教育三法、イラク特措法が参議院で可決しましたね。もうやりたい放題、会期を延長し残る重要法案も通すのでしょう。なんか虚しくなって来ます。参院選で自民党はボロクソに破れるという事を想定して、今のうちに出来る事をやっちまえ、という感じなのかもしれません。だとするとムカつきますがそれはそれで合理的な判断なのかもしれません。参院選で負けても、安倍総理は責任を取りそうもないですし、衆議院では圧倒的多数という情勢は変わりませんので、改革を押し進めたというサブスタンスのない旗を立てて、人気回復に精を出すつもりなのでしょう、勝てば勝ったで儲け物だし、負けるのだとしても織り込み済みで、参院選を犠牲にしてでも、改革の安倍、日本を再生させる自民党というイメージを構築したいのかもしれません。そんな事で騙される人がいるのかと思いますが、いそうな気がしないでもないのが厄介です。しかも結構な数。おそらくメディアも知らん顔でしょうし、全くやりきれませんね。
野党のスキャンダルなどを炸裂させれば、のどもとすぎればなんとやらではありませんが、日本人の悪いくせである忘却癖を巧みに利用し、あながち人気回復も有り得ると思える所が困った所でもあります。
教育改革関連三法を強引に成立させましたが、相変わらず曖昧な文章で何が言いたいのかわざとわかりづらく書く、この国のお家芸のような文脈です。
「ダメ教師には辞めて頂く」という、安倍さんの言い分は分からない話じゃありませんが、誰にとっての「ダメ教師」なのか、そこん所が、国家権力や教育委員会にとって、という事では話は全く違います。免許更新制にしても、子供の未来、即ちこの国の未来にとってのクォリファイでなくては意味がないと思います。例えばそれが目的だとしても、どうやってそれを担保するのか、そこらへんが曖昧に見えます。子供の未来に対して有効な教師をスクリーニングする為の制度なのだとしても、抜け穴がありすぎます。
アメリカなどでも2002年にブッシュが署名した、ノーチャイルド・レフト・ビハインド、即ち、一人も落ちこぼれさせない法、生徒による学力テストの成績によって、教師を選別したり罰を与える政策を導入しました。それ以前から導入していた州もありましたが、優秀な教師には、昇進やボーナスなどのアメが与えられ、生徒の点が悪いと罰を受けるというムチが与えられました。これによって前向きなインセンティブが生まれる事になりますが、実際にはインチキが調べられる事なんてないし、見つかる事も滅多にない、罰を受ける事なんて殆どない、という状況があり、生徒の点数に下駄を履かせるというインチキを行うインセンティブが強まり、不正を行っている教師が増えたと言います。明確にそういう状況が見えたとしても、それを立証するのはとても難しくなってしまう。厳しくしたからと言って必ずしもいい結果を招くとは限らないという典型的な例です。
教師のスクリーニングの方法は違いますが、実際に上手く機能させる為にこの法律を通したのだとしても、問題点が多すぎます。最悪なのは免許更新制という名目上のプロセスを踏む事によって一応国家権力の役割は果たしているという言い訳にもなりますし、いざという時には現場に責任を押し付け、中央は権限と裁量を強力に握ったままにする。という文面がさりげなく盛り込んであります。役人は地方に対する権限を握ったままにする事によって、例えば天下り先の確保を目論んでいるのかもしれませんし、地方分権化という流れに逆行しているようにも読めてしまいます。全くなんでいつもこの国の政策というのは、曖昧な表現を残し抜け道を確保するような、誤摩化しばかり続けるのか嫌気がさして来ます。それを改革したなどと逃げる構図も相変わらずですが、本当いい加減にしてもらいたいもんです。曖昧な表現をしておいて、そんな深い意味はないと逃げるのでしょうが、そういった玉虫色の表現を残す理由は一つしかありません。誤摩化す為と言って間違いないでしょう。
国家権力が権限や裁量を握ったまま、形式的には地方分権化的な方向に向かっていると思わせる。もちろん最終的に責任があるのは国家権力である事は間違いないと思いますし、地方で解決出来なければ、国家という行政単位が面倒を見るという事は当然でしょう。しかしこの改革ですと、責任は地方や末端の現場に押し付けて、国家権力はそれを罰する権限や、舵取りの裁量を握ったままになる蓋然性が見え見えです。ようするに大店法の緩和などと同じですが、地方を空洞化させて、中央の権限を強化する、責任は自己責任原則によって末端に押し付け、国家権力が事後チェックによって、強力な裁量を行使する。そういったスキームと同じです。非正規労働者を増やし、成立しませんでしたがホワイトカラー・エグゼンプションによって、グローバルエリートとグローバル企業の生き残りをはかり、それらが集まっている都市の一極集中国家として、中央の権限を強める。こういった流れでは、この国はもう立ち行かない状況であるにもかかわらず、いまだにその舵を切り替えるどころか、更にアクセルをふかすような事をやっています。満員電車からはイノベイティブな発想は生まれません。
アメリカは80年代にレーガノミックスによって地方分権に舵を切り替え、今ではダウ平均採用の30の大企業のうち、ニューヨークに本社があるのは7社にすぎません、世界企業の殆どが、ニューヨーク以外の場所から生まれした。80年代は、マイクロソフト、インテル、オラクル、ウォルマート、90年代にはシスコシステムズ、ヤフー、アマゾン、グーグル、金融機関でさえ、ピムコ、テンプルトン、カーギルなど、地方からどんどんベンチャーが生まれてくる構造に組み替えて活性化させました。GEのような古い企業もニューヨークから出て行き生まれ変わりました。
それに比べて日本の方向性は全く逆行しています。地方を破綻に追い込んでも中央が生き残るなど考えられない舵取りです。日本の上場企業の五割の本社が東京であり、時価総額トップ50のうち38社の本社が東京にあります。そのなかで過去30年間に一から新しく出来た会社はソフトバンク一社のみです。3%の国土に8200万人が住み、97%の国土が活用されきっていません。観光の赤字は3兆円に達しています。土地の価格の高い都会に本社を置き、満員電車で長時間の通勤に耐える我が国の労働生産性は先進国のなかでも非常に低いレベルです。単純に労働時間だけを見ても、もはやアメリカにも遠く及びません。働き過ぎとか、日本的な経営とか、そういうのはもはや幻想にすぎません。一部の技術力が素晴らしいというだけです。
地方分権化しなければこの国の先行きは真っ暗な事は明らかであるにもかかわらず、それとは間逆の政策を延々と打ち続けています。アメリカを例に出すと毛嫌いされる方もいると思いますが、ヨーロッパなら尚更、地方を空洞化して中央の生き残りをはかるなど考えられない発想です。
地方に分権化するという建て前は威勢よくほざいていますが、実際はしっかり手綱を握って中央が権限や裁量を残したままであるのが我が国のインチキ構造改革なるものの正体です。だから国民に実感がないのも当たり前というわけです。
中央集権国家というのは、明治維新によって近代化をはたした時のような状況であれば効果はあります。廃藩置県によって地方を空洞化し、天皇と愛国心によって国民の寂しさを吸い上げ、近代国家を作り出す。そういう目標があれば、教育も中央が強力な権限や裁量を持って、一律に村人から国民化する為の教育を行う。これもそれなりに効果があります。実際それによってこの国は信じられないようなスピードで近代化を果たし、列強と肩を並べるまでになりました。
戦後の焼け野原から復興する時にも、こういったシステムによって驚異的なスピードで復活を遂げました。しかしバブルも弾け、人口も減っていくこの国が、加工貿易を主体にした産業基盤で、人件費の安い中国やインドと不毛の戦いを続けていくにはもう無理があります。中央集権国家的な体制では、もう上手く回らないという状態になっているにもかかわらず、相変わらず過去の成功体験にすがり、地方の空洞化をレバレッジにして国の発展を目指そうとしています。そして空洞化した寂しい人々や、不毛な生産活動を続ける、都市型弱者の寂しさを、自民党的インチキ愛国心によって吸い上げようとしています。話になりません。
教育というのは、国の一番根幹的な重要な部分です。もう中央集権型では立ち行かないのは明らかであるにもかかわらず、一律的に国が教育を管理するのは全く時代遅れも甚だしい事です。全体で同じ方向を向いていたのでは、失敗するときは全員で失敗する事になってしまいます。それを避ける為にも分権化は絶対に必要なのです。分権化すればもちろん失敗する地方も出てくるでしょう。しかし全員で失敗するよりはマシですし、失敗する所もあれば成功する所も出て来ます。その成功例を取り入れれば、被害は最小限で済みます。
教育改革は必要だと思いますが、今のやり方では全然話になりません。中央の権限を残し責任を末端に押し付ける、教師のスクリーニングも中央の都合のいいように利用出来る部分を大いに残している。教師の多様性を取り入れるどころか、益々画一的にする方向性にしか見えない。これで教育改革だと偉そうにする連中には騙されないようにしましょう。
もう一つイラクの話題です。
出口戦略のないアメリカの中東政策に、隷属していくしか選択肢のない我が国の外交力のなさ、それ以外の選択肢を呼び込もうとする意志をどこからも感じる事が出来ない諦めが、この国を支配している象徴的な空気なのかもしれません。北朝鮮や中国などの脅威によって盲目的にアメリカに追従する。実際それによって日本の立場がよくなっているのかと言えば、六カ国協議では見捨てられ、日本を重視しない方向にアメリカも舵を切りつつあります。当然市場としても人口の減っていく衰退国家ですので魅力はありませんし、政治家や官僚が相も変わらず権益の争奪戦を国内で繰り広げている鍔迫り合いを見れば、相手にされなくなっても仕方のない事かもしれません。アメリカにとっていくらでも突っ込むネタには事欠きませんから、日本を一人前のプレーヤーとして相手するなどくだらないというわけです。国際的にもアメリカの奴隷としてくっついていくしか選択肢がないと、どこの国でもわかっていますので、金を出してもらい援助でもしてくれないかぎり、日本などまともに相手した所で意味はないと思うわけです。どうせアメリカの属国くらいにしか思われてもいないのでしょう。
アメリカに追従していかないと国益が損なわれる、そういう危機感があるのだと思いますが、追従した所でたいした国益があるようにも思えず、どちらにしてもろくな選択肢のないように見える閉鎖感、全く厄介です。
しかし先々を考えれば、対米依存一辺倒では益々ろくな事はないと思いますので、一時バッシングを受けても、アメリカから自立する事を念頭に置いて行動しないと、いつまでたっても、どこまでいっても、この袋小路からは出られないのではないかと思います。
もちろん外交的な駆け引きが重要ですので今の政府にそんな真似が出来るのかどうか考えると、不可能に思えてしまいますが、諦めて奴隷のままで居続けるのか、諸外国やアメリカを説得して、一人前の自立した国家を目指すのか、真剣に考えなければならないのではないかとそう思うわけであります。
少なくともアメリカのイラク政策に追従しているだけでは、マイナスにはなるかもしれませんが、殆どプラスの作用はないのではないかと。イラク政策に追従してこの国の国際的立場やアメリカとの関係がよくなっているのかと言えば、全くよくなっているようには見えません。言葉で日本はパートナーですとアメリカに言ってもらえればプラスになっていると考えている人もたくさんいますが、アメリカは言葉で言っているだけで、実際の行動ではむしろ日本を無視しつつあります。
無視されてるとか、褒めてもらえたとか、一喜一憂するようなご機嫌伺いを行っていたのでは、バカバカしいのではないかと感じるわけです。アメリカがどうかという事を全く考えずにこの国の舵取りは現状では難しいのだとしても、この国が繁栄する為に、アメリカや国際社会とどう向き合うのかという目線が必要です。この国にとってプラスにならないのであれば、一時無視されたからと言ってヒステリックにならずに、喜んでもらえたように見えたからと言って、近隣国家に威丈高になるのでもなく、日本にとってどれが一番賢い選択なのか、戦略的に考える事が重要です。
なるべくアメリカを怒らせないように配慮する事は必要です。闇雲に反米感情を煽ってもろくな事はありません。しかしアメリカが機嫌を損ねそうだから、あれも出来ないこれも出来ないでは国家権力なんてもはや何の役割も果たしていないのと同義です。アメリカと同じようにしか出来ないのなら、いっその事、アメリカの言う事を聞く出張所があればそれで十分です。税金でバカみたいな人数を抱えている意味などなくなってしまいます。
権力者たちの無能さを、アメリカのせいにしてエクスキューズしている状況もあるのではないかと感じるわけです。交渉力のなさを、交渉相手に責任を押し付けても仕方ありません。それぞれ出来るだけ多くのゲインを引き出そうと交渉するわけですから、交渉がうまく出来なかった無能さは交渉力のなさにあります。それは北朝鮮外交などでも全く同じ事です。何の進展もない状況を、相手のせいにしてもどうにもなりません。そこを何とかするのが交渉ってもんです。それが出来ないのなら、何の役にも立っていないのと全く同じ事になってしまいます。
安倍さんが仮に本当に善意で改革をしているのだとしても、残念ながらこれらを見ていても、どうもその器ではないようにしか見えません。いいとこのお坊ちゃんで、善い人なのかもしれませんが国の舵取りを任せるにはあまりにも役不足なのではないかと思ってしまいます。本当に美しい国にしたいと思ってらっしゃるのなら、こんなサブスタンスのない改革では話になりません。わかってやっているのなら何を言っても無駄ですが、そうでないのなら、早いとこ気付いてもらいたいもんだと思います。歴史にその名前を、恥じるべき存在として残したくないのであれば。