ブッシュのホワイトハウス(上)/ボブ・ウッドワード

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ブッシュのホワイトハウス(下)/ボブ・ウッドワード

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寒くなったり、暖かくなったり、どっちなんだよ、という天候が続いていますが皆様いかがお過ごしでしょうか。本日は書籍について書きたいと思います。お題は、ボブ・ウッドワードさんの、STATE OF DENIAL ブッシュのホワイトハウス、について書いてみたいと思います。
この情報量、登場人物の数、現実のめまぐるしさ、社会システムが生み出す悪しき循環、政治の決定プロセスの上での合成の誤謬。何といいますか現実の厄介さや、複雑な感情の交差は時として物語以上に複雑で面白く、同時にどうにもならない人間の業、システムの弊害を感じます。このページ数、決して薄いとは言えない厚さですが、そのページ数以上にとても濃密なものが詰まっています。あくまでもある視座からの一つのドキュメントであり、作者のフィルターを通したものであるのはわかっているつもりですが、簡単に誰が悪い、どこに原因があるという事が描かれているわけではなく、複雑なセクショナリズムの交差、個人個人の鍔迫り合い、認知的バランス理論によってと申しましょうか、嫌なものは見たくない、人間の性と申しましょうか、エントロピーは常に増大していくと申しましょうか、どうにもならない圧倒的なカオスが見事に切り取られています。
一般的な認識ですと、9・11以降のアメリカの政策は、アフガニスタン侵攻、イラクの泥沼化などは、ある程度アメリカの自業自得的反面があり、それでテロリストとアメリカが名指している人達以外の無辜の民も沢山巻き添えに合い酷いじゃないか、という感覚、いつもの軍産複合体の利権、公共事業的な景気を刺激する為の戦争、石油利権の確保、ネオコンの暗躍、ブッシュ政権の、例えばエンロン問題のような疑惑から目をさらさせる為だとか、個人のレベルに落としますと、ブッシュの無能さ、チェイニーやラムズフェルドのような悪者に見える輩が糸を引いている様が垣間見えたり、例えばハリバートンとチェイニーの繋がり、最近でも我が国ではタミフルにまつわる権益にラムズフェルドが一枚噛んでいるとなり騒ぎましたが、ようするに悪者っぽく見える輩がいて、そいつらが己の権益の為に裏で牛耳っていてこの有様になった、もしくは、目に見える悪者達の裏に更なる黒幕が存在して、その代弁者達である目に見える連中がそれぞれが所属する巨大な権益構造の為にアメリカの舵取りを好き勝手にマニピュレートしているとか、そういった認識が広まっており、イラク戦争が自由と民主主義の為のテロとの戦いだ、というのは御為ごかしだという感覚が段々ポピュラリティを獲得していると思いますし、アメリカ人でも現状のイラク政策にはちょっと問題があるのではないかと感じて来ているのではないでしょうか。それがブッシュ大統領の不人気、中間選挙での民主党の勝利に繋がっていると思います。我が国では相変わらず不人気になっている、共和党ブッシュ政権のケツをなめる選択しか出来ない政権が、そこそこ人気を維持していますが。
この本を読みますと、そういった一般的な認識である簡略化された構図というのは必ずしも真実ではない事がよく分かります。もちろん比較的ラムズフェルドやチェイニーといった、我々が知っている悪漢は傲慢であり、人の話も忠告も助言も全く聞かず、ある種、本当の目的、即ちテロの殲滅、イラクの民主化、戦争の勝利とは必ずしも結びつかないような、己の信念の為に勝手に振る舞っている様が描かれます。特にラムズフェルドの傲慢さは、典型的な我々がアングロサクソンに抱くステレオタイプと言うか、日本でも傲慢で人の話を全く聞かない輩は存在しますが、ここまで極端な輩は中々いないのではないかと思える位の傲慢さです。しかし彼らが教条的に信じている政策というのは必ずしも間違っているわけではなく、まあもちろんイラク攻撃に正当性があるかどうかという事は少しわきにおいてという意味ですが、戦争を遂行する役割分担としては、それぞれがこれでよいと思っている政策を打っているだけであり、全く他の意見との調整を果たしていないから彼の傲慢さが浮き出ているように描かれています。傲慢な輩の政策が間違っているからこんな厄介な状態に陥っているとは書かれていません。かといって調整した政策を打っている人々が、的確な政策を打っているのかと言うと、それぞれの言い分、それぞれの利害を調節し、大統領の人気を維持する為の政策が最優先になってしまい、結局無力化されてしまう。傲慢な輩は問題だが、事はそんなに単純ではない。
傲慢な連中の強引な政策も問題あるし、話し合ってよき政策を導き出そうとすると利害関係が相反してしまったり、セクショナリズムに陥ってしまったり、それぞれの担当が最適化を図っているように見えても、それらをアグリゲートすると合成の誤謬に陥ってしまう。傲慢な人間が裏で牛耳っていてそれを取っ払えばすべて上手くいくほど単純ではなく、簡単にはどうにもならないシステム自体の欠陥、民主主義の欠陥、そういった厄介などうにもならない混沌が描かれています。シビリアンコントロールという事がよく言われたりしますが、果たして本当にそれで上手くいくものなのか疑問が浮かんできます。少なくとも軍部に任せるより、文民統制の方がかろうじてマシで、その二つ以外の選択肢がないだけだ、という次元の話でしかないのなら、民主主義国家が戦争をするという事自体、そもそも無理があるのではないかと感じてしまいました。初期ギリシャの時代、民主政治を採用しているアテナイを中心とするデロス同盟が、寡頭制の貴族政治を採用しているスパルタを中心とするペロポネソス同盟との、ポリス間の権益争奪戦の末、ペロポネソス戦争に破れます。プラトンもアリストテレスも民主政治を憎んだと言います。民主政治など所詮貧乏人の衆愚政治だと。話し合わないと何も決まらない、そうこうしているうちに王制のスパルタの軍隊にやられてしまう。
ブッシュ大統領の無能さもよく言われている事ですし、ブッシュ大統領自体そもそも大統領になるような器ではなく、元々は田舎の頑固で気のいいおっちゃんが巨大な権力を握ってしまった事による弊害が描かれてもいますが、彼が知りたいと思う情報がなんなのか、また支持率を上げるため、選挙に勝つ為に必要な事はなんなのかという民主主義国家という形態をとっている以上、ある種仕方のない目的の為に、あらゆるセクションが右往左往します。支持率を上げる為にはイラクの真実を国民に知らせるわけにはいかなかったり、イラクが上手くいっているという事を、本当に上手くいくかどうかは別問題として示す必要があったり、反対意見や耳障りな意見に耳を傾ける事の出来ない大統領にも大きな問題はありますが、大統領にとって心地いい情報を上げて、セクショナリズムの鍔迫り合いを制するべく振る舞う輩がいたり、またそういった輩が重用されてしまったり、大統領を持ち上げる輩は輩で、それが仕事の一環でもある部分もあり一概に悪いとは言い切れない部分もあったり。
一番の問題点は何より出口戦略がないという所なのかもしれないという事が書かれています。どうなればイラク問題を解決したという状態になるのか、何をもって成功と言えるのか、それが明確にされていないままであり、したがって各セクションごと個別の目標をバラバラに目指し、それが余計に二進も三進もいかない状態になっている、一刻も早くイラクから撤退して、成功したと言いたいもの、撤退までいかなくともアメリカ兵を削減しイラクが自分達の足で立つべき状態を目指すべきだと思うもの、民主国家としてイラクが生まれ変わるプロセスを手助けするべきと考えるもの、今のイラクの現状を放ったらかしにして撤退などしてしまったら、益々宗派間対立が悪化し、治安も維持出来ず、バラバラになり内戦が起こるのではないかと思うもの、いつまでも駐留していたのではいつまでたってもアメリカを頼ってしまうから、多少強引であってもイラクの国民自身に決めさせるべきだと思うもの、ある程度、インフラを復興させなければイラク国民の人心は益々離れていくばかりだから、復興させなければならないがその為には反アメリカ勢力を鎮圧しなければ危なくて出来ないし、出来ても破壊されてしまうから、軍の削減は困ると思うもの、その為にはイラク自体で治安を守るべく軍隊や警察を整備しなければならないと思うもの、イラク軍や警察はバース党だった人達が多く、脱バース化など進めれば、一から軍や警察を素人達相手に組織しなければならず上手くいくわけないと思うもの、バース党はフセイン政権の根幹だったのだからそれを認めてしまったら何の為に体制を壊したのかわからないと思うもの、アメリカ国民にはイラクで失敗しているというイメージを植え付けたくないから、成功している根拠を探すもの、支持率アップ、選挙で勝つ為のリソースとしていかにイラクが楽観的に進んでいるかを示そうとするもの、たいした進展もないから、単なる死傷者の差し引き勘定で、アメリカの方が勝っているという事を示したいと思うもの(必ずしも戦死者の数が戦争の勝敗にはならない、ベトナムなどがいい例)、そしてイラクでの失敗を正直に話そうと思うもの、その失敗に乗じて報道をしようと思うものや、それを選挙の争点にしてブッシュ政権を追いつめようと思うもの、次期大統領選のリソースとして活用しようと思うもの、善意でこの戦争はどうやら不適切だったのではないかと反対するもの、様々な意見の交差、鍔迫り合いの構図によって、肝心の兵隊達やイラクの人々が日々死んでいく中で、全く出口のない袋小路にアメリカは陥ってしまっているように見えます。
出口戦略は重要です。第二次大戦の時、アメリカは開戦前にしっかり日本が本土決戦を選択した場合の被害予想や、出口戦略即ち占領統治の仕方まで計画済みだったと言われています。我が国が負けるのも当然の状態だったのかもしれません。我が国でも例えば日露戦争の際はしっかり出口戦略を練ってから始めています。伊藤博文はロシアとの戦争に反対で、井上馨らとなんとかロシアとの妥協の道を探っていました。山県有朋、桂太郎、加藤高明らは、ロシアとの対決は避けられないとして、日英同盟論を唱えていました。外交官小村寿太郎の交渉によって日英同盟が締結されると、伊藤らは日露協商交渉は断念しても良いと言ってすっぱり帰ってくる、そして日露戦争となるわけです。伊藤は戦争になったら仲裁を頼む相手はアメリカしかいないと考えました。イギリスは同盟国だし、ドイツとフランスはロシア側についていたからです。宣戦布告する前に金子堅太郎をアメリカのルーズベルトのもとへ行かせます。金子は地位はさほど高くないが、ハーバードでルーズベルトと同窓でした。肝心なのは戦争を始める前にちゃんと蹴りの付け方まで考えていた点です。第二次大戦の時にはそういう発想はありませんでした。それが大きな違いです。政治家にとって軍事学は絶対に必要です。軍事抜きの外交は有り得ないからです。それがわかっていないと出口戦略もクソもあったもんじゃありません。ビスマルクがなぜ偉かったのか軍事が解らないと理解出来ません。ちなみにこの国に蔓延っている平和主義も何の役にも立たないものが多く残っています。平和である事を守る為にも軍事アレルギーは致命的欠陥です。
バングラデシュ、ダッカのハイジャックでテロに屈し、世界中からこの国が腰抜け呼ばわりされる事になる原因をつくった、人命は地球より重いで有名な、東大法学部から大蔵省の秀才コースで総理になった福田赳夫が、当時の西ドイツ首相のシュミットが来日した際、当時のソ連の中距離弾道ミサイルの話になり何の事か解らなかったなんて話が、本当か嘘か残っていますが、そんな人間が総理になるなんてナンセンスです。明治の政治家は外交においても軍事は重要だという事を解っていました。恐らく孫子や春秋左氏伝などを何度も読んでいたのだとおもいます。論語の孔子や孟子は社会的に成功を収めていませんが、孫子は成功した人物です。彼のポリティコミリタリーは今でもなお色褪せない、それは真理だからです。哲学におけるアリストテレスやプラトンのようなもんです。孫子に匹敵するのはクラウゼビッツの戦争論くらいしかありません。クラウゼビッツにしても孫子には尊敬を持っています。孫子を読んでいれば支那事変や対米戦争など出来るはずがありません。孫子は多少手際が悪くても、素早く勝負をつけなくては駄目だ、戦争にはゆっくり上手く終わるなんていう話はないとハッキリ言っています。日清日露戦争の頃のリーダーはみんなその事を知っていた、だから二年以内に片を付けている、いつ終わるのかわからない戦争など始めない、それを孫子は一番戒めています。その後の秀才コースに乗った人たちは頭は数倍良かったと思いますが、実践向きではなかったのかもしれないと思います。コースが限定されてしまった事で、多様性が無くなりセクショナリズムが生まれます。今の官僚機構なんかと同じです。イラクの泥沼化もやはりセクショナリズムに陥っています。
外交においてもちろん戦争などやらないにこした事はないと思いますが、残念ながら現実はそういった理想だけでは動いておらず、戦争を含めた武力行使も外交カードの一つです。それを頭から否定してしまっている我が国の外交が上手く機能しない理由もそこにあります。やむ負えず戦争に踏み切らなければならない局面であれば、当然出口戦略は重要というわけです。出口がなければ出られませんから当たり前なのですが、失敗するつまり負ける戦い(負けないまでも勝てない戦い)に陥るのは、こういった出口戦略がないからです。また勝てないまでも負けない戦いをする為にも出口戦略は重要です。ざんざん特攻だの玉砕だの命を無駄にしたにもかかわらず、本土決戦の前にビビって降参してしまったこの国も、やはり負けるのであればなるべく犠牲者を少なくする負け方というものがあったはずで、しっかりとした出口戦略が無かった。アメリカが負けさせてくれなかったという事が言われたりしますが、交渉力のなさを敵国のせいにしてもどうにもなりません。戦争しているのですから敵のしかも負けている方が有利な条件など勝っている側がのむわけありません。そこを何とかするのが外交でありネゴシエートってもんです。
勝つにしても敵を皆殺しになど出来るわけありませんし、何をもって勝利とするのか、勝った後放置しておけば、ルサンチマンの溜まった状態になってますから、いつリベンジを行い報復されるかわかりませんし、戦後処理をきちんとやらないと将来の危険や脅威が潜在的に残ったままになります。どんなに絶望的な敗北に追い込んだとしても、その民族が残っている以上、何が起こるかわかりませんし、徹底的に痛めつければ痛めつけるほど、怨みの感情は大きくなってしまいます。ですからきちんと将来報復や、自国の安全を脅かす存在を生み出さない構造を構築しなければなりません。アメリカが我が国に行った占領政策もそういったもので、あれだけ徹底的に痛めつけられたにもかかわらず、アメリカに依存し、アメリカなしでは何も出来ない国になっていますので、そういった意味ではアメリカがこの国でやった占領政策は大成功だったといえるでしょう。
また明らかに敵の戦力が自国より上回っているという事を理解する為にも軍事は重要です。それがわかっていないと負ける戦いをするはめになります。それがわかっていれば戦わない選択、つまり外交によって何とか解決しようとしますから、戦争は回避出来る可能性もあるでしょうし、回避出来れば負けるよりはマシな状態を維持する事が出来ます。感情に任せて吹き上がって戦争するなど本来あってはならない事です。そういった決定によって多くの人々が死ぬ事になります。ですから国をマニピュレートしている人達にはしっかりと軍事を理解する事が重要なのだと思います。
あれほどブッシュ政権を支持していたアメリカ国民も、どうやらイラクは間違っていたのではないかという事を薄々気付きはじめ、支持していたという事は棚に上げてバックフラッシュが起こり、こんな間違った戦争はさっさと止めるべきであり、とっとと撤退するべきだとなるも、もう時間を戻す事は出来ない事でもあり、触れてはいけない、首を突っ込むと後戻りの出来ない問題に突き進んでしまった状態であり、今更止めると言ってもここまで来た以上、止める事によって更なる不安は増大する事は間違いないであろうし、中途半端で放り出すという事は、フセイン政権だった頃より、アメリカにとって厄介な状態になってしまうかもしれません。そう簡単にはいくわけも無く、中東の火種を炎上させてしまった今では、戦争は止めた方がいいと言っても、止めても前の状態には戻れない、多くのイラクの民を死なせ、町を破壊し、無法地帯と化してしまった状態はただ撤退してもどうにもならない。シーア派、スンニ派、クルド人という勢力がそれぞれの権益の為に争う構図に火をつけてしまった状態では、アメリカが撤退すれば平和になると言う簡単な事ではなくなってしまっている。
ヒズボラなどの組織がイラクの反政府組織を支持支援しているという厄介な状態にも陥っており、イランなど反米感情の強い国との連携はよりアメリカにとっての中東政策は泥沼化していく可能性もあるが、撤退して放置してしまう事もまたアメリカにとっては厄介。9・11の時、当時のイラン、ハタミ大統領は、テロを非難したり、タリバン攻撃を実質的に支援していました。イランはシーア派が大多数を占めていて、イスラム原理主義の国と言う見方をされていたけれど、ハタミ大統領は民主的な改革を押し進めて、自由化され、経済的にも裕福になり、女性の服装なども自由になっていました。それに伴う格差もあると言われていましたが、それがブッシュの発言によって爆発してしまう、イラク、北朝鮮と並んで、イランを悪の枢軸国呼ばわりしてしまいました。ただ単にブッシュがアホなのか、石油の利権を求めて挑発したのかはわかりませんが、それによってイランの国民は腹を立てて、ハタミ大統領の立場も悪くなってしまいました。親米ですり寄っても所詮アメリカはイランを敵視しているぞって、そして反米保守政権マフムード・アフマディネジャード大統領が登場し、核開発問題へと繋がっていく現在の構図に繋がっています。
もう後戻りは出来ない行き着く所まである種行ってしまっているように見える。間違っているのではないか、大量破壊兵器は実際には無かったし、ブッシュ政権は国民に言うべき事を言わず、イラクの真実を隠しているのではないか、これ以上、死人が増えていくのは耐えられない、もういい加減撤退した方がいいのではないか、ブッシュ政権は、フセインという独裁者と呼ばれる存在がいたおかげで、ある種かろうじて均衡が保たれていた触れてはいけない危険な均衡をぶち壊し、結果的に更なる不安を増大させてしまったのではないか。イラク政策の現状も実はどうにもならない泥沼化であり、認めたくなくとも、見たくなくとも、現実はそうではあらず、誤りを認めてイラクから身を引くべきなのではないか。そういうトレンドに世の中は動き出している所で、キッシンジャーが善悪ではなく、現実を直視した言葉を言います。もう後戻りは出来ない、アメリカの国益の為、安全安定の為、今更後戻りは出来ない、手を突っ込んだ以上、勝つ以外有効な出口戦略は無く、世論や議会に迎合して中途半端に事を穏便に済まそうとすれば、被害は更に拡大し、結果的にアメリカの安全が更に脅かされる状況しか無い、一端手をつけた以上道は前にしかない、その先にイランや他の反米イスラム組織と事を構えざるを得ない状況が待っているのだとしても、そこに突き進んでいく以外もはや道は無い、勝つ事を考えるべきであり、アメリカにとっての国益だけを考えればよい。非常にリアルなものの見方であり、戦争状態で人がどんどん死んでいくという状況に人は嫌気がさし、もういい加減にしてくれとなりますが、だからって止める選択などここまで来てしまった以上有り得ないという、全く厄介で認めたくはありませんが、確かにそれも真実なのかもしれません。イラクの無辜の民も大勢死に、強引な武力行使は酷いじゃないかという理不尽に、戦争なんて止めた方がいいんじゃないかという思いは、確かに善悪で言えば、正しいのかもしれませんし、自分もそういう風に思いますが、実際国の舵取りをしている人々は、世界の安定より、自国の繁栄の方がプライオリティは上にあり、それを担保する為にはきれい事は結構だが、それだけでは上手くいかないんだという現実問題にぶち当たります。全く非常に厄介です。だからと言ってブッシュ政権の選択が正しかったなんて自分は思えませんが、思おうが思わなかろうが、アメリカにとっての最善の解決策は、もはや勝ち進む以外に無いというキッシンジャーの言葉はハッとさせられ、誰が悪かろうが正しかろうが、アメリカの舵取りをしている人間達にとって選択肢はもはや残っていないのかもしれないという状況に暗澹たる気持ちになってしまいます。
今ブッシュ政権は大変不人気ですし、このままでいけば、アメリカはスイングバックして、強引な路線に歯止めをかける路線に世論は動いていくでしょうし、実際現状はそうなりつつあると思います。ちゃんと政権交代があり、誤った選択を選んでしまったという事がわかれば、アメリカは酷い国だぜと思いますが、ちゃんと反省して別の選択をしようとします。この国の政治が全く変わらないのとは随分違います。しかしそのスイングバックの振り子が大きければ大きいほど、次の政権は前政権との路線が極端に違いすぎて、やりすぎてしまう状況にアメリカは絶えずさらされているような気がします。今のブッシュ政権の極端な路線は、前クリントン政権の際の極端な政策が駄目だったという否定からの反動もあると思います。今の政権の路線を否定する為に、また極端なスイングバックが起これば、更に次の政権はもっと大きな反動になるかもしれません。クリントン政権だって、それ以前の反動によりあそこまで極端な路線をとったようにも見えます。政権交代が起こる事の弊害でもあるのかもしれませんが、全く動く気配すらないこの国のような状況の方が極端な路線はとらなくて済むからよいのか、それとも、例えそうであったとしてもある程度、何年かに一度政権交代が起こり、フレッシュに生まれ変わるべきなのか、自分は今の日本の現状は政権交代が中々起こる気配も無く、流動性の全くない淀んで濁った状態というのが非常に問題があると考えますが、選挙によって国民に選ばれなければ政治家にはなれない以上、どうしたって実際に行わなければならない政策と、国民の人気を得る為に言わねばならない政策の間に乖離があり、したがって選挙のためというインセンティブが働かざるを得ませんから、ポピュリズム的な政治に陥ってしまう危険があります。それを避ける為には国民が賢くならなければならず、国民が賢くなる為にはメディアの啓蒙が必要となりますが、それは全く期待出来ません。アメリカのようなたえず政権交代が起こるかもしれないという社会ですら、行き過ぎておかしな事になってしまうのですから、この国の幼児並みの民度ではもっと危険な状態になってしまうかもしれない可能性があると思います。実際、以前社会党が政権を取った時には相当おかしな方向に国の舵を切ってしまいましたから、今の野党の顔ぶれを見ても、そういった危険はどうしても付きまとってしまいます。もし日本の国民がその事を察知して、なんだかんだ言いつつも政権が動かないのであれば、それはそれで一つの合理的な選択なのかもしれないと感じてしまいます。が、例えそうであったとしても、自分はやっぱりある程度、政権交代が起こるべきだと思います。大きな失敗も無いが、悪しき弊害はいっこうに変わる気配もない現状を鑑みれば、政権交代が起こり、間違えたという気持ちにならなければ国民は学習出来ません。何も動かない状況では学びも教訓も生まれません。結局、国民はお上に依存し、どうせ政権交代など起こらないという安心感は政権を腐敗もさせます。そういった相互依存的、甘えた状況ではいつまでたっても国民の民度も上がりようも無く、同じような事を繰り返すだけだと感じます。現安倍政権は、もう開き直って、何でも強行採決で通してしまえ的な、民主国家を否定するような方向に舵を切っています。駄目野党ばかりなのが原因かもしれませんが、国民も以外と危機意識がありません。あんまり無体な強引な事をやっていると、いい加減な事をやっていると、次の選挙では勝てないかもしれないという危機意識があれば、そういう行動は取れるはずもありません。ある種、民主主義が死んでいる状況なのかもしれないと感じます。民主主義は万能ではありませんし、相当問題のある政治形態かもしれません。初期ギリシャ、アテナイの人々が味わった弊害が、今にいたっても延々と解決されないまま残っています。しかし少なくともそれ以外の政治形態よりはマシだという事を学習してやっと根付いた国がちらほら出て来ています。結局我々がどういう選択をとるのかどっちに転がっても確実な方法など未来の事ですからわかるわけありません。しかし依存的な状態と、自立的な状態、個人の人間のあり方に照らしても、どちらの方がいいかは簡単な事です。例え過ちを犯す危険があったとしても、依存状態で起こすのと、自立状態で起こすのでは、反省の度合いも違いますし、学びの度合いも違います。突き詰めていくとそういう事まで考えさせられる、圧倒的なカオスが描かれた深い作品でした。
この国はアメリカのケツを追っかけるような路線を相変わらず国際貢献とか言って誤摩化しています。ブッシュ政権が国民から梯子をはずされたが如く、アメリカから梯子をはずされた時に対するヘッジは全く行っているようには見えません。中国と仲良くしているフリをしていればある程度メディアからのバッシングは緩和出来るのかもしれませんが、あんなのは上っ面だけの関係でしかありませんし、中国だって何の為に日本と仲良くしているふりをしているのかと言えば、自国の内政の為、北京オリンピックや、上海万博の成功のためとも言えます。国際社会に、一人前の民度を認めてもらう為には、反日感情を和らげなければならず、その為には靖国参拝は何としても阻止しなければならない。
アメリカの政権が変わり、クリントン政権のようなジャパンナッシングのような時代にスイングバックすれば、当たり前ですが中国も我が国に対する姿勢も変えてくるかもしれません。かつて李鵬首相が当時オーストラリアのホーク首相との会談で、日本なんてものは二十年もすればこの地球上から消えてなくなる、と発言した事があります。ちょうどクリントン政権が中国を戦略的パートナーと重視して、日本は軽んじられていた頃です。一国の首相が公式の場で国交もあって条約も結んでいる独立国を名指しで発言したわけです。日本の政治家や知識人も大騒ぎしていましたが、肝心なのはその時点ですでに中国は日本の将来を予測しているという事です。バカにされていると、バカな政治家が騒いでいましたが、中国は自らの力で日本を亡き者にする選択肢を含めて準備しています。その為に軍部の近代化を進め、海軍の整備を整え、軍事を含めた選択肢も含め、虎視眈々と外交を行い、日本はずっと手玉に取られ続けているというわけです。仲良くするというのは依存するという事とは違います。中国だって自国の発展の為に必要であれば軍事というカードをしっかりもち、必要とあればそのカードも切って来るかもしれないという事を念頭に置いた戦略的外交が必要であり、それを踏まえて仲良くするべきです。国内の幼稚な権力争いをしている間に、日本の外部はどんどん変わっています。ペロポネソス戦争に破れたアテナイのようにならない為にも戦略的外交は不可欠です。民主主義が全く機能せず、我々がそれを自ら手放してしまうような事があるならば未来は真っ暗闇ですし、実際そういう傾向がちらほら見えています。いい加減甘えと依存的な状況から成長する為にも、イラクでぶち当たっているアメリカの現状はいい学びになります。アメリカのケツを追いかけて、依存的な状況から目覚める事が無いのならこの国に未来はろくなもんじゃないかもしれません。
ボブ・ウッドワードさんの、ブッシュのホワイトハウスを読んでつらつらと書いてみました。

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ブッシュのホワイトハウス(下)/ボブ・ウッドワード

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寒くなったり、暖かくなったり、どっちなんだよ、という天候が続いていますが皆様いかがお過ごしでしょうか。本日は書籍について書きたいと思います。お題は、ボブ・ウッドワードさんの、STATE OF DENIAL ブッシュのホワイトハウス、について書いてみたいと思います。
この情報量、登場人物の数、現実のめまぐるしさ、社会システムが生み出す悪しき循環、政治の決定プロセスの上での合成の誤謬。何といいますか現実の厄介さや、複雑な感情の交差は時として物語以上に複雑で面白く、同時にどうにもならない人間の業、システムの弊害を感じます。このページ数、決して薄いとは言えない厚さですが、そのページ数以上にとても濃密なものが詰まっています。あくまでもある視座からの一つのドキュメントであり、作者のフィルターを通したものであるのはわかっているつもりですが、簡単に誰が悪い、どこに原因があるという事が描かれているわけではなく、複雑なセクショナリズムの交差、個人個人の鍔迫り合い、認知的バランス理論によってと申しましょうか、嫌なものは見たくない、人間の性と申しましょうか、エントロピーは常に増大していくと申しましょうか、どうにもならない圧倒的なカオスが見事に切り取られています。
一般的な認識ですと、9・11以降のアメリカの政策は、アフガニスタン侵攻、イラクの泥沼化などは、ある程度アメリカの自業自得的反面があり、それでテロリストとアメリカが名指している人達以外の無辜の民も沢山巻き添えに合い酷いじゃないか、という感覚、いつもの軍産複合体の利権、公共事業的な景気を刺激する為の戦争、石油利権の確保、ネオコンの暗躍、ブッシュ政権の、例えばエンロン問題のような疑惑から目をさらさせる為だとか、個人のレベルに落としますと、ブッシュの無能さ、チェイニーやラムズフェルドのような悪者に見える輩が糸を引いている様が垣間見えたり、例えばハリバートンとチェイニーの繋がり、最近でも我が国ではタミフルにまつわる権益にラムズフェルドが一枚噛んでいるとなり騒ぎましたが、ようするに悪者っぽく見える輩がいて、そいつらが己の権益の為に裏で牛耳っていてこの有様になった、もしくは、目に見える悪者達の裏に更なる黒幕が存在して、その代弁者達である目に見える連中がそれぞれが所属する巨大な権益構造の為にアメリカの舵取りを好き勝手にマニピュレートしているとか、そういった認識が広まっており、イラク戦争が自由と民主主義の為のテロとの戦いだ、というのは御為ごかしだという感覚が段々ポピュラリティを獲得していると思いますし、アメリカ人でも現状のイラク政策にはちょっと問題があるのではないかと感じて来ているのではないでしょうか。それがブッシュ大統領の不人気、中間選挙での民主党の勝利に繋がっていると思います。我が国では相変わらず不人気になっている、共和党ブッシュ政権のケツをなめる選択しか出来ない政権が、そこそこ人気を維持していますが。
この本を読みますと、そういった一般的な認識である簡略化された構図というのは必ずしも真実ではない事がよく分かります。もちろん比較的ラムズフェルドやチェイニーといった、我々が知っている悪漢は傲慢であり、人の話も忠告も助言も全く聞かず、ある種、本当の目的、即ちテロの殲滅、イラクの民主化、戦争の勝利とは必ずしも結びつかないような、己の信念の為に勝手に振る舞っている様が描かれます。特にラムズフェルドの傲慢さは、典型的な我々がアングロサクソンに抱くステレオタイプと言うか、日本でも傲慢で人の話を全く聞かない輩は存在しますが、ここまで極端な輩は中々いないのではないかと思える位の傲慢さです。しかし彼らが教条的に信じている政策というのは必ずしも間違っているわけではなく、まあもちろんイラク攻撃に正当性があるかどうかという事は少しわきにおいてという意味ですが、戦争を遂行する役割分担としては、それぞれがこれでよいと思っている政策を打っているだけであり、全く他の意見との調整を果たしていないから彼の傲慢さが浮き出ているように描かれています。傲慢な輩の政策が間違っているからこんな厄介な状態に陥っているとは書かれていません。かといって調整した政策を打っている人々が、的確な政策を打っているのかと言うと、それぞれの言い分、それぞれの利害を調節し、大統領の人気を維持する為の政策が最優先になってしまい、結局無力化されてしまう。傲慢な輩は問題だが、事はそんなに単純ではない。
傲慢な連中の強引な政策も問題あるし、話し合ってよき政策を導き出そうとすると利害関係が相反してしまったり、セクショナリズムに陥ってしまったり、それぞれの担当が最適化を図っているように見えても、それらをアグリゲートすると合成の誤謬に陥ってしまう。傲慢な人間が裏で牛耳っていてそれを取っ払えばすべて上手くいくほど単純ではなく、簡単にはどうにもならないシステム自体の欠陥、民主主義の欠陥、そういった厄介などうにもならない混沌が描かれています。シビリアンコントロールという事がよく言われたりしますが、果たして本当にそれで上手くいくものなのか疑問が浮かんできます。少なくとも軍部に任せるより、文民統制の方がかろうじてマシで、その二つ以外の選択肢がないだけだ、という次元の話でしかないのなら、民主主義国家が戦争をするという事自体、そもそも無理があるのではないかと感じてしまいました。初期ギリシャの時代、民主政治を採用しているアテナイを中心とするデロス同盟が、寡頭制の貴族政治を採用しているスパルタを中心とするペロポネソス同盟との、ポリス間の権益争奪戦の末、ペロポネソス戦争に破れます。プラトンもアリストテレスも民主政治を憎んだと言います。民主政治など所詮貧乏人の衆愚政治だと。話し合わないと何も決まらない、そうこうしているうちに王制のスパルタの軍隊にやられてしまう。
ブッシュ大統領の無能さもよく言われている事ですし、ブッシュ大統領自体そもそも大統領になるような器ではなく、元々は田舎の頑固で気のいいおっちゃんが巨大な権力を握ってしまった事による弊害が描かれてもいますが、彼が知りたいと思う情報がなんなのか、また支持率を上げるため、選挙に勝つ為に必要な事はなんなのかという民主主義国家という形態をとっている以上、ある種仕方のない目的の為に、あらゆるセクションが右往左往します。支持率を上げる為にはイラクの真実を国民に知らせるわけにはいかなかったり、イラクが上手くいっているという事を、本当に上手くいくかどうかは別問題として示す必要があったり、反対意見や耳障りな意見に耳を傾ける事の出来ない大統領にも大きな問題はありますが、大統領にとって心地いい情報を上げて、セクショナリズムの鍔迫り合いを制するべく振る舞う輩がいたり、またそういった輩が重用されてしまったり、大統領を持ち上げる輩は輩で、それが仕事の一環でもある部分もあり一概に悪いとは言い切れない部分もあったり。
一番の問題点は何より出口戦略がないという所なのかもしれないという事が書かれています。どうなればイラク問題を解決したという状態になるのか、何をもって成功と言えるのか、それが明確にされていないままであり、したがって各セクションごと個別の目標をバラバラに目指し、それが余計に二進も三進もいかない状態になっている、一刻も早くイラクから撤退して、成功したと言いたいもの、撤退までいかなくともアメリカ兵を削減しイラクが自分達の足で立つべき状態を目指すべきだと思うもの、民主国家としてイラクが生まれ変わるプロセスを手助けするべきと考えるもの、今のイラクの現状を放ったらかしにして撤退などしてしまったら、益々宗派間対立が悪化し、治安も維持出来ず、バラバラになり内戦が起こるのではないかと思うもの、いつまでも駐留していたのではいつまでたってもアメリカを頼ってしまうから、多少強引であってもイラクの国民自身に決めさせるべきだと思うもの、ある程度、インフラを復興させなければイラク国民の人心は益々離れていくばかりだから、復興させなければならないがその為には反アメリカ勢力を鎮圧しなければ危なくて出来ないし、出来ても破壊されてしまうから、軍の削減は困ると思うもの、その為にはイラク自体で治安を守るべく軍隊や警察を整備しなければならないと思うもの、イラク軍や警察はバース党だった人達が多く、脱バース化など進めれば、一から軍や警察を素人達相手に組織しなければならず上手くいくわけないと思うもの、バース党はフセイン政権の根幹だったのだからそれを認めてしまったら何の為に体制を壊したのかわからないと思うもの、アメリカ国民にはイラクで失敗しているというイメージを植え付けたくないから、成功している根拠を探すもの、支持率アップ、選挙で勝つ為のリソースとしていかにイラクが楽観的に進んでいるかを示そうとするもの、たいした進展もないから、単なる死傷者の差し引き勘定で、アメリカの方が勝っているという事を示したいと思うもの(必ずしも戦死者の数が戦争の勝敗にはならない、ベトナムなどがいい例)、そしてイラクでの失敗を正直に話そうと思うもの、その失敗に乗じて報道をしようと思うものや、それを選挙の争点にしてブッシュ政権を追いつめようと思うもの、次期大統領選のリソースとして活用しようと思うもの、善意でこの戦争はどうやら不適切だったのではないかと反対するもの、様々な意見の交差、鍔迫り合いの構図によって、肝心の兵隊達やイラクの人々が日々死んでいく中で、全く出口のない袋小路にアメリカは陥ってしまっているように見えます。
出口戦略は重要です。第二次大戦の時、アメリカは開戦前にしっかり日本が本土決戦を選択した場合の被害予想や、出口戦略即ち占領統治の仕方まで計画済みだったと言われています。我が国が負けるのも当然の状態だったのかもしれません。我が国でも例えば日露戦争の際はしっかり出口戦略を練ってから始めています。伊藤博文はロシアとの戦争に反対で、井上馨らとなんとかロシアとの妥協の道を探っていました。山県有朋、桂太郎、加藤高明らは、ロシアとの対決は避けられないとして、日英同盟論を唱えていました。外交官小村寿太郎の交渉によって日英同盟が締結されると、伊藤らは日露協商交渉は断念しても良いと言ってすっぱり帰ってくる、そして日露戦争となるわけです。伊藤は戦争になったら仲裁を頼む相手はアメリカしかいないと考えました。イギリスは同盟国だし、ドイツとフランスはロシア側についていたからです。宣戦布告する前に金子堅太郎をアメリカのルーズベルトのもとへ行かせます。金子は地位はさほど高くないが、ハーバードでルーズベルトと同窓でした。肝心なのは戦争を始める前にちゃんと蹴りの付け方まで考えていた点です。第二次大戦の時にはそういう発想はありませんでした。それが大きな違いです。政治家にとって軍事学は絶対に必要です。軍事抜きの外交は有り得ないからです。それがわかっていないと出口戦略もクソもあったもんじゃありません。ビスマルクがなぜ偉かったのか軍事が解らないと理解出来ません。ちなみにこの国に蔓延っている平和主義も何の役にも立たないものが多く残っています。平和である事を守る為にも軍事アレルギーは致命的欠陥です。
バングラデシュ、ダッカのハイジャックでテロに屈し、世界中からこの国が腰抜け呼ばわりされる事になる原因をつくった、人命は地球より重いで有名な、東大法学部から大蔵省の秀才コースで総理になった福田赳夫が、当時の西ドイツ首相のシュミットが来日した際、当時のソ連の中距離弾道ミサイルの話になり何の事か解らなかったなんて話が、本当か嘘か残っていますが、そんな人間が総理になるなんてナンセンスです。明治の政治家は外交においても軍事は重要だという事を解っていました。恐らく孫子や春秋左氏伝などを何度も読んでいたのだとおもいます。論語の孔子や孟子は社会的に成功を収めていませんが、孫子は成功した人物です。彼のポリティコミリタリーは今でもなお色褪せない、それは真理だからです。哲学におけるアリストテレスやプラトンのようなもんです。孫子に匹敵するのはクラウゼビッツの戦争論くらいしかありません。クラウゼビッツにしても孫子には尊敬を持っています。孫子を読んでいれば支那事変や対米戦争など出来るはずがありません。孫子は多少手際が悪くても、素早く勝負をつけなくては駄目だ、戦争にはゆっくり上手く終わるなんていう話はないとハッキリ言っています。日清日露戦争の頃のリーダーはみんなその事を知っていた、だから二年以内に片を付けている、いつ終わるのかわからない戦争など始めない、それを孫子は一番戒めています。その後の秀才コースに乗った人たちは頭は数倍良かったと思いますが、実践向きではなかったのかもしれないと思います。コースが限定されてしまった事で、多様性が無くなりセクショナリズムが生まれます。今の官僚機構なんかと同じです。イラクの泥沼化もやはりセクショナリズムに陥っています。
外交においてもちろん戦争などやらないにこした事はないと思いますが、残念ながら現実はそういった理想だけでは動いておらず、戦争を含めた武力行使も外交カードの一つです。それを頭から否定してしまっている我が国の外交が上手く機能しない理由もそこにあります。やむ負えず戦争に踏み切らなければならない局面であれば、当然出口戦略は重要というわけです。出口がなければ出られませんから当たり前なのですが、失敗するつまり負ける戦い(負けないまでも勝てない戦い)に陥るのは、こういった出口戦略がないからです。また勝てないまでも負けない戦いをする為にも出口戦略は重要です。ざんざん特攻だの玉砕だの命を無駄にしたにもかかわらず、本土決戦の前にビビって降参してしまったこの国も、やはり負けるのであればなるべく犠牲者を少なくする負け方というものがあったはずで、しっかりとした出口戦略が無かった。アメリカが負けさせてくれなかったという事が言われたりしますが、交渉力のなさを敵国のせいにしてもどうにもなりません。戦争しているのですから敵のしかも負けている方が有利な条件など勝っている側がのむわけありません。そこを何とかするのが外交でありネゴシエートってもんです。
勝つにしても敵を皆殺しになど出来るわけありませんし、何をもって勝利とするのか、勝った後放置しておけば、ルサンチマンの溜まった状態になってますから、いつリベンジを行い報復されるかわかりませんし、戦後処理をきちんとやらないと将来の危険や脅威が潜在的に残ったままになります。どんなに絶望的な敗北に追い込んだとしても、その民族が残っている以上、何が起こるかわかりませんし、徹底的に痛めつければ痛めつけるほど、怨みの感情は大きくなってしまいます。ですからきちんと将来報復や、自国の安全を脅かす存在を生み出さない構造を構築しなければなりません。アメリカが我が国に行った占領政策もそういったもので、あれだけ徹底的に痛めつけられたにもかかわらず、アメリカに依存し、アメリカなしでは何も出来ない国になっていますので、そういった意味ではアメリカがこの国でやった占領政策は大成功だったといえるでしょう。
また明らかに敵の戦力が自国より上回っているという事を理解する為にも軍事は重要です。それがわかっていないと負ける戦いをするはめになります。それがわかっていれば戦わない選択、つまり外交によって何とか解決しようとしますから、戦争は回避出来る可能性もあるでしょうし、回避出来れば負けるよりはマシな状態を維持する事が出来ます。感情に任せて吹き上がって戦争するなど本来あってはならない事です。そういった決定によって多くの人々が死ぬ事になります。ですから国をマニピュレートしている人達にはしっかりと軍事を理解する事が重要なのだと思います。
あれほどブッシュ政権を支持していたアメリカ国民も、どうやらイラクは間違っていたのではないかという事を薄々気付きはじめ、支持していたという事は棚に上げてバックフラッシュが起こり、こんな間違った戦争はさっさと止めるべきであり、とっとと撤退するべきだとなるも、もう時間を戻す事は出来ない事でもあり、触れてはいけない、首を突っ込むと後戻りの出来ない問題に突き進んでしまった状態であり、今更止めると言ってもここまで来た以上、止める事によって更なる不安は増大する事は間違いないであろうし、中途半端で放り出すという事は、フセイン政権だった頃より、アメリカにとって厄介な状態になってしまうかもしれません。そう簡単にはいくわけも無く、中東の火種を炎上させてしまった今では、戦争は止めた方がいいと言っても、止めても前の状態には戻れない、多くのイラクの民を死なせ、町を破壊し、無法地帯と化してしまった状態はただ撤退してもどうにもならない。シーア派、スンニ派、クルド人という勢力がそれぞれの権益の為に争う構図に火をつけてしまった状態では、アメリカが撤退すれば平和になると言う簡単な事ではなくなってしまっている。
ヒズボラなどの組織がイラクの反政府組織を支持支援しているという厄介な状態にも陥っており、イランなど反米感情の強い国との連携はよりアメリカにとっての中東政策は泥沼化していく可能性もあるが、撤退して放置してしまう事もまたアメリカにとっては厄介。9・11の時、当時のイラン、ハタミ大統領は、テロを非難したり、タリバン攻撃を実質的に支援していました。イランはシーア派が大多数を占めていて、イスラム原理主義の国と言う見方をされていたけれど、ハタミ大統領は民主的な改革を押し進めて、自由化され、経済的にも裕福になり、女性の服装なども自由になっていました。それに伴う格差もあると言われていましたが、それがブッシュの発言によって爆発してしまう、イラク、北朝鮮と並んで、イランを悪の枢軸国呼ばわりしてしまいました。ただ単にブッシュがアホなのか、石油の利権を求めて挑発したのかはわかりませんが、それによってイランの国民は腹を立てて、ハタミ大統領の立場も悪くなってしまいました。親米ですり寄っても所詮アメリカはイランを敵視しているぞって、そして反米保守政権マフムード・アフマディネジャード大統領が登場し、核開発問題へと繋がっていく現在の構図に繋がっています。
もう後戻りは出来ない行き着く所まである種行ってしまっているように見える。間違っているのではないか、大量破壊兵器は実際には無かったし、ブッシュ政権は国民に言うべき事を言わず、イラクの真実を隠しているのではないか、これ以上、死人が増えていくのは耐えられない、もういい加減撤退した方がいいのではないか、ブッシュ政権は、フセインという独裁者と呼ばれる存在がいたおかげで、ある種かろうじて均衡が保たれていた触れてはいけない危険な均衡をぶち壊し、結果的に更なる不安を増大させてしまったのではないか。イラク政策の現状も実はどうにもならない泥沼化であり、認めたくなくとも、見たくなくとも、現実はそうではあらず、誤りを認めてイラクから身を引くべきなのではないか。そういうトレンドに世の中は動き出している所で、キッシンジャーが善悪ではなく、現実を直視した言葉を言います。もう後戻りは出来ない、アメリカの国益の為、安全安定の為、今更後戻りは出来ない、手を突っ込んだ以上、勝つ以外有効な出口戦略は無く、世論や議会に迎合して中途半端に事を穏便に済まそうとすれば、被害は更に拡大し、結果的にアメリカの安全が更に脅かされる状況しか無い、一端手をつけた以上道は前にしかない、その先にイランや他の反米イスラム組織と事を構えざるを得ない状況が待っているのだとしても、そこに突き進んでいく以外もはや道は無い、勝つ事を考えるべきであり、アメリカにとっての国益だけを考えればよい。非常にリアルなものの見方であり、戦争状態で人がどんどん死んでいくという状況に人は嫌気がさし、もういい加減にしてくれとなりますが、だからって止める選択などここまで来てしまった以上有り得ないという、全く厄介で認めたくはありませんが、確かにそれも真実なのかもしれません。イラクの無辜の民も大勢死に、強引な武力行使は酷いじゃないかという理不尽に、戦争なんて止めた方がいいんじゃないかという思いは、確かに善悪で言えば、正しいのかもしれませんし、自分もそういう風に思いますが、実際国の舵取りをしている人々は、世界の安定より、自国の繁栄の方がプライオリティは上にあり、それを担保する為にはきれい事は結構だが、それだけでは上手くいかないんだという現実問題にぶち当たります。全く非常に厄介です。だからと言ってブッシュ政権の選択が正しかったなんて自分は思えませんが、思おうが思わなかろうが、アメリカにとっての最善の解決策は、もはや勝ち進む以外に無いというキッシンジャーの言葉はハッとさせられ、誰が悪かろうが正しかろうが、アメリカの舵取りをしている人間達にとって選択肢はもはや残っていないのかもしれないという状況に暗澹たる気持ちになってしまいます。
今ブッシュ政権は大変不人気ですし、このままでいけば、アメリカはスイングバックして、強引な路線に歯止めをかける路線に世論は動いていくでしょうし、実際現状はそうなりつつあると思います。ちゃんと政権交代があり、誤った選択を選んでしまったという事がわかれば、アメリカは酷い国だぜと思いますが、ちゃんと反省して別の選択をしようとします。この国の政治が全く変わらないのとは随分違います。しかしそのスイングバックの振り子が大きければ大きいほど、次の政権は前政権との路線が極端に違いすぎて、やりすぎてしまう状況にアメリカは絶えずさらされているような気がします。今のブッシュ政権の極端な路線は、前クリントン政権の際の極端な政策が駄目だったという否定からの反動もあると思います。今の政権の路線を否定する為に、また極端なスイングバックが起これば、更に次の政権はもっと大きな反動になるかもしれません。クリントン政権だって、それ以前の反動によりあそこまで極端な路線をとったようにも見えます。政権交代が起こる事の弊害でもあるのかもしれませんが、全く動く気配すらないこの国のような状況の方が極端な路線はとらなくて済むからよいのか、それとも、例えそうであったとしてもある程度、何年かに一度政権交代が起こり、フレッシュに生まれ変わるべきなのか、自分は今の日本の現状は政権交代が中々起こる気配も無く、流動性の全くない淀んで濁った状態というのが非常に問題があると考えますが、選挙によって国民に選ばれなければ政治家にはなれない以上、どうしたって実際に行わなければならない政策と、国民の人気を得る為に言わねばならない政策の間に乖離があり、したがって選挙のためというインセンティブが働かざるを得ませんから、ポピュリズム的な政治に陥ってしまう危険があります。それを避ける為には国民が賢くならなければならず、国民が賢くなる為にはメディアの啓蒙が必要となりますが、それは全く期待出来ません。アメリカのようなたえず政権交代が起こるかもしれないという社会ですら、行き過ぎておかしな事になってしまうのですから、この国の幼児並みの民度ではもっと危険な状態になってしまうかもしれない可能性があると思います。実際、以前社会党が政権を取った時には相当おかしな方向に国の舵を切ってしまいましたから、今の野党の顔ぶれを見ても、そういった危険はどうしても付きまとってしまいます。もし日本の国民がその事を察知して、なんだかんだ言いつつも政権が動かないのであれば、それはそれで一つの合理的な選択なのかもしれないと感じてしまいます。が、例えそうであったとしても、自分はやっぱりある程度、政権交代が起こるべきだと思います。大きな失敗も無いが、悪しき弊害はいっこうに変わる気配もない現状を鑑みれば、政権交代が起こり、間違えたという気持ちにならなければ国民は学習出来ません。何も動かない状況では学びも教訓も生まれません。結局、国民はお上に依存し、どうせ政権交代など起こらないという安心感は政権を腐敗もさせます。そういった相互依存的、甘えた状況ではいつまでたっても国民の民度も上がりようも無く、同じような事を繰り返すだけだと感じます。現安倍政権は、もう開き直って、何でも強行採決で通してしまえ的な、民主国家を否定するような方向に舵を切っています。駄目野党ばかりなのが原因かもしれませんが、国民も以外と危機意識がありません。あんまり無体な強引な事をやっていると、いい加減な事をやっていると、次の選挙では勝てないかもしれないという危機意識があれば、そういう行動は取れるはずもありません。ある種、民主主義が死んでいる状況なのかもしれないと感じます。民主主義は万能ではありませんし、相当問題のある政治形態かもしれません。初期ギリシャ、アテナイの人々が味わった弊害が、今にいたっても延々と解決されないまま残っています。しかし少なくともそれ以外の政治形態よりはマシだという事を学習してやっと根付いた国がちらほら出て来ています。結局我々がどういう選択をとるのかどっちに転がっても確実な方法など未来の事ですからわかるわけありません。しかし依存的な状態と、自立的な状態、個人の人間のあり方に照らしても、どちらの方がいいかは簡単な事です。例え過ちを犯す危険があったとしても、依存状態で起こすのと、自立状態で起こすのでは、反省の度合いも違いますし、学びの度合いも違います。突き詰めていくとそういう事まで考えさせられる、圧倒的なカオスが描かれた深い作品でした。
この国はアメリカのケツを追っかけるような路線を相変わらず国際貢献とか言って誤摩化しています。ブッシュ政権が国民から梯子をはずされたが如く、アメリカから梯子をはずされた時に対するヘッジは全く行っているようには見えません。中国と仲良くしているフリをしていればある程度メディアからのバッシングは緩和出来るのかもしれませんが、あんなのは上っ面だけの関係でしかありませんし、中国だって何の為に日本と仲良くしているふりをしているのかと言えば、自国の内政の為、北京オリンピックや、上海万博の成功のためとも言えます。国際社会に、一人前の民度を認めてもらう為には、反日感情を和らげなければならず、その為には靖国参拝は何としても阻止しなければならない。
アメリカの政権が変わり、クリントン政権のようなジャパンナッシングのような時代にスイングバックすれば、当たり前ですが中国も我が国に対する姿勢も変えてくるかもしれません。かつて李鵬首相が当時オーストラリアのホーク首相との会談で、日本なんてものは二十年もすればこの地球上から消えてなくなる、と発言した事があります。ちょうどクリントン政権が中国を戦略的パートナーと重視して、日本は軽んじられていた頃です。一国の首相が公式の場で国交もあって条約も結んでいる独立国を名指しで発言したわけです。日本の政治家や知識人も大騒ぎしていましたが、肝心なのはその時点ですでに中国は日本の将来を予測しているという事です。バカにされていると、バカな政治家が騒いでいましたが、中国は自らの力で日本を亡き者にする選択肢を含めて準備しています。その為に軍部の近代化を進め、海軍の整備を整え、軍事を含めた選択肢も含め、虎視眈々と外交を行い、日本はずっと手玉に取られ続けているというわけです。仲良くするというのは依存するという事とは違います。中国だって自国の発展の為に必要であれば軍事というカードをしっかりもち、必要とあればそのカードも切って来るかもしれないという事を念頭に置いた戦略的外交が必要であり、それを踏まえて仲良くするべきです。国内の幼稚な権力争いをしている間に、日本の外部はどんどん変わっています。ペロポネソス戦争に破れたアテナイのようにならない為にも戦略的外交は不可欠です。民主主義が全く機能せず、我々がそれを自ら手放してしまうような事があるならば未来は真っ暗闇ですし、実際そういう傾向がちらほら見えています。いい加減甘えと依存的な状況から成長する為にも、イラクでぶち当たっているアメリカの現状はいい学びになります。アメリカのケツを追いかけて、依存的な状況から目覚める事が無いのならこの国に未来はろくなもんじゃないかもしれません。
ボブ・ウッドワードさんの、ブッシュのホワイトハウスを読んでつらつらと書いてみました。