さて一夜明けて、昨日の自民大敗にはちょっと浮かれてしまいました。特に片山虎之介、クックック、ケッケッケ、カァーッカッカッカ、思い出すだけで腹が痛くなってしまいそうですが、この結果をどう考えるのか、笑っている場合ではありません。
今回の投票率の相変わらずの数字は、もはや政治というものが、メディアが煽ろうが何だろうが、無関心と諦めによって支配されてしまっている層が沢山いるという事です。これは深刻な問題です。
親が政治に関心があって、選挙には必ず行くという家庭であれば、その子供もそういう親を見本にして育ち、政治に関心を持つという可能性は高いと思うのですが、全く親が無関心であり、政治もよくわからないという方が再生産する子供というのは、高い確率で同じような大人になってしまうシステムが回っています。親が子供を囲ってしまっているからでもあります。
これからは更にこの二極化が進んでいくような気がします。少なくなっているとは思いますが、親が自分の所属する団体の既得権の為に、特定の政党を支持しているという場合であれば、それが宗教上のものでないかぎり、全く同じ政党を支持するという事が必ずしも決まっているわけではないと思いますが、27時間テレビを満喫して、全く選挙なんかに関心がないという方々が育てる子供であれば、あまり希望は持てません。
この現状を打破する為にはインターネットというのは希望のあるメディアですが、総務省は怪しげな動きをしていましたので、今回の選挙結果はその動きに一定の歯止めがかけられればいいと思うのですが、それはこれから次第という事になろうかと思います。
投票率が上がらない理由の一つとして、選挙結果が出ても、いつもいつも結局何も変わらない、何も善くなどならないという事が大きい理由としてあるのだろうと思いますが、今回の結果も弱者救済という民主党のばらまき政策に、政治家や官僚ばかりがおいしい思いをしているのは許せん、俺達にも分け前をよこしやがれ、という利己的な反応を示しただけという見方も出来ると思います。
しかし民主党が言っているのは、あくまで無駄な歳出削減を目指し、その分を再分配すると、大雑把に言えばそういう事ですから、自民党の旧経世会的なダーティーリベラル、不透明なコーポラティズム、再配分政策には戻れませんし、戻るのであればこの国はもうお終いです。
自民党は一応建て前では、小泉さんの段階で不透明な再配分、旧経世会的なものを切り捨てました。20年遅れのネオリベ、小さな政府、事後チェック型の社会に舵を切ったわけです(責任の部分を民営化し、裁量と権限は国家が握ったままなので、小さな政府とは言うものの、政府の力自体は強まる)。
私見ではいろいろ言いたい事もありますが、それはわきにおいて、この発想は古くは小沢さん、そして民主党が元々旗印にしていたものです。それを小泉さんがパクっちゃった。まあ全然そうなっていないじゃないかという声もありますが、機会の平等を担保した競争社会それが目指すべき方向だったのだと思います。
小泉さんの時代にはそっちへ行くぞ、と声は大きかったものの、道半ばであり物足りなさを感じていた人が多くのマジョリティの感覚だったと思います。あれだけ支持率が高かった割には、それに見合った劇的な転換と言うわけでもなかった。
そしてその後を告ぐ安倍政権、何となく口では改革と言っているけれど、結局不透明な自民党的なものはちらほら見えてくるし、民主党が弱者救済路線、再配分路線に舵を切った為に、そっちの票が奪われてしまうという危機感からか、同じような事を言い出す始末。出て来る法案も穴だらけ、憲法を争点になんていっちゃった。なんだよ改革なんて結局嘘っぱちじゃねえかという部分が見えてしまった。都市部で自民の票が離れたのはそこに理由の一つがあるのではないでしょうか。
民主党は再配分を掲げていますが、不透明な旧自民党的なものには戻せません。透明なコーポラティズムを目指すしかないわけです。そうすると必ず地方のクレクレ主義者達の票は離れるでしょう。そのとき再び自民党がそこを汲み取るような御為ごかしのばらまきを口実にすれば、自民党の巻き返しは可能です。そういう層の人口は侮れない数存在します。
そうなったとき、その辺の層の取り込みの綱引き合戦の政局に終始し、この国の政治が足を引っ張られるようになれば、この国の未来はもうお終いでしょう。希望はゼロです。
二大政党制を掲げた時に、とれるパーティーアイデンティティは二つしかありません。選択肢は限られています。透明なコーポラティズムか、イニシャルエンドウメント、初期手持ち量の格差を是正し、機会の平等を担保した競争社会しかありません。不透明なばらまき政治や、勝つ方はいつも決まっている競争社会では、二大政党制には絶対になりようがありません。そんなの国民が許すはずないからです。その事を自民党も民主党も胸に刻んで政治を運営していかないのなら、未来は真っ暗です。
投票率の低さは絶望的ですが、選挙によって緊張感を持たせる事にはある程度成功出来たと思いますので、その部分は希望が持てます。投票に無関心な層を選挙に動員する為にも、どうせ政治家は汚い連中だというコンセンサスをを払拭し、無関心な人がいっぱいいた方が有利だなどと考えていると、最後には痛い目にあうと学んでもらいたいもんだと思います。
これからの舵取りで注目すべき点の一つは安全保障の問題です。安倍さんは戦後レジームからの脱却と言ってました。戦後体制とは、国連の戦勝国が設計した体制に他なりません。
それは即ち旧ファシズム国家を封じ込める体制です。前大戦というのは、恐慌という経済不況を、戦争という公共事業によって立て直すという体制です。ファシズム国家と呼ばれる旧枢軸国はもちろん、戦勝国である国々も少なからずそういう側面があったと思います。発展すればいつか飽和します。それを壊す事によって経済も回り、また立て直す事によって経済が回る。しかしこれは世界中が酷い目にあってしまった。景気を回せても、世の中が滅茶苦茶になってしまえば無意味、兵器の近代化がそういった経済の回し方を出来なくしてしまった。そこで考え出されたのが、戦後体制。
即ち世界最終戦争の恐れという恐怖を背後に、戦争経済を回す、それが戦後の冷戦体制と呼ばれたものです。そして現在、冷戦後世界最終戦争の恐れは無くなった、しかし新たなテロリズムという恐れによって、局地的な紛争によって、兵器産業に金を落とす事によって戦争経済を回す、それが戦後体制です。
公共事業を戦争経済によって回していいという事になっているのが戦勝国。それをやっちゃダメですよと縛られているのが国連の敵国条項に縛られている、敗戦国即ち我が国という事になるわけです。安倍さんは戦勝国の仲間入りをさせて下さいとブッシュにお願いしに訪米したわけです。しかしブッシュにそれはダメよと釘をさされた。日本はアメリカの奴隷のままでいなさいと、言われてしまった。日本の防諜能力の低さに信頼が無く、機密情報なんて共有出来るかという事でもあろうかと思います。
そこで安倍さん、環境政策を打ち出したりしだすわけです。戦争の変わりに環境というわけです。アメリカもそういう舵取りになりつつありますから、そこに遅れないようにという事でもあろうかと思います。
結局、アメリカの決めた枠の中でどう動くのかという選択肢しか現実問題としてありませんから、戦争のお手伝いをするのか、憲法を逆手に取って日本はそれが出来ないとだだをこねるのかの選択です。
戦争のお手伝いをするのはあまり納得いきませんが、どちらにせよ、自主独立のビジョンがあるかどうかが重要です。重武装化しなければ独立し平和を担保する事は出来ませんから、現在のアメリカが決めた枠組みの中でどう戦略的に振る舞って、アメリカから自立するのかという事が大切です。
アメリカに隷属したままで、平和だ戦争だと言い合っていても虚しい話です。平和の先に自立がなければ、いつまでもこの国はむしり取られるままです。
そして仮に日本の安全保障が脅かされる事態が起こっても、絶対にアメリカは日本の為に、日本人の為には動かないという事を自覚せねばなりません。
アメリカが動くのは、アメリカの国益が損なわれるか、アメリカにとっての利益がある時です。簡単な話で、日本はアメリカではないし、日本人はアメリカ人ではないからです。日本が攻撃されたとしても、アメリカは絶対に助けてくれません。アメリカが当事者になってしまうからです。アメリカにとって日本が攻撃され、国益を損なっていると感じた時だけ、結果的に助けてくれるかもしれないという事を頭に叩き込んでおく必要があるでしょう。日本人が何人死のうが、それを理由にアメリカが動くという事は絶対に有り得ません。
そうなるとやっぱり9条をどうするかと言う問題で、延々と綱引き合戦に陥るような気もしないでもありませんが、どちらになるにせよ、しばらくはアメリカの決めたフレームの枠からは出られないという事は覚悟しておく必要があるでしょう。
そしてどちらにせよ自立を目指しているのか、依存を前提に国家を運営して行くしかないと諦めているのか、見極める必要もあろうかと思います。
強気で威張り散らしたり、空論の平和を叫んだりして、国民の情緒を吸い上げるようなポピュリズムは、いい加減もう止めていただいて、中身のある長期的なビジョンに基づいた国防を考えて貰いたいもんです。
国政が停滞すると経済が沈滞するという事もよく言われたりしますが、今日の日経平均もプラ転してましたので、影響は限定的でしょう。政治との癒着が物理的に断ち切られれば、困るのは既得権益者達です。そういう既得権が風通しが良くなれば競争のモチベーションはあがりますから、経済にとって必ずしもマイナスかと言うとそういうわけでもない。
もはや経済というのは日本一国でどうこう言う時代ではありません。グローバライゼーションの流れというのは、もはや抗えない流れです。この先、政治が停滞したり、アホな政策を打たなければ、政治によって影響を受ける事はそれほどでもないのではないかと思います。副作用を考えず、余計な事を大衆に迎合して、人気取りの為にやらないでくれよと願うばかりです。
それにしても安倍さん、ある意味凄いと思いますが、私には責任があると言いながら、辞めずに続投する事で責任を果たすと言います。それが嫌だと国民が言っているのに、やっぱりあの人は人の話を聞けない、自分に都合の悪い意見は聞かない人なのではないかと思ってしまいます。
どうしても辞めないというのなら、これから国民の信頼を回復する為に、やるべき事はいくら安倍さんでもわかっているはずです。短期的な人気回復のばらまきをしたり、御為ごかしな政策しか打てないのであれば、戦後最も恥ずべき存在として語り継がれる事になるでしょう。
岸信介の安保改定が戦後の民主主義の分水嶺になった如く、安倍さんの舵取りに対する国民の反応も今後の日本を左右する分水嶺だったと思います。その事を厳格に受け止めて、心を入れ替えてほしいと思います。まあ支持はしませんが、嫌いでもやる事やれば評価はします。安倍さんが本気で辞めないのなら、いい意味で期待を裏切ってくれる事を期待せずに祈っています。