を実施しているのは、日本、中国、韓国のみであり、中国はOECD未加盟、韓国はOECDには加盟しているが、DACには未加入である、そういう国とは責任の重さが違うという事。JICAと旧基金の統合が望ましいと。
JICAと統合という話が本格的になる過程で、次第に音無の構えだった外務省は、自分達の権益が増えるという状況になりつつあるという事に反応し、特命チームを組み本気になります。浅ましい連中ですが、この場合、分離解体論にはもの凄い助っ人となるわけです。まさに毒をもって毒を制す。
維持派、解体派それぞれ熾烈なロビイング合戦を繰り広げますが、基本方針である分離解体の方向に議論は次第に流れて行きます。それでも何としても権益を残そうとする連中は諦めません。メディアも決まったかのような報道を始めますが、当時の安倍官房長官の下で政府検討会を行い、そこで最終結論のたたき台を作る事になります。まだどっちに転ぶのかはわからない。
そしてやっぱりこの流れに決定的な後押しをしたのは、小泉さんでした。財界人との懇談会の席上で、国際協力銀行から融資を受ける大企業幹部が直訴しました。しかし小泉さんの反応は大企業幹部の期待したものとはまるで違い
「毎日のように財務省から(国際協力銀行の存続の必要性を)言ってくる。官僚の抵抗は強いな」
これがメディアを通じて国民が知る事になり、世論は一気に流れて行きます。その流れに経団連は分離解体案支持を打ち出します。その後メディアが国際協力銀行の国際金融部門が生き残りをはかろうとしている事がどんどん報じられ、完全に分離解体の方向に流れて行く事になります。やはり最後は世論、民意には特に政治家は逆らえません。世論の沸騰はマイナスも沢山ありますし、メディアのインチキ具合も問題だらけですが、最後に一番強いのはやはりそこの所なのでしょう。だから我々は冷静に事実を知るという事が重要なのだとも思います。
それと小泉さんのワンフレーズ。これに反応し右往左往する様は、ハッキリ言って辟易していました。が、この時は必ずしもマイナスだったというわけでもなさそうです。それにしても一言コメントで世論が流れて行ってしまうというのは恐ろしい、それをメディアが繰り返し流しますから、増幅されてもの凄い破壊力になります。
小泉批判がメジャーになりましたが、小泉戦略のようなものに国民が引っかからなくなったのかと言うと、その辺の民度は変わらないように見えます。ただ単に、流れ的にそうなっているから、自民党を叩いているという感じのように見えます。小泉の一言コメントに引っかかっていた頃と、メディアも全然変わっていないですし、国民の煽られ方も変わっていない、何も変わっていない。
さて安倍官房長官の下での政府検討会では旧基金の円借款部門はJICAと統合される事は決まりましたが、JICAがどのようにメリットを拡大させるのかという建設的な議論は殆どなく、何とかして旧輸銀の業務が政府系金融機関統合後も、独立性を持ち権益を残すのかという議論に集中します。まだ諦めていない。しつこすぎます。何となく怪しげな文言も残り、スッキリしませんが一応形にはなりました。しかし報告書に盛り込まれた部分で重要なものがあります。環境対策への公的金融の活用です。つまり旧輸銀の新たな利権になりうる文言です。これからは環境問題に金を使う時代になるわけですから、そこにくさびを打ち込んでいる。しぶとい連中です。転んでもただでは起きない。
さてここまでもめにもめたこの攻防戦もなんとか分離解体にメドがついたのかという矢先、安倍官房長官が新生JICAは、外務、財務、経産の共同管理などという事を突然言い出します。ここまでの議論がなんだったのかというアホっぷりです。悪気はないのかもしれませんがせっかくまとまった話を元の木阿弥、ちゃぶ台ひっくり返してしまった。
元々JICAは外務省が単独で管理して来たわけですから大慌てになります。結局周囲の説得もあり考えを改めますが、安倍さんは深く考えず、周りの陳情の激しさに仲良くやってくれと思っていたら、共同管理という話がどこからか出て来たのでそれに飛び乗ったのだそうです。何らかの意図があったのだとしても、やはり安倍さん・・・・・・こんな人をよく担ぐ気になったと思います。まあ今回は一応安倍さん批判は鞘に納める事にしていますので、これ以上は言いません。
さて現在では旧輸銀の国際金融部門は株式会社日本政策金融公庫という新会社に統合が決まったものの、新生JBICとして一定の独立性を維持していく模様で、相当巻き返されてしまっている感があります。
そして安倍政権の人気の凋落、この影には間違いなく官僚の抵抗があったと思われます。社保庁がなぜ問題化したのか。この問題を長妻議員が知ったのは明らかに官僚のリークでしょう。つまり社保庁なんてどうせ解体になる庁です。だからそこを囮にして官僚の巻き返しを図るという力学が背後に隠れています。まあもちろん社保庁改革の全くの穴だらけぶりを見ると、安倍さんはどうなのかわかりませんが、国際協力銀行の攻防戦のような、権益を潜り込ませるという図式があったように見えます。
また安倍さんの任命責任という事も間違いなくあるのでしょうが、任命する大臣がことごとく不祥事によって政権の足を引っ張っている様は、やはり何らかのリークがあるような気がします。
大騒ぎした天下り禁止法案、あれも穴だらけだと騒がれましたが、あれは官邸主導で役人の人事権に介入しよう、天下りも官邸主導で管理しようという法案です。ようは官僚の抵抗は凄まじいですから、彼らを意のままにあやつる為には大事な部分を握るしかない。それに反発をしての安倍おろしという力学、官僚達の意志が見えます。
それにつられて世論もメディアも今、安倍下ろし安倍たたき一色です。安倍さんは嫌いなので、とっとと辞めてほしいとは思いますが、背後にそういった力学が動いているという事は警戒しなければなりません。官僚達の戦闘力は半端じゃありませんから。
今の流れに喜んでいるのは紛れもなく官僚達でもあるわけです。安倍さんが辞めない場合、内閣を改造するでしょう。その時に食い込んでくる人事によって、どれだけ官僚達の巻き返しが進んでいるのかがある程度の指針になると思います。
政治がポピュリズムに陥れば官僚に人材が集まらなくなります。この国は官僚が回している国なので、それは非常に危険な事です。むやみに官僚の力を剥いでしまうと何も出来ない国になるという恐れは確かに存在します。
また小泉竹中ラインが外資に国益を売り渡した的な言い方も間違っちゃいないのかもしれませんが、だからと言って官僚が税金を湯水のように無駄遣いするというスキームを改めなければならないのは紛れもなく必要です。
官僚の頑強な抵抗に抗うだけの、知恵も覚悟も殆どの政治家には見られません。小泉さんのような変人でなければあそこまで出来ないでしょう。仮にアメリカのご意向にしたがって強引に改革したのだとしても、相当強い意志と力でないと、官僚の現状の形態を変えるには絶望的な状況が確かにあるわけす。
参院選の大敗後、安倍たたきは一層激烈を極めていますが、選挙直後の世論調査では安倍さんの責任だとは思わない、という意見が多かったはずです。にもかかわらず、(メディアも保守系メディアのうろたえ、のたうちまわりぶりは笑えますが)一部のメディアなどは、今回の安倍政権の大敗は安倍の不人気であるかのような報道が見られます。選挙直前の支持率は多少上昇していたのに、それ以前の一番低い頃の支持率を引き合いに出して、安倍政権の不人気が選挙の大敗につながったと報道しています。それにつられて世論もそういう方向に流れてもいる。その方が面白いからという事でそういう報道の仕方をしているのかもしれませんが、恣意的なお得意の捏造が見られます。背後に動いている力学には敏感になる事が重要です。
政治家と官僚の癒着を断ち切る為には、何より政権を交代させ続けるという国民の意志が重要です。だから官僚の安倍おろしも政権交代が起これば元も子もなくなるわけです。
しかし今回の選挙、民主党を支持したというより、自民党を支持しなかったという言われ方もされています。安倍さんが不人気になるという事は、力を握る連中がどういう意志を持っているのか、よく我々は警戒しておく必要があると思います。
特殊法人改革に反対したような連中は沢山自民党の中にいるわけです。そういう連中が権力を握るという事はどういう社会になるのか、弱者救済という甘い罠に乗せられない事が重要です。この国の官僚の無駄遣い体質というのはどんな言い訳を言った所で間違いなく問題があるのは確かなのですから。
小泉竹中ラインの改革が正しかったのかどうか自分はよくわかりません。間違っているような気もしますし、この国のシステムで何かを変えようと思うと、ある程度切りくずが出て来るのは避けられないような気もするのです。毒をもって毒を制すではありませんが、官僚達の抵抗に無防備に突っ込んで行くと、安倍さんのようになってしまう。
小泉政権からの流れで首相の周りにはイエスマンしかいませんから、普通そうなると安倍さんのような状況に陥るのは必然なんですが、小泉さんはなぜかそうならなかった。そこらへんが器の違いなのかもしれませんし、ただ単に運がよかっただけなのかもしれませんし、それはわかりませんが、まあ何にしても一番手っ取り早く改革するには、政権交代が一番です。
結局安倍さんが引きずり下ろされて、やっぱり自民党政権が続いて行くのでは、見通しは真っ暗です。まあ今回の選挙を見るかぎり自民党も先はないと思いますが、官僚が生き残りをかけたのは、安倍を引きずり下ろし、小泉的なものを払拭した自民党政権である事は間違いありません。そこは敏感になる必要があるのではないでしょうか。
それに今回の選挙だって、郵政選挙だって、ようは同じ図式に見えます。本当に自分の頭で考えて投票した人がどれだけいるでしょう。国民はそれほどヒマじゃありませんから、何となく流れに流されて投票してしまうという状況もあるわけです。
自分は今回の参院選は自民党に何としても負けてほしいと思っていましたので、選挙前だったらこんな事、絶対に書かなかったでしょう。しかし選挙が終わったので安倍おろしの力学の背後にあるものを知っておくというのは重要だと思い、あまり受けそうもない話題をダラダラと書いたわけであります。
国際協力銀行の攻防戦も逆側からの視座で見れば全く様相を呈する可能性はあります。官僚が正しいとか間違っているとか、小泉竹中的なものが間違っているとか正しいとか、自分にはそれが本当の所どちらなのかわかりません。正しいと言っている人もいるし、間違っているという人もいる。本来自分は間違っているぜと声を大にして書いて来たわけですが、こうも世論が一方的になると、自分はひねくれ者ですから少し逆の視座で書きたくなってしまうのです。どうぞご容赦下さい。しかしどういう世論になろうと税金の無駄遣い、これだけは止めてもらわなくっちゃ困ると強く思います。
草野厚さんの「解体」を読んで、あれこれ書いてみました。

この一連の文章は病み上がりに書いたわけではありません。ちょっと前に書いたものを少し手直ししたものです。書いた当初は不人気な路線だからという理由と、長過ぎるという理由でボツにしようと思っていたのですが、風邪を引いてしまったので、復活させたというわけです。
風邪は殆ど治りましたが、夏風邪は恐ろしい破壊力です。皆様気をつけましょう。