本日は広島原爆投下の日です。元防衛相の不用意な発言、安倍さんの不人気、自民党は踏んではいけない地雷を踏んでしまったような気がします。しかもこの問題だけではなく、ことごとく地雷を踏み続け、もはや虫の息となっています。
自分は原爆の問題を考えたとき、絶対に忘れてはならない最低限日本人のマナーとして、嫌米は基本だと思っとります。奴らの罪悪感のなさは、はらわたの煮えくり返る思いでございます。現在でも劣化ウラン弾を撃ちまくり、核ではありませんが、バンカーバスターやデイジーカッターを撃ちまくり、大量破壊兵器を持っているのは、お前らだろと叫びたくなって来ます。そういう血塗られた犯罪国家が正義だ神だと口にするのはいい加減にしてほしいもんです。今の世界情勢で最も危険な戦争国家は紛れもなくアメリカです。北朝鮮や中国なんてそれに比べれば全然かなわない。そして核を実際に使った国もアメリカです。我が国は核戦争を経験し、原爆を喰らった唯一の国です。アメ公よ死者に土下座して、せめて詫びろ、自分達の犯した罪の重さを、せめて自覚しろ。そのように思っとります。しかし実際この国ではアメリカニズムが蔓延し、完璧なアメリカ化がもはや完了しようとしています。アメリカの奴隷国家、何たる事でしょう。ヤンキーゴーホームを忘れた日本人、何たる堕落。アメリカ人、アメリカの文化は肯定しても、アメリカの国家は信用出来ない。これ日本人の基本的常識であるはずです。
先日テレビを観ていますと、子供達に戦争と平和について、山本晋也という、情緒的に煽るクズがインタビューしたりする番組がありました。山本はきれい事の平和を繰り返す何の役にも立たない、国民の情緒的な吹き上がりに寄生するゴミだと思いますが、今の子供達は意外と世の中の理不尽やどうにもならない閉鎖感を、しっかり受け止めているのだなと感心しました。
戦争はなくなると思うか?核は無くせると思うか?など、相当ディープな質問に対して、冷静に答えている子がたくさんいました。もちろん山本的役に立たない、無責任な情緒論に毒されている大人はたくさんいますので、そういう大人に再生産されてしまったであろう、役に立たない理想、優等生的回答も数多く見られましたが、もうこの世はどうにもならない理不尽な力学によって動いており、子供の力では抗う事も出来ないのではないか、という絶望を感じている子の意見が意外と沢山あったのには驚きです。そういう子供に対して、山本的くだらない理想、戦争は悲惨だ、繰り返してはならない、核は廃絶すべきだという言い方では、もはや信じられなくなっている子供達がそれ相当の数出て来てしまっているのではないかと思いました。
そういう子供達の不安を汲み取ってやる言葉が、今の社会の底が抜けた状況ではなくなりつつある。信じれば救われるという宗教を盲信するように、平和を叫ぶ御為ごかし野郎は死ぬまでやっていればいいのでしょうが、子供達にそんな嘘を教えても、絶望を先延ばしにするだけですし、気付いている子供には何の役にも立ちません。モラルやコモンセンス、理想、正義、そういったものの底が抜けてしまっている。その事に気付かない大人も沢山いるし、気付いていても見ないふりをしている輩も沢山いる。
子供が未来に希望を持てない、どうせ夢なんてかなわない、どうせ人間は愚か者で争い続けて行くに決まっている。どんなに平和を願おうと、理想的な社会を目指そうと、無駄なのではないかと敏感に感じてしまっている子供達にかけてあげられる言葉を、我々大人は持っているのか?そんな事を感じてしまいました。
アメリカ人全部がそうでないとしても、少なくともアメリカという国家があり続けるかぎり、絶対にこの問題は解決するわけありません。その国家に隷属するという前提に基づいて平和と繁栄を謳歌している我が国、その欺瞞を敏感な子供は気付いているわけです。もちろんアメリカがいなくなったって、争いはなくなる事はないでしょう。他の覇権国家がその位置に変わりに居座るだけなのではないかと思います。もちろん平和な世界になる可能性も皆無ではないのかもしれませんが、希望は果てしなく乏しく見える。そういう社会、この国の未来に、敏感な子供は絶望している。
自分は政治家には全く期待をしていませんので、政治家がくだらない連中だという事を前提に考えるようにしています。ですので、基本的にどんなバカな政治家が出て来ても、まあ政治家だからしょうがねえな、とまず思います。しかし安倍総理の憲法に対する、無知なスタンスにはあまりにもほどがあると思っていましたので、散々このブログで安倍総理、及び自民党批判を繰り返して来ました。が、今イチ納得出来ない事があります。それはメディアの手の平のかえしようです。ちょっと前までは、安倍政権の支持率がそこそこだった事もあり、安倍政権翼賛体制の報道が気持ち悪いくらい横行していました。アッキースマイルがどうのこうのとか、安倍さんがゴルフで骨休めをしたとか、いい加減にしてくれと、憲法は国の一番根幹の部分なのに、全く無反応なメディアには怒りが頂点に達していました。それが今はどうです。安倍政権の支持率が急落した頃から、手の平を返し、参院選での大敗を喫した現状では、安倍たたきが常識となり、全くフォローなんて入れる気もない。世論に迎合し、視聴率が欲しいのもわかりますし、持ち上げてしゃぶり、叩いてしゃぶるのがメディアの常道だという事もわかります。しかしこの叩きよう、世論の一気に傾く様、つくづく底が抜けてるぜと思います。これじゃ子供だって何を信用していいのかわからない。政治家のインチキ具合はもちろん、メディアのいい加減さ、大人達の右往左往する様。自分は基本的に多数派というのは居心地が悪いと感じる、ひねくれ者ですし、みんなが白と言っている時には、黒と言いたくなるタイプですので、吐き気がします。
当ブログでは、安倍さんや自民党の事はそれこそクソミソにけなしました。自分でも感情的になりすぎているのではないかと恥ずかしくなるくらい、それこそ徹底的にメッタクソに書きましたが、今の安倍政権叩きには正直引いてしまいます。
安倍さんは生理的に嫌いですし、あのカメラ目線のぶら下がりを見るたびに気色悪いと思っていました。ディベートの際のあの薄ら笑い、鳥肌が立ちそうなくらい気持ち悪くて、見るのも嫌でした。世耕弘成的な広報戦略は安倍さんには全く効果なかったのかもしれません。もちろんあの頭の悪さ、人の意見を聞けない姿勢、美しい国とか言っているだけで、ホワイトカラー・エグゼンプションを導入したいとかいいつつ、少子化対策とかほざいてたり、非正規労働者が増えたり、安定した仕事がなくなれば、子供なんて産めなくなるのはアホでもわかりそうな事ですが、何をしたいのかが全くわからない。拉致被害者断固救出と叫んで、北朝鮮カードをすべて使いきってしまい、全く解決の糸口もなくなり、あげくの果てに核実験までされてしまった。論理的整合性のない場当たり的な人気主義、情緒的な国民の吹き上がりにさおさす、サブスタンスのない改革路線、いい加減にしてくれと思っておりましたが、もはや叩くほどの価値もないですし、マスコミの手の平のかえしようは不愉快です。
つづく。