だいぶ引っ張っているこのネタ、今日で終われるのかは定かではありませんが、懲りずに続きを書きたいと思います。それでは始めます。
今のこの国の政治を見ていますと、危機的状況という事に対処するというより、むしろ悪用して、民主主義を否定するような強行採決や、自由を規制し、国が余計なお世話的な、パターナリズム的な管理、重罰化の方向に舵を切っています。依存的な国民もお任せで安心安全を担保して貰える、というエサに引っかかり、まんまと自由や権利をむしろ進んで国家に差し出すという流れのなかにいるようにも感じます。かつてこの国が暴走をしていくきっかけをつくった、支那事変以後の状態に似ています。あのときは日本が中国を攻めていましたから全く逆の状態になりつつあるのですが、緊張状態である事には、事実とバイアスのかかったものの混同はありますが間違いありません。かつての支那事変がそうだったように、今のパワーゲームの狭間にある状態での危機は、官僚や、一部の政治家にとっては好都合という事です。日本人は資本主義にどっぷり浸かっているくせに、自分達が満たされていないと不平等だの、格差だの騒ぐのが好きな、潜在的社会主義に汚染されている国です。マルキズムという意味においての社会主義というより、甘えた全くお門違いな平等観念です。子供を教育する、教師が日本的左翼思想に毒されているのですから、仕方がないと言えば仕方がないのですが、我々が軍国主義と勘違いしているものの正体は社会主義政策です。国民の自由を規制し、国が統制管理する。
この国は維新以降そこそこ民主的な国づくりによって、運営していました。しかし後に軍国主義と我々が教育を受けた状況に突っ走っていく、そもそもの原因は諸説ありますが、一つのきっかけはロシア革命による影響が強かったのではないかと思います。ロシア革命は世界中に甚大な影響を与えました。イギリスなんかも社会主義に蝕まれ戦後も色濃く残っていく事になります。サッチャーの登場によってそれを駆逐したと言われているわけですが、ドイツにおいては共産党とヒトラーの喧嘩になりヒトラーが勝つ、ヒトラーはコミュニストとユダヤを駆逐するのが目的でした。現代の世界がコミュニストとユダヤに牛耳られている状況は、ある意味、皮肉としか言いようがありません。イタリアはムッソリーニと共産党の喧嘩になり、ムッソリーニが勝つ、イタリアのマフィアがなぜアメリカにいるのかといえば、ムッソリーニが追い出したからです。両者とも毒ガスなどをつかったりして恐ろしいナショナリストのイメージがありますが、実はガチガチの社会主義者でした。ナチスの正式名称は、ナツオナリ・ゾツイアリ・ステッシュ・ドイチェ・アルバイターパルタイ、国家社会主義ドイツ労働党です。ムッソリーニのファシズムも左翼でした。社会主義と共産主義どちらも今の我々の価値観から見れば左翼ですが、その左翼同士が争ったってわけです。この国でいう所の、民青と中核派が争ったり、中核派と革マルが争ったのと似ています。
当時の日本の国家が利用した、という意味においての右翼の構図もこれです。ロシアに革命が起きて強力な五カ年計画を進めてくる、満豪国境にも二十個師団が短期的に集中してくるような事をする。当時満州にあった日本の軍隊はたったの一個師団程度でした。中国にどんどん工作員を送り込んで反日運動をさせます。国家主義などに形を変えたが、指導していたのは共産主義者でした。上海事件もリーダーはモスクワから来たボロジンです。蒋介石も共産主義者と争いますが、後に共産党と一緒になって日本と戦争する方向に転換します。日本も大東亜共栄圏という理想を掲げながら、結局中国と戦争をしたわけですから、彼らから見れば嘘つきと言われるのも仕方のない事ですが、実際そういうパワーゲームの狭間で舵取りをしていたのもまた事実なのです。
そうやって社会主義や共産主義が思想としてどんどん入ってくるのに、それに対抗する思想体系が日本にはない、コミュニストは、ロシアのロマノフ王朝の王族、最後のツァーリ、ニコライ二世一家を皆殺しにして、世界に王朝は一つも認めないという思想でした。皇室を守るため、列強に対抗するために、この国のナショナリズムが生み出したもの、国家が利用したもの、軍国主義、右翼と呼ばれるものが生み出した思想、それが一君万民皆平等社会、つまり天皇のもとに日本人が直接結びつき、その間に資本家や地主や、華族などがない社会、左翼思想、社会主義国家をつくる、これが、軍国主義や国家が利用した、本来の右翼とは厳密に言えば違いますが、(もちろん現在のこの国に残っている右翼思想も殆どが本来のものとは全く別物です)右翼と呼ばれるものの正体なのです。
右翼の理論的指導者、大川周明も北一輝も実は左翼思想、社会主義者です。それを国家が吸い上げ利用したわけです。その思想を受けた青年将校が少なくありませんでした。官僚まで汚染され、その人達をを新官僚なんて呼ぶのですが。新官僚が、2・26事件で暗くなっていたこの国に、五摂家筆頭の近衛家当主、近衛文麿首相を担いで登場するわけです。近衛は右翼と左翼の区別がつきませんでした。彼の側にはゾルゲ事件を引き起こした、尾崎秀実みたいな本物の共産党員の朝日新聞記者や、新官僚がいっぱいいたのです。そういう連中が、自由を規制した統制的な社会主義的政策をばんばんつくっていこうとします。そんな時、支那事変が勃発するわけです。原因については諸説あるけれど、肝心なのは、近衛を担いでいた連中にとって好都合だったって事です。軍部の思惑とは別に、いったん始まってしまうとどんどん拡大してしまって、南京まで占領する事になります。
参謀本部の作戦部長だった、石原莞爾なんかは、大反対でした。支那で戦争するなどナポレオンがスペイン半島で戦争したようなもので、実に馬鹿げていると主張しています。ナポレオンはスペインと戦争したあたりから破滅の道に突き進んでいきます。石原は板垣征四郎と自らが引き起こした満州事変という強烈な成功体験が、悪影響を起こしている事に苦しんだわけです。石原は天才的な軍略家だったし、長期的展望も持っていました。満州事変のタイミングも抜群です。その成功体験に日本人が甘え、なぞっていく事になるわけです。もちろんマスコミ世論もイケイケどんどんだったから、それに押されたってのもありますが、近衛側近の意向が相当繁栄されていたと言えると思います。近衛は南京占領後に、蒋介石政府を相手にせずなんて馬鹿げた声明を発表したりしました。戦争をやっている相手を無視するって事は、講和条約を結ぶ事も出来ないし、戦争を終わらせる事も出来ない、そもそもこれを戦争と認識しないように、わざと事変という言い方にしたのも、日本と中国どちらも宣戦布告をしていないという理由で、戦争と認めない方が何かと都合がいい連中がいたのは確かです。戦争じゃないって事で、当然止める事が出来ないので、戦争は泥沼化していく事になります。なぜそういう状況を都合良く思う連中がいたのか、それはそういう危機をつくり出す事によって、あらゆる社会主義立法を、自由を規制し、国家権力の力を強める法律を、すいすい通す事ができるからです。支那事変という絶対に負ける可能性のない危機をつくり出して、この国を社会主義の国に変える事が出来ると考えたからです。社会主義というのは富を絞り出すのに凄い力を発揮します。国が裕福になればなるほど社会主義国家に転換した直後は、あらゆる人的、物的資源を絞り出すわけだから、一時的には軍拡化を進めるのに都合がいいのです。国家権力の好き勝手に出来るわけですから。しかし富が枯れきると配給制度になりしぼんでいきます。第二次大戦の末期の日本の状況も枯れきって負けてしまいました。当時はドイツやソ連なんかがものすごい力を一時的に発揮していたので。それに対抗するためかどうかはわかりませんが、日本も同じ道を歩んだってわけです。
ドイツは第一次大戦で敗戦し疲労困憊で、天文学的なインフレで酷い状況でした。ヒトラーが社会主義政策(ケインジアン的な政策とも言えますが)をやってそれを立て直すと、短期間でヨーロッパ最強の陸軍と空軍が出来るわけです。ドイツと日本は負けてしまいましたが、戦勝国のソ連だって、世界一の金がでて、アラビアに匹敵する石油を持ち、森林資源は凄まじい量で、穀倉地帯もある、五カ年計画で強烈な勢いを発揮していた、それが戦後45年たつと、内部から崩壊していきました。
近衛は後に言っています。自分は右翼と左翼は違うものと思っていた、ところが今振り返ってみると全く同じものだった、と、昭和天皇に詫びています。右翼というのは国体つまり天皇尊重を振り回す共産主義者だったと、近衛は断定しています。近衛に責任がないとはもちろん言えませんが、皇室尊重を振り回す共産主義者達が、支那事変を泥沼化させる事で、国家社会主義を目指し、ドイツやイタリアと同盟を結び、後戻り出来ない形で戦争に突入していったのが前大戦というわけです。
戦後、朝鮮戦争が始まりアメリカは気付きます。日本と同じ事をやっているって、朝鮮半島に清国が入った時、日清戦争が起き、ロシアが入った時、日露戦争が起こった、そして、スターリンから武器、毛沢東から兵隊をもらった、北の将軍様が朝鮮半島の北の方から攻めてきて、アメリカは戦わざるを得なくなるわけです。そして日本のおかれた立場を、身を以て知る事となり、日本を即刻独立させようとします。サンフランシスコ平和条約や日米安保がバタバタと結ばれる。
ところが、日本には平和条約に強力な反対者がいました。ソ連はその時、朝鮮戦争の真っ最中で平和条約に加わるわけがない、当時の進歩的文化人と言われた左翼は、ソ連が加わらない講和を、単独講和と言って反対と騒いだのです。ソ連が加わる講和条約だけが全面講和だと言ったのです。全面講和か単独講和かという図式にして(今でもメディアなどがよくやる単純化した二項対立)大騒ぎしたのです。岩波書店や朝日新聞なんかは全面講和論者でした。当時の吉田茂首相は何とか独立するために、何とか講和条約を結ぼうと模索する、そうしなければ独立は出来ないし、という事は占領が続く事になるからです。何とか国会で過半数にこぎつけ、講和条約を結びました。この時、単独講和反対を唱え続けたのが、共産党や、当時の社会党でした。全面講和など不可能な幻想を支持し、独立反対を叫んでいたのです。日本は何も自主的に出来ないままアメリカの属国のままでいろと言う事を叫んでいたのが、左翼政党なのです。
その癌細胞のような本来の意味をはき違えた、左翼思想、間違ったいい加減な、社会主義という甘えた思想は日本を毒し続けました。マルクスは失業を無くすためには資本主義を無くさなければならない、とは言いましたが、資本主義を無くせば失業がなくなるとは言ってません。しかし間違ってはしょった社会主義というのは、資本主義をなくしても失業がなくならないこれはおかしい、資本主義を打倒すれば失業が無い社会になると公言した手前、何とかしなければならない、それじゃ失業自体を無い事にしよう、見なかった事にしようと言って、失業がある現実を無視して、悪平等に陥ってしまった。それが社会主義を勘違いしている要因です。資本主義というのは失業が起こる、だから失業の無い社会にする為にはまず資本主義から脱却しなければならない、しかし資本主義を脱却したからと言って、それだけで失業がなくなるなどとは一言も言ってないのです。
なかでもそのいい加減な戦前的な社会主義を色濃く残し続けたのが官庁です。今の厚労省つまり、旧厚生省や旧労働省、農水省なんかも色濃く残っていますし、そのなかでも財務省、旧大蔵省は凄まじいものがあります。ブレストンウッズ体制からニクソンショックが起こった時などは、全く何も出来ず、アホ集団ぶりを発揮してくれましたが、そういう事が全然、経験として生かされない、セクショナリズムの問題でもありますが、間違った社会主義思想に毒された集団というのは、責任という概念がないのです。旧大蔵省は銀行は一つも潰さないと言っていました。結局潰すのですが、自由経済なのにありえない話です。一つも潰さないという考え自体、はしょった社会主義なのです。だから大きな銀行も、小さな銀行も利率を同じにしろと行政指導したり、自由競争を阻止したのです。そして旧大蔵省の社会主義政策、天下の悪法、総量規制の実施によって、バブルを叩き潰し、繁栄の基礎を一挙に失い、平成不況に叩き込まれる事になります。まあ他にも理由はもちろんあります。地価や株価の熱狂的な高騰、消費税なんかもタイミング悪く導入されたりもしたし、日銀の政策も完全に後手後手に回ってました。だけどそのバブルに決定的な急ブレーキをかけたのが、旧大蔵省の政策でした。プラザ合意によって日本の急激な円高が始まり、それにより国内の投機が加熱する、一ドル二四〇円だったのが僅か一年で一二〇円まであがり、それによって資金が為替えリスクのない国内に向かいました。株や土地、土地神話なんて言われていて、東京二十三区の地価でアメリカ全土が購入出来たなんて本当か嘘か言われていたらしいですし、銀行は土地を担保にしてガンガン貸し付けを拡大しました。暴力団による地上げ屋なんてのもいましたね。日本の企業がF1チームの買収やスポンサーに名乗りを上げたり、ロックフェラーセンターなどの世界の不動産、絵画や骨董品、高級車、ゴルフ場経営、リゾート開発、ソ連はアメリカとの軍拡競争に破れ、アフガニスタン侵攻による負担増大、東欧諸国の離反、崩壊の一歩手前、ヨーロッパは深刻な失業率と東欧民主化による混乱、アメリカはユーフォリアを経て迷走、住宅金融に破綻の兆し、経常収支が均衡に向かうなかで国内経済は低迷し、失業率の悪化、記録的財政赤字に繋がりつつありました。中国は天安門事件が発生する、こうした世界情勢で、政治的に安定している上に空前の好景気で、ジャパン・アズ・ナンバーワンなんて呼ばれて、世界一の経済大国になる、終戦から僅か四十年でです。その繁栄を、金融緩和終了で持続可能性の喪失、やがてその景気も天井をつけ、好景気に陰りが見え始めた所で、とどめとも言える総量規制という規制を加えてバブルを一挙に叩き潰してしまいました。銀行の担保になっている土地の値段を暴落させ、土地に税金を加えていって、容易に売買出来ないようにしてしまったのです。これらの事によって、日本は大東亜戦争に負けた以上の経済的な被害を受ける事になります。その繁栄の一切をぶっ壊した原因の一つが旧大蔵省の勘違いの社会主義政策です。拓銀、長銀、日債銀、山一証券、など次々と破綻していき、日本長期信用銀行なんて、今となってはギャグみたいな名前ですが、公的資金を四兆円もつぎ込んだあげく、長銀は十億以上の持参金をつけ、ハゲタカなんて言われた、アメリカの投資ファンド、リップルウッドに買収されてしまいます。結局旧大蔵省は誰一人その事で責任を取っていません。ノーパンしゃぶしゃぶに接待されていたノンキャリたちと、接待で目立ちすぎたエリート二、三人が、目くらましとしてお茶を濁す程度でした。
社会党が連立政権与党になったりもしました。悪夢です。土下座外交を決定的なものにしたわけです。いい加減な左翼思想、間違った社会主義というのは、二度この国を壊滅状態に追い込みました。ロシア革命以後その思想に毒され、国家がそれを利用し、決定的な敗戦を向かえる。白人の奴隷になる事が当たり前だった時代に、世界で初めて有色人種が白人文化に立ち向かい、有色人種でも戦える事を世界に知らしめたにもかかわらず、その時代を暗黒だと塗りつぶして、犯罪国家だったと認めてしまう。全く国民には何も語り継ごうとさえしてこなかった。日本は戦争に負けたわけですから、我々は悪かったという事を認める事は重要です。しかし嘘を教えちゃいけません。そのせいでインチキ右翼がまたしても台頭しはじめ、リベラル勢力が力を失ってしまいました。おまけに最近では国家までが自由を規制する方向に舵を切っています。間違った左翼思想ですからそうする事がむしろ目的なのかもしれませんが、物理的にも精神的にも壊滅に追い込む、バブル期世界一の経済大国に上り詰めたこの国を叩き潰し、世界中の笑い者になるような、蔑まれる幼稚な国家として信用もされない状況に貶めた。間接的に自殺に追い込まれた事はあったでしょうが、直接人命を失う事はなかったかもしれません。だけど、経済が受けた物理的ダメージと、精神的ダメージは、前大戦に匹敵する壊滅状態に追い込まれる事になります。今でもその傷は癒えません。身から出た錆とは言え、自由な社会というのは、どんな価値観を抱いても基本的に法律に触れなければ許される社会でなければなりません。いい加減な嘘や捏造で国民を管理するのは、戦前と何ら変わりませんし、北朝鮮と何ら変わりません。この国は民主主義を謳っているにもかかわらず、戦後長い事その自由を束縛して来ました。立ち位置による視座は様々であり、色んな意見があって当然です。それを自分にとって不愉快だからという理由で排除したのでは、それは自由とは対極にある社会となってしまいます。戦後この国は、思考停止的にある視座からの価値観に国民を縛り付けようとして来ました。我々は政策を誤った、たくさん人が死んだ、そう言う事を教えるのは必要ですが、ある事無い事、一つのイデオロギーから叩き込み、その枠にはまらないと軍国主義だの右翼だのと排除して来た結果、ある視座を絶対視しそこに情緒的に甘えて来た結果、今の現状の手詰まり状態に陥っているという現実、役に立たない情緒的な平和主義がこの国を迷走させてもいるという現実、騙されたという感覚のある国民が、これまた情緒的に吹き上がる厄介な構図、これらの原因の一端を担っているといって差し支えないでしょう。
インチキな左翼主義思想というのは、本当の意味での自由、責任を伴う自由を奪い、無責任な甘えた自由を浸透させます。私有財産に対する敵意、ソ連などは私有財産の没収から始まります。私有財産の相続も悪、金持ちになる手段を国民から奪う、経営者は儲かる、だから国有化もしくは規制で縛る、国民すべてを等しく貧乏にする、その上に巨大な官僚組織を置き、すべて国が収める、主体性を奪い、国民を馬鹿に保ち、偏った情報で世論を操作し、悪しき平等主義に陥り、一部のノーメンクラツーラを除けば、すべての国民を等しく貧乏にして平等を保つ、特権を握っている連中は豊かな生活をしている、盛んに平等を叫んでいるものたちが、等しく貧乏である事を逃れている、それが社会主義国家、共産主義国家の現実なのです。日本もそれと同じような構造が見えますね。社会主義、共産主義国家というのは、一時は世界中で流行りましたが、そのトレンドも今は下降しています。人間はそんなに優れた生き物じゃない、競争もないのにモチベーションは生まれないし、平等だと教育されればレバレッジも働かない、そもそも左翼という言葉は、フランス革命のジャコバン派の議会で座っていた席が、議長から見て左側だった事から来ているのですが、自由、平等、博愛の美名のもとに、アンシャンレジームを叩き潰し、ブルジョワ階層を悪とし、国王ルイ十六世、王妃マリー・アントワネット、その二人の子供、国王の妹とともに、ギロチンで処刑したり、独裁、恐怖政治と、極めて野蛮で残酷なしろものです。そのルソーの思想が、ヘーゲルを経由して、マルクスに流れ着く、それが世界中に飛び火するわけです。正確に言えば間違って。
ガーンまたしてもまとまりません。このまま行き着く所までいってしまえ。つづく。